承花 全年齢


  探し物は何ですか


 承太郎が部屋のドアを開けると、まず眼に飛び込んできたのは、緑色の光だった。それは、床の上を這う蛇のように一瞬見えた。が、ホテルのツインルームの隅から隅まで届く長さの――しかも光る――蛇なんて、いるはずがない。すぐにその正体が仲間のスタンドであると気付いた。
「花京院?」
 スタンドを出現させているということは、敵の襲撃に遭っているのだろうか。仲間の名を呼ぶ承太郎の声には、緊張感が混ざっていた。しかし、敵がいるにしては静かだ。花京院のスタンド、ハイエロファントグリーンも、床の上を探るようにゆっくりと這っているだけだ。
「ああ、承太郎」
 花京院の声が聞こえてきたのは、部屋のバスルームからだった。半開きだったドアから顔を出した花京院は、至って普通の様子だった。戦闘中に見せる緊迫した表情はそこにはない。やれやれ思い過ごしかと溜め息を吐きながら、承太郎は部屋のドアを閉めた。
「何をしているんだ」
 スタンドにはスタンドでしか触れられないと分かってはいるが、それでもハイエロファントを――気持ち上は――踏み付けるのはどうかと思い、その隙間を見付けて床に足を下ろすと、花京院は「ああ、すまない」と言ってそれを引っ込めた。
「実はピアスを落としてしまったんだ」
「ピアス?」
 承太郎が鸚鵡返しに言うと、花京院は長い前髪をかき上げ、自分の耳を見せた。片方の耳にはサクランボを模した赤い石がぶら下がっていたが、もう一方の耳にはそれがない。
「ここへ着いた時にはあったはずなんだ。まいったな、どこへいったんだろう」
 再び現れたハイエロファントは、床の上を滑るようにしてベッドの下へ入り込んでいった。なるほど、物陰を捜索するには便利そうなスタンドだと承太郎は思った。
「バスルームにもないし……」
 そう言いながらつい先程自分が出てきたドアを振り向いた花京院の横顔は、間違い探しのようにわずかな違和感があった。なくなったそのパーツを、その定位置以外で見かけたことはあっただろうかと、承太郎も首を捻る。
「諦めるにしても、このままだと穴が塞がってしまうだろうか……」
 2つのベッドの下を捜索し終えたハイエロファントが、今度は備え付けの棚の隅を探り始めた。「諦める」等と言いながらも、まだ未練はあるようだ。おそらく気に入っている物だったのだろう。耳にサクランボをぶら下げていたい気持ちは承太郎にはよく分からなかったが。
 「なにか似たようなデザインの物を探してきてやろうか」。そう尋ねるかどうか、承太郎は逡巡した。今彼等がいる街は、比較的栄えている。そういった物も、探せば見付かるだろう。自分が「買ってやる」と言ったら、拒まれるだろうか。「何故」と、理由くらい聞かれるかも知れない。
(何故?)
 承太郎は自分に問いかけてみた。何故そうしたいと思ったのか……。
(分からない)
 自分にも分からないとあれば、他人に聞かれて答えられるはずもない。ただ、花京院の耳元を、自分が贈った石が飾っていたらと想像すると、そんなに悪いことではないと、そう思えたのだ。「そうしたいと思った」と言い換えても良い。そうだ、「こんな戦いに巻き込んじまって……」と詫びの言葉を添えたら、受け取ってもらう理由になりはしないだろうか。DIOとの戦いに、花京院は間違いなく巻き込まれた側の人間だ。その理屈でいくと、アヴドゥルやポルナレフにも、何らかの品物を贈らなくてはいけないことになってしまうが……。
「花京院」
 その顔を見下ろそうとした承太郎の視界の隅で、何かがきらりと光った。反射的にそちらに眼をやると、ベッドと壁の隙間に、小さな赤い物が引っかかっているのが見えた。「あんなところに……。なるほど、床までは落ちてねーから、ハイエロファントも気付かなかったのか」と思っている間に、花京院は首を傾げながら承太郎の視線を追っていた。承太郎が「あ」と思ったのとほぼ同時に、花京院が「あ」と声を上げていた。
 ハイエロファントがするりと伸び、シーツに引っかかっていたそれを摘み上げる。しまった、花京院が気付くよりも先に、スタープラチナに回収させるだけの隙はあったのにと思っても、もう遅い。かくして、承太郎のささやかな計画は、実行される前にそのチャンスを奪われてしまった。お気に入りの物が戻ってきたのなら、それを退けさせねばならないような物を贈るのは好意とは呼び難い。
「あったよ、承太郎。なんだ、こんなところに引っかかっていたのか」
 ハイエロファントからピアスを受け取ると、花京院は軽い足取りでバスルームへと入っていった。1分もせずに出てきた彼の耳には、いつも通りの飾りが戻っていた。
「旅先で失くしてしまった物はもう取り戻しようがないからな。良かった、見付かって」
 嬉しそうに言う花京院の視界から隠れるように、承太郎は帽子の鍔を引き下げた。が、そんなことをしても――しなくても――、もとより花京院の視線は帽子よりも低い位置からしか向けられてこない。「どうかしたかい」と尋ねられ、承太郎は「なんでもねぇ」とぶっきらぼうに返すより他になかった。


2014,09,26


似たようなネタを書いたことがありますね。ああありますとも!
でも承太郎で書いてみたくなっちゃったんだもの!
承太郎ってかっこいい系のキャラかと思っていたのですが、自分が大人になってから見るとなんだか可愛くて可愛くて。
<利鳴>

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