仗助&ミキタカ 全年齢


  ANGOLMOISは転校生


「おーい、康一」
 校門をくぐろうとしたところで後ろから声をかけられた。振り向くと、片手を軽く上げながら笑みを見せる東方仗助の姿があった。
「仗助くん。おはよう」
 手を振り返しながら、康一は仗助の隣を歩いている人物が自分とは面識のない少年であることに気が付いた。
(……誰だろう?)
 その人物は学生服を着ていた。それに、明らかに仗助と歩調を合わせて――つまり一緒に――こちら――学校の方――へ向かってきているのだから、少なくともぶどうヶ丘高校の生徒なのだろう。が、その姿を、康一は学校の中で目にした記憶はなかった。プラチナブロンドと呼ばれる色素の薄い長い髪と、学ランを飾り付けている複数のアクセサリ、形容し難いような不思議な雰囲気を持った眼差しは、妙に印象的で、一度目にすれば忘れることはなさそうなのだが……。
 立ち止まって待っていると、2人が追い付いてきた。近くで見ても、やはり知らない相手だとの確信は揺るがない。康一の疑問が伝わったのか、仗助は隣を歩く少年を指差した。
「一応康一にも紹介しておいた方がいいと思ってよ」
「はじめまして。マゼラン星雲からやってきました、ヌ・ミキタカゾ・ンシといいます。よろしくお願いします」
「…………え?」
 ぽかんと口を開けながら、康一が視線を動かすと、その先で仗助が額に手を当てた「あちゃー」のポーズを取っていた。理解し難い自己紹介らしき言葉を口にした本人は、黙って微笑んでいる。が、なんだか目までは笑っていないように見えて、言い知れぬ不気味さが漂っている。
「えーっと、ちょっと待ってくれな、今説明すっからよ」
 仗助は少々困ったような顔をしたが、もっと困っているのは康一の方だ。今のはなんだろう。ギャグだろうか。どんなリアクションを取るのが正解だと言うのか。突っ込むべきか、むしろ更にボケるべきか。
 仗助が言葉を探そうとしているのを見て、謎の少年は首を傾げた。
「説明? 説明ならもうしました。私は宇宙人です。今はこの学校の生徒のフリをしてこの星を調査しています。あなたは地球人の広瀬康一さんですね? 仗助さんから話は聞かせてもらっています」
「………………え?」
 康一は同じ反応しか出来なかった。助けを求めるような気持ちで仗助の顔を見上げる。
「あー、ミキタカ、ちょっと黙っててくれるか。おれにもよく分かんねーんだけどよぉ」
 そう前振りをしてから、仗助は“説明”を始めた。それによると、その少年は“自称”宇宙から来た宇宙人で、畑の中で気を失って倒れているところへ仗助と億泰が通りかかったらしい。流石に彼等も『宇宙人』だなんて存在をあっさりと認めることはしなかったが、少なくとも、その少年はスタンド使いであるとは断言出来ないにも関わらず、普通の人間にはない特殊な能力を持っていたのだという。
「億泰のヤローははっきりさせねーとすっきりしないとか愚痴ってたが、おれはもう考えるのはやめたわ。ちょっと変わったやつではあるけど、少なくとも悪人って感じじゃあないしな。でもまあ、妙なやつがいたら知らせろって承太郎さんも言ってたし、一応お前にも会わせておこうと思ってよ」
「そ、そうなんだ……」
 その部分は果たして曖昧なままにしておいても良いのだろうかと思いつつ、康一は咄嗟に返す言葉を探し出せなかった。だが少し落ち着いて考えてみれば、幽霊や、吸血鬼の細胞で異形の姿となった男、同じ人間とは思えないような残忍な殺人鬼、一晩で19ページもの漫画を描く人間が実在していたりするのだ。宇宙人や、スタンド以外の特殊能力を持つ者だって、本当にいるのかも知れない。そもそもスタンド能力だって、自分が持っていなければ俄かには信じられなかっただろう。
「でも、宇宙人がどうして地球に? ま、まさか、映画とかでよくある、人類を駆逐して地球を侵略……!?」
 康一の顔が一気に蒼褪めた。それを見た自称宇宙人は慌てる風でもなく否定する。
「まさか。侵略だなんて、とんでもない。私は調査に来たのです。この星が住み良い場所なのか、住人達は親切なのか、それを調べるのが私の役割です」
 彼はその仕事が誇らしいものであると言うように胸を張った。
「私はこの地球に来て、仗助さんにとても親切にしてもらいました。地球人というのは、優しい生き物なんですね。それを攻撃するなんて、とんでもないことです」
 彼が「仗助さんは私の恩人なんです」と言うと、仗助は「大袈裟だぜ」と言って笑った。何があったのかは分からないが、康一も仗助には何度も助けられている。きっと彼にも同じようなことがあったのだろう。仗助を『地球人の標準的な人間』と判断するのもどうだろうかと思ったが、少なくとも悪い印象を与えているようではないので黙っておこう。
「すごいじゃあない、仗助くん」
「だから大袈裟だって」
「そんなことはありません。お礼だって、この間のでは足りないくらいです」
「お礼?」
「っと、その話は置いておこうぜっ。な? ほ、ほら、こんなとこにいつまでも突っ立ってねーでさ、教室行こうぜ。な!」
 仗助は急に慌てた様子で康一と宇宙人かも知れない少年の背中を押して歩き出した。首を傾げながらも、康一は促されるまま校門を潜った。校舎に入ろうとしたところで、頭上から男子生徒の声が降ってきた。
「おい支倉ぁ! 日直お前だろ! 早く来いよ!!」
 一瞬誰のことだろうと思ったが、それが少年の人間としての名前なのだろうとすぐに気付いた。どうやらこの学校の生徒として授業を受けていることは本当のようだ。
「そうでした。今日は日直という仕事を与えられているのでした。今行きます! 仗助さん、康一さん、先に行かせていただきますね」
「おう、またな」
「では」
 『日直』という言葉と、『宇宙人』という言葉は日常と非日常、つまり、かけ離れ過ぎている。康一はそのアンバランスさに再び眉を顰めずにはいられない。一方仗助の反応はあまりにも普通だ。普通過ぎて、ひょっとして2人にからかわれているのではないかと思えてくる。
(でも……)
 少年から妙な雰囲気を感じるのも事実だ。例えるなら、彼が纏っている空気が違っている。それこそ地球に存在する大気とは別の何かであるかのように。
「……あの」
 校舎へ向かう背中に、康一は声をかけた。少年はゆっくりと振り向いた。
「もし、地球人が悪い人だったら、……どうしていたんですか?」
 少年は康一の言葉の意味を考えるように――日本語での質問を一度自国の言語に変換させるように――間を置いてから、応えた。
「私ひとりの判断では決められませんが、他の生物やこの星そのものに害をなすような生き物だとなれば……」
 彼はわずかに肩を竦めるような仕草をした。
「駆除、してしまった方が良い場合もありますね。先程あなたが言ったように、力尽くで押さえ込むことも考えられなくはありません」
 そう言って、彼は微笑んだ。今まで見た中で最も自然な笑みだった。それが逆に、全身の毛が逆立つような感覚を与えてきた。
(このヒト……、ひょっとして……)
「おめーが地球を侵略? でもおめー、自分よりパワーのある爆弾や機械にはなれないって言ってただろ」
 仗助には康一が味わった感覚が分からなかったらしく、少年の発言をただの冗談としか思っていないようだ。笑いながら、少年のことを指差している。
「確かに私自身が武器になることは出来ません。ですが、上空で待機している宇宙船には色々と積んでいますよ。危険なのでお見せすることは出来ませんが、仗助さんがお好きな光線銃やウルトラハイパー無重力装置もありますよ」
「いつおれがそんな物を好きなことになったんだよ……」
 少年は更に二言三言仗助と言葉を交わした後、「それでは」と言いながら頭を下げた。長い髪を翻して立ち去る間際、その目がきらりと光ったように、康一には見えた。
「おーい、康一? どうした?」
 仗助の声に我に返った時、康一は立ち去る背中に向けて、磁力を利用してゆらゆらと揺れ続ける人形のように機械的に手を振っていた。
「なにぼーっとしてんだ?」
「仗助くん、君、気付いてないの!?」
「へっ?」
 仗助はぽかんと口を開けている。危険なんて少しも感じていない表情だ。
「どうしてそんなに呑気でいられるの!? 宇宙人だよ、宇宙人!! あんなに騒がれてたじゃあない! 知らないの!? 1999年7の月!!」
 その妙に文学めいた言い廻しに、ようやく彼の思考も“そこ”に行き着いたらしい。
「えっ、なに!? じゃ、じゃあ、あいつがノストラダムスだって言うのかよ!?」
 仗助は咄嗟に校舎の方へ目をやったが、すでにあの少年の姿はなかった。今頃教室で日直の仕事を始めているのだろうか。
「それはその予言をしたフランス人の名前だけど、言いたいことは分かるよ。偶然にしては出来過ぎてるんじゃあない!? そんなタイミングで“たまたま”宇宙人が来るなんてことあるっ?」
「で、でもよぉ、あいつが“本物”だって決まったわけじゃあ……」
「ぼくは彼の“能力”は見てないから、それが地球人でもおかしくないのかどうかまでは分からないよ。でも、上手く説明出来ないけど、彼の目を見てると、『ぼく達とは違う』って思えてくるんだよ」
「そ、それは……」
 仗助にも何か思い当たる節があるのか、彼は言葉を詰まらせた。
「仗助くん、君、人類を救ったかも知れないんだよ」
「お、大袈裟だぜ、それはいくらなんでもよぉ……」
 仗助は笑い飛ばそうとしたようだが、その表情は歪んでいた。
「だって、彼の中では地球人イコール仗助くんになってるようなもんなんだよ? 仗助くんが親切にしてくれたから地球人は優しいと思ったんだから。もし仗助くんより先に、別のもっと悪い人が彼に会ってたら……。ううん、それよりも、もし彼が仗助くんのことを『悪い人間だ』と思ったら……」
 寒くもないのに、康一は身震いをした。
「仗助くん、くれぐれも彼からの印象を悪くしちゃあ駄目だからね!? もし彼が騙されたなんて思ったら……」
 見上げた仗助の顔は、蒼褪めていた。
「……もしかしてもう何かやった後なんじゃあ……」
「いやあ、その、なんっつーか……、直接あいつにどうこうってのはないんだけど、その……」
「何をしたのさ、もぉ……」
 康一は無意識の内に周囲を見廻していた。近くにあの少年の姿はない。あるのは日常の風景だけだ。学生服に身を包んだ若者達が、各々の教室を目指して通り過ぎてゆく。何の変哲もない通学時の光景だ。にも関わらず、“誰か”に見られている。そんな気がして、落ち着かなかった。


2017,07,11


4部連載当時はミキタカや今も宇宙を漂っているであろうカーズが恐怖の大魔王なんじゃあないかって考察とかあって盛り上がっていたりしたのかなと思うとその時代にジョジョヲタでいたかったなぁと思うわたしです。
わたしがジョジョヲタになったのは6部連載中だったんです。
初期からのファンの方がうらやましいっす。
<利鳴>

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