露鈴 全年齢


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 特徴的な髪型の後ろ姿を見付けて、杉本鈴美は無自覚の内に声を弾ませた。
「露伴ちゃんっ。こんなところで、何をしているの?」
 背後から覗き込むようにして顔を見せると、苛立ちを隠そうともしない視線が返ってきた。もうとっくに自分よりも年上になった者相手に、未だに子供の頃の呼び方をやめないことを咎めようというのだろう。二十歳にもなって――しかも自分の力で地位も得ている立派な大人が――ちゃん付けで呼ばれるというのは、あまり良い気分にはならないことかも知れない――特に男は――。
(でも、仕方ないじゃない。あたしの時間は、もうとまってしまっているんだから)
 そのことを理解しているからか、露伴も面と向かって「やめろ」と言ってくることはない。鈴美は、自分がそれに甘えているという自覚はあった。同時に、それもいつかは終わりの時が訪れるということも。
(だから今だけ、もう少しだけ、甘えさせてね。露伴ちゃん)
 鈴美が微笑んでみせると、視線だけで訴えるのを諦めたように、露伴は溜め息を吐いた。
「何か買い物?」
 隣のオーソンの方へ目をやりながら尋ねると、「どうして君にいちいち説明しなくっちゃあいけないんだい」と返ってきた。
「別にぼくがどこで何をしていたって、君には関係ないだろう」
「あっあ〜、分かった。ヒトには言えないような買い物ね?」
「オーソンに荷物を出しに来たんだっ!」
 露伴の態度があまりにも予想通りだったため、鈴美はたまらず笑い出した。それを見た露伴は、拗ねた子供のようにそっぽを向いてしまった。
「でも、“ここ”はオーソンじゃあないわよ? ここはオーソンの横の“小道”。お客さん、道をお間違えじゃあありませんか? それとも、わざわざあたしに会いに来てくれたのかしら?」
 わざととぼけた口調で言うと、露伴はまたしても苛立ったように言い返した。
「用事を済ませて帰ろうとしたタイミングで、新しいネタのアイディアが閃いたんだ。ここならメモを取るのに誰にも邪魔をされないと思ったんだ」
 「それなのに」と、彼は視線だけで続けた。そういえば彼は、メモ帳とペンを手にしているようだ。
「あら、邪魔なんてしないわよ。ねー、アーノルド?」
 愛犬は背中を撫でてやると、「クーン」と鳴いた。
 少しの間は、露伴が物凄い速さでメモ帳に何か書き込んでいるのを眺めていた。途中で覗き込もうとしたら睨まれてしまったので、鈴美は肩を竦めながら彼から離れた。それでもしばらくすると手持ち無沙汰になってしまって、結局声を――もとい、ちょっかいを――かけずにはいられなかった。
「露伴ちゃん、ポッキー食べる?」
「食べない」
 まさに即答。予想はしていたが、少し寂しい気持ちもある。
「小さい頃はお菓子あげるとあんなに喜んでたのに」
 ぼやくように言うと、相槌を打つかのようにアーノルドが足元に擦り寄ってきた。その目が「あの頃は可愛かったのにね」と言っているような気がして、鈴美は少し笑った。
「前から思っていたんだが」
 露伴の声に顔を上げると、彼はメモ帳を畳んでバッグにしまっていた。大事なアイディアを書きとめたそれの存在をもう一度確かめるように、視線がバッグの内部へと向く。数秒後、満足したのか、彼も顔を上げた。
「それは生きている人間にも食べられるのか? よもつへぐいになるんじゃあないのか?」
「よもつ……なにそれ?」
 聞き慣れない言葉に、鈴美は眉をひそめる。同時に、自分が知らない言葉をさらりと口にするようになった露伴を、もう子供ではないのだなと改めて思った。
「死者の国の食べ物のことさ。生者が口にすると、元の世界には戻れなくなる」
 『戻れない』。それが何を意味しているのかは、説明されずとも理解出来た。露伴の表情はやや硬いようだ。
「人聞きが悪いわ。あたしが生者を引きずり込もうとしてるって言うの?」
「君にそのつもりがなくても、結果としてそうなるんじゃあないかと言っているんだ」
 露伴に悪気があるわけではないことくらい、鈴美にも充分分かっている。それでも2人が違う世界の存在であることを様々と見せ付けられたような気がして、彼女の表情はわずかに曇る。それを見た露伴は「やれやれ」と言うように溜め息を吐くと、再びバッグの口を開いて、そこへ手を突っ込んだ。
「だから」
 取り出されたのは見慣れた菓子の箱だった。今、同じ物を鈴美も持っている。露伴は箱を開け、中の袋も開けると、それを差し出してきた。
「食べるかい? ついさっきオーソンで買った、生きてる世界のポッキーだぜ」
 さっきバッグの中を覗いていたのは、これだったのかと、鈴美は思った。妙に真剣な目をしていると思ったのは、それを何と言って彼女に渡すか考えていたのだろうか。彼の性格からして、素直に「あげるよ」とはなかなか言い出せないだろう。思いがけずチャンスへと向かった会話の流れに、内心「良かった」と思ったのかも知れない。そんな想像をしていると、今の露伴にも子供っぽいところがあるのかと、おかしいのと同時に、なんだか嬉しくて、鈴美は笑いながら差し出された袋に手を伸ばした。中の菓子を1本、指先でつまんで取り出した。
「ありがと、露伴ちゃん」
 鈴美がそう言うと、露伴は「ふん」と顔を背けながら、自分でも1本口に咥えた。
「照れなくてもいいのに」
「照れてない」
「素直じゃあないわね」
 「本当にね」と言うように、アーノルドが鳴いた。


2017,11,11


意外とNLも好きだったりするのです。
露鈴もいいけど、おね鈴×ショタ露の可能性にも心が躍るよね!!
作中ではほんの数回しか一緒にいるシーンはありませんでしたが、「寂しい」って言うくらいだから、何度か会いに行ってたりしたのかな。
<利鳴>

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