仗露 全年齢


  as it is


 他の部屋から勝手に運んできた椅子の背凭れに体重をかけながら、東方仗助はどうでもいいようなことを喋っている。駅でおかしな髪形の男――おそらくあれはカツラだ――を見掛けたこと、数学の時間に抜き打ちテストがあったこと、散歩中の犬が妙な服を着せられていたこと。
 傍からは、独り言のようにしか見えないだろう。だがそれは仕方がない。ちょっと立ち上がって手を伸ばせば触れることが出来る距離にいる男――この部屋の主――が、全くと言って良いほど相手をしてくれないのだから。そんなことにはとっくに気付いた上で、それでも仗助は喋り続ける。
「そういえば今日抜き打ちテストがあってよぉー……」
 あれ、これはもう話したんだったか? と思っていると、――ようやく――睨むような視線がこちらを向いた。
「おい」
 30分ほど前に予告もなしに訪ねてきた仗助に入室の許可を与えた――それも「居留守使ってんのは分かってるんスよぉー。開けてくれないなら、ドアぶち破って勝手に入りますからね。いくらでも直せるんだからよぉ」と仗助がふざけながらも脅したためにしぶしぶ鍵を開けたようだった――岸辺露伴は、ペンを持ったまま苛立った口調で言った。
「いい加減に黙れ」
 「なにしにきた」「暇な君と違ってぼくは仕事中なんだぞ」に続く、本日――ようやく――3つ目になるセリフは、先の2つよりさらに刺々しかった。しかし仗助はへらへらと笑みを浮かべながら「ヤです」と返した――ちなみに先の2つのセリフへの返答は、「ちょっと遊びに」と「邪魔はしませんって」だった――。
「さっきも言ったが、ぼくには仕事が――」
 仗助は体勢を変え、机に両肘をついてその上に顎を乗せた。露伴の顔を覗き込むようにして、見上げながら割り込むように口を開く。
「そんなこと言って、本当は今日の分はもう終わってるんでしょう? それ、来週の分? あんまり描き溜めすると安っぽく見られるって、前に言ってたじゃあないっスか」
 仗助は、週に数回この部屋を訪ねている。そのために、露伴の仕事のペースはだいたい分かるようになってきていた。机に向って真剣な表情をしている時間。「お茶いれたら飲みます?」と尋ねるとまず断られることのないタイミング。1週間分のスケジュールを消化し終えて、外出している可能性が他より高い曜日。それ等の予想は、ほとんどの場合ぴたりと当たった。今日は「ちょうど今日の分の仕事が終わるのを、その横顔を眺めながら待っていることが出来る頃」を見計らって来たのだが、露伴は「お前の思い通りになんてさせるか」と言わんばかりに、本来であれば予定になかったのであろう仕事に手を伸ばしたのだった。
「それに、明日は休みでしょう? それなら少しくらいかまってくれても良くありませんー? だってオレ達、こ――」
 先程そうされたののお返しとばかりに、露伴は仗助の言葉を視線で遮った。かと思うと、睨むような表情のままで椅子を廻し、仗助の方を向く。長い脚を組みながら背凭れに体重を預け、彼は右手に持ったペンの先を向けてきた。
「いい加減に黙らないと、ヘブンズ・ドアーで操るぞ」
 以前は『合わない』との理由から、露伴の能力は仗助に対して“効き”があまり良くなかった。今はそうではなくなっていることの理由を、露伴は自分の能力が成長したからだと言って――頑なに――譲らない。が、仗助は――もちろん実際に成長してもいるのだろうが――「本当にそれだけだろうか」と異論を唱えたい。しかし今はその論争をすべき時ではないようなので、置いておこう。
「ふふん。その能力の弱点は分かってるんですよぉー」
 言うや否や、仗助は両目を閉じた。露伴の能力は、彼が描く絵を相手が見なければ発動しない。以前――初対面の時――のように敵対している関係であれば、敵の前で目を瞑るなんて無防備な上にこちらからの攻撃も出来なくなってしまう――それを承知で同じことをしたことはあった――といいことなしだが、今はお互いを攻撃したいわけではない。彼等は、敵同士どころか、――第三者は誰も信じないかも知れないが――恋人同士なのだから。だからこそ、仗助はこうして露伴の許を訪ねてきているのだ。
「ほーら、これでオレを本にすることは出来ないでしょう?」
 どうだと言わんばかりに――目を瞑ったまま――胸を張ってみせると、露伴が溜め息を吐くのが聞こえた。
「お前はアホか。目を開かせる方法なんて、いくらでもある」
 前はペン先を飛ばしてきた。
「それでも開けなかったでしょう?」
 その程度で仗助は怯まないと、露伴はもう知っているはずだ。加えて今の2人は――曲がりなりにも――恋人同士。恋人相手に手荒過ぎる真似はしないだろう――たぶん――。
 仗助はますます得意気に言った。
「ね? オレの勝ちですよね?」
 少々子供っぽい発言かなとは思った。が、露伴にだって立派に大人気ないところがある。結果的に2人の年齢差――仗助が露伴の4つ下――が縮まることはなく、ある意味ではバランスを保っていると言えるのかも知れない。
「ああそうかい」
 露伴は急に冷めた声で言う。そして何も続けなかった。
「あ、オレをおいてどっか行っちゃうってのはナシですからねっ!?」
 椅子から立ち上がる気配は感じられなかった。足音も、ドアが開く音も聞いていない。が、返事もない。
「露伴先生? 聞いてます? おーい? 露伴っ!?」
 「ちゅ」と、小さな音が鳴った。同時に、唇に柔らかい感触。
「……へ?」
 目を開けると、露伴は先程と同じ椅子にいた。
「ほら」
 今度は露伴が得意げな顔をした。
「開いたじゃあないか」
「今……」
 何をされた?
 露伴は仕事用の椅子から動いていないように見える。が、その手に握られていたはずのペンは机の上に置かれていた。それに、組んでいたはずの脚が両方とも床に着いている。学校で行われる「起立・礼・着席」のように、一度立ち上がって座り直したかのような……。
(今……)
 仗助は自分の唇に触れてみた。何かの温もりが残っているように思ったのはただの錯覚か、それとも……。
「ちょっ……、露伴! もっかい!!」
 仗助は立ち上がって詰め寄った。しかし露伴はつんと顔を背ける。
「断る」
「そんなこと言わずに! もう1回!」
「こ、と、わ、る」
「先生お願いぃっ!」
 露伴はかえって煩くなってしまったと言わんばかりのしかめっ面をしている。
「分かった、じゃあオレが“する”から、露伴が目瞑ってて!」
「断る」
「じゃあ開けててもいいっス!」
「ヘブンズ・ドアー」
 仗助の顔面が“本”に変わった。
「ああっ! しまった!!」
「馬鹿め」
 露伴はふんっと鼻で笑った。
「何を書いたんだよっ」
「言わない」
 素早く動いた露伴の手が、仗助になんらかの命令を書き込んだことはおそらく間違いないだろう。しかし、何かを制限されているようには感じなかった。普通に動けるし、普通に喋れる。いつも通りの自分であるようにしか思えない――散々「煩い」と言われていたので、黙るように命令されたのかと思ったが違うようだ――。
「何を書いたんだよぉ、露伴んんっ」


2019,05,26


タイトル「ありのままで」にしようと思ったけどどーしてもまつたかこの声になっちゃうので英語にしましたw
仗助なままの仗助が好きだけどツンだから言わない露伴先生が好きです。
ジョジョピタで露伴先生が敵として出てきた時に一生懸命目開けさせようとしてるのがなんだか可愛かったのです。
あとたぶん「だまらねーと舌入れてキスするぞ」が混ざったw それ違う人w
仗助相手には出来ないって言ってたヘブンズ・ドアーが噴上戦で効くようになってたのは実はお互いのこと意識するようになっていたからだとわたしは信じている!!
<利鳴>

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