億仗 全年齢


  こうゆうかんけい


 母が痺れを切らした声で「仗助ったら!」と呼ぶのと、テレビ画面の中のヒーローが爆死したのはほぼ同時だった。『GAME OVER』の文字を横目で見ながら、仗助は立ち上がり、母の声が飛んできた台所へと向かった。
「大逆転のチャンスだったのに」
「あんたまだゲームしてたの。逆転って、つまり負けてたんじゃない」
「う……。だ、だから、今まさに不死鳥のように蘇ってだなぁ……」
「蘇るってことは、1回死んでるってことね」
「ぐ……」
「ほら、そんなのいいから。これ」
 そう言って母は大きな紙袋を押し付けてきた。受け取ってみると、ずっしりとした重量が手に伝わってくる。中を覗き込んでみると、普段は滅多に使わない重箱の蓋が見えた。
「なんだよこれ」
「夕飯よ。億泰のところに持っていきなさい」
 所謂『おすそ分け』というやつかと、数秒後にやっと理解した。彼女は仗助の友人である虹村億泰――仗助が普段そう呼んでいるので、彼女にも名前で呼び捨てるのがうつったようだ――の自宅が近所にあることも、彼が母親及び兄と死別していることも、父親が重度の病にその身を侵されている――詳しい説明が面倒なので、世間的にはとりあえずそのような設定で通してある――ことも、いつの間にかすっかり把握しているようだ。息子の同級生がひとりで苦労していると聞いて、親切にしてやろうと思うのは何も悪いことではない。
「にしたって、これはちょっと多くないかぁ? だいぶ重いぜ」
「あんた達の年齢なんて食べ盛りでしょ。問題ないわよ。昨日大型ゴミ出す時にたまたま会って、手伝ってくれたのよ。そのお礼も兼ねてるの」
「へぇ」
 強面のクセに、意外と親切なところもあるのだ、あの男は。「手伝ってくれた」のは、ゴミを収集所へ運ぶ作業を、だろうか。それとも、いっそその場で“処分”してしまった方が早いようにも思うが、流石に仗助の母親――スタンド使いではない一般人――の目の前で能力は使わないだろうか。そんなどうでも良いことを考えながら、仗助は玄関へと向かった。
「よろしく伝えてよ」
「へーい。行ってきやーす」
 季節は春だが、時間の所為か、外に出ると風が少し冷たかった。が、足に触れた――うっかり軽く蹴った――紙袋から、かすかに温かさが伝わってきた。美味そうな匂いもする。胃袋が動き出すのを感じながら、仗助は歩き出した。億泰の家へは、到着までに数分もかからない。
 呼び鈴を鳴らしたが、反応がない。窓から明かりがついているのは見えるのに、出かけているのだろうか。おいおいこのでかい弁当どうするんだよと思いながら、念のためもう一度と手を伸ばすと、いきなりドアが勢いよく開いた。出てきたのは、もちろん億泰だ。
「うおっ、びっくりしたぁ」
「おお。なんだ、仗助か」
「なんだはねーだろ」
「なんだ、どうかしたのかよ」
「お前、晩飯は?」
「それがよう、ついさっきまでうたた寝しちまってたんだよ」
 どうやら仗助が鳴らした呼び鈴の音で慌てて起きたらしい。
「お前、制服のまま昼寝してたのかよ」
「お前こそ制服じゃあねーか」
 お互い笑いながら言うも、ふと、着替えもせずに居眠りをしてしまうほどに、彼は疲れているのだろうかと思い付いた。成績は決して良くないし、勉強が好きだというようでもない。それでも億泰が学校を休むことは――スタンド使い絡みの事件でも起きない限りは――ほぼない――風邪も引かない――。それでいて、仗助――や康一――と一緒に寄り道をして帰ることもあるのに、帰宅した後家のことは全て彼の仕事だ。いつもの表情からは全く感じさせることはないが、実は、色々と大変なのではないだろうか。そういえばトニオの店に行った時も、寝不足だとか肩凝りだとか、色々言い当てられていた。
「今から準備すんのも面倒だしよぉ、今日はもうカップ麺でいいかなぁ」
 独り言のように呟く億泰に、仗助は紙袋を差し出した。
「お? なにこれ」
「うちのお袋から。“おすそ分け”だとよ。飯まだなら、ちょうど良かった」
 中に入っている物がなんであるか察したのか、億泰の表情は見る見る内に明るくなった。眠気も吹き飛んだようだ。
「マジでぇ!? いいのかよ!? オメーのお袋さんいい人だなぁ!」
「お前はなんでも大袈裟なんだよ」
 そう言いながらも、気付けば仗助も笑っていた。いいことをしたなと思う。もっとも、仗助は母に言われて運んできただけなのだが。
「ゴミ捨てんの手伝ってもらった礼も兼ねて、だってよ」
「ゴミぃ? ……ああ、それたぶんうちのオヤジだわ」
「え、マジで?」
「最近は散歩くらいならひとりで外出てるからなぁ。ご近所さんとはフツーに挨拶し合う仲みたいだぜ」
「近所の連中、適応力高いな……。まあ、じゃあオヤジさんにもよろしく言っておいてくれよ。ああそうだ、空になった入れ物は、いつでもいーからな」
「あ、仗助。せっかくだからお前も上がって食って行かねーか? お茶くらいいれるぜ」
 片手を軽く上げて踵を返そうとしていた仗助は、少し首を斜めにした。億泰の誘いが嫌だというのではない。むしろ、それも良いかも知れないとすら思った。祖父が他界してから――もう丸一年になるか――は、食事はずっと母と2人で、だ。そこに『寂しい食卓』という言葉は全く当て嵌まらない。母と息子はその気になればいつまでも話題を絶やさずにいることが出来たし、逆に、無理に喋り続けていなければ沈黙が苦しいということもない。だが、きっと億泰と共にする食卓は、それはそれで母と一緒の時とは違った何か――“楽しさ”と呼んで良いだろう――があるだろう。これまでは億泰の父親と直接の交流を持つことはないままだったが、きちんと知り合ってみたら、案外面白そうだ。いつか――近い内に――そんな機会を作ってみるのも悪くないかも知れない。だが、
「うちもたぶんこれから晩飯だからよ」
「あー、そっかぁ。お袋さん待たしたら悪いかぁ」
 不良のクセに、ずいぶんとマトモなことを言う。仗助はくつくつと笑った。
「何笑ってんだよ」
「いや、別に。じゃ、またな」
「おう。またなー」
 ドアが閉まると、数秒もせずにその向こうから「オヤジー! 飯だぞー!」と叫ぶ声が聞こえてきた。その声も、それに応えたおたけびのような父親の声も、クリスマスのプレゼントをもらった子供のようにはしゃいでいる。「仗助のカーチャンが――」との声が隣近所にまで聞こえていたら恥ずかしいが、弁当ひとつでこんなにも喜んでもらえるなら、母も作った甲斐があるというものだろう。関わった人間全員がハッピーだ。次に同じような機会があったら、その時は運搬だけではなく、調理の段階から母を手伝うことにしようか。
 中途半端に匂いだけを嗅がされ、悪戯に焦らされたことを抗議するように腹がぐうと鳴った。仗助は大股で自宅へと帰った。
「たでーまー」
 靴を脱ぎながら帰宅したことをアピールすると、母が少し驚いたような顔を見せた。
「あら、仗助。帰ってきたの?」
「は? そりゃあ帰ってくるだろ。あー、おれもハラ減ったぁ」
「さっきのお弁当、あんたの分も持たせたつもりだったんだけど」
「はぁ!?」
 少し前まで手にあった重量感を思い出してみる。億泰とその父、2人だけで食べるには重過ぎると感じたそれ。3人分だったと考えると、なるほど、適量だなと納得出来るかも知れない。それから「重い」と言った時の母の返答。「あんた達の年齢なんて食べ盛りでしょ」と彼女は言った。あのタイミングで、自分の分も含まれていることに気付いていれば……。
「え、じゃあオレの飯は……」
「うちにはないわよ。ああ、あと、わたしこれから同窓会に行ってくるから。……言ってなかったっけ?」
「いや、……聞いたような気もする。ってことは、本当に全然なんにも食べる物がないってことかぁ!?」
 ドア越しに聞いた声を思い出す。嬉しそうな声。今頃、もう蓋を開けてがっつくように食べ始めているかも知れない。2人で3人分を平らげることは難しくても、2.5人分くらいなら余裕かも知れない。
 仗助の腹が再び鳴った。
「ちょっ……、オレの飯ぃッ!」
 脱いだばかりの靴をつっかけて、仗助は慌てて外へ飛び出した。


2017,04,09


家近くて一緒に登下校してるって可愛いですよね。
あの距離なら部屋の電気ついてるのとか見えるんだろうな。大きな声出したら会話も出来るかなぁ。
朋子さんが億泰のこと呼び捨てにしてたのが好きです。
たぶん仗助の呼び方がうつったんでしょうね。
ってことは、仗助はそれだけ頻繁に億泰のことを自宅で話してるってわけだ。
腐ギリギリ一歩手前のめっちゃ友情みたいな、そうゆう関係の2人が好きです。
でもうっかりぽろっと一線越えちゃってもそれはそれで良いと思ってる(笑)。
<利鳴>

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