仗助と億泰と康一と露伴 全年齢


  あいもかわらないで


「食らえ、億泰!!」
 威勢が良いと表現するのがぴったりな声が響く。それに続いて、穏やかな午睡の時間を邪魔されたことを抗議するような犬の鳴き声が遠くから聞こえた。
 空にはひとつの雲もないが、その視覚的な印象とは裏腹に、時折吹く風は冷たい。東京より北に位置するこの町では、春の気配はまだ微塵も感じられない。それどころか、降雪の可能性もまだ充分にありえる。
 そんなことは全く意に介さないかのように、その男は、掛け声と共に手の中にあった何かを正面に立つもうひとりの男──背を向けているので顔は見えないが、そう呼ばれていたことから虹村億泰であろうと分かる──目掛けて投げ付けた。
「ドラァ!!」
 日本人離れした少し色素の薄い目は、勝利を確信するかのように輝いている。が、億泰もその顔から不適な笑みを消しはしなかった。
「ザ・ハンド!」
 その呼び掛けに応えて、彼の背後に人に似た形の、しかし決して人間ではないもののヴィジョンが現れる。『スタンド』と呼ばれるそれは、右の手で大きく弧を描くような動きをした。
「削り取る!」
 億泰が宣言するように叫ぶと、1人目の男──おそらく“あいつ”だろうとの見当はとっくに付いている──が投げ付けた小さな礫のような物は、瞬時に見えなくなった。単に空中で受け止められたのではない。完全なる消滅だ。
「やはりな」
 自分の攻撃が封じられたというのに、その男は自信に満ちた笑みを浮かべたままそう言った。彼はすでに、億泰の背後に廻り込んでいた。振り向いた億泰の表情が、不意に思い出した季節のように凍り付く。
「読めてたぜ、億泰。ザ・ハンドでおれの攻撃を削り取ってくるなんてことはな!」
「しまっ……」
「ドラァ!!」
 男は再び腕を振りかぶり、投げた。ばらばらと降り注いだそれは、豆だった。
「いっだ!」
 億泰は両手で庇うように顔を覆った。しかし相手は容赦なくそれ──豆──を投げ付けている。
「ドララァっ!!」
「いててててっ! 分かった! 分かったよ、おれの負けだ!」
 その言葉を聞いて、男はようやく攻撃をやめ、にやりと笑った。
「億泰、避けられそうな攻撃でも削り取ろうとするのはお前のクセだぜ。そろそろ治した方がいいぜぇ。そっちに意識が向くから、その隙に廻り込まれちまう」
「そんなの瞬時に狙える人なんて、仗助くん以外にそうそういないと思うけど」
 2人の様子を少し離れたところから半ば呆れたような目で眺めていた小柄な人影が、白い息を吐きながら呟くように口を挟んだ。
「それより2人共、そうやって全部削り取っちゃったら、食べる分がなくなるよ」
「おっと、それはまずいぜ! 年の数だけ食べねーといけないってのによぉ」
「億泰、おめーそういうところ案外律儀だよな」
 うんうんと頷いていた他の2人よりも低い位置にある瞳が、不意にこちらを向き、ぱっと手を上げた。
「あ、露伴先生!」
 残りの2人──億泰と、そして案の定東方仗助──もその視線を追って目を向けてくる。
「げ、露伴」
 仗助が表情を歪めるのを、岸辺露伴はジト目で睨み返した。
「馬鹿みたいに騒いでる声がするからどこの小学生かと思ったら、君達か。いい年して、相変わらずだな」
「露伴先生、こんにちは」
「こんにちは、康一くん」
 親しき仲にも礼儀ありの見本を見せてくれるかのような広瀬康一と違って、仗助は不良学生の見本のような顔をする。
「どーゆー意味っすか、『相変わらず』って」
「成長してないって意味だ」
「おれ、身長まだ止まってないっすよ」
「そろそろ止まれよ」
 億泰が呆れたように言い、康一は「いいなぁ」と続いた。
「ぼくもうちょっと欲しいんだけどなぁ」
「30過ぎても伸びるやつはいるとか聞いたことあるぜ」
「あー、康一はなー……、どうかな。高校入学の時から変わってないように見えるし……」
「むしろ縮んでねぇ?」
「ええー。ついさっき30までって言ったの、億泰くんでしょうっ?」
 康一は悲観的な表情を見せた。確かに、その顔を見ようとすると、視線は自然と下を向く。今から30歳まで伸び続けるとしても、仗助の背丈を追い越すためには年間1、2センチでは遥かに足りない。
「図体ばっかりでかくなったって、なんの意味もないぜ。康一くん、こういう大人にはなるな」
 仗助と、ついでに億泰を目で指しながら露伴が言うと、康一は「ぼく同い年です」と苦々しい表情で言った。
「あ、でも、露伴先生も全然変わらないですよね。デビューの頃とほとんど変わらなくてずっと若いままだって、よくネットで話題になってますよ」
 露伴はあまり興味がないというように肩を竦めた。作品以外の面で騒がれても、嬉しいとは思えない。インタビューの内容が「若さの秘訣」ばかりになるなんてうんざりだ。
「まあ、健康体じゃあないと、漫画は描けないからね」
「おれ達の4つ上だっけ? もっと若く見えるよなー。このまま全然変わらなかったらよぉ、おれ達その内追い越すかもな!」
 億泰が笑いながら言うが、どこまで本気なのか分からないのがこの男だ。
「見た目だけの話ならともかく、実年齢を追い越せるわけがないだろう」
 露伴は「やっぱり成長してないな」と続け、「アホはアホのままだ」とは心の中で付け足した。
「というか、なんで君達は屋外で豆撒きをしているんだ」
 ようやく足を止めた理由である質問が出来た。そう、彼等は近所の公園で、豆を投げ合っていた。季節の所為か子供の姿すらほとんどないその場所で、図体のでかい男2人──と小柄な康一──が昼間からはしゃいでいる光景は、はっきり言ってかなり浮いていた──それで通りかかった露伴も思わず足を止めていた──。
 だが仗助は、他人の目からどう見えているのかを全く気にしていないようで、「外の方が思いっ切り動けるでしょう?」と名案であるかのように言った。その隣で、億泰もうんうんと頷いている。
「何か壊したところで、お前なら直せるだろうが。そもそも節分は豆をぶつけ合う行事じゃあないぜ」
 普通は家の中にいる“鬼”を外へ追い払って、“福”を招き入れる行事であるはずだ。こんなところでやったって、鬼はどこへでも逃げ放題だし、せっかく招いた福も、どこにいれば良いのかと戸惑いそうだ。
 だが彼等は「楽しければいいよなー」「そうそう、何事も楽しみながらやらないと」と、子供のようなことを言っている。きっともっと幼い頃まで遡っても、こいつ等は“こう”だったんだろうなと露伴は思った。
 そんな2人の様子を見て、康一はくすくすと笑っている。
「そういえば、いつだったかこの公園で、雪合戦したことがありましたね」
「ああ、そういえば……」
 東京から越してきて最初の冬だとはしゃいだ億泰に、いつの間にか付き合わされる形でそんなことをしたことがあった。あの時もあいつはスタンド能力で雪玉の攻撃を回避していたなと思い出す。露伴の能力でそれを封じると、雪玉は面白いくらいに命中するようになった。「なんでおればっかり」と抗議する億泰に、「康一より的がでかいから狙い易くてよー」と仗助が返していた。その時の大口を開けて笑った顔と、今そこにある表情は全く同じだ。体格にさえ目を瞑ってしまえば、高校生どころか小中学生に混ざっていても違和感がないかも知れない。
「そういえば節分の豆って、普通大豆らしいよ」
 大きな袋に入った落花生を抱えながら康一が言うと、仗助が驚いたように目を開いた。
「マジかよ。殻付いてねーのか。それじゃあ落ちた豆食えねーじゃあねーか」
「そういえばガキの頃は炒った大豆だった気がするぜ。この時期に大量の落花生が売られてんの見たのは、こっち来てからだったな」
「マジか」
「本来の意味も形も知らずにただ豆を投げているだけか」
 露伴が呆れて溜め息を吐くと、それはまだ残る寒さに少しだけ白く曇った。
「まあ、楽しいからいいんじゃあないっすかね」
 そう良いながら見せた仗助の笑顔は、陽に照らされて少し眩しかった。
「ところでよぉ、落花生って、だいたい2粒入ってるだろ。年の数だけ食べる時って、どうやって数えるんだ? 中身を数えるのか? それとも殻の状態で数えるのか? これ1個で2粒食べたことになるのか?」
「さあ? そういえば知らねーな」
「ぼくも気にしたことはあるんだけど、皆分からないって言うんだよね」
「マジかよ。何年も落花生投げて生きてきたくせに、ちゃんと調べたことねーのかよ」
「調べるって、どうやって?」
「今ならネットとかあんだろうが」
「そういう自分も調べてねーんじゃあねーか。未だに転校生気分のままかぁ?」
「そうだね、億泰くんも、すっかり杜王町の住人だよね」
「とりあえず、殻の状態で1つと数えるんだとしたら、年の数だけ食べるって、子供ならともかく、ある程度の年齢以上になったら結構大変だぜ」
「倍っつーことだもんな」
「中身で数えるにしても、年齢が奇数の年は1つ余っちまうことになるよなぁ」
「ところでぼくそろそろ寒くなってきたんだけど」
 同意することに全くの躊躇いを感じない康一の主張は、くだらないことを真剣に考察する2人の耳には届いていないようだ。
「本当に相変わらずだな」
「本当ですね」
 しかし露伴の言葉に頷いた康一は、にこやかな笑みを浮かべていた。それもまた、青年と呼ぶよりも少年と言った方が相応しいように見えた。


2019,02,03


ググったら仙台の節分も落花生だった! 仲間!!(当方北海道民)
絶対落花生の方が衛生的で合理的だと思うわ。
でもわたしは落花生あんまり好きじゃあないので、せめて殻剥いた中身でカウントしたい派です。
そしてたぶん正解は「そもそも本当は大豆だから落花生に正解もクソもあるかい」だと思う。
2025年の節分は2月2日だと知って驚いています。
たぶんそれまでには忘れてて、近くなったらもう1回驚くと思う。
<利鳴>

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