ミスジョル 全年齢


  ○月○日


 「今日一日休みたい」との連絡は、ミスタ本人からではなく、彼の部下からジョルノの耳へと入れられた。
「体調でも崩したんでしょうか」
 自分から連絡をしてきたということは、敵対する何者かに寝込みを襲われ、拉致された。等の窮地に立たされているということはないだろう。思い返してみて初めて「そういえば」と気付く程度ではあったが、ここ2、3日の間のミスタは、確かに少し元気がないように見えたこともあった――と言えなくもない気がしないでもない――。季節の変わり目で、風邪でも引いたのだろうか。
 ミスタからの伝言を預かってきた部下も、詳しい理由は言っていなかったと言う。何かあったのかと尋ねる前に、電話は切られてしまったのだそうだ。わずかな間の会話でも辛いほどなのだろうか。ジョルノは眉間にしわを寄せた。
「スケジュールの確認を」
「はい、ジョルノ様」
 ジョルノの指示に、部下はすぐさま手帳を開いた。
「今日の予定を」
「午後から来客の予定が一件」
「それは重要な内容ですか?」
「いいえ」
「ではキャンセルで」
「分かりました。先方には2日後の都合を改めて聞いておきます」
「他には?」
「夜に打ち合わせを兼ねた食事会が」
「店は?」
「予約済みです。キャンセルは前日の夕方までとあったはずです」
「キャンセル出来ますね?」
「お任せください」
 優秀な部下は余計な質問をすることなく、ジョルノの望みを手帳に書き取っている。
「後は大丈夫ですね」
 そう言いながら、ジョルノはもう椅子から立ち上がっていた。「お任せください。いってらっしゃいませ」という声を背中で聞きながら、彼は部屋を出た。行き先を聞かれなかったのは、聞く――知る――必要がないと思っているのか、それとも、聞かずとも分かっている――それもやはり「聞く必要がない」と言える――からなのか……。そんなことを考えながら、ジョルノはもうひとりの“優秀な部下”の元へと足を早めた。

 ミスタの部屋は、外から見た限りでは異変が起こった様子は何もなかった。ただ、まだ昼間だと言うのに、窓にはカーテンが引かれている。すっかり寝込んでいるのか。呼び鈴に伸ばし掛けた手を下ろし、ジョルノは鍵を取り出した。鍵穴に差し込んだそれは、何の抵抗もなく廻った。
「ミスタ? 入りますよ?」
 控えめに開けたドアの中に向かって静かに声をかけると、かすかに唸るような返事が聞こえた――ような気がした――。ジョルノは音を立てずに中に入り、内側からドアを施錠した。
 寝室のベッドの上……いや、“中”に、ジョルノは目的の人物を見付けた。外はすっかり春の暖かい日差しに満ちているというのに、その男は毛布をすっぽりと頭まで被っていた。が、眠っているわけではないようだ。
「具合でも悪いんですか?」
「あー……」
 今のは肯定の返事なのだろうかとジョルノが首を傾げていると、視界の隅に白い小さな“生き物”が現れた。
「ジョルノー、今日ハ駄目ダゼー!」
「今日ハ外ニハ出ラレネェー!」
 主人の代わりにそう告げたミスタのスタンド達は、“本体”の影響を受けてか、どこか覇気のない顔をしている。
「何があったんですか?」
「何モナイサ」
「アッテタマルカヨォ!」
「何モナイヨウニ、コウシテルンダゼ!」
「トニカク“今日”ハ駄目ナンダ!」
 ピストルズのひとり――1匹と言うと機嫌を損ねるらしい――が壁の方を指差した。その先には、カレンダーがかけられている。それを見て、ジョルノは眉をひそめた。
「もしかして……」
 溜め息を吐くジョルノの顔には、「心配して損した」との感情がありありと浮かんでいる。
「ミスタ」
 子供を叱り付けるような口調で呼びながら、ジョルノはベッドの横に立った。
「“今日”一日ずっとそうしているつもりですか?」
 “今日”、すなわち、4月4日。ミスタの大嫌いな――「恐れる」と言い換えても良い――“4”の並ぶ日。ミスタの元気がないように見えたのは、暦が4月に変わったからだったのだと気付いて、真面目に心配した自分自身に腹が立った。そんなジョルノの心境を無視して、ミスタは「今日だけは駄目なんだ!」と声を上げた。相変わらず毛布の中からは出てこない。その所為で、声はくぐもった音にしかならなかった。
「ミスタ、子供じゃあないんですからっ。いいですか、4月は毎年来るし、4日も毎月来るんです! その度にそうやって引き篭もるつもりですかッ?」
 無理矢理毛布を引き剥がそうとすると、全力で抵抗された。強い力で毛布を取り戻そうとする彼は、誰がどう見ても病人なんかではない。明らかに元気だ。心配して本当に損した。
「無駄な時間を使わせないでくださいっ。もうッ」
「いやだあッ! オレは今日はここから出ねえぇッ! “4月”は我慢する! “4日”もだ! だが今日だけは駄目なんだあああッ!!」
「よく今までそんな生き方が許されてきましたねっ!? 誰だミスタを甘やかして育てたのはッ!」
 結局ジョルノは綱引き――もとい、毛布引き――に敗れた。スタンドを使うならともかく、純粋な力比べでミスタに勝てる道理がない。……いっそ使うか。
「食事はどうするつもりです」
「食中毒になるかも知れないから取らない」
「マジですか。トイレは」
「必要最低限の回数に留める。行く時は細心の注意を払いながら行く。そもそも水分は取らねえ!」
 普段はどちらかと言えばいい加減な性格――良い意味で――な男であるはずなのに、どうして“その数字”が絡んだだけでこうも豹変してしまうのだろう。ジョルノにとって、ミスタは大切な人だ。理解したいと、心から思う。だが、こればかりは分かち合うことは不可能に思える。
「部屋にいたからって安全だとは限らないでしょう。隣の住人が火事でも起こしたらどうするんです。そうやって引き篭もっていたら、外の様子なんて分からないから、巻き込まれますよ」
 これにはミスタも反論出来ないようだった。それが、却って彼を追い詰めたらしい。「もう駄目だ」と喚きながら、彼は余計に毛布を握る手に力を込めた。反対にジョルノは、溜め息と共に全身の力が抜けてゆくのを感じた。つい先程「病人ではなさそうだ」と思ったばかりだが、ここまでいくとむしろ心の病ではないか。その数字に対する恐怖は、精神とイコールであると言って差し支えない彼のスタンド能力にまで反映されている。6人いるスタンドの内、ナンバー4が欠員となっているのがその証だ。ジョルノには理解し難いことだが、彼にとってはそれはどうしようもない“絶対”なのだろう。
 幾度目かの溜め息を吐きながら、ジョルノはベッドの淵に腰掛けた。ポケットの中の鍵が小さな音を立てた。
「貴方の“それ”は専門用語で強迫性概念と呼びます」
「難しい話はパス」
「去年はどうしていたんですか。引き篭もったりなんてしてなかったでしょう?」
「去年……は……」
 声が一層小さくなった。
「それどころじゃあなかった」
「ああ、そうか……」
 去年の今頃は、彼等は戦いの中にいた。そして仲間を失った。きっとそれも、ミスタにとっては“4”がもたらした災厄なのだろう。だがそれは“それどころじゃあない”出来事があれば、普通に外に出ていられるという事例でもある。ジョルノは唇の下に拳を当てて、考え込むような仕草をした。
「ねえミスタ」
 返事はないが、あえてボリュームを下げたジョルノの声を聞き取ろうと、毛布の淵がわずかに持ち上げられたのは見えた。
「“4”に関係するものは、何でも嫌いですか?」
 返事は聞こえない。
「ぼく、今月誕生日なんですよ」
 毛布の塊に顔を寄せるように囁くと、その塊がぴくりと跳ねるように動いた。
「……いつ」
「16日」
 「4日じゃあなくて良かった」と安堵するような溜め息が聞こえた。「16は4の累乗ですよ」とでも言ってやったらどんな顔をするだろうかと思ったが、いよいよ話が進まなくなってしまうのでやめておいた。どのみち、毛布の下にある顔は見えない。
「お前、去年はそんなこと言ってなかったじゃあねーか」
 ジョルノが黙っていると、ようやくミスタの方から口を開いた。
「去年はそれどころじゃあありませんでしたから」
「ああ……」
 再び空気が重くなる。ジョルノは毛布の下にある肩はこの辺りだろうかと見当を付けて、そこへ頭を預けた。
「4月生まれのぼくのことは、好きじゃあありませんか?」
 ジョルノはあえて「嫌いか」とは尋ねなかった。「嫌い」を否定しても、「嫌いではない」にしかならないからだ。
「そんなこと、ない」
 声は小さかった。しかしその口調ははっきりしていた。その言葉が終わるや否や、ジョルノは素早く毛布の中に潜り込んだ。驚いて離れようとする身体を、胸倉を掴んで逆に引き寄せた。暗くてミスタの顔は見えない。が、動揺している気配ははっきりと伝わってきた。
「ミスタが体調でも崩して寝込んでるのかと思って、今日の予定全部キャンセルしてきたんですよ、ぼく」
「なっ、お前何やってんだよっ」
「貴方に言われたくないです。他にも溜まってる仕事があるし、この分の埋め合わせもしないといけないし、しばらく忙しくなるのは必至です」
 「貴方の所為で」と言外に含ませて言うと、ミスタはうっと言葉を詰まらせた。そこは、流石に申し訳ないと思っているらしい。
「まあ、そこはぼくが自分で勝手にしたことなんで、いーんです、け、ど」
 少しも言葉と一致していない口調で言いながら、暗さに慣れてきた眼でミスタの顔を見上げた。
「しばらく、ゆっくりするのは難しくなるかも知れません。誕生日なのに」
 「だから」とジョルノは続けた。
「“前祝い”をください。ああそれから、『それどころじゃあなかった』去年の分も」
 言いながら、猫の仔のように身体を摺り寄せた。ミスタが小さく跳ねたのが分かった。
「……今?」
「だってどうせどこへも出られないんでしょう? だったら、今」
 ジョルノは身を乗り出して、何か言おうとしている唇に口付けた。
「“今日”なんて忘れてください。“ぼく”だけ考えて」
 「いいでしょう?」と首を傾けると、今日一番の大きな溜め息が返ってきた。かと思うと、ミスタの手が2人にかかる毛布を跳ね除けた。やっとお互いの顔がはっきりと見えた。ミスタはジョルノの身体をベッドへ押さえ付けるように体勢を変えた。
「焚き付けてきたのはお前の方だからな」
「分かってますよ」
 唇を歪ませるように笑みを作ったミスタに、ジョルノは涼しい表情を返してやった。それが逆にミスタの“なにか”に火を付けたらしかった。
「もし今、貴方が言うように何か悪いことが起こるんだとしたら」
「あ? お前、それを忘れさせようとしてくれてんじゃあねーの?」
 ジョルノはその言葉を無視した。
「“今”悪いことが起こるなら、それは腹上死?」
「っ……馬鹿かお前はッ」
 ようやくいつものミスタらしさが返ってきた。ジョルノはくすくすと笑いながら、たくましい肩に腕を廻した。


2017,04,04


2016年の4月6日にこのネタを思い付いたという残念っぷり。
なぜっ、なぜあと2日早く浮かばなかったんだネタよ!
でも開き直って4月16日にアップしてしまっても良かった気がします。
ということに気付いたのは5月に入ってからでした……。
仕方ないから1年寝かせたよひゃっほい!!
<利鳴>

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