シージョセ 全年齢 現代パラレル


  no problem


「シーザーちゃんっ」
 ジョセフは両手を胸の前で組むようにしながら、唄うようにリズミカルにシーザーの名を呼んだ。顔には「にこにこ」という擬音がぴったり過ぎるくらいの笑みを浮かべ、首をわずかに傾げるような仕草。男――しかも身長は四捨五入すると2メートルの――がそんなことをしても気色が悪いだけだ。と思っていたことが、シーザーにもあった。それが今では大きな仔犬にじゃれ付かれているように、微笑ましい気持ちになる。ジョセフがそんな顔をしてみせるのは、決まって何か――例えばノートをコピーさせて欲しいだとか、財布を忘れたから昼食代を貸してくれだとか――『お願い』がある時で、こいつはおれのことを便利がっているだけじゃあないのかとは思いながらも、ついその笑顔に絆されてしまうのがシーザーの甘いところだ。2人は曲がりなりにも恋人同士ではあるが、端から見ると、少々我侭な弟と、それを甘やかす兄のようにも映るかも知れない――見た目は全く似ていないが――。
 午前中の授業を終えて食事に行こうとしていたシーザーに並んで、ジョセフも歩き出した。今度はなんだと溜め息を吐きながらも、シーザーは無意識の内に表情を緩ませていた。いつもなら、これで『お願い』が半分通ってしまったも同然だ。
「シーザーちゃん、土日ヒマ? どっか遊びに連れてって?」
 予想していたのとは少々違った『お願い』に、シーザーはわずかにばつの悪そうな顔をする。ジョセフが慌てて「あ、別にお金のかかるとこに連れてけって言うんじゃあなくて」と言い加えたが、それでも彼の表情は変わらない。
「すまん。土日はみっちりバイトなんだ」
「あー、そっかぁ」
 シーザーの家庭環境や経済事情を知っているジョセフは、それ以上強く言うつもりはないようだ。が、平静を装おうとしていても、落胆の色は隠し切れていない。我侭に振舞っているように見せて、その実聞き分けの良いところもある。そんなギャップが、シーザーが彼から離れられない理由のひとつでもある。先程同様、ジョセフが犬であると例えるなら、今の彼は散歩に連れて行ってもらおうと思ったのにご主人様の姿が見当たらず、耳を下げてしゅんとしているような状態か。思わず駆け寄って行って抱き締めて独りで留守番させてごめんよと喚きながら頬ずりしてやりたいほどに愛くるしい存在ではあるが――もちろんこれは例え話だ――、残念ながらシーザーにも今ばかりは自分の予定をないがしろに出来ない事情があった。
「実はもうすぐ住むところがなくなる」
「え、マジで? なんでそんなことに……」
「アパートの大家が高齢だからな。建物も老朽化して、これ以上続けるにしても改修やらなんやらで費用がかかるらしい。前から隣町にいる息子夫婦が一緒に住もうと言ってくれていたこともあって、閉鎖することにしたんだと。で、おれは次を探す必要があるわけなんだが、今程家賃の安い場所はそう簡単には見付からん」
「大家の老朽化かぁ。じゃあ仕方ないなー」
「こら、おかしな略し方をするな。大家の高齢化と、建物の老朽化だ」
「あー、うんうん、それそれ」
 いっそ相場よりも遥かに賃料の安い所謂『ワケアリ物件』にでも住んでみようかとも思ったが、見付けたのはどれも大学へ通うのには不便な場所ばかりで、交通費や時間を考えるとメリットのほとんどは相殺されてしまいかねない状況だった。それに加えて人ならざる同居人でも“出る”となったら、いよいよ目も当てられない。せめて少しでも資金を増やしておこうと、休みの日は可能な限りシフトを入れることにしているのだ。
「今のところが良過ぎたんだよなぁ。安くて、駅まで歩ける距離で、大家もいい人で」
「外国人OKで、学生もOKで。でもだいぶ狭いよなー」
「お前がでか過ぎるんだ」
「でもそんなバイトばっかりしてたら、部屋探す時間ないんじゃあない?」
「実はそうなんだ」
 シーザーは長い溜め息を吐きながら「だから、すまん」と言った。
「あ、いや、別に謝ってもらうようなことじゃあないって! おれの方は自分でなんとかするからさぁ」
「……ん?」
「あ」
「『なんとか』……?」
 先程ジョセフは「ヒマなら遊ぼうぜ」というような言い方をしていたのに、『なんとかする』とは、何か別の事情でもありそうな口振りだ。それを証明するかのように、今度はジョセフがワケアリな表情をしている。
「何を隠してる?」
「別に、隠してるってほどのことじゃあ……」
「じゃあ言え」
「……」
「おれは住むところも金もなくて追い詰められてるカッコ悪いとこ見せたんだぜ」
「……わぁーったよ」
 やれやれと息を吐いてから、ジョセフは視線を逸らせるように横を向いた。
「言ったと思うけど、最近母親が再婚したのよ」
 ジョセフは幼い頃に父親を亡くしていた。外へ働きに出ざるを得ない母に代わって彼を育てたのは、彼の祖母であったとはシーザーも聞いていた。幼少の時期をなかなか顔を合わせる機会すらないまま過ごした母に、しかし彼は心からの理解を示し、陰ながらの支えとなることを誓ったのだと言う。母子の間には、確かな絆が存在していた。そんな母に恋人が出来たのは、ジョセフが大学へ進学して間もなくのことだった。その恋人がやがて母の夫となったことを最も喜んだのは、あるいは当人達よりもジョセフであったかも知れない。その頃の彼のはしゃぎようは、見ているシーザーをも幸せな気分にさせるほどだった。それと、今目の前にある表情は対照的だ。
「オヤジさんと、上手くいってないのか」
 最初はどれだけ祝福していても、相手がどれだけいい人だと思ったのだとしても、実際に一緒に暮らしてみることによって初めて見えてくる一面という物はきっとあるのだろう。そう思って尋ねると、ジョセフはあっさりと首を横へ振った。
「んにゃ、相変わらずいい人だぜ。おれのことも気遣ってくれるし。かと言って構い過ぎようともしないし」
 「じゃあ?」とシーザーは首を傾げる。
「おれ、本当の父親のことは写真と、周りの大人達に聞かされたことくらいしか知らないんだけど、たぶん再婚のこと、喜んでくれるんじゃあないかって思うんだ。根拠なんかないけど。だからおれも文句なんて全然。むしろホントありがとう! って思ってる」
 ジョセフは言葉を区切り、ふうと息を吐いた。
「だからさ、たまの休みの日くらい、2人だけにしてやりたいじゃん」
 やはり彼は、自分の好きに生きているように振舞ってはいても、その根底に他人を思いやる優しさを持っている。シーザーは改めてそのことを認識した。同時に、そんな彼を愛しく思った。
「せっかくの新婚よ? おれに気遣わせたくないのよ。でも本人達は平気よって顔してるもんだからさ、おれはおれの予定があって出かけてるだけなんでお気遣いなくってことになれば、一番簡単なんだよ」
 シーザーはジョセフの頭に手を伸ばし、少々乱暴に撫でた。
「きっと2人とも、本当に気なんて遣ってないと思うぜ」
 彼の新たな父親となった男は、きっと彼という息子の存在毎、彼の母親である女性を愛しているに違いない。そのことは本人と直接面識のないシーザーにも、ジョセフを通じて感じることが出来る。
 ジョセフは「うん」と頷いた。
「分かってる。向こうが素だからこそ申し訳ないんだよ」
 「あーあ」と声を上げながら、ジョセフは両腕を頭の上で組んだ。そのまま天を仰ぐように上体を反らせると、その表情はシーザーからは見えなくなった。月並みな言葉だが、誰しも色々と抱えているものなのだなと、心の中で呟いた。
「お前も大変だな」
「シーザーほどじゃあないって。住むところはあるもん」
「そこに居辛いって話だったんじゃあないのか」
「その言い方はちょっと語弊があるんだってば」
 シーザーがふうと息を吐いたのと、ジョセフがはあと息を吐いたのは、ほぼ同時だった。そしてやはりほぼ同じタイミングで「あ」と声を上げた。2人の視線が斜めにかち合う。そして、
「JOJO」
「シーザー」
 またしてもほぼ同時。
「何」
「お前こそ」
「いや、うん」
「あー……」
「……あのさ」
「待て」
「ん」
「おれから言う」
「分かった」
 シーザーはごほんと咳払いをした。
「一緒に住むか?」
 少し顔が熱かった。シーザーはジョセフに想いを告げた時のことを思い出していた。あの時の再現のように、ジョセフの顔と耳に赤みが差してゆく。それだけで、返事はもう聞いたようなものだった。
 実家を出れば、母親達の幸せを願うジョセフの望みは叶う。2人で家賃を折半するなら、シーザーの部屋探しにも選択肢が増えるだろう。しかも、2人は恋人同士である。
「問題は?」
「ないな」
「びっくりするくらいないな」
「ほんとに」
 上手くいき過ぎて逆に怖い? いや、そんなことはない。わずかな不安ですら、2人の間には入り込めない。この世の全てが自分達を祝福してくれているような気さえしてくる。後は実際に住む場所を見付けるだけだ。
「土日はバイトだが、金曜の授業が終わった後なら時間はある」
「OK。部屋探しに行こう」
 2人はいつの間にかとめていた歩みを再開した。


2023,08,10


すっごいさらっと書かれてましたが、リサリサ先生って再婚してるんですよね。
相手の人の年齢が気になる……。
バカップルなシージョセが好きです。
なんだかんだでシーザーが面倒見のいいおにいちゃんだととてもベネ。
しかし何故現代パラレルを書こうと思うと、シーザーが苦学生になっちゃうんだろう。
<利鳴>

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