承花 R18


  Blindfold


 呼び鈴を鳴らすと、待ち構えていたかのように戸が開けられた。約束していた時間には遅れていないはずだが、出迎えた空条承太郎の顔はにこりともしない。その風景に、花京院はかすかな違和感を覚えた。
(……あれ?)
 いつもと何かが違う。“何”とは分からないまま、そんなような気がした。だが承太郎の様子自体は、あくまでも彼にとっての“平常”でしかない。そのことを知っている花京院は、わずかに首を傾げながらも、承太郎とは対照的ににこやかに微笑んで、「こんにちは」と告げた。
「お邪魔します」
「おう」
 短い返事があって、中へ入るように促される。それもまた、いつもの彼の態度だ。“違和感”の正体は、そんなことに付随してはいない。
(なんだろう?)
 承太郎に続いて足を踏み入れた玄関で、その答えに気付いた。土間に置かれた靴の数が、いつもより少ない。家の中はしんと静まり返っているようだ。
「はいこれ。今日はホリィさんは?」
 花京院は手土産の袋を渡しながら尋ねた。
 いつもであれば、「待ってました」とばかりに出迎えてくれるのは空条ホリィであることがほとんどだった。承太郎はその後ろから現れて、自分の客を取るんじゃあないと言わんばかりの目で母親を睨む。流石“あの”――この――承太郎の母親とでも言おうか、そんな視線を向けられた彼女は、気分を害した風でもなく、「お茶持って行くわね」と笑顔のままに息子に呼び掛ける。おそらくその噛み合っていないようなやり取りは、この空条家においてはごく当たり前の日常の風景でしかないのだろう。
 それが今日は違っていた。珍しいこともあったものだ。
「出掛けてる。“里帰り”だとよ」
 玄関の施錠を確認してから、承太郎は自分の部屋へと向かって歩き出した。花京院もその後に続きながら尋ねる。
「里帰りってことは、アメリカ? 今『近所に買い物行ってる』くらいの感じで言ったけど……。いや、そんなことより、ついて行かなかったのかい?」
「だから今ここにいる」
「勿体無いなぁ。一緒に行けば良かったのに」
 承太郎の部屋へと辿り着き、勧められた座布団に腰を下ろしながら一般庶民の感覚でそう言うと、承太郎は肩をすくめるような仕草をしてみせた。海外旅行にあまり興味がないのだろうか。複数の国を越えての“旅”を終えてまだ半年程度しか経っていないのが理由か、あるいは、それ以前から大して珍しいことでもなかったのかも知れない。だが、あの旅の最中の承太郎を思い出すと、――人命を懸けた戦いへ赴こうとしていることを考えれば不謹慎だと言われても仕方がないようにも思えるが――なんだかんだ言って初めて訪れる場所を楽しんでいたように見えた――あまり表に出ない彼の感情を読み取ることは、全ての人間に出来ることではないだろうが――。その土地独自の風習や飲食物、風景等に触れて、「気に入った」と声に出して言うことすらあったのに。
(アメリカはピンポイントで飽きたんだろうか。子供の頃からよく行ってたとか……?)
 そんなことを思っていると、
「イタリアにも用事があるとか言ってた。そっちはジジイも一緒らしい」
「アメリカとイタリア……。ついでに行くような距離じゃあないと思うけど……。御祖母さんの故郷……だっけ?」
「それもあるが、古い親友だか戦友だかの墓参りがどうこう言ってたな。おふくろも行きたいと言い出したらしいが、オレはジジイと同じ飛行機には乗らねえ」
「そういう理由か」
 承太郎の苦々しい表情を見て、花京院は思わず笑った。それはあの旅の最中にも聞いた言葉ではあったが、まさかそこまで本気で思っていたとは。
 花京院はというと、子供の頃から旅行は嫌いではなかった。それは、「見知らぬ土地であれば周囲に親しい相手が誰もいないのは普通のことだから」という、少々後ろ向きな理由であったのかも知れない。両親がエジプト旅行へ行こうと言い出したのも、そんな息子の心境を察してのことだったのだろうか。だがそれを抜きにしても、未知に触れるということ、もしくは、本でしか知りえなかった情報を実際に体験するということは、素直に面白いと思えた。
 そんな花京院にしてみれば、やはり承太郎の選択は「勿体無い」と思ってしまう。そう思ったことを素直に口に出して言うと、承太郎はこちらを向いた。座布団に座った状態だと、いつもよりも目線の高さが近い。「しつこい」と睨まれたのかと思いきや、承太郎は何も言わずにただじっと視線を向けてきている。承太郎の姿勢がやや身を乗り出すようなそれに変わった所為で、目の高さだけではなく、距離も少し近くなったようだ。
「……承太郎?」
 家族と海外旅行に行くよりも、お前と一緒に過ごしたかった。なんて言われたら……。ふとそんな甘ったるい考えが浮かんできて、顔が赤くなっていたらどうしようかと心配になる――夏の暑さの所為にすることは可能だろうか――。
 しかし承太郎が発した言葉は、花京院が全く予想しなかったものだった。
「傷」
「え?」
 承太郎の視線は花京院の目を真っ直ぐ見ているのではなく、その少し上――数センチも違わないが――に向いていたようだ。
「少し薄くなったか?」
「本当?」
 両の目蓋に走った傷は、あの旅の最中に負ったものだ。その所為で一時的な離脱を強いられたことも、今となっては思い出の一部でしかない。最初こそ違和感があったそれは、今ではもうすっかり見慣れたものになっている。承太郎の言葉に誘導されるように指先で触れてみたが、あまり変化はないように思った。
「見て分かるほど変わったかい?」
「前より目立たなくなってる気がする」
「そうか。傷は男の勲章なのになぁ」
 冗談めいた口調で言うも、やはり承太郎はにこりともしない。
「感覚の一部を失うと、他の感覚が鋭くなるような話をよく聞くが、あれは本当か?」
 確かに、そんなような話を耳にすることはある。目が見えない代わりに耳が良いだとか、嗅覚が犬並みだとか……。
「どうかな……。2週間程度のことだったし……」
 不馴れな場所であったために、“普段”と比較することも出来ないが、劇的な変化はなかった……ような気がする。
 曖昧な回答に納得したのかしていないのか、承太郎は顔を覗き込むように、さらに近付いてきた。
「承太郎……?」
 返事の代わりのように、肩を掴まれた。そのまま2つの唇が重なる。小さな音が鳴るのを、花京院は閉じた目蓋が作り出す闇の中で聞いた。部屋の温度が上がったように感じたのは、おそらく季節の所為でも天候の所為でもないだろう。
 唇が離れ、目を開けると、「どうだった?」と尋ねるような視線が間近から向けられていた。
「……“これ”は普段から目を瞑ると思うけど」
「検証にはならないか」
 それ以前に、何の断りもなしに試すことではないと思う。さらに言うなら、状況は承太郎だって同じではないのか。人に聞かずとも自分で分かる――何も分からないということが分かる――だろう。そう思って睨んでやったのに、承太郎は全く気付いていないかのように「なるほど、確かにな」等と呟いている。かと思うと、
「もっと“先”で試せってことか」
「言ってないッ!」
 閃いたような顔に、花京院は抗議するような声を上げた。だがそれを無視して、承太郎はうんうんと頷いている。かと思うと、彼は“いつの間にか”白いタオルを手にしていた。
「承太郎っ! 今っ、スタープラチナを……!?」
 “最強のスタンド”に、一体何をさせているんだ。承太郎は「早速試してみよう」と言わんばかりに、再び詰め寄ってくる。
 正直に言うと、家族が不在だと聞かされた時からそんな予感――あるいは期待――はしていた。肉体を重ねた回数は、「目隠しをして……というのも、たまにはそういうのもあり……なのか?」と思う程度にはある。つまり花京院は、その口調ほどはこの流れを嫌がってはいない。その自覚もある。なによりも、承太郎に勝つなんてことは、不可能なのだ。
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
 花京院はわずかな“抵抗”を試みた。承太郎が持っているタオルを掴んで、取り上げる。承太郎は訝し気な顔をした。
「そんなに気になるなら、自分で試してみたらいいんじゃあないか」
 言うや否や、花京院はタオルを放り上げた。すかさずキャッチしたのは、花京院のスタンド、ハイエロファントグリーンだ。ハイエロファントグリーンは承太郎の背後に廻り込むと、手にしたタオルを彼の顔の前へ持っていった。
「百聞は一“見”にしかず……。と言っても、“見”えなくするわけだけど。とにかく、自分で体験してみるのが、一番納得出来るんじゃあないかい?」
 にやりと笑ってみせると、挑発的な笑みが返ってきた。この程度で怯むとでも? そんな声が聞こえてきそうだ。それを“合意”の合図と見なし、花京院は己のスタンドに命令を出した。ハイエロファントグリーンは、わずかな抵抗もされることなく承太郎の目元へタオルを巻き付けて縛った。
「どう? 見える?」
 顔の前でひらひらと手を振ってみると、承太郎は短く「見えん」と返した。
「痛い?」
「いや」
「OK。外すなよ」
 “いつも”であれば、主導権は完全に承太郎が握っている。それは仕方がないことだと思っていた。いや、むしろ当然のことであり、不満を抱いたことは一度もない。だがこうして自分からは動けない状態でいる承太郎を見ていると、少しわくわくしてくる気持ちが否定出来ない。
(なんか、新鮮だ)
 花京院はくすりと笑うと、身を乗り出して承太郎の唇に口付けた。
「“これ”は検証にはならないんじゃあなかったのか」
「気分や順序ってものがある」
 それに、“さっき”と同じでは終わらない。そのことを示すように、花京院は舌を伸ばした。承太郎はすぐさまそれに応えた。彼の舌は花京院を押し返すような形で口内へと侵入してきた。されるがままになるつもりは微塵もないようだ。
 舌と唾液を絡ませながら、花京院は承太郎のベルトへと手を掛けた。その瞬間、承太郎の肩がぴくりと小さく跳ねたような気がした。
 花京院は深い口付けを続けたまま、承太郎のズボンから取り出した器官を手で刺激し始めた。強弱を付け、わざとテンポを崩すように扱くと、その動きに合わせるかのように承太郎の呼吸が乱れる。時には小さく呻くような声が漏れた。
(これは……)
 少し楽しいかも知れない。
 いつもはリードされる一方であるのに、今この瞬間のイニシアティブは文字通り花京院の手の中にある。そのことに、彼はいつもとは違う興奮を覚えた。
 先程承太郎は、「キスの“先”」と言った。今のこの状態は、充分それに該当しているだろう。花京院は“さらに先”へと向かいたくて仕方がない。早く承太郎が欲しいと言わんばかりに、体が疼き始めている。
(……まずいな)
 「こんな趣味があったのか」なんて思われると困る。だが承太郎の方も、しっかりと反応を示しているではないか。それに、この状況に不満があるのであれば、目隠しを外してしまうことは簡単であるはずだ――両手の自由までは奪っていない――。
 花京院は上体をずらし、すっかり形を変えたそれを予告もなく口に咥えた。反射的に手を伸ばした承太郎は、しかし花京院の動きを止めることはしなかった。
 わざと音を立てながら口での愛撫を続ける。咥えたままで喋ってみることもした。そうやって承太郎の気を逸らしながら、花京院は片手を伸ばし、自分のベルトを外して、服を下ろした。視界を奪われたままの承太郎には気付かれていない。
(早くここに……)
 手を伸ばして、自らの窄まりに指を差し入れる。口の動きが疎かにならないように注意しながら、少しずつ内部を解してゆく。そうこうしている内にも、承太郎の性器はどんどん質量を増している――正直、少し口が疲れてきた――。
 花京院は再び身を乗り出すようにして、承太郎の耳元に囁いた。
「興奮してる? いつもより反応が早いようだけど。やっぱり、ひとつの感覚を奪われると、他が鋭くなるのかな」
 それとも自分と同じように、ただいつもと違う状況下で行っているということに興奮しているのか。
「そうか?」
 不敵な笑み――表情の半分は見えないが――が返ってきた。まだ強がっている余裕が残っているらしい。
「オレの感覚だけの問題か? お前の方こそ、いつもより積極的なようだが」
 言うや否や、承太郎は花京院の肩を掴んで自分の方へと引き寄せた。不意のことにバランスを崩し、花京院の体は承太郎の胸へと倒れ込む。かと思うと、承太郎は花京院が先程まで自分で触れていた部位に手を伸ばした。
「えっ……!?」
 咄嗟に振り返ろうとした時には、承太郎の長い指が探った風でもなく花京院の中へと入ってきた。
「ひぁっ!?」
「自分でいじってたな? ずいぶん解れてるじゃあねーか」
「な、なんでっ」
 見えていなかったはずなのに。音だって極力立てないようにしていた。まさか“また”時間を止められたのか。だがスタープラチナの姿はちらりとも見ていない。ただの直感だろうか? だとしたら鋭過ぎる。本当に視覚が機能していない分を他の感覚が補おうとしているのだとしても、“あんな状況下”で他所へ意識を向けている余裕なんかあるはずないのに。
 承太郎の指が中でぐるりと動いた。
「んッ……!」
 花京院は思わず承太郎の袖を強く握った。
「どうした? お前がシてくれるんじゃあなかったのか?」
 挑発するような口調だ。承太郎は今、目隠しの下で勝ち誇った顔をしているに違いない。
「っ……ああ! やってやるとも!」
 我ながら、何を意地になっているのだろう。いや、意地になっているのかどうかすら定かではない。ただ間違いなく言えるのは、自分はこの状況を大いに楽しんでいるということだ。
 花京院は中途半端な状態で残っていたズボンと下着を脱ぎ捨て、承太郎の上に跨るような体勢を取った。すでに先端が先走りの液体で塗れている器官に片手を添え、自分の肛門へと宛がう。
「入れるよ」
「おう」
 息を吐きながらゆっくりと腰を下ろすと、熱の塊が肉壁を押し退けるように体内へと潜り込んできた。自分の――そして承太郎の――指とは比べ物にならない質量に圧迫され、呼吸が止まりそうになる。
「どうした? ギブか?」
「ま、まだまだっ……」
 半ば酸欠になりそうになりながらも、花京院は何とかそれの大部分を呑み込んだ。込み上げてくるような快感に、理性が飛びそうになる。少し落ち着く必要がありそうだ。だが下手に動いて刺激を与えると逆効果になりそうで、結局浅くしか呼吸をすることが出来ない。
 「良く出来たな」と褒めるように、承太郎の手が頬に触れてきた。それもまた何も見えないままの動作であるはずなのに、彼に迷った様子は一切ない。「お前のことは見えなくても分かる」。そんな言葉を聞いたように思ったのは、ただの錯覚だっただろうか。
「花京院」
「ん」
「一度入っちまえば、あとは見えてようが見えてなかろうが関係ないよな?」
「え……」
 嫌な予感がした時にはもう遅かった。
 承太郎は花京院の腰を両手で掴むと、そのまま一気に突き上げた。
「ッ……!!」
 目の前に星が散ったように思った。一瞬意識が途切れていたかも知れない。そんなことにはお構いなしに、承太郎は激しく腰を動かした。今まで好きにされていた鬱憤を晴らすように。
「うあっ、あっ!! じょうたろっ……、待っ……」
「見えないんでな。加減出来ん。悪いな」
 絶対に嘘だ。視覚の有無についてはついさっき「関係ない」と言ったばかりではないか。
 最初から、承太郎は見えない状態に対する怯えを微塵も見せなかった。この男なら、目を瞑って断崖絶壁の縁を歩けと言われたとしても、動じずやってみせるのかではないかとすら思える。それと比べたら、セックス程度のこと、出来ないわけがないといったところか。五感のひとつを奪った程度で優位に立てるなんて考えは、甘かったのだ。
「んっ、くっ……、じょう、たろ……」
 花京院は手を伸ばした。が、何も見えていない承太郎は、手を伸ばし返してくれはしない。最初は「ありかも知れない」なんて思いもしたが、今は承太郎の目元に巻かれたタオルが、2人を隔てているように思えて邪魔でしかない。たった数ミリ程度の厚みしかない布の分際で。
 花京院は承太郎の胸に抱きついた。
「承太郎、顔……。顔、見たい」
「やれやれだな」
 呆れたような口調で言いながらも、承太郎はその隔たりを片手で解き、投げ捨てた。少し上気しつつも、余裕の笑みを浮かべた顔が現れる。
「検証にならないぜ」
「意地悪」
 今出来る精一杯の目で睨んでやったのに、承太郎はそんなものは見えていないかのような表情をしている。


2020,07,18


花京院が持ってきたお土産のアイスは無事全滅しました。
<利鳴>

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