ジョセフとスピードワゴン 全年齢


  Present F You


 一息吐くどころかまだ上着を脱いでもいない相手目掛けて、ジョセフは軽快な足取りで駆け出した。
「スピードワゴン!」
 大きく手を振りながらその名を呼ぶと、こちらを向いた目が穏やかに微笑む。
「おお、JOJO。元気にしていたか」
 その質問の答え代わりのように、ジョセフはスピードワゴンの体に勢い良くしがみ付いた。
「お帰り、スピードワゴン!」
 久しぶりに顔を見せるスピードワゴンにジョセフが掛ける言葉は、「いらっしゃい」ではなくいつも「お帰り」だ。今までその理由を尋ねてくる者は誰もいなかったが、もしいたとすれば、彼は迷わず答えていただろう。「スピードワゴンは家族だから」と。血の繋がりがないことはもちろん承知している。それでも、その言葉を使うことに躊躇いを感じたことは一度もない。そんなジョセフに対して、スピードワゴンは決まって照れ臭そうな顔を見せる。それが面白いものだから、ジョセフはますます他の言葉を使うつもりにならなかった。
「また背が伸びたんじゃあないか? ずいぶん大きくなったな」
 スピードワゴンはジョセフの姿をまじまじと見ながらそう言った。確かに、前に会った時よりも彼の顔は近い高さにあるようだ。スピードワゴンの身長が縮んだのでなければ、その理由がジョセフの成長にあるのは間違いない。体格に恵まれていたという祖父の遺伝なのか、数年前からジョセフの身長はずいぶんと伸びている。だがそれ以上に、スピードワゴンと“前に会った時”からもう1年近い月日が過ぎているという事実も、決して小さくはない要因だろう。
「当たり前だろっ! 今何年生だと思ってるんだよっ! もう赤ちゃんじゃあないんだぞ!」
「ははは、そうかそうか」
「もうっ、スピードワゴンってば、全然会いに来てくれないんだから!」
 スピードワゴンがやってくる度に土産のひとつとして買い与えてくれる上等な衣服は、ほとんどの場合、次に彼に会う頃にはもう着られなくなってしまっている。せっかくもらった物を、たった一度――多くても二度――しか披露出来ないことに、ジョセフは以前から不満を感じていた。「次はもっと早く来るよ」という約束が守られたことは、ほんの数回しかない。
 ジョセフが頬を膨らませると、後ろから祖母の声が聞こえた。
「JOJO、スピードワゴンさんを困らせてはいけませんよ。お仕事で忙しいのだから、無理は言わないの」
 彼女の優しい口調の中には、厳しさが潜んでもいる。「でも」と反論しようものなら、よりきついお説教が待っていることは明白だ。それに、彼女が言っていることは間違いなく正しい。ジョセフにも、そろそろ“大人の事情”というやつが分かるようになってきている。「大人は嘘を吐く」なんて喚いてもどうにもならないことは、充分理解出来ている。
「はぁーい……」
 ジョセフは渋々頷いた。
(……いいもん)
 そっちが“大人の事情”を持ち出してくるというのであれば、こっちは“子供の特権”を使わせていただくまでだ。今回は2週間ほどは滞在出来る予定だと言っていたから、その間、目一杯甘やかしていただこうではないか。
「スピードワゴン! 今日はいーっぱい話聞かせてもらうから!」
「分かった分かった」
 世界中を旅したことがあるというスピードワゴンの話は、いつだってジョセフの興味を引いた。スピードワゴンの方も、話をねだられるのが嬉しいのか、いつも笑顔で聞かせてくれる。
 そしてもう1つ。ジョセフが聞き逃すことの出来ない言葉がある。
「その前に、土産を渡さんとな」
「お土産!」
 その単語に反応して、先程まで不機嫌さがにじみ出ていたはずのジョセフの表情は一転する。やっぱり子供は単純だと思われていそうなのは不満だが、それでもテンションを上げずにはいられない。ジョセフはスピードワゴンの腕にしがみ付いた。
「なに? お土産なに?」
「待ちなさい。そうやって腕を掴んでいたら出せないじゃあないか」
 スピードワゴンはやれやれとでも言うように溜め息を吐きながら、それでも笑った。
 ジョセフに「早く早く」と急かされながらスピードワゴンが取り出した包みは、大きさから見るに、どうやら何年もお土産の定番として続いていた衣服ではないようだ――すぐに着られなくなってしまうことに、彼も気付いていたのだろう――。開けてみると、子供の手でも完全に握り込める程度の大きさの球体が2つ現れた。それは1本の紐で繋がれている。手に取ってみると、意外と重量がある。
「これなに?」
「アメリカンクラッカーといってな、音を鳴らして遊ぶおもちゃなんだよ」
 スピードワゴンは紐の中央にある指輪ほどの大きさのリングを摘まんで揺らし、2つの球体をぶつけ合わせるように上下に動かしてみせた。リズミカルな動きに合わせて、カチカチと軽快な音が響く。
「慣れれば色んな向きで動かせるようになる。遊び方が書かれた紙も一緒に入ってるから、練習してみなさい。アメリカ英語だが、まあだいたいは読めるだろう」
 手渡されたそれを、ジョセフは同じように動かしてみた……つもりだった。だが実際には、紐が弛んで上手く動かない。スピードワゴンがやった時は2つの球体の軌跡が大きな円を描いていたのに。
「んんんっ、なんだこれ、難しい!」
「お前にはまだ早かったか」
「練習すれば出来るようになるもん!」
 もちろん根拠はない。だが、せっかくスピードワゴンがくれた物を、用途のないただのオブジェにはしてしまいたくない。
「絶対出来るようになってやる!」
「ははは。わしがいる間に出来るようになるかな?」
 今までは、もらった服を早速着て一緒に外出するのが定番となっていた。スピードワゴンは、同じように「すぐに披露することが出来るかな?」と、そういうつもりで発言したのだろう。確かに、2週間あればきっと出来るようになっている。だが、ジョセフはそれを、部屋に置いてくると宣言した。
「どこに置こうかなぁ。そうだ、ベッドのところに引っ掛けておこう」
「どうしたんだJOJO。気に入らなかったか?」
 スピードワゴンが慌てたように言った。その顔を見上げながら、ジョセフはきっぱりと言う。
「スピードワゴンのじいさんがいる内はやんない! だってこれやってたら、どこにも行けないし、音も鳴るから話だって出来ないだろ」
 この滞在中は目一杯甘やかされることにもう決めているのだ。そこにアメリカンクラッカーの練習をする時間を作る余裕は残念だがない。
「次にスピードワゴンが帰って来る時までにはマスターしてやるぜ!」
 いっそのこと勝負を申し込んでも良いかも知れない。ジョセフがアメリカンクラッカーを上手く操れるようになるのと、スピードワゴンが再び帰ってくる日、どちらが早いか。ジョセフが勝ったら、スピードワゴンのプライベートジェットに乗せてもらって、旅行に連れて行ってくれとでも言ってみようか。
 ジョセフがすでにマスターしたかのように胸を張ってみせると、スピードワゴンは「それは楽しみだ」と言って笑った。
「だから、今日は話をしてもらう日!」
 ジョセフは再びスピードワゴンの腕を掴んだ。土産ももらったことだし、もう「手を離しなさい」と言われなければいけない理由はないはずだ。
「分かった分かった。そうだな、なんの話がいいか……」
「おじいちゃんの話をして!」
 ジョセフがそう言うと、スピードワゴンは苦笑を浮かべる。
「またか? もう何度も話したじゃあないか」
「だって面白いんだもん」
 その話をしている時のスピードワゴンが。
 若くして亡くなった祖父が世界のために戦ったという話は、改めて聞くまでもないくらいに何度も聞かされている。だが、子供には理解出来ないとでも思われているのか――あるいは何等かの危険が潜んでいるとでもいうかのように――、その内容の大部分はふんわりとした表現によって曖昧に変換され、おとぎ話めいたものになっていた。ジョセフはもう、王子様が伝説の剣を振り廻して呪われたお姫様を悪のドラゴンから救い出すような話で喜ぶほど子供ではない。しかしスピードワゴンはどうやらそうではないようで、祖父の話をする時の彼は、目を輝かせ、「あの人は本当に素晴らしい」と何度も繰り返した。ジョセフがいることを忘れて思い出に浸り出すことも珍しくないほどだ。それだけ、ジョナサン・ジョースターという人物は彼にとって大きな存在であったらしい。そんな人間の血が自分にも流れているということが、ジョセフには誇らしく思えた。いや、そんな大袈裟な話ではない。
(こうやってスピードワゴンといられるんだから、ぼくはおじいちゃんの孫で良かった)
 祖父のお陰で、スピードワゴンと家族になれた。この幸運はきっと、祖父からの贈り物だ。叶うのなら、一度直接会ってお礼を言いたいものだ。
(それとも、会ったらがっかりするかな?)
 本当はそんなに素晴らしい人間なんて簡単にいるはずもなく、スピードワゴンが誇張して話しているだったとしたら……。いや、それはそれで面白いかも知れない。その場合は「どんだけおじいちゃんのこと好きなんだよ」とでも言ってからかってやろう。
「ねえ、スピードワゴン!」
「ん、うん?」
 記憶の中の人間に一体どんなスバラシイお言葉を掛けていただいていたのか、スピードワゴンの反応は一瞬遅れた。やっぱり面白い。祖父に会ってみたかったという思いは、ジョセフの中でますます強まった。だがもちろんそんなことは出来ない。となればやはり、祖父を知っている相手から色々聞くしかないのだ。
 手始めに……。
「スピードワゴンは、ジョナサンおじいちゃんとぼく、どっちが好き?」
「なっ……」
 ジョセフの問いに、スピードワゴンは明らかに狼狽えた。目がまんまるに見開かれ、顔全体が一瞬で赤く染まる。
(そうなるだろうと思ってた)
 読みがあたって、そしてスピードワゴンの顔が想像以上に面白くて、ジョセフは笑いを堪えられなかった。
「こ、こら! 大人をからかうんじゃあない!」
「そうですよJOJO。あまり失礼なことを言ってはいけません」
 そう咎めた祖母の声も、笑いを我慢していることがはっきりと分かるくらいに震えていた。スピードワゴンが「エリナさん!」と抗議すると、彼女は口元を抑えたまま「そろそろお茶の準備が出来た頃かしら」等と言って離れていった。それがおかしくて、ジョセフはますます笑った。
「まったく……、悪ガキに育ちおって……」
 スピードワゴンは顔を隠すように帽子の鍔を引き下ろした。そんなことをしても、ジョセフの両の目はまだスピードワゴンの顔よりも低い位置にある。見上げれば、赤くなった顔が陰になりつつもちゃんと見える。その光景は、きっと祖父は目にしたことがないものだ。そう思うと、少しだけ優越感が湧いてきた。そして、もし祖父に会うことが出来たとしたら、それがいかに愉快なものであるかを、全部話して教えてあげたいと思った。


2021,04,03


ラジオでスピードワゴンの中の人が「どっちのジョジョが好きですか?」って聞かれてるのがなんか可愛かったので書きました。
あとアメリカンクラッカー懐かしいなぁと思って。
昔うちにあったアメリカンクラッカーは紐じゃあなくて三角形の棒に球がくっついてるみたいなタイプでした。
懐かしさのあまりうっかりぽちってしまいそうなので誰かわたしをとめてください(笑)。
タイトルはForにするかFromにするかで迷ったのでFだけにしてみました。
<利鳴>

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