アヴポル 承花要素あり 全年齢


  ミライノキミノヤクソク


「ポルナレフ」
 病院の廊下でジャン・ピエール・ポルナレフの名を呼んだのは、彼の仲間のひとり、モハメド・アヴドゥルだった。片手を軽く上げながら病院の廊下を歩いてくる彼の首には、包帯が巻かれていた。彼の肌は色素が濃く、白い包帯は遠目にも目立って見える。それはいかにも痛々しい印象を与えがちだが、実際には、彼の足取りは至って平常だ。ポルナレフは、当人に気付かれぬようにこっそりと安堵の息を吐いた。
「よぉ、今度は死んだフリはなしか?」
 真似るように手を上げてそう言うと、アヴドゥルは苦笑いを返してきた。
「まだ根に持っているのか。心の狭い男だな」
「いーや! もっと怒ったっていいくらいだぜッ」
 なにしろポルナレフは、アヴドゥルや他の仲間達に2週間も騙され続けていたのだから。
「もう去年の話じゃあないか」
「そーゆー言い方をするぅ!? 年は跨いだけど、まだ1ヵ月も経ってないんだからなっ!」
 敵の攻撃を受けたアヴドゥルが死亡したとポルナレフが思い込んだのは、先月――つまり12月――の中旬のことだった。それから2週間後の再会の時まで、ポルナレフは彼が生きていることを知らされぬまま過ごした。彼が治療に専念するために、その生存を知る者は少なければ少ないほど良いという、その理屈は分かる。ポルナレフの性格上、敵に悟られないように振る舞い続けるのは少し難しいかも知れないというのも、自覚は出来る――花京院典明は「ポルナレフは口が軽い」と言い掛けて「嘘が吐けないから」と言い直していた――。だが、紅海の小さな島で再会したアヴドゥルは、ポルナレフを目の前にしてなお変装を解いてその正体を明かそうとはしなかった。流石にあのタイミングでは話してくれても良かっただろうと後になってから食って掛かったが、「すまん」の一言で済まされてしまった。もう二度と会えないと思っていた大切な仲間が生きていたという喜びと驚きの方が勝っていなければ、もっとねちねちと恨み言を聞かせてやっていたところだろう。……いや、今からでも遅くはないかも知れない。
「みんなしておれを騙して、さぞかし愉快だったろうぜ!」
 子供のように拗ねてみせると、アヴドゥルは空条承太郎がよくしているように「やれやれ」と溜め息を吐いた。かと思うと、彼はそのまま何かを考えるように黙り込んだ。ポルナレフが「どうした」と尋ねようとすると、顔を上げたアヴドゥルは周囲を見廻した。
「ところで、ジョースターさんと承太郎はどうしたんだ?」
 またあっさりと流されてしまった。が、ここで「話はまだ終わってねーぜ」と噛み付くのも、流石に大人気ない。ましてや、友人と行く呑気な観光というわけではない、命を懸けた旅の途中で、仲間の姿が見当たらないというのに、過ぎてしまった話をいつまでも引き摺って時間を消費しているのは問題だろう。そう思ってアヴドゥルが話題を変えてきたのだとして、なんら不思議はない。むしろ彼の方が“正解”だ。
「ジョースターさんなら、ドクターと話をしてくると言ってたぜ。どうやらSPW財団を呼んで、花京院の治療を任せるらしい」
 旅の仲間のひとりであるジョセフ・ジョースターは、どういった経緯からか、世界的な権威を持つとすら言われるSPW財団となんらかの繋がりを持っているらしい。それだけでも驚きだが、さらには財団に所属する医者達を、まるでホームドクターか何かのように使ってしまえるというのだから、最早わけが分からない。だが、ありがたい話ではある。
「上手くいけば思ったよりも早く合流出来ることになるだろう、だとさ」
 アヴドゥルは「なるほど」と頷いてから、わずかに首を傾げるような仕草をした。
「承太郎も?」
「ジョースターさんについて行くとは言ってたが、たぶんあいつは“お見舞い”だろう」
「なるほど」
 先程と同じ言葉を口にしながら、アヴドゥルは先程よりも深く頷いた。
 先の戦いで目を負傷し、一時的な離脱を余儀なくされた花京院は、承太郎と同じ日本の学生だと聞かされている。2人はその見た目も、性格も、明らかに真逆のタイプであるように感じるのに、不思議と馬が合うのか、特に強い信頼関係を築いているようだ。もっと簡単な言葉を使うならば、2人は他の仲間達の誰よりも“親しい”。ポルナレフに対する時とは、まるで態度が違っていたりもするくらいだ。承太郎が花京院の見舞いに行った――この町を離れる前に、もう一度見舞っておきたいと考えたのだろう――というのも、これまでの2人の様子を見ていれば、容易に納得出来る。
「あいつ等は、元々クラスメイトかなんかか?」
 ポルナレフが尋ねると、アヴドゥルは予想に反して否定の仕草を見せた。
「いや、花京院は元々はお前と同じ、DIOが送り込んできた刺客のひとりだった。それ以前には面識はなかったはずだ」
「ほんとかよっ!?」
 つまり承太郎と花京院の付き合いは、ほんの2ヵ月足らずのものでしかないということになる。もっと幼少の頃からの付き合いだと言われても納得していたかも知れないくらいだというのに。
「びっくりだぜ。全然そんな風には見えねぇ」
「確かにな。だが、それを言うなら我々も同じではないか?」
「まあそうだけどよ」
 仲間達との出会いから今日までの間に流れた時間は、長くないどころかはっきり言って短い。ポルナレフは改めてそのことを自覚した。それぞれの身の上話だって碌に聞いてはいない。だというのに、すでに長期に渡る旅を共にしてきたかのような錯覚がある。それほどまでに、彼等へ向ける信頼は強固だ。奇妙な感覚ではあったが、同時に心地良くもあった。死が身近に迫るような戦いの中にいても、笑い合い、背中を預け合うことが出来る仲間がいる。そんな相手はきっと、全ての人間が容易に見付けられるものではない。それに出会えた自分達は、かなりの幸せ者であると言えるのだろう。今頃承太郎も、――普段の仏頂面からはなかなか想像し難いが――それを噛み締め、微笑んでいるのだろうか。
「……ん?」
「どうした、ポルナレフ」
 小さな引っ掛かりを覚えた。今の会話のどこかに。頭の中で時間が逆戻りし、アヴドゥルの声が蘇る。
『我々も同じではないか?』
 その直前の会話はなんだった? 承太郎と花京院の話だ。あの2人は最近知り合ったとは思えぬほどに仲が良い。ざっくり言えば、そういう話だった。それと、『我々』、つまり、アヴドゥルとポルナレフの2人が“同じ”ということは、つまり……?
「ポルナレフ」
「ん?」
 アヴドゥルの声に、ポルナレフの意識は“今”に戻った。それと同時に、あと少しで掴めそうだった“何か”が、それが“何”だったか分からないままどこかへ消えていってしまった。目を覚ました直後についさっきまで見ていた夢がどんどん思い出せなくなっていく感覚に、少し似ている。
 「何をぼーっとしているんだ」とでも言われるかと思ったが、アヴドゥルの口から出た言葉はそうではなかった。
「食事に行かないか? 奢るぞ」
 突然変わった話題に、ついていけずに一瞬戸惑った。そんなポルナレフに気付いているのかいないのか、アヴドゥルは「ジョースターさん達がいない間の抜け駆けだ」等と言いながら、なんだか楽しそうだ。
「そりゃあ別にかまわねーけどよ……」
 遅かれ早かれ食事はとらなければならない。そうでなくとも、奢ってくれると言うのなら拒む理由は皆無だ。しかし随分といきなりの提案だ。急に空腹を覚えたのだろうか。
「……ははぁん? もしかして、ようやくオレを騙してたことに対する“お詫び”をする気になったのかぁ?」
 おどけたように言ってみせると、アヴドゥルは「まだその話を……」と呆れた顔をしかけた。が、すぐにその表情は微笑みへと変わる。
「まあ、そういうことにしておいてもいい」
「なんだそりゃ」
「おっと、イギーも連れていかないとな」
 アヴドゥルは病院の出口へと向かいながらもうひとり――1匹――の仲間の名前を上げた。
「あいつもかよ」
「ああ。そういう“約束”だからな」
「なんだそれ?」
 エジプトに上陸してから一行に加わった――本人(犬)にしてみれば、強引に“加えられた”という方が正しいかも知れない――イギーとの付き合いは、他のメンバーと比べて最も短い。というよりも、まだ1日しか経っていない。いつの間にそんな約束をしたのだろうか。それとも、ニューヨークでイギーを捕獲したのはアヴドゥルだと言っていたから、その時まで遡る話なのか。だがそもそも犬と約束するとは一体なんなのだろう。
(……まあ、いいか)
 不思議とそう思えた。イギーが仲間に加わってから、犬におちょくられるという不愉快極まりない出来事が何度もあったというのに。「あいつにも意外といいところがあったりするんじゃあないか」と、そんなことを思ったのかも知れない。あるいは、「食べた分はしっかり戦えよ」とでも言ってやるのもいいかも知れない。
「よぉし、そうと決まれば、早速行こうぜ! 豪勢な食事を奢ってもらおうじゃあねーか!」
 ふと、同じようなセリフをいつか口にしたことがあるような気がした。それはつい最近の出来事だったようにも、遠い過去の思い出だったようにも感じた。そんな風に思っているところへアヴドゥルが「“相変わらず”遠慮を知らんやつだな」等と言うものだから、やはり前にもこんなことがあったような気がしてならない。既知感というやつだろうか。
 外に出ると、イギーがこちらへ向かって駈けてくるのが見えた。ポルナレフは、また飛び掛かってくるつもりだなと身構えたが、イギーはアヴドゥルの周りをぐるぐると廻ってから、彼の肩に飛び乗った。
「……あれぇ?」
 髪を毟られたり、顔の前で放屁されずに済むのは幸いだ。だが予想が外れて、拍子抜けした。
(それに……)
 肩越しに振り向く2人――1人と1匹――の姿は、またしてもどこかで見たような気がした。
「どうしたポルナレフ。行くぞ」
「お、おう!」
 “置いて行かれる”。そんな予感がして、ポルナレフは慌てて駆け出した。だがアヴドゥルはその場で待っていてくれたし、イギーも「早くしろよ」と言いたげな顔で「わん」と一声鳴いただけだった。それを見て、ポルナレフは笑みを浮かべた。それと同時に、――全くもって理由は不明であるのだが――目と鼻の奥がつんと痛んだような気がした。


2021,08,18


セツさんのお誕生日に何書いたらいい〜? って聞いたら、「2人と1匹でご馳走食べながら承花は仲良いよねって話してるやつ」とのご回答をいただいたので、頑張ってみたんですが、海外のレストランとかよく分からないし、犬連れていけるところってのもハードル高いぞと思って、「食べながら」は断念しちゃいました。
でもお祝いする気持ちと、アヴポル&イギーのあの約束が果たされてほしかったな〜という気持ちはあるのよ〜。
<利鳴>

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