シージョセ R18


  束の間遊戯室


 背中でドアを閉めたのと同時に、そこが自分の――自分に宛がわれた――部屋ではないことに、ジョセフは気が付いた。ほぼ寝るためだけのその部屋を最後に出たのは、ほぼ2日前のことだった――即ち、昨日は寝ていない――。ゆっくりくつろぐ暇もなく、少しも馴染んでなどいないが見覚えはある自室と、その部屋の内装はほとんど同じであるようだ。だが、決定的に違っている点がある。それは、部屋の散らかりようだ。ベッドの上も、床の上も、見えている面積が倍半分も違う。ジョセフの部屋は、こんなに片付いてなどいない。脱ぎ散らかした服と、乱雑にめくった毛布は、今もそのままになっているはずである。修行が終わるまでの短い期間だけの居場所、それも、毎日帰れるとも限らないとあっては、片付ける気もおきないというものだ。そんなジョセフの部屋と違って、今眼の前にある光景は、どこもきれいに片付けられている。
「ってことは……シーザーの部屋か」
 どうやら開けるドアが1つずれていたようだ。
 シーザーも、ジョセフと同じくこの部屋にいる時間は長くないはずだ。だからこそ散らかりようがなく片付いたままになっているだけなのかも知れないが、ジョセフには、シーザーがわざわざ自分へ嫌味を言うために部屋をきれいにしているのではないかと思えてきた。シーザーに、ジョセフが間違えてこのドアを開けるなんてことが予想出来るはずもないのだが。
「ふん。そんな嫌味なやつは、粗探ししてやりたくなってきちゃうのよねー」
 ずかずかと部屋の奥へと進み、ジョセフはベッドの横にしゃがみ込んだ。
「案外ベタに、こーゆーところにエロ本なんて隠してたりしてぇー」
 しかしシーツをめくって覗き込んだベッドの下には、なにもなかった。マットレスの下まで見てみたが、こちらも同様だ。
「なぁんだ。つまんねーの」
 そのまま床に膝をつき、ベッドの上に顎を乗せた。軋んだベッドから、シャボン玉のにおいが立ち上った。それから、汗とタバコのにおいも少々。
(あー、シーザーのにおいだ)
 そう思った途端に、ジョセフの脳はつい先程まで共に修行に励んでいた青年の姿を、妙に生々しく思い浮かべていた。筋肉の付いた身体を流れ落ちる汗。波紋を練るための呼吸。隙を見て楽をしようとするジョセフを叱咤する声。「おいJOJO! まじめにやれ!」そう言いながら追いかけてくる表情は、不思議と少し笑っているように見えることもあった。風に靡く金色の髪と長いバンダナ。頬の痣を「変なの」と指差すと、「お前にだって変な痣あるだろうが」と言って首筋のそれに触れてきた。少し、くすぐったかった。今はもうその感触は皮膚の上に残ってはいない。だが代わりに、少し熱いと思った。部屋の温度が高すぎる……? いや、そうではない。
(……やばいかも)
 熱はジョセフの体内から生まれてきていた。いつの間にか、鼓動が早くなっている。修行の所為ではない。運動による体温と心拍数の上昇は、部屋に入る前にすでに正常に戻っていた。原因はこの部屋だ。この部屋が『まずい』。
 毎日毎日修行の繰り返しで、『そんなこと』をしている暇は全くと言って良い程なかった。と、言い訳くらいは出来たかも知れない。平たく言えば、欲求不満だったのだろうか。そんなタイミングで、わずかに生じた、言ってしまえば気の迷いのような感情。今日は次の修行の準備があるからと、いつもよりも早い時間に解放されたというイレギュラーまで重なった。
 ジョセフは、自分の下腹部に手を伸ばしていた。熱の発生源は、間違いなくそこだ。衣服越しでも分かる。すでにそれは形を変え始めている。
 他人の部屋で、一体何をしているのだと頭の中で誰かが咎める。だが、他人の――この――部屋だからこそ生じた衝動だ。一度付いてしまった火は、時間や場所がどうこうと言ったところで容易には消えてくれない。
(くそっ……、シーザーが悪いっ!)
 無茶苦茶な責任転嫁。そんなものは、してもしなくても状況になんの影響も与えなかった。
「っ…………」
 煽ったつもりはなかった。なんとかして抑えようとした……つもりだった。だが実際にそう出来ていたかと問われれば、答えは『NO』だ。ジョセフの手の中で、欲望は治まるどころか肥大している。
「しー……ざぁ……っ」
 半ば覚悟を決めるように大きく息を吸い込むと、自分の体内が他人のにおいで満たされるような錯覚があった。

 突然聞こえたのは、悲鳴だった。はっきりとそう判断した時、シーザーはすでに走り出していた。
「JOJO!?」
 それは間違いなくジョセフの声だった。敵の不意打ちにでもあったのだろうか。リサリサ達が次の修行の準備のために島を離れた隙を突いて……。しまった、油断した、迂闊だったと嘆いても、もちろん遅い。いつもより早い時間に休むことが許され、気が緩んでいたことは否定出来ない。
「JOJO!!」
 間に合ってくれと祈りつつ、飛び付いたドアが自分の部屋のものであることに気付いた。馴染みはないが数日の時を過ごしたその場所が、最悪の場合は鮮血で染められていることを想定しながら勢い良くドアを開け放つ。鍵はかかっていなかった。
「JOJO!」
「しっ、シーザーっ!?」
 半分裏返った声が返ってきた。ジョセフだ。ベッドの淵にしがみ付くような体勢で床に座り込み、肩で息をしている。表情は苦しそうだが、負傷しているようには見えなかった。そして室内には、彼の他には誰の姿も見当たらない。部屋の中の様子も、最後に見た時とほとんど変わりないようだ。
「大丈夫か? なんだ今の悲鳴は……」
「あー、いや、そのぉー……」
 まだ一応周囲を警戒しながら尋ねると、ジョセフはばつが悪そうに笑った。嘘臭い笑いだ。
「JOJO?」
「なんでもないのよ? そのぉー、ちょっと息するの失敗しただけで。あは。あはははは……」
 そう言いながらジョセフは、自分の口と鼻を覆っているマスクを指差した。それは、いつでも意識することなく波紋の呼吸を保っていられるようになるための矯正装置で、それ以外のリズムで息をしようとすれば、空気を通さない仕組みになっている。つまり、先程の悲鳴は、波紋の呼吸を乱したために息が出来なくなって上げたものだったのだろう。
「人騒がせな……」
「あはは。ゴメンゴメン」
「息が出来ないくせに悲鳴は上げられるのか」
「いや、それは復帰してからの『危なかったー』の声でしょ」
 安心すると同時に、心底呆れてしまったシーザーは、やれやれと溜め息を吐いた。
「で? 人の部屋で何をしているんだ」
 ドアを閉めて近付いて行くと、ジョセフはぎくりと表情を強張らせた。それを見てシーザーは眉を顰めた。
「……JOJO? どうした?」
「あう……、い、いや……」
 シーザーは気付いた。自分に背を向けたまま首だけで振り返ったジョセフが、身体の前に何かを隠そうとしていることに。
「なにをしている?」
 様子がおかしい。やはり何かあったのか。シーザーは大股でジョセフに近付こうとした。
「あっ、ちょ……、本当になんでもないからっ。……こ、こないで……っ」
 ジョセフの懇願は、しかしすでに遅かった。シーザーはジョセフの手首を掴み、彼の上体を自分の方へ向かせていた。
「なんだ、なにも……」
 「ない」と思った。だがそれは違っていた。真っ赤になったジョセフの顔から真っ直ぐ下へと視線を降ろせば、彼の脚の間で衣服が不自然に膨らんでいることに気付く。
「……マンマミーア」
「OH! MY! GOD! 最悪だああああっ!!」
 「キャーオヨメニイケナイ」と騒ぎ出したジョセフを見て、シーザーは再び呆れた顔をする。だが、実を言うと「こんな時に非常識な」「ありえない」とは思わなかった。同年代の同性のそういった事情は、理解し難いものではない。むしろ――
 リサリサ達は今、シーザー達を残してこの島を離れている。彼等の進歩が師達の予想を凌ぐ早さだったために、次の用意がまだ出来ていなかったのだ。2人が着実に力を付けていることは、非常に喜ばしいことだ。が、突然「今日はここまで」と打ち切られて――リサリサにしてみれば褒美のようなつもりで休みを与えたのかも知れないが――、肩透かしを食らったような気分であることも否定出来ない。しかも、予期せぬ余計な時間は、それまで忘れていた余計な欲求を思い出させた。だが勝手に島を出るわけにはいかず、リサリサの使用人に手を出すのもまずい。少し散歩でもして気を紛らわそうと思って歩き出してはみたものの、結局何も変わることはなく、もう部屋へ戻ろうとしたところで聞こえてきたのが先程のジョセフの悲鳴だった。
「おいJOJO」
「な、なんだよ」
 からかわれるのか、それとも叱られるのかと怯えたような眼がシーザーを睨んだ。だがどちらもすることなく、赤い顔のその下にある熱塊に、シーザーは手を伸ばした。
「ひゃにゃあッ!?」
 おかしな声を上げたジョセフの頭を、シーザーはベッドへと押さえ付けた。
「痛っ!?」
「手伝ってやろうか」
「ッ……!? なっ、シーザー!? 気でもくる……」
 慌てふためく声を無視して、シーザーはジョセフのズボンの中に手を突っ込んだ。直接触れたそこは、すでにわずかにではあるが濡れそぼっていた。
「あっ……、や、やめっ……。うああッ」
 指先でゆっくりと形をなぞると、ジョセフの身体は痙攣するように小刻みに撥ねた。本当はシーザーの手を振り払いたいところなのだろうが、彼の手はベッドのシーツを握って離れず、足にも力が入らないようだ。
「待っ……てッ!! マジでっ、息、出来ない……ッ!」
 苦しそうに叫んだジョセフは、完全に呼吸困難に陥っていた。ぜいぜいと喘いでも、酸素はほとんど取り込めていないようだ。すっかり波紋のリズムが狂ってしまっている。マスクをしたままでは、これ以上の続行はどうやら不可能らしい。だがシーザーは、それの外し方を知らない。かと言って、放置して自然に治まるとも思えない程、彼の欲望は育っているようだ。「さっき悲鳴を上げた原因もこれか」と、呑気に納得している場合ではない。
「JOJO、息をしろ。オレの呼吸にあわせろ」
 シーザーは一度手を離し、ジョセフの背中にぴったりと身体を重ね合わせた。真っ赤になった耳のすぐ後ろで、音を立てて息をした。これは、少なくとも一時的には逆効果だった。首筋に息が触れ、ジョセフは堪えるように呼吸をとめてしまった。それでも、少しの時間が経つと、ジョセフもなんとかたどたどしいながらも、肺に酸素を取り込むことに成功していた。「いいぞ。いい子だ」と言ってシーザーが頭を撫でると、呼吸は再び一瞬だけ乱れた。
「そのまま続けろ。リズムを崩すな。いいな?」
 念を押すように言って、先程よりも強く存在を主張している陰茎を握った。その瞬間、ジョセフの身体はより一層大きく跳ねた。
「あッ!? やっ……なにっ!?」
 自分の身体になにが起きたのか理解出来ずに、ジョセフは半ばパニックを起こしているようだ。その眼には泪が滲んでいる。一方シーザーは、彼の身に起きていることが手に取るように分かっていた。シーザーの指先から流れた波紋が、電流にも似た刺激となってジョセフの中心部を襲ったのだ。急激過ぎる――しかも大き過ぎる――快楽に呑まれ、彼の限界はもう近い。
「やっ、それっ……、い、やだッ……、あっ……!!」
「仕方ないだろう? お前に付き合ってオレも波紋を練っているんだから。むしろ早く済むことを有り難く思えよ」
 おそらく長引かせれば、本当に呼吸が出来なくなってしまうだろう。
「今の内に脱いでおいた方がいいな」
 独り言のようにそう言うと、シーザーは了承も得ずにジョセフの着衣をずらし、下半身を露にさせた。屹立したそれは、先端から滲み出る液体で白く汚れている。
「はっ……はあっ……。や、やだぁ……」
 それでもなんとか呼吸を保ちながら、ジョセフは濡れた瞳でシーザーを振り返った。言葉とは裏腹に、そこには解放を渇望する色が見て取れた。シーザーの体内には、すでに炎にも似たなにかが灯っている。それは、今の視線で一気に勢いを増した。
 シーザーはジョセフの背中から離れた。そして次に手をかけたのは、自分のズボンと下着だった。それらを同時に膝まで降ろし、再びジョセフに接近する。
「しっ、シーザーっ!? それ、どうす……」
「悪いな。限界だ」
「なっ……!? うそっ……」
「入れないから。足閉じてろ」
 ジョセフの腰を掴むと、シーザーはすでに立ち上がっている自分のそれを、眼の前にある太股の間へと押し当てた。そのまま力を入れ、押し進める。ジョセフの先走りの液体で濡れている所為で、摩擦はそれほど大きくはない。が、ジョセフが反射的に力を入れたために、強く締め付けられるのを感じた。
「あァッ……!!」
 ジョセフが声を上げる。
「っ……、少しだけ待ってろよ。波紋で血液の流れをコントロールして、すぐに追い付いてやる。お前のタイミングに合わせる」
 ジョセフの首筋にそう言うと、シーザーは律動を開始した。最初は滑り具合を確かめるようにゆっくりと。それが済むと、今度は段々と早く。濡れた音が部屋に響いた。
「ああッ!! それっ……、すごっ……。シーザーのがあたって……、擦れるッ」
 先端から溢れ出る液体は、すでに2人の分が混ざり合い、区別が付かなくなっている。2つの身体と2つの液体がぶつかり合う音がする。
「もっ……無理っ!! イクっ! イきたいッ!」
 そう叫んだジョセフは、解放への衝動だけではなく、呼吸の方もそろそろ限界へと達してしまいそうだ。シーザーは一度、自身がジョセフの足の間から完全には出てしまわないぎりぎりのところまで身体を離し、一気に突き上げた。
「っああァッ!!」
 ジョセフの声を聞きながら、シーザーは欲望を解き放った。誘爆するように、ジョセフも続いた。

 余韻に浸っている暇は全くなかった。ジョセフがリズムを取り戻して正常に呼吸が出来るようになるまで、2人は白濁に塗れた身体を気にすることすら出来なかった。
「おい、大丈夫か? 息してるか?」
「っ……はっ……、はっ……。……よっくも、やって、くれた、なっ」
 思い切り睨み付けられたが、泪が滲んだ眼でそうされても少しも怖くはない。むしろ、逆に愛らしくさえ見えて、シーザーはうっかり微笑みそうになった。
「殺す気か、コンニャロー!!」
「すまん」
「波紋を悪用してるって、リサリサ先生にちくってやるっ」
「でも正直言って、良かっただろう?」
「っ……。そ、れはっ……」
 シーザーが覗き込んだ顔は、余すところなく赤かった。思わずくすりと笑うと、睨み付けてくる眼がぐっと近付いてきた。拳が飛んできたら素直に殴られてやろうと思った。しかしジョセフは、数秒の間を開けた後、「くそっ」と悪態をついただけで離れた。そして、
「やられっぱなしじゃあ性に合わねーってのに、このマスクの所為で無理矢理キスしてやることも出来ねー!」
 シーザーは瞬きをした。2回、3回と繰り返している間に、ジョセフの口から放たれた英文が頭の中で分解され、イタリア語に再構築されていく。
「てめー、覚えてろよ! ぜってー仕返ししてやるからな!」
 びしっと指を差してきたジョセフを見て、ベッドの淵にしがみ付いたまま精液まみれでガンを飛ばすズボンを半分下ろした状態の男の姿は、言われなくても当分忘れることは出来ないだろうと、シーザーは思った。


2013,06,18


最後にリバ宣言みたいになっちゃいましたが、リバネタ書くつもりは全くございませんのでご了承下さい。
どうでもいいけどこれ書いてる時風邪をひいてて、完全に鼻が詰まって口呼吸しか出来ないのがきつかったです。
呼吸って大事ですね!!
<利鳴>

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