承花 全年齢 生存IF


  止まらない時間


 冬のこの時期、遮る物のない屋上は、冷たい風に吹かれて肌寒い。少し前まで赤道付近の国を旅していたというギャップもあって、なおさらそう感じるのかも知れない。それでも今日は、陽が差している分だけ太陽の熱を感じることが出来る。
 胸の高さの手摺に両腕を組むように乗せると、誰もいない校庭を見下ろすことが出来た。時間の所為で、とても静かだ。うっかり眠たくなってくる。が、たぶんここで寝てしまったら、流石に風邪を引いてしまいかねないだろう。
「サボりか。知らなかったぜ。お前がそんな不良だったとはな」
 背後から突然かけられた低い声は、聞き覚えのあるものだった。ドアを開け閉めする音は一切聞こえなかったから、“能力”を使ったのかも知れない。戦闘中でもないこんなところでと、花京院はわずかに笑った。寡黙で、堂々としていて、冷静で何事にも動じず、それから体も大きくて、凡そ高校生らしく見えない“彼”ではあるが、もしかして目覚めてまだ数ヶ月も経っていないその“力”に、内心はしゃいででもいるのだろうか。“先輩”として、少し忠告くらいしてやった方が良いか。
「あんまりスタンド能力を悪用しない方がいいですよ、承太郎」
 詳しく確認はしていないがおそらく校則違反であるだろう装飾品を身に纏った“まさに不良”の風体に微笑みかけると、彼は帽子の鍔を引き下げて「ふん」と鼻を鳴らした。
「君もサボりかい?」
 隣へやってきた横顔に尋ねると、返事はなかった。それが彼の返事だ。
「もっと真面目に授業を受けてるタイプかと思ってたぜ」
 承太郎が凭れ掛かると、1メートルちょっとの手摺はずいぶんと頼りなく見える。これで本当に転落防止の効果があるのだろうか。いや、そもそも屋上への立ち入りが許可されているという話を聞いたことがない。この学校に転校してきてから――登校するのは――まだ数日目だが、その中で、すでにこの場所へは何度か上がってきている。だが自分以外の者に会ったことは1度もなかった。単純に季節の問題かも知れないが。
「そう? そんな優等生に見えるかい? ぼくだってピアスしてるけど」
 「ほら」と髪を押えてみせると、承太郎は肩を竦めるような仕草をした。
「別に学校は嫌いではないけど、好きでもない」
 「友達だっていたことないし」とは心の中だけで呟く。
「勉強なんて、その気になればどこでだって、独りでだって出来る。わざわざ能力に差がある人間を一箇所に集めて、足並みそろえてやれなんて馬鹿馬鹿しい。そう思わないかい?」
 承太郎が何か返す前に、花京院はふっと笑った。
「そう言われた大人がなんて答えるか、知ってる?」
 承太郎は黙ったまま首を傾げた。彼なら「うるせぇ、ガキはガキらしくしてろってことだ」なんて答えそうだ。きっと大半の子供は泣くだろう。
「『勉強以外の大切なことを学ぶために学校に行くんですよ』」
「……聞いたことがあるのか」
「いいえ? だって聞くまでもないでしょう?」
 自分で言うのもなんだが、子供の頃から知能は高い方だった。今言ってみせたように、誰もいない場所で、たった独りででも必要な知識を得るだけの力は持っていただろう。大人の言いそうなセリフも大体予想が付いた。どんな質問をすれば大人達が喜んで、どんな回答を望まれているのかもその顔色を伺っていれば簡単に分かる。分かっていながら“出来ないこと”があった。それが彼の弱さだった。少し前までは。
「ぼくは、大人達の言う『勉強以外の大事なこと』を、あの旅で学んだよ」
 初めて仲間と……友と呼ぶことが出来る存在に出会えた。
「君には、感謝している」
 再び微笑むと、承太郎の顔が近付いてきた。花京院が目を瞑ったのと、2人の唇が重なったのは、ほぼ同時だった。
 その数秒後に、午前の授業の終了を告げるチャイムが鳴った。これであと1時間弱は教室に戻らねばならない理由がなくなってしまったが、昼食を抜けば午後が辛い。それに、今まで誰とも会ったことがなかったこの屋上に、今日に限って人がやってくるかも知れないし、体力を余らせている生徒達が、校庭に出てくる可能性もある。
「ここ、下から見えるんじゃあないか?」
 花京院がそう言うと、承太郎は「何も見られて困るようなことまでここでするつもりはねーぜ?」と言いながらわずかに口角を上げてみせた。まるで、『ここじゃあなければ話は別だ』と言わんばかりの顔と口調だ。
「キスは見られて困るものじゃあないのか」
 しかも立ち入り禁止……なのかも知れない屋上で。
「欧米じゃあ挨拶みてーなもんだろ」
 そう言いながら、今度は頬に唇が触れた。
「君ってこういう時ばっかりハーフぶるよね」
 肩を竦めながら「ずるいなぁ」と呟いた花京院は、ふと肌寒さが薄れていることに気付いた。太陽が高くなってきた所為か。いや、風が遮られている。承太郎の大きな背中で。
 花京院は腕を伸ばし、承太郎の肩にしがみ付いた。制服越しの体温が少し冷たい。もう屋内に入った方が良い。そう思いながらも、承太郎の唇に口付けを返した。ぬくもりを分け合うように、角度を変えて何度も繰り返す。承太郎の手が背中に廻される。
「このまま午後の授業もフケるか」
 どこまで本気なのか分からぬ口調で言われた。
「承太郎、卒業する気がないのかい?」
 ただでさえ――冬休み込みでとはいえ――2ヶ月近くも休んでいたのに。学校には母親が急病でと説明してあったようだが――嘘ではない――、欠席は欠席だ。こんな調子では、元々授業数が少ない3年の学年末をほとんど欠席で終えてしまう。
「ぼくと同級生になるつもり?」
 もしそうだと言われたらどうしよう――花京院も留年した場合は実現不可能だが、2年生である彼には承太郎よりも挽回のチャンスが多く残されている――。嬉しいようにも思うが、正直少し重くもある。そんな理由で人生棒に振るなよとも。なによりも、卒業程度のことで2人の仲が変わってしまうと思われては困る。
「独りだけジャージの色が違う承太郎は見たくないなぁ」
 そもそもジャージ姿の承太郎が想像出来ない。何しろ彼はエジプトを目指すあの旅の中でもずっと学生服で過ごしていたのだから――花京院もだが――。
 抱擁しあった姿勢のまま、承太郎の肩がぴくりと跳ねたのが伝わってきた。独りだけ違う色のジャージを着た自分の姿でも想像したのだろうか。流石の彼も、それは嫌だとみえる。思わず小さく吹き出した花京院に、承太郎は腕を解いて睨み付けてきた。その表情のまま、鼻面を合わせるように顔を近付けてくる。
「何笑ってやがる」
「何も」
 嘘だ。花京院は完全に笑っている。
「てめー、舌入れてキスするぞ」
 ワイルド過ぎる脅し文句でもその笑いは止まらなかった。
「やばい、ツボに入った」
「てめー……」
 結局承太郎は「やれやれ」と溜め息を吐いただけだった。ようやく笑いが治まった花京院は、その顔を見上げた。
「何見てる」
「何も」
 それも嘘だ。もちろん、承太郎の顔を見ているのだから。
(……しないんだ)
 心の中だけで呟く。「なあんだ」とわずかに肩を竦めてみせた。だが承太郎には伝わらなかったようで、それ以上何もしてこなかった。“それ以上”は、“見られて困るようなこと”に該当するということか。
 花京院の視線をどう解釈したのか、承太郎は「寒いか」と聞いてきた。きっと彼自身の方が寒いだろうと思って、「そうだね」と答えた。
「降りるか」
 「仕方ない」と言うように、承太郎は階段室のドアへと向かった。花京院も後に続く。そろそろ昼食を済ませてしまわなければならない。しかも午後の最初の授業は、確か移動だ。本当にサボってしまうのでなければ、意外とのんびりしている時間はもうない。3階まで降りたところで、「じゃあまた放課後に」と手を振った。
「承太郎が来るとクラスのみんなが怖がるから、迎えには来ないでくださいね」
 昨日はうっかり転校生が3年生の不良に呼び出されたとちょっとした騒ぎになった。その時のことを思い出したのか、承太郎はばつの悪そうな顔をしている。
(わざわざ来なくても、どこにも行きやしないのに)
 それだけ、大切に思われていると解釈して良いのだろうか。自分が、彼を、他のどんな仲間よりも大切に想っているように。
 自分の教室へ向かおうとする承太郎の腕を掴んだ。「なんだ」と尋ねようとした唇に素早く口付ける。廊下にも階段にも、早々と昼食を終えたらしい生徒達が行き来している。承太郎は珍しくぎょっとした顔を見せた。校舎の中は、どうやら屋上よりも“出来ること”の許容範囲が狭まるらしい。
「じゃあね」
 ぱっと離れて踵を返した。「おい」と呼び止められた気もしたが、振り返らない。
(後で“仕返し”されるかな)
 彼は意外と根に持つタイプなのだ。
 自然と唇に浮かんでくる笑みをなんとか堪えようと努めながら、花京院は教室へと戻った。


2017,06,28


承花は想いを伝えることが出来ないまま死に別れた悲恋のカップルだと思っていますが、一度くらいは生存IFを書いてみたかった。
そしたらただイチャイチャしてるだけになった!
そんなこったろうと思っていたぜ。
わたしの読みは大正解だ。
思いっ切り季節はずれですが、気にしない。
<利鳴>

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