承太郎&億泰 全年齢 承花前提


  Line-of-Sight


 「なんだろう」と、億泰は思った。続いて、「気の所為だろうか」とも。先程から、何度も視線が合っている気がしてならない。
(あ、ほらまた)
 新手のスタンド使いについての調査が済んだので学校帰りに駅前に集まって欲しいとは、空条承太郎本人からではなく、その叔父である東方仗助から聞かされていた。元より、駅は帰り道に通ることになる。断る理由は、何もなかった。おそらく難しい話を聞かされたところで、自分には理解出来ないだろうが、それでも。
 授業が終わり、仗助と広瀬康一のクラスによってみようとしたが、どうやらホームルームが長引いているようだった。誰かが何か――不良が喧嘩とか――やらかしたのかも知れない。それに、確か2人は掃除当番の日だと――昼休みに会った時に――言っていた。どちらにしても遅くなるようなら、自分が先に行って、2人が遅れる旨を承太郎に――他にも誰か来るなら、その人物にも――伝えておく方が良いだろう。そう考えて、億泰は先に学校を出ることにした。
 億泰の姿がなければ仗助達は先に行ったのだろうと推測するに違いないとは思うが、念のため、自分の教室に戻って、まだしばらく雑談をしてから帰るつもりだというクラスメイトに、仗助か康一が探しに来たら「先に行ってる」と伝えてくれるように頼んだ――全員と面識のある山岸由花子がいたら話が早かったのだが、彼女はもう教室にいなかった――。クラスメイト達は、仗助の名前にはすぐにぴんときたようだった――なにしろあの身長と、イギリス系アメリカ人である父親譲りのあの顔立ち、それに特徴的なあの髪型だ――が、康一のことは分からないらしかった。仗助とよく一緒にいるやつだよと説明すると、それはお前じゃあないのかと揶揄するように言われた。確かに、クラスは違うがよくつるんでいる。家が近いこともあって、一緒に登下校する日も珍しくない。
「おれじゃあなくて、ちっけーやつだよ。仗助と同じB組の」
「あー、たぶん見たら分かるわ。そのどっちかが来たら、先行ったって言っとけばいいって?」
「おう。頼むぜ」
 そう言い残して、億泰は教室を出た。まだ終わっていないらしい仗助達の教室の前を通って――ドア越しに教師が何か喋っている声がかすかに聞こえた。内容までは聞き取れないが、やはり説教っぽい口調だと思った――、外へ向かった。

 たまたま遮断機が下りていないタイミングで踏み切りを渡ることが出来た。その先に、すでに到着していた承太郎の姿を見付ける。仗助よりも更に高い身長は、離れていても見付け易い。彼が動かずに四六時中そこでじっとしているなら、渋谷のハチ公に負けないくらいの待ち合わせスポットになれるだろう。
「承太郎さーん!」
 手を上げながら駆け寄ると、日本人離れした緑色の目がこちらを向いた。何をしているでもない――ただ人を待っているだけだ――というのに、力強い光が宿っているような視線が真っ直ぐ自分を見たと思ったのは、それが本日1回目。
「ひとりか。仗助と康一くんは」
「当番があるから、少し遅れるみたいっス」
「そうか」
 まだその姿がどこにも見えないことを確かめるように、彼は周囲を見廻した。続いて、腕時計の時間を確認する。小さな息を吐いたかと思うと、「待つか」と、やはり小さく呟いた。
 駅前広場のベンチは、どれも埋まってしまっていた。仕方なく立ったまま待つことにする。仗助達は駅の中と踏み切り、どちらを通ってくるだろうか。
「そういえば、ジョースターさんは一緒じゃあないんスか?」
 億泰が尋ねると、承太郎の目が再びこちらを向く――これが2回目――。視線が合ってから、彼は軽く首を振った。
「じじいは来ない。赤ん坊の世話で、手一杯なようだったからな」
 億泰は仗助から聞いた透明な赤ん坊の話を思い出す。姿が見える分――そして一応こちらの言っていることが理解出来ているようである分――、自分が世話をしている父親の方が楽だろうか。
 数分が経過したが、まだ仗助達は現れない。せめて、もうホームルームは終わって掃除に入っているのか、それともまだ下らない説教――推定――が続いているのかだけでも分かれば、待つ方の気分も違ってくるのだろうが。
 退屈になってきて、足元にいる蟻が何かを引きずって運ぼうとしている様子を見るともなしに眺める。それにも飽きて、亀でも見に行こうか――それもすぐに飽きるだろうが――と思い始めた頃、ふと視線が向けられていることに気付いて、億泰は顔を上げた。その時にはもう逸らされていたが、今のは間違いなく承太郎のそれだったと確信する――3回目――。
(なんだぁ?)
 そういえば、今日に限らず、日頃から彼とはよく目が合う気がしていた。
(気の所為かぁ?)
 そう思っている傍から、また視線。
(あ、ほらまた)
 自分の顔に何か付いているのだろうか。それとも、気付かない内にどこかに引っ掛けて制服に穴でも空けてしまったか。それならそれで、仗助に直してもらえばいいだけのことだが、承太郎が黙って見ている理由はよく分からないままだ。「破れてるぞ」と一言教えてくれれば良いのに。
 いや、それもおかしい。もしそうなら、承太郎はずばりその箇所を見るだろう。視線が合うのはおかしい。承太郎の両目は、億泰のそれより高い位置にある。真っ直ぐ前を向いていたら偶然その先に億泰の目があったということはありえない。
(なんなんだぁ?)
 億泰は首を傾げた。が、頭を使おうとすると、頭痛が起きそうだ。すぐに「まあいいか」と考えるのをやめた。何かあるなら、きっと承太郎の方から言ってくるだろう。そうではないということは、大したことではないということだ。自宅の棚に置いてある時計や卓上カレンダーの高さがたまたま同じだとか、家族か仕事の関係者かに、同じ――もしくは近い――身長の者がいるだとか。そんな理由で視線を向け易い位置に、たまたま自分がいるのだろうとでも思っておこう。あるいは承太郎の方には、「視線が合った」という認識さえないのかも知れない。
 踏み切りの音が鳴り、止まる。それを何度か繰り返した頃、しかし仗助達はまだ現れていない。こんなことなら、待ち合わせ場所はカフェにでもしてくれていたら良かったのに。いっそのこと承太郎と2人で学校まで戻るか?
 ふと、また視線が向けられていることに気付いた。今日だけで何度目になるだろう。だが、無意識の内にその瞳を見詰め返してしまったのは、まだ1度目だ。それは、偶然視線がその位置を通過したのだと言い訳するには長い時間だった。
 一瞬狼狽える。が、自分はなにも悪いことをしたわけではない。「なにか?」と尋ねる権利は、むしろ自分にこそあるのでは。そう思った億泰は、口を開こうとした。しかし、
「億泰」
 低い声に名を呼ばれ、反射的に「はい!」と応えた。教師に叱られる小学生みたいだなと思いながら、承太郎の次の言葉を聞く。
「お前、身長はいくつだ」
 思いがけない質問に、億泰は表情を歪めた。
「しんちょおぉ? なんっスか急に」
 そんなことが聞きたくて、ずっと視線を送っていたということなのか。
「確か、少し前に測った時には、178だったかなぁ」
 億泰が答えると、承太郎は「そうか」と頷いた。
「178……、そんなにあったか」
 そう呟いた承太郎の目は、彼がやや俯いた姿勢を取った所為で、帽子の鍔に隠れて見えなくなった。そしてそれ切り、何も言わない。
 億泰は承太郎の言葉の意味を考える。「そんなに」とは、もっと小さいと思っていたということだろうか。承太郎と比べれば、ほとんどの人間は小さいだろう。だが、日本人の男子高校生でこれだけあれば、充分平均値を上回っているはずだ。外人の血が入っているのはそもそも少しずるい。
「なんスかぁ。仗助より低いの、ちょっとは気にしてるんスからね」
 拗ねたような口調で言うと、承太郎は我に返ったようにこちらを見た。
「言っときますけど、おれが小さいんじゃあなくて、承太郎さんがでか過ぎるんですからね!?」
「ああ、そういう意味じゃあない。すまない。お前じゃあなくて、むしろ逆なんだ」
「逆ぅ?」
 どういう意味だろう。承太郎の言わんとしていることが、さっぱり分からない。
(よし、考えんのやめよう!)
 そう思ったのに、
「気にしてたのか」
「何を……」
「仗助の身長か。180だったか? 185か? まあ、確かそのくらいだな」
 億泰にとって5センチの差は大きいが、承太郎には180も185も同じようなものらしい。おそらく違う次元の話なのだろう。そうとでも思っていた方が簡単だし、頭痛も起きない。
 そろそろ来ないかと、承太郎は視線を遠くへ向けた。そして、
「男は二十歳を過ぎても伸びるやつはザラにいる」
 淡々とした口調で言われ、呑み込むのに少々時間がかかった。励ましているつもりなのか? 帽子の下の表情を伺おうと覗き込んだが、緑色の瞳は前を――あるいはここではないどこか遠くを――向いたままだった。踏み台でもなければ、それと視線を合わせることは不可能だ。
 それでもじっと見上げていると、居心地が悪くなってきたのか――そんなことがあるのだろうか、“あの”空条承太郎に――、彼は付け足すようにぽつりと言った。
「まあ、おれは17の時にはもうこの身長だったが」
「なんスかそれぇ。そんな人に二十歳過ぎても伸びるなんて言われても、説得力ないっスよぉ」
「それは悪かった」
 本当に悪いと思っているのか、少々疑わしい口調だ。
「まったくっスよー」
「まあ、大人になるまでに、まだ伸びるだろ。……根拠はないが」
「だから、一言余計なんですって」
 ふっと息を吐く音がした。笑ったのかも知れない。だがその顔は、首を捻るように横を向いていて、億泰からは見えなかった。
 幾度目かの踏み切りの警報が鳴り出した。かと思うと、駅の階段を駆け下りてくる影が2つ。片方は大きく、もう片方は小さい。足して2で割れば、ちょうど2人分かなと億泰は思った。
「承太郎さーん! 億泰くーん!」
「すいませんっス! 遅くなりました!」
「全くだぜー。何やってたんだよぉ」
 仗助と康一はそろって肩で息をしていた。康一の方がより息切れが激しいのは、足の長い仗助に極力合わせようと無理をして走ったからだろう。うん、本当に足して2で割った方が良いかも知れない。そうすれば、億泰の方が背が高いことにもなる。
「ちょっと、ほーむ、るーむがっ……はぁっ、長引いちゃって……っ」
「仗助ぇ、お前がなんかやらかしたんだろぉ」
「はあぁ!? おれじゃあねーよ!」
 億泰はにやにやと笑いながら仗助の顔を覗き込んだ。走った所為か、ご自慢の髪型が少々乱れている。
 仗助の両目は、――将来的にどうなるかはとりあえず置いておいて、今は――億泰のそれより高い位置にある。それでも2人の視線は真っ直ぐ向かい合っていた。それはなんだか嬉しいことのように思えた。承太郎にも、きっとそんな相手がいる――あるいは“いた”――のかも知れない。


2018,06,02


承「皆さんが静かになるまで12分かかりました」
仗&億&康「こ、校長先生だ……」
花京院の身長って億泰と同じだったのねっていう承花っぽい話にしようと思っていたのに、普通(?)に億仗っぽくなりました。
まあ、これはこれでいっかぁー。
<利鳴>

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