シージョセ 全年齢


  シャボン玉飛ばそ


 シーザーがその姿を見付けた時、ジョセフはこちらに向って大きく振っている手とは反対の手に、なにやら細長い物を持っていた。「長い」と言っても十数センチ程度であろうそれは、彼が近付いてくると、どこから調達してきたのか、2本の透明なストローであることが分かった。
「シーザーちゃん!」
 駆け寄ってきたジョセフは、大きな仔犬のような笑顔を見せた。
「どうするんだ、それ」
 ジョセフの手の中にあるストローに視線を落としながら尋ねると、その片方が差し出された。
「シーザー、シャボン液持ってるんだろ? 少し分けてよ。遊ぼーぜ」
「って、オレもか」
 世界の存続がかかっている戦いの途中、良い歳をした男2人――しかもどちらも波紋の戦士――が、肩を並べてシャボン玉遊びとは……。眉を顰めるように笑ったシーザーは、しかし荷物の中にいつも入れてある予備の――そのまた予備、と呼べる程度には余分に用意してある――シャボン液のボトルを取り出した。こんな戦いの中にいるからこそ、ジョセフのような屈託のない――波紋のエネルギーとイコールである太陽のように――眩しい笑顔が必要なのかも知れない。彼はそんなことを思った。
「なにニヤニヤしてんの?」
 先に笑ったのはお前の方だとは言わずに、シーザーはジョセフからストローを引っ手繰った。
「あまり使いすぎるなよ」
「どうせ山ほど持ってんでしょ。少し荷物軽くしてやるよ」
 早速ボトルの蓋を開けると、ジョセフはそれにストローを差し込んだ。シーザーも自分用に取り出したボトルを開ける。
「奥義! シャボンランチャー! なんつって」
 ジョセフは笑いながらストローを吹いた。小さな球体が、日光を反射しながら空へと舞う。風下にいたために自分で作ったシャボン玉に一斉に襲われ、逃げ廻るジョセフを見ながら、シーザーはゆっくりとストローに息を吹き込んだ。虹色だった小さな球がその大きさを増す毎に透明になってゆく。人の拳よりもふた周り程大きいサイズになったところで、空気を送るのをやめ、ストローを軽く動かした。支えをなくしたシャボン玉は、一瞬だけ浮力を見せたが、重力に引き込まれるようにゆっくりと降下を始めた。それはそのままジョセフの足下――風下――へと漂っていった。
「お」
 シーザーのシャボン玉に気付いたジョセフは、はしゃぎ廻るのをやめてその姿を眼で追い始めた。足に触れて壊してしまわないように少しだけその場から移動したが、結局、透明な球体は地面に降り立つと同時に弾けて消えた。
「大きく作りすぎなんじゃあないの? きっと重いんだ」
「分かってるさ、そんなこと」
「小さいのならちゃんと飛ぶぜ。勢いも付くし――」
「いいんだよ。オレは大きいのが作りたかったんだから」
 シーザーは2つ目のシャボン玉を作り始めた。先ほどよりも少し小さくなったそれは、ストローから離れる前に吹いてきた風に煽られて、やはり消えてしまった。顔を上げると、ジョセフが作った大量の小さなシャボン玉は、空高く巻き上げられていた。それを追うジョセフの眼は、まぶしそうに細められながらも、それそのものも光り輝いているように見えた。
「おー。高い高い」
 高く飛び上がっていったシャボン玉達も、飛ばずに消えてしまった物と同じ運命に行き着くまで、そう長い時間はかからないだろう。多少の差はあれど、同じ短い命……。
(それなら……)
 強引にではあっても、ああやって遥か上空を目指してみるのも、悪くはないのかも知れない。シーザーはそんなことを思った。
「これじゃあ足りないが……」
 シーザーはボトルに眼をやりながら言った。
「うんと大きなシャボン玉を作って、その中に入ってみたら、世界はどう見えるんだろうな。やっぱり、虹色になるんだろうか」
 子供っぽい発想だと、笑われるだろうかと思った。だが眼の前にいる男は、シーザーが思った以上に、そして彼以上に、子供っぽさを失っていなかったようだ。
「どうせならそのまま飛べたらいいと思わない?」
 そう言って輝いた笑顔は、まさに子供の表情だった。
「ね、シーザーちゃんの波紋で出来ないの?」
「割れないように強化するだけならともかく、飛ぶのはどうかな……」
 シーザーは再びストローに口を付けた。ゆっくりと息を吹き込んで出来たシャボン玉は、今度は先程よりも少し高い位置を漂い始めた。
「割れなければ飛ぶというわけでもないからな。もっと軽い気体で……、ああ、それから、人体に影響のないもの、だな」
「どうせならさぁ」
 科学的な話には、ジョセフは興味がないらしい。そう言えば前に、勉強は好きではないと言っていたことがある。
「シーザーちゃん聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「どうせならうーんと大きく作ってさぁ!」
 シーザーが作ったシャボン玉が、ふわりと2人の間へ流れてきた。ジョセフの笑顔が虹色の向こう側で揺れているようだ。
「オレも一緒に入れてよ」
 ぱちんと弾けたシャボン玉は、シーザーの心の中に小さな火を灯したようだった。
 ジョセフは『一緒に』と言った。つまり、2つの大きなシャボン玉を、ということではなく、2人が入れる、もっと大きなシャボン玉を、ということだ。シーザーもジョセフも、元々長身でしかも身体を鍛えている。一体どんなサイズのシャボン玉を作らせるつもりだ。シャボン液のボトルが何本必要になるんだと半ば呆れながら、しかしそれも楽しそうだと思った。ジョセフなら、強引に空へと引き上げてくれるのかも知れない。彼の眩しい笑顔が、太陽と引き合って、そんなことも可能になるのかも知れないと思えた。
(うん、悪くない)
 空を見上げていたシーザーの視界を、不意に大量のシャボン玉が覆った。それらを作り出したのはもちろんジョセフだ。シーザーが返事をしてくれなかったために、ちょっかいをかけたくなったのだろう。
「食らえ、シャボンランチャー!」
 指先で触れてみると、割れたシャボン玉からは微量の波紋が伝わってきた。
「人に向って吹くんじゃあない」
「ぼーっとしてんのが悪い」
「しかもなんだこの波紋は。全然なってない」
「シーザーよりも慣れてないんだもん。むしろ行き成りオレがパーフェクトに決めちゃったら、シーザーちゃんヘコむでしょ」
 べえっと舌を出したジョセフを見ながら、シーザーはぱんっと両手を合わせた。彼の手袋には、いつも通り波紋用のシャボン液が染み込ませてある。
「本物のシャボンランチャーを見せてやろうか?」
 シーザーはにやりと笑ってみせた。
「げっ。ちょっとタンマ!」
 ジョセフは走り出した。シーザーはそれを追いかけた。2人が巻き起こした風は、2人の笑い声を閉じ込めたシャボン玉を、空高くへと舞い上がらせた。


2012,10,28


ストロー吹いてるってことは、ジョセフのマスクは外れてるってことになるかと思うのですが、
そんな頃になったらもうシャボン玉遊びなんてしてる時間ないですよね。
でも書きたかった。
すっげぇありがちなネタであるとは存じておりますが。
シャボン玉の歌詞まじ切ないですよね。
<利鳴>

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