承←仗 全年齢 承花前提


  優しさの代わりの強さ


「えーっと、他には……あ、そうだ、足だ! 承太郎さん、足にも食らってたでしょう。見せてください」
 仗助は慣れた手付きで承太郎が受けた傷を治してゆく。クレイジー・ダイヤモンドが軽く手を翳す、たったそれだけのことで、強烈な痛みが嘘のように消えてしまった。高校を卒業したら医療の道を目指してみろとでも言ったら、彼はどんな顔をするだろう。もっとも、本当に医者になんてなれば、科学では解明出来ない彼の腕に医療の現場は混乱し、彼は本人の意思を無視して不眠不休で世界中を飛び廻り続けることになる――される――だろうが。
「あとは大丈夫っすかね。それにしても承太郎さん、案外無茶しますねぇ」
 笑顔半分、溜め息半分の仗助の声は、承太郎の耳にはそれこそ半分も入っていなかった。承太郎は、ほんの数秒前まで見るも無残な状態になっていた自分の手を見詰めている。今はそこに、負傷の痕跡は全く見られない。見事としか言いようがないほどに、完治している。
 承太郎が何も言わないのを訝しんだのか、仗助は帽子の下の顔を覗き込むように窺ってきた。
「承太郎さん? どうかしたんすか? まだどっか痛みますか?」
「……いや、なんでもない」
 ただ、少し考えていただけだ。『もしもこの“治す”能力が、“あの時”あったら……』と……。
 いくら仗助の能力が優秀であっても、終わってしまった命を戻すことは出来ない。そのことは、承太郎も自分の眼で見てはっきりと理解している。もしそれが叶ったように見えることがあったとしたら、それは単にまだ間に合う段階だったというだけのことだ。「終わってしまった」という判断が、間違っていた。それだけだ。逆に言うと、どんなに酷い傷を負っても、かすかにでも意識があれば、普通の医者には不可能でも、仗助になら助けることが出来るのではないか。
(あの時……)
 承太郎は直接見てはいない。彼はその場にいられなかった。だが後に祖父の口から聞いたところによると、死の間際、彼の親友――たった2ヶ月足らずの付き合いだったが、少なくとも承太郎はそう思っている――は、敵の能力を伝えるために、最後の力を振り絞って時計台を破壊したのだという。つまり、その瞬間までは、彼は間違いなく生きていた。致命傷を負いながらも、ぎりぎり死んではいなかった。まだそこに“いた”。
 クレイジー・ダイヤモンドが傷や物をなおすのを見ると、承太郎の思考は“存在するはずのない過去”を思い描いてしまう。もしあの時、仗助があの場にいたら……。もちろんありえないと分かっている。当時の仗助はまだ4歳だ。くだらない発想だと彼が切り捨てようとすると、もうひとりの彼が口を開く。
「じゃあ、同じような能力を持った誰かがいたら?」
 そんなことを言っても、現実にそんなスタンド使いと出会うことはなかった。ないものねだりを――しかも今更――したところで、どうにもならない。
「じゃあ、もしもオレのスタンドが“治す”力を持っていたら?」
 初めてスタンドの存在――もっとも、当時はそう呼ばれていることも知らなかったが――に気付いた時、承太郎はそれを抑えるだけで精一杯だった。自在に使いこなすには遠く及ばず、姿形さえ曖昧だったそれをどう扱って良いのか分からないまま、留置所に引き篭もることまでした。まだ不安定だった彼の分身は、今現在のそれと違って、遠くまで行くことが出来た。その後、戦うための力が必要だと悟った時に、彼が求めたのは“素早く”、“正確に”敵を倒すための“強さ”だった。その結果として、彼のスタンドはパワーと引き換えに射程距離を捨てた。戦うためには、そうしなければならない。そのことを、彼は無意識の内に選択していたのだろう。止められた時の中を動けるようになったのも、眼の前の敵を倒すためにはそれが必要だと彼自身が判断し、選び取ったからに他ならない。全て自分の意思だ――それが無自覚であったとしても――。
「じゃあもし、違う“力”を望んでいたら?」
 敵を倒すことしか考えなかった。それでしか母を助けることは出来ないと思っていた。“治す”力なんて、思い付きもしなかった。だがもし“それ”を強く望んでいたら? “それ”を選んでいたら?
 もちろんそうしていたとしても、間に合わなかった可能性も高い。実際に彼はその現場にはいなかったのだから。それでも別の世界を思ってしまう。自分にそれが出来たら、ひとりくらい……いや、上手くいけば全員、助けられたのではないかと。
 きっと、自分と仗助は根本的な性格が違うのだろう。それが能力の違いとなって、如実に語っている。「自分は、彼とは違う」。自分は何かを破壊することでしか、誰かを救えない。
 今更戻ることは出来ない。いくら時を止められても、手の隙間から零れてしまった砂は戻らない。
「……時は、戻らない……」
 そればかりは、クレイジー・ダイヤモンドでも“戻”せない。
「承太郎さん?」
 仗助の声が承太郎を“今”に引き止める。
「大丈夫っすか? やっぱり、どっか痛みますか?」
 リーゼントの下から心配そうな視線が向けられている。“今”は“それ”が自分が守るべきもののひとつだ。彼等の町には、まだ何かが息を潜めている。そんな気がしてならない。
「なんでもない。大丈夫だ」
 承太郎が立ち上がると、仗助もそれに倣った。「心配させないでくださいよぉ」と笑うその表情の中に、消える間際の不安が一瞬だけ見えた。彼も、“その痛み”を知っている。それでも時を止めることなく歩み続けている。
「あの、承太郎さん」
「ん?」
「遠慮しないでくださいね。オレになおせるものなら、何だってなおしますから」
 真っ直ぐ向けられた視線には、強い意思が込められていた。
「オレ、承太郎さんの力になりたいんです」
 いつの間にか仗助の手が承太郎の手を取っていた。承太郎の視線がそこへ向くと、仗助も今初めて自分がそうしていることに気付いたようで、慌てて離れた。
「あっ、そうだっ、農家の人達も助けてやんねーとっ。オレ、先に行ってますね!」
 捲くし立てるように言って踵を返すと、仗助はさっさと丘を駆け下りて行った。夕陽に照らされたその後姿は眩しい。
 仗助の真似は、承太郎には出来ない。
(それならオレは、オレのやり方でいくまでだ)
 変えられないことを嘆くより、今守るべきもののために戦おう。そのためなら、自分が犠牲になることは厭わない。かつて仲間達がそうしてくれたように、必要ならば、この命でさえ差し出す覚悟は出来ている。
 仗助の声が耳に蘇る。
『承太郎さん、案外無茶しますね』
「無茶なんかしねえさ」
 誰かのことを信じていないと、とてもそんなことは出来ない。
(あいつらも、そう思ってくれていたんだろうか……)
 夕陽に眼を細めながら、承太郎も歩き出した。救うことが出来る大切なもののため、戦い続けるために。


2016,09,05


ラット戦直後のつもりです。
ちょっと書きたいことがまとまり切らない内に見切り発車してしまいました。
クレD のなおす能力とか、バイツァダストの能力見た時の承太郎さんの心境を思うと切ないです。
あと4太郎と6太郎は3部の頃と比べると簡単に自分を犠牲にしがちな気がして見てて怖いです。
もっと自分を大事にしてぇー。
でも仲間が犠牲になってくれたお陰で今の自分がいるんだから、今度は誰かのために自分が――くらいは思っているのかなぁ。
いつだって大切に思ってる誰かがいても、危険に晒さないために離れてるって、それつまり本当は傍にいたい自分の気持ちを犠牲にしてるってことだよねせつねぇ。
スタプラが最初はラジカセとか飲み物とか取ってこられるくらい遠くまで行けたのはその時点で性能が固まり切ってなくて遠くまで行ける代わりにあんまり力がなかったんだけど後にパワーを優先したために射程も縮んだんだとわたしは思っていますが、あくまでも独自解釈でしかなく、原作では特にその辺触れられていなかったはずですので、そこんとこご理解いただけると幸いです。
<利鳴>

【戻】


inserted by FC2 system