シージョセ 全年齢 他部要素有り


  次への約束


「シーザーちゃん、聞いて。オレ、パパになったのよん」
 ウインクをしながらおどけた口調でそう言うと、返ってきたのは完全に怒りモードの鋭い視線だった。ジョセフの親友であるシーザーは、地の底を這うような低い声で「ああ?」と言いながら、首を傾けるような仕草をした。一歩間違えば滑稽に見えるほどにまで眉間に皺を寄せるその表情は、気の弱い者であれば眼にしただけで意識を失うかも知れない。正面から対峙すれば、ギャングだってそうなる可能性がある。
「ちょっ、シーザーこえぇって。せっかくのイケメンが台無しよ? ほらぁ、笑って笑って……」
 半ば逃げ腰になりつつも宥めようとすると、レーザービームのような視線はその出力を増した。眼から体液を発射してくる吸血鬼と戦った時の光景が脳裏に蘇る。
「JOJO」
 シーザーは人間に聞き取ることが出来る最も低い音に挑戦しているのではないかと思いたくなるほどの低音で言った。
「そこに座れ」
「はい……」
 最早これはシーザーではないのではと疑いたくなるような形相だ。ゾンビか、吸血鬼……それか別の化け物か。例えばジャパニーズ・オニ――いや、あれの原産(?)はチャイナだろうか――辺りが怪しい。半分ジョークでそう思いながら、それならなおさら無闇に逆らわない方が良いと判断し、ジョセフは大人しく脚を畳んで身体を縮めた。
「ったく、お前ってやつは……」
 溜め息混じりにそう言った声は、ジョセフがよく知っている本物のシーザーの物に戻っていた。表情はまだ険し過ぎるままだが。
 こうして彼に――夢の中で――会うのは久しぶりのことだった。最後に会ったのは数年前まで遡るはずだ――確かあの時は生まれて間もない新しい家族を紹介したので――。昔はもっと頻繁に見ていたその夢を、歳月を重ねる毎に見なくなっていったというのは、もうジョセフが“それ”に縋らなくては立っていられないような子供ではないことの証明なのだろう。それでも彼は、友の名を、姿を、その声を、忘れてしまったわけではない。シーザーと共に戦ったあの頃の――少年の――気持ちに帰りたくなるような、そんな心弾む出来事があった時――あるいは、どうしようもない不安に駆られた時――等には、彼はちゃんと話を聞きに会いにきてくれる。そんな時、ジョセフは決まって19歳の頃の姿に戻っていた。それを不思議に思ったことはない。20歳の若者に説教されるという状況に素直に萎縮してしまうのも、その所為なのかも知れない。
「何が『パパ』だ。お前この前は曾孫が出来たと言っていたんだからなッ! 不倫だと!? 愛人だと!? 孫より若い息子だとッ!? 何考えてんだこのスカタンがッ!」
「返す言葉もございませんっ」
 ジョセフは大きな身体を極力小さくして、散弾銃のように放たれるシーザーの言葉を大人しく浴びせられていた。
「これだから若い頃に遊び足りないやつは困るんだ。貴様ごときが女性を泣かせようなんぞ、10年早いッ!」
「ちょっと待って。それって、オレ何歳まで生きるのよ。オレもうすぐはち――」
「口答えをするな!!」
「はい」
 久々に会うというのにこれである。「もう少し感動の再会とかはないわけ?」と思いながらも、あの頃のままのシーザーに会えるのは嬉しい。もっとも、ここでうっかり嬉しそうな顔なんてすれば、また「真面目に聞け」と怒るのだろうが。
「そんなことゆーけどよぉ」
 シーザーが弾丸のような言葉を一先ず撃ち終わるのを待って、ジョセフは口を尖らせるように言った。シーザーは再びしかめっ面をする。
「あ?」
「自分だってガールフレンド何人もいるって言ってたじゃん。そんで、その全員に『君だけだぜシニョリーナ』とか言ってんだろ」
「妻子持ちと未婚を一緒にするな」
「ごもっともです」
 ジョセフは再び肩を竦めて小さくなった。
「それに、オレがシニョリーナ達に嘘を吐くのは、彼女達を悲しませないためだ。そのために吐く嘘は正しいことだ」
 断言するその言葉に、ジョセフは片方の眉をぴくりと動かした。そんな小さな動きすら見逃さずに、シーザーは「なんだその顔は」と言う。ジョセフは緑色の眼を真っ直ぐ見上げながら言った。
「今までに誰も悲しませたことがないみたいな言い方」
 今度はシーザーの表情が一瞬強張ったようになった。『変化した』と言うには、小さ過ぎる動き。それでもジョセフにはそこに込められているのであろう意味が読み取れた。彼はあえてそれを口に出して言った。
「オレが悲しまなかったとでも思ってんの?」
「……すまん」
 溜め息を吐くように言うと、シーザーはその場に腰を降ろした。ジョセフも脚を崩して座り直す。どこからともなく潮のにおいを含んだ風が吹いてきた。2人が修行に励んでいたあの島にも、同じ風が吹いていたことを今でも思い出すことが出来る。
「で? 息子とは上手くやれそうか?」
 そう尋ねたシーザーの唇には、うっすらと笑みが浮かんでいた。それもまた、ジョセフの知る“あの頃のまま”のシーザーの姿のひとつだ。厳しい修行や戦いの合間に彼が向けてくれたその微笑みが、離れ離れになってしまった後もジョセフを支えてくれていた。
「いやあ、どうかなぁー。そう簡単にはいかないでしょう」
「ま、16年もほったらかしにしてたんだからな」
「だから知らなかったんだってばっ。積極的に知ろうとしなかったのは悪かったけどさ」
「ちゃんと詫びれよ」
「分かってますー。って言うか、今やってますぅ」
 拗ねた子供のような顔で言うと、シーザーはくすくすと笑った。
「まあ、会ってすぐの時よりはギスギスしてないって言うか、少しは和解? っていうの? 出来たのかなって思ってる」
「良かったな」
 そう告げるシーザーの口調に、ジョセフはひとつのことを感じ取っていた。それは、シーザーが“そのこと”を自分のことであるかのように喜んでくれているということだ。いや、すでに彼はジョセフの一部であると言ってしまっても良い存在だ。この地上から消えてしまっても、ジョセフの中で、ジョセフと共に時を過ごしてきた。いつも傍にいてくれた。
(だからって他の女に手出したのをシーザーの影響の所為にするつもりはないけど)
「何か言ったか?」
「言ってません。本当に言ってないから、心の声読むのやめて」
 シーザーは再び笑った。
 いつの間にか、辺りの景色――元より何もない空間ではあったが――が白く霞んでいた。それは目覚めの時を知らせる合図だ。そろそろ行かなくてはならない。シーザーと話をしていられる時間は、いつも永遠ではない。残念なことに。
 不意に頭に何かが触れた。少し遅れてそれがシーザーの手であるということに気付く。彼は髪をかき回すように撫でた。
「またな」
 前回もそうやって別れた。その“また”が数年後の今だ。もう少しその間隔は狭くて良いのだがとジョセフは思う。
「あ」
「ん?」
「もうひとつシーザーちゃんに報告があります」
「今度は何だ」
「もうひとり子供が増えるかも」
「お前まさか……」
「違う違うっ。身元不明の赤ん坊を拾ったの! このまま親が見付からなかったら引き取ろうかと思ってるんだよっ。そのゴゴゴゴゴって顔やめて! 曾孫より若い子供とか流石にないでしょ!」
「いーや、お前なら分からん」
「勘弁してよ」
「犬や猫とは違うんだからな。引き取るからには、きっちり責任果たせよ」
「分かってる。はっきり言って、遺せる財産は山ほどあったりしちゃうのよね〜。このニューヨークの不動産王、ジョセフ・ジョースターを舐めてもらっちゃあ困るぜ。お望みとあらば山その物も遺せるぜ」
 ジョセフが歯を見せて笑うと、それが「そんなこと――金銭――で責任が全て果たせるわけではない」ということを充分理解した上でのジョークであることを完全に見抜き、シーザーも口角を歪ませたような笑みを返してきた。
「そんなこと言って、まだまだしぶとく生きてそうだけどな」
「えー? そろそろ連れてってくれないの?」
「駄目だな。子供が出来るならなおさら。それに、お前なんて連れて行ったら、毎日煩くてかなわん」
「酷いこと言うなぁ」
 ジョセフが頬を膨らませると、シーザーは「ははは」と笑った。つられたように、ジョセフも笑う。
 シーザーの手が再びジョセフの頭に触れた。
「愛情は生きてる人間からしか教われないぜ」
「うん。それも分かってる」
 そう返しながら、ジョセフは頭の中で否定していた。死んでしまってからも、シーザーはジョセフに大切な物を与え続けてくれている。“あの町”に“かつていた少女”も、共にひとつの狂気を追う“仲間”であったと断言出来る。もし本当に死者が生者に何も与えられないのだとしたら、おそらく前提が間違っているのだ。彼――彼女――は、死んでなどいないのだろう。その魂は誰かの中で生き続けている。そして受け継がれてゆく。残された者は皆、“誰か”の存在の証明だ。
「グラッツェ、シーザー」
 気が付くとその言葉は自然に口から出てきていた。シーザーはその意味を尋ねることなく、微笑んでいる。
「そうだシーザー。その例の赤ん坊、正式に引き取れることが決まったら、名前付けてやってくれないか?」
 そうすることによって、彼が存在していたことの証明がひとつ増えるように思えた。それが、シーザーにそのことを頼もうと思った理由のひとつ。
「ゴッドファーザーか。そいつは大役だな」
「日本人の女の子の名前でお願いね。変な名前は嫌だぜ?」
「責任重大だ」
 シーザーは唇の下に手をあてて、考え込むような仕草を見せた。ジョセフは慌ててそれを妨害した。
「ああ、今すぐにって言うんじゃあなくて。ぎりぎりまで親探しはしてるから、まだどうなるか分からないし、じっくり考えてくれていいから」
 妙に焦ったような素振りを見せるジョセフに、シーザーは小さく首を傾げた。が、「まあ、確かに簡単に決めるものじゃあないしな」と納得してくれたようだ。
「うん、次会える時まででいいから」
「そうは言っても、いつまでも名前がないままとはいかないだろう」
「うん」
 だから、
「今度は早めに、会いに来てよ」
 シーザーが赤ん坊に付ける名前を考えている間に、ジョセフは“その次”の会う口実を考えよう。なるべく長い間隔が出来てしまわないような何かを。彼はいつでも自分と共にいるのだと分かっていても、やはり姿形を持って会える方が嬉しい。ここでひとつの約束を得られれば、“その日”はいつ訪れるとも分からぬ遠い未来ではなくなる。
 シーザーがふっと息を吐く音が聞こえた。
「分かった」
 その姿は光に溶け込むように、すでにほとんどが見えなくなっていた。それでもジョセフは、親友がどんな表情をしているのかが分かる。何しろ彼は、自分の一部なのだから。
「これぞという名前を考えてきてやるからな。期待してろ」
「うん。楽しみにしてる」
 ジョセフが頷いたのを合図にしたように、その意識は目覚めへと向かう。彼もまた、自分の、そして自分の中の存在の証を残すために、新たな時を刻んでゆく。
「またな、JOJO」
 優しい声に送り出され、今日もまた、1日が始まる。


2016,07,16


シーザーはずっと見守ってくれてると信じてるし、ずっと一緒に戦ってくれると信じてる。
<利鳴>

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