ディオジョナ 全年齢


  real face


 ジョナサン・ジョースターは自分のくしゃみで目を覚ました。肌寒さを感じ、手を伸ばして毛布を手繰り寄せようとしたところで、初めて異変に気付いた。
(……え?)
 今よりももっと幼い頃は、寝相が悪くて、毛布どころか枕まで蹴り飛ばし、明け方に寒さで目を覚ますなんてことが、何度もあった。年齢が2桁になり、さらに数年経った今では、「そんな頃もあったな」と思い出すことすらほとんどなくなって久しい。
 恐る恐る目を開けてみると、周囲は薄暗かった。それも、幼い頃の、夜が明け切らぬ内に眠りから覚めてしまった時の記憶に通ずるものがあると言えるかも知れない。だが彼が今いる場所は、慣れ親しんだ自分の部屋のベッドの上ではない――あまりの寝相の悪さにベッドの上から床に落ちてしまっているということでもなく――。明かりが乏しく、辺りの様子は曖昧にしか見ることが出来ないが、それは断言出来る。
 「どうしてこんなに寒いんだろう」「どうしてこんなに暗いんだろう」と思う余裕は、彼にはなかった。それよりも大きな疑問と、そして明らかに普通ではない状況が、思考の全てを支配してしまっている。
(な、なんで……!?)
 彼は両手を体の後ろに拘束された状態で冷たい板張りの床の上に横たわっていた。手首の感触から、ロープのような物で縛られているらしいということが分かるが、その理由に関しては、全く心当たりがない。どうにかして解けはしないかともがいてみるも、成長途中の少年の力では、少しも緩む様子がなかった。そうこうしている内に、――今まで暗さの所為で見えていなかった――両足までもが一纏めに縛られていることに気付いた。明らかに、何者かの意思によって動きを封じられている。これから起こる何か――それがなんなのかは見当も付かないが――に対して抵抗出来ないように、あるいは、それから逃げ出さないように。
 「一体誰が」と思うよりも一瞬早く、同じ屋敷で生活している同い年の少年の顔が脳裏に浮かんだ。記憶の中の冷ややかな笑みに、さらに気温が下がったように感じた。
「おい、気が付いたみたいだぜ」
 薄闇の中から不意に聞こえたのは、酒焼けした中年らしき男の声だった――“彼”のものとは、似ても似つかない――。
「まったく、オメーが強く殴り過ぎるから……。目を覚まさなかったらどうするつもりだったんだ、おい!?」
 その言葉は、どうやらジョナサンへと向けられたものではないようだ。部屋の隅の暗がりの中から、もうひとりの男の声が反応する。
「す、すまねぇ兄貴……」
 2人目の声も、1人目と同じくらいの年齢だろうか。随分と気弱そうな声で、突然わけの分からない状況下に置かれたジョナサンよりも、まだ震えているように聞こえた。“品性”とも“知性”とも縁遠そうな彼等の声は、どちらもジョナサンの知らない人物のものだ。知らない。だが耳にした記憶はある。
(思い出してきたぞ……)
 1日の授業を終えたジョナサンは、教室内に目を走らせ、ディオ・ブランドーの姿を探した。一緒に帰るためではない。むしろその逆、「ジョジョ、一緒に帰ろう」朗らかな声にそう言われるのを、避けるために。
 ディオはジョナサンとその父の恩人、ダリオ・ブランドーの一人息子だ。ダリオが病でこの世を去り、一切の身寄りを喪ったディオを屋敷へと招き、援助していくことを決めたのは、ジョースター家からのいわば恩返しであった。いずれは彼を正式に養子にするつもりであることも、ごく自然な流れとして早くから決められていたようだ。
 ディオと同じく早くに母を亡くしていたジョナサンは、思わぬ形で増えた家族に、最初こそ喜びを覚えた。だが、“相手”はそうではないらしいと、すぐに思い知らされることとなる。ディオは出会って早々に、子供にありがちな幼稚なライバル心と呼ぶには悪質過ぎる敵意を向けてきた。最初は決して裕福であるとは言えない生活の中で、他人に心を許すことが出来ずに生きてきたが故の警戒心の所為かと思った――思おうとした――が、そんな考え方は、ディオに話せば「甘い」と一笑に付されてしまうだろう。ディオの存在は、はっきりと“ジョナサンの日常を脅かすもの”であった。
 これから先、何年もの月日を彼の傍で過ごさねばならぬのかと思うと、絶望すら感じた。ところが、ジョナサンに対するディオの態度は、ある日突然一変した。ジョナサンの愛犬が何者かに殺害された――警察は屋敷に入ろうとした強盗の仕業だろうと結論付けた――翌日、顔を合わせたディオは、それまでの様子が嘘――あるいは夢――であったかのように、にこやかな表情で挨拶の言葉を口にしてきた。
「やあジョジョ、今出るところかい? 一緒に行こう」
 先に登校の準備を終えていたディオはなんでもないことのようにそう言った。思わず理由を尋ねてしまったジョナサンに対しても、彼は面白いジョークを聞いたというように笑うばかりだった。
「どうしてって、行き先は同じ学校だろう? そして、出発地点も同じ、ここだ。それなら、わざわざ別に行く必要なんて、微塵もないじゃあないか」
 戸惑うジョナサンには気付いていないのか、ディオも、邸内で仕事をしていた使用人達も、誰もが笑みを浮かべていた。
「それから、ぼく達が一緒に出て行けば、使用人達の見送りも一度で済むじゃあないか。悪いね、皆の仕事をひとつ奪ってしまって」
「まあ、ディオ様ったら」
 ディオのジョークに、邸内にはますます笑みが満ちる。
 そんなディオの様子は、その日限りの気紛れに終わらず、毎日続いた。出会ってすぐの数日間は何だったのだろうと思えるほどの変化を、ジョナサンは受け入れることがどうしても出来ず、言い知れぬ不安をひた隠しにして過ごすことしか出来なかった。その結果、数年が経った今では、ディオの近くにいることを避けるようになっている――ディオの言うように、同じ家を出て同じ学校へ通っているために、それはとても難しいことであったが――。
 ディオの姿は、教室の中にまだあった。彼はクラスメイトと何やら楽しそうにお喋りをしているようだった。今なら、そっと教室を出て、ひとりで帰ることが出来そうだ。どんなに頑張っても数時間内に自宅で顔を合わせることになってしまうだろうが、その未来は近いよりは少しでも遠くあってくれた方が有り難い。その時がきて、ディオが憤慨の様子ではなく微笑みを浮かべながら「どうして先に帰ってしまったんだい? せっかく一緒に帰ろうと思っていたのに」と尋ねてきたら――それは容易に想像出来た――、「声を掛けようと思ったんだけど、友達と話しているみたいだったから、邪魔しちゃあ悪いと思って」と返そうと決め、ジョナサンはそそくさと学校を後にした。そこまでは、すでに何日も続いている日常と然程違いはなかった。
(確かその帰り道で……)
 とぼとぼと歩くジョナサンに、声を掛けてきた男がいた。中肉中背、薄汚れた服装。ジョナサンの知らない男だった。
「あのぅ……、ちょっとすみませんが……」
 酒焼けしたような声は、お世辞にも耳に心地良いとは言い難い。それでも、ぺこぺこと頭を下げるその男が、何か困ったような表情をしていることに気付いていながら、足を止めずにいるなんてことは、ジョナサンには出来なかった。
「どうかしましたか?」
 男の言葉にはこの辺りではあまり聞かない訛りがかすかにあった。どこか遠方からの旅人なのだとしたら、土地勘がなくて道にでも迷ってしまったのだろうか。そう思いながら近付いていくと、男は虫歯だらけの歯を見せるように、笑顔を作った。
「実は、ちょっとお願いしたいことがございやして……」
 男がそう言った直後、ジョナサンの背後で茂みががさりと音を立てた。かと思うと、振り向く暇もなく、後頭部に強い衝撃を受けた。硬い物で殴られたのだとは、すぐには分からなかった。
「身なりの良いどこかの坊ちゃんに、誘拐されてほしいんでさぁ」
 辛うじて耳に届いたその言葉の意味を理解する前に、ジョナサンの意識は暗闇の中へと落ちていった。
「あなたは、あの時の……! ど、どうしてこんなことをっ……!」
 周囲は相変わらず暗く、そこにいる男の顔は良く見えない。それでも、耳をざらりと舐めるようなその声と、わずかな訛りは記憶の中のそれと同じだ。
「『どうして』? んなこたぁ分かり切ってんだろうがよぉ、このマヌケがッ! 金だよ、カネェ!! オメーの親に連絡して、身代金をいただくんだよッ!」
 興奮したように捲し立てると、男はジョナサンの胸倉を掴んで引き上げた。特別体格が良いというわけでもないのに、男の力は思った以上に強い。ジョナサンは抗うことが全く出来なかった。おまけに、殴られたと思しき後頭部が、思い出したようにズキズキと痛み出した。
「で、でもよぉ、兄貴……」
 暗がりの中から、おどおどとした声でもう1人の男――おそらくジョナサンを背後から殴ったのはこちらの男だろう――が言う。
「そいつの服装、妙に小奇麗過ぎるぜ。ガキにそんな上等なもん着せるなんて……。そいつ、もしかして貴族の息子なんじゃあ……」
「だったらどうした!? おいお前、今更引き返そうってんじゃあねーだろうなぁ!? いいか!? オメーはそうやって隅の方でコソコソしてるからいいかも知れねーがなぁ、オレはこのガキに顔を見られてんだぞ!? 今更引けるか! 貴族ゥ? そりゃあ確実に金持ってるってことじゃあねーか! かえって好都合ってもんだ! どっちにしろなぁ、大金いただいて遠くに逃げるしかねーんだよォッ!!」
 どうやら、男達はジョナサンの素性を知った上で行動を起こしたわけではないようだ。独りで歩いているところを偶然見掛けて、突発的に手を出したのだろう。つまり、まだジョナサンが――2人目の男が言った通りの――貴族の一員であることと、そのことによって彼等が受けることになる罰がどれほど重いものになるのかも、分かっていない。
(でも、今ならまだ……)
 このことが誰にも発覚していないのであれば――ジョナサンがどこの誰であるのか分かっていないということは、身代金の要求等はまだこれからなのだろう――、彼等を説得することさえ可能なら、まだ“何もなかった”ことに出来るはずだ。
「ぼ、ぼくはっ……」
 思ったように声が出なかったのは、首元が絞まり掛けている所為ばかりではないかも知れない。
「ぼくは、貴方達の名前も知らない。顔だって、こんなに暗くっちゃあほとんど見えない」
「テメー、何が言いたい?」
 男は苛立ったように言った。
「貴方は『引き返せない』と言った。でもそれは違う! 今ならまだ引き返せる! ぼくは貴方達のことを誰にも言わない! だから、こんなことはやめるんだ! 貴方達にも家族がいるはずだ! 家族を悲しませるようなことは――」
 その言葉の続きを、ジョナサンは口に出すことが出来なかった。男の両腕が、ジョナサンの体を地面へと叩き付けるように投げ飛ばした。不意のことに――そうでなくとも両手足を縛られたままでは――受け身を取ることも出来ず、ジョナサンは右半身を強かに打ち付けられた。痛みで一瞬呼吸が止まる。
 ジョナサンは、彼等がどこの誰で、なんの理由でこの土地へとやってきたのか、それ以前はどんな暮らしをしていたのか、何一つ知らない。ただ、この男が触れられたくないと思っているところに、どうやら触れてしまったらしいことだけは分かった。先程までと違い、男の目ははっきりと血走っている。彼の胸中を占めているのは、ジョナサンを人質に金品を得たいという願望よりも、怒り――あるいは殺意――の方が遥かに多くなっているようだ。
 男は倒れたジョナサンを蹴り付けた。「黙れ」とも「言うことを聞け」とも言わず、ただ無言のまま、何度も男の爪先が腹部にめり込んだ。
「あ、兄貴……、もうそのくらいで……」
 気弱そうな方の男が、より一層怯えたような声を出す。すると、ジョナサンを蹴り付けていた男は、振り向きざまに仲間をも蹴り付けた。
「うるせぇ!! 黙ってろクソ野郎!!」
「ひいいぃ」
 男は完全に冷静さを失っているように見えた。彼がこのまま人としての道を踏み外してゆくのを止めることも出来ないのかと、ジョナサンは歯痒さを感じた。だが、おそらくその耳に、全く異なる境遇で生きてきた少年の声は届きはしないだろう。
(どうすれば……)
 もし、ジョナサンにもっと力があれば、彼等を止めることが出来たのだろうか。もし、他人が耳を傾けてくれるような、立派な大人であったら、手を差し伸べることが叶ったのだろうか。もし、
(ぼくがぼくじゃあない、別の誰かだったら……)
 別の、例えば――
 不意に、ジョナサンの思考も、仲間へ向かって暴言を吐き続けていた男の声も遮って、硝子が割れる音が鳴り響いた。同時に、天井近くの高い位置から、外からの風と、光が入り込んでくる。どうやら布で覆われて見えなくなっていたが、明り取りのための窓がそこにあったようだ。黒っぽい色をした覆いが、風に吹かれてはためく。飛び散った硝子片が、日暮れ間近のオレンジ色の光りを反射して、キラキラと輝いて見えた。
 その光の粒と共に、ひとりの少年が現れた。窓からひらりと飛び降りたその動きは、不思議とゆっくりと見え、少しクセのある金色の髪も相まって、大きな翼を持った天使が舞い降りたとでも表現したくなるような光景だった。だが、ジョナサンはその少年の名を知っていた。
「……ディオ?」
 彼がその口元に朗らかな笑みを浮かべているように見えたのは、あるいはジョナサンの勘違いであったのかも知れない。身軽な猫の仔のように地面に着地したディオは、ジョナサンに背を向けるように男達と対峙した。背中越しに聞こえてきた声は、寒さを思い出すには充分なほどに冷ややかだった。
「そこの貴様、さっきジョジョのことを『マヌケ』と呼んだな」
 ディオは肩越しにジョナサンを指差した。
「それに関しては、完全に同意するよ。貴様等のような下衆共に、こうもあっさりと捕らえられてしまうなんてな」
 その言い草はあんまりじゃあないかと、ジョナサンは口に出して言う代わりに頬を膨らませた。確かに、もう少し他人に対しての警戒心を持っていれば、こんなことになってはいなかったのだろうが。
 ディオは続ける。
「だが、マヌケさ加減で言えば、貴様等も大概だがな」
「なっ、なんだとぉッ!? 誰だテメーはぁッ!?」
「フンっ。理由はいくつかあるが、わざわざ説明してやるつもりはないな。2つ目の質問にも、答える義務はない」
 ディオの表情はジョナサンからは見えないが、それを見ているはずの男の顔は、“これ以上は無理”というほどまでに、怒りで赤く染まっている。かと思うと、言葉を持たない獣のように、ディオ向かって駆け出した。まともに体当たりでも喰らえば、ディオの体は簡単に吹っ飛んでしまうだろう。
「ディオっ、危ないっ!」
「うるさいな。何も出来ないなら、せめてその口も閉じていろよ」
 そこからの動きは、再び時間の流れがゆっくりになったかのように見えた。男が振るった拳を、ディオはわずかな動きでかわしていた。続く男の攻撃も、やはりひとつもディオに当たることはなかった。ディオの足はその場から大きく動くことはないというのに、男の方がわざと外したのではないかと思えるほどだ。その動きに、ジョナサンは見覚えがあった。
(あれは、あの時の……)
 2人が出会ってすぐ、友人達と一緒に遊びでやっていたボクシングで、ジョナサンは同じようにディオの動きに翻弄された。
 ディオが大きく踏み込んだ。次の瞬間、男はその場に崩れ落ちていた。ジョナサンからは見えなかったが、おそらくディオの拳が男のみぞおちを捉えたのだろう。ジョナサンが彼と戦った時は、続く顔面へのパンチで、危うく左目を潰されかけた――失明しなかったのは幸いだった――。今度も同じことをするのかと思っていると、ディオは服のポケットから、折り畳み式のナイフを取り出した。刀身が夕日を反射して、鈍く光った。
「ディオっ!」
 ジョナサンは叫んだ。手足が自由であったら、ディオの胴体に飛び付いていたかも知れない。
「もうやめるんだ! 彼はもう動けない! それ以上彼を傷付ける必要はないはずだ!」
 懇願するように言うジョナサンに、ディオは睨むような視線を返してきた。
「……もしかしてだけど、ジョジョ、君はこいつ等を許す……とでも言うつもりかい?」
「彼等は“まだ”何もしちゃあいない。もう悪さをする気なんて残っていない。そうだろ?」
 ジョナサンは部屋の隅で震えているもう1人の男に尋ねた。一瞬の間の後、その言葉が自分へ向けられた物だと理解した男は、慌てたように何度も頷いた。太陽の光が入ってくるようになった所為か、先程までと違って、男の姿ははっきりと見えるようになっていた。彼は親とはぐれた小さな子供よりも、まだ怯えた目をしていた。
「ディオ、お願いだ」
 ディオは、無言でナイフを握り直した。男が悲鳴を上げる。
「うるさいな」
 苛立ったように言うと、ディオはナイフの刃をジョナサンの自由を奪っているロープへと当てた。
「ジョジョ、お前の甘さには呆れるよ。いや、甘さよりも、やっぱりマヌケさかな」
「はは、ひどいな」
 「でも」とジョナサンは続ける。
「でも、ありがとう」
「……フン」
 ディオはジョナサンの足のロープを切り始めた。
「あ、ディオ。手のロープを先に切ってもらえれば、後は自分で……」
「おい、そこの貴様! この作業が終わったら、貴様も殴るからな。嫌なら、仲間を連れてさっさと消えろ」
 ジョナサンの声を遮るように放ったディオの言葉に、男はそれが自分へ向けられたものだと理解するのに、やはり一瞬の間を要したようだ。彼は大慌てで仲間の腕を掴むと、そのままずるずると引きずりながら外へと出て行った。その動きは思いの外素早く、もしかしたら彼の方がもう1人の男よりも力も素早さもあったのではないだろうかと思えるほどだった。
 思った以上にロープが太くて頑丈だったのか、それともディオの方に“何か別の理由”があったのか、ジョナサンが自由を取り戻した頃には、もう逃げた男達を探すのは難しいかも知れないと思えるほどの時間が経っており、外もだいぶ暗くなってしまっていた。
「ったく……、取り逃がしてしまったじゃあないか。このマヌケがっ!」
 ジョナサンが起き上がるのも待たずに、ディオは何度もジョナサンの額を指先で強打した。
「いたっ。ごめ……、待ってディオ、ほんとに痛い」
 ディオは苛立ったようにロープの切れ端を足元へ叩き付けた。ひどく機嫌が悪そうだ。だがそれこそが“本来のディオの姿”であるように、ジョナサンは感じた。
「帰る!」
 言葉だけは、一方的な宣言だった。しかしジョナサンは、「帰るぞ」と言われたように感じた。
 正直に言って、今のディオの態度は、傍にいて心地良いと思えるようなものではない。しかし、上辺だけを取り繕う“仮面”のようなものを感じずにいられるということは、不思議と安心出来るように思った。例えるなら、一見ただの美しい花が実は恐ろしい毒性を秘めているのよりも、見るからに危険だと分かる植物の方が、最初から警戒出来る分気持ちが楽だと言うか……。
(いや、その例えは流石にディオに失礼か……)
 外に出ると、すでに太陽は沈み切ろうとしていた。帰宅が遅くなってしまったことを、なんと言い訳しよう。「友達と遊んでいたら、つい時間を忘れてしまって」……? それを聞いた相手は、『遊んでいた』のは“ジョナサンと、ディオと、その他の友人”と認識するだろう。「本当に仲がよろしいのですね」。きっとそんなことを言われてしまう。だがその時にはもう、ディオは件の微笑を浮かべて、「よしてくれよ、照れるじゃあないか」なんて返すのだろう。“本来のディオの姿“は、ジョナサンしか知らない。
「ところでここは……」
 一体どこだろう。そう思いながら、ジョナサンは建物を振り返った。すると、
「あれ……、この小屋って、もしかしてうちの……」
 見覚えがあった。それは、ジョースター家が所有する物置小屋のひとつだった。小さい頃、勝手に入り込んで、父に怒られたこともあった。
「じゃあぼくは、自分のうちの小屋に閉じ込められてたってこと……?」
 ディオの言葉を借りるわけではないが、なんともマヌケな話だ。そう思っていると、ジョナサンの胸中を読んだのか、ディオは鼻を鳴らすように嗤った。
「だから理由はいくつかあると言っただろう」
「…………え、それって、ぼくのことだったのかい?」
「他にいるか?」
「……と、ところで、どうしてぼくがここにいることが分かったんだい?」
 男達はまだどこへも連絡を出来ていなかったはずだが……。
 ディオは面倒臭そうに、それでも口を開いた。
「帰る途中で、見掛けない男達がいることに気付いた。男達は何やら大きな袋を担いで、どこかへ運ぼうとしているようだった。その袋の口から、ジョジョ、君の足がはみ出ているのが見えた」
「……足?」
 ディオは『人の足』ではなく、『ジョナサンの足』だと最初から断定していたようだ。ジョナサンが履いている靴がどんな物であったのかを、覚えていたのだろうか。
「後をつけると、男達はジョースター家の所有物であるはずの小屋へ入って行った。もちろん、それがジョースター家の物と知っていたわけではないだろうがな。たまたま見付けたのを、一時的な隠れ家に決めたんだろう。小屋の鍵は壊されたようだな。だが内側から固定されて、開けられないようになっていた。それで仕方なく屋根に上って、しばらく様子を窺ってから、窓を割って入った。これで満足か?」
 男達がジョナサンに目を付けたのと同じく、ディオがジョナサンの置かれた状況に気付いてくれたのも、ただの偶然であったようだ。ディオがいなければ、今頃どうなっていたか分からない。
「ディオ、本当にありがとう」
 ディオに心を許すことは、簡単には出来そうにない。だがそれと助けてもらったことへ対する感謝の言葉を述べることとは、全く別の話だ。ジョナサンが真っ直ぐに視線を向けると、ディオは「フン」と鼻を鳴らして顔を背けた。
「壊された鍵は、その内誰かが気付いて警察に届けるだろうな。そこまでは止められないぞ」
「うん、それでいい」
「窓を割ったのもアイツ等の仕業だってことにしておこう」
「うん」
 並んで家路を歩きながら、もし明日また「一緒に帰ろう」と言われたら、その目にわずかにでも“本来のディオの姿”を感じたら、その時は適当な言い訳を探したりせずに、彼の言う通りにしようと、ジョナサンは思った。いや、それとも、もういっそのこと……
「ディオ」
「なんだ」
「明日は、一緒に帰ってもいいかな?」
 ディオは一瞬だけ訝しげな顔をした。
「また浚われるかもと、怖くなったか?」
「そんなんじゃあないよ」
 何度も続けてディオに心配を掛けるのも悪い。そう思っただけだ。だがディオは、揶揄するような笑みを浮かべている。
「まあ、お前がそう言うなら一緒に帰ってやってもいいが……」
「だから違うって」
「だが、残念だったな」
「え?」
「明日は休みだぞ」
「あ……」
「このマヌケが」
 ディオは愉快そうに笑った。


2022,03,30


管理人達の間で監禁ネタブームが勃発してしまい、これチャットログ流出したらヤバイやつだwww 等と話していたのですが、
でもよく考えたら捕らわれのお姫様とか昔からお約束ですよね!
だから全然正常だと思う! 何もヤバく等ない!!!!!!!
<利鳴>

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