ミスジョル 全年齢


  1%INCONVENIENCE


 だいぶ聞き慣れてきた銃声を響かせながら、ジョルノは壁の向こうから聞こえてくる別の銃声へと意識を向けた。おそらくそれは、そう長く待つことなく止むだろう。だとすれば、そろそろ撤退のタイミングだ。
 つい先程撃ち抜いた男は、一言で言えばギャングの1人だ。といっても、その所属はジョルノ率いるパッショーネとは全く別の組織である。テロリスト紛いの危険な連中で、警察と真っ向からやりあうだけならまだしも、一般人を巻き込んだり、どうしたことかその活動がパッショーネによるものだと混同されることまであって、以前から非常に迷惑していた。そろそろ釘を刺しておいた方が良いのではないかとの声が幹部達から上がるようになり、ちょうどジョルノもそう考えていたところだったために、即刻作戦が立てられることとなった。この度見事に潜伏先を突き止め、ついでに国際的な騒ぎになりかねないような計画を企てていることまで掴んだのを理由に、“排除”へと乗り出した。
 奇襲はことごとく成功し、残るはほんの数人が出入りするのみの小さなアジトが1つ。この程度であれば己の右腕であるミスタひとりで片付けられるだろうとは分かっていたが、ジョルノは同行を申し出た――むしろ勝手に決めた――。あるいは反対されるだろうかと思った――同時になんと言って押し切るかも考え始めていた――のに、ミスタは異論を唱えることもなく、その代わりのように一丁の拳銃を差し出した。今まさにジョルノの手の中にあるそれは、ミスタのリボルバーと比べるとひと廻りほど小型に見える。
「そんなんでも殺傷能力はそこそこってとこだ。念のため、スタンド能力は出来るだけ隠しておけ」
 ジョルノにそう言ったからには、今頃別の部屋で交戦中であるはずのミスタ本人も、その能力を使わずに戦っているのだろうか。
(まあ、ミスタの場合ならそれでも問題ないだろうけど)
 ジョルノも、銃の扱いは一応――組織一と称して差し支えのない銃の使い手の手解きを受けて――出来るようになった。下手くそな警察官よりは上だと言えるだろうか。その程度の腕なら、ミスタにとってはないも同然だろうとは承知の上だ。ここまで足を引っ張ることはなかったが、役に立ってるかといえば微妙だ。それでも、邪魔をしてないならいいことにしておこうと開き直った。
 敵がスタンドを出すことはなかった。ゆえに、おそらく相手はスタンド使いではないのだろう。それなら、こちらも能力を隠し続けている必要はないのだが、一度構えた銃をわざわざ降ろすのもと思い――練習にもなるだろうからと――そのまま撃った。そうやって倒したのは3人か、それとももう1人くらいいただろうか。
「これで全部……かな」
 別の部屋から景気良く聞こえてきていた銃声も止み、廊下からミスタが顔を出した。
「よお、終わったか?」
「ええ」
 そう答えた直後、ミスタの足元に倒れている敵の手から、何かが転がり落ちるのが見えた。黒い塊。それは――
(手榴弾!?)
 そんな物まで用意しているなんて。
 起爆のピンはすでに抜けている。
(ひとりでは死なないつもりか……!!)
 大した忠誠心だ。なんて感心している暇はない。
「ミスタッ!!」
 ジョルノの声と同時に、彼も爆発物の存在に気付いたようだ。小さく「げ」と声を上げ、直後に走り出した。外へ向かって、ではなく、室内目掛けて。
「ミスタッ!?」
 真っ直ぐこちらへ向かってくるその顔は、なんと唇の端を歪めるように笑っている。
「ジョルノ! 飛ぶぞ!」
 走る速度を落とすことなく、彼はジョルノの腕を掴んだ。
「ちょっ……」
 何をする気だと尋ねる間もなく、ミスタはジョルノの手を掴んだまま窓を蹴破って外へと飛び出す。
 ここは3階だ。
 慌てて確認すると、眼下には川が流れていた。舗装された地面よりはずっと良いだろうが、水はお世辞にも綺麗だとは言い難い。
 スタンドを出す暇すらなかった。今日の服はクリーニングから返ってきたばっかりだったのにと思った時には、頭の天辺まで完全に水の中にあった。
 頭上で爆音が響いた。窓枠に残っていたガラス片も砕けて川へと落下し、いくつもの小さな水音が上がる。爆発の規模はあまり大きくなかったようだが、それでも室内に残っていればひとたまりもなかっただろうと予測出来た。
 落下物がそれ以上ないことを確認してから、ジョルノは水面へと顔を出した。ほぼ同時に、ミスタも浮上してくる。
「間一髪だったなー」
 そんなことを言いながら、ミスタはなんと笑っている。
「サイアクだ……」
 ジョルノはミスタを睨んだ。
「なんて無茶をするんですかっ!」
 いや、それを言うなら、半ば強引についてきた自分こそ、か。
 ジョルノがいなければ、ミスタは廊下へ退避していただろう。そもそも彼一人であれば、一発で敵の急所を打ち抜き、即死させることが出来たはずだ。そうなれば、手榴弾なんて使う隙を与えずに済んでいた。結局足を引っ張ってしまったか。
(くそっ……)
 不覚だ。
 彼を信用していないわけではなかった。ただ自分ひとりが安全な場所で指揮だけをとっているのは性に合わない。
 いや、それもまだ言い訳でしかない。
 ただ1秒でも長く彼の傍にいたい。本音はそれだ。
(まったく……)
 一体いつの間にこうなってしまったんだか。必要以上に他人と親しくなるつもりなんて、なかったはずのに。というよりも、他人と親しくするという概念すら希薄だった。言葉もろくに覚えていないような幼い頃から、母親の愛すら知らずにいたのが原因だろうとは容易に想像が付く。「友情」、「愛情」、そんな言葉を知ってからも、それが自分に関わりのあるものだと思って聞いたことはなかった。あるいは、そんなものは信じまいとしていたのかも知れない。
 それが今ではこの有様だ。
 ミスタとは、食の好みも、服の好みも、音楽の好みも、その他本人ですら知らなかったようなことまで暴かれて把握されているような仲である。一番驚くべきは、それを不快に思っていない自分自身だろう。許可も得ずに自分のスペースへと踏み込んできた無作法者と思ってもいいくらいなのに。何故かそれがひどく心地良く、手放したくないと感じる。端的に言えば、彼が好きだ。どうしようもないくらいに。何度「好きだ」と言葉にしても、されても、足りないくらいに。その所為でボスが直々に出向くような“仕事”ではないと言われても、“後始末”程度の簡単な戦いになら、逆について行ってもいいじゃあないか等と軽率に思ってしまう。
(これは良くない)
 立場を考えれば、少し自重しなければ。人を殺しに行くのをデート代わりにするなと部下から怒られそうだ。
 だがそういえば、ミスタも「ひとりで充分だからついてくるな」とは言わなかった。「そう? お前も来る? じゃあこれな」と小型の銃を渡して、あっさり許可したくらいだ。彼もジョルノと一緒にいられる時間が長くなるのが好ましいと思ってくれているのであれば嬉しい。それとも、ジョルノの胸中はすっかり読まれてしまっているのだろうか。平静を装っているつもりのジョルノを、実は笑っているのでは……?
(だとしたら、ぼくはとんだ道化だ)
 どっちなんだという思いで、ミスタの目をじっと見る。それに気付いているのかいないのか、ミスタは「今日はもう仕事になんねーな」等と言いながら、やはり笑っている。
「なあボス、今日はもう帰って風呂入ってそのまま明日まで休暇ってことでどうよ?」
 ボスと幹部がそんなことを言い出しては、他の者に示しが付かない。が、確かに全身ずぶ濡れのままでは風邪を引きかねない。
「濡れてないとこなんて全然ないもんな。パンツまでびしょびしょ。携帯も水没待ったなし。……パンツと言えば、この間オレが買ってやったやつ今穿いてる?」
「あんなちょっと動いただけで解けそうになる物、日常的に穿いてられるかっ!」
「なぁんだ、残念」
 ちなみにそれはあくまでもミスタが勝手に買ってきた物であって、先述の『把握されている服の好み』には該当しない。断じて。
(まったく……、やれやれだ)
 溜め息を吐くジョルノをよそに、ミスタは岸に向かって泳ぎながら「休暇だったら、せっかくだからうまいもん食いに行きたいよな」等と言っている。休暇は確定事項となってしまったようだ。しかも、独り言ではなく、同意を求めるような口調だった。もしかして「帰って風呂入ってそのまま明日まで」は、2人そろってのスケジュールのつもりなのだろうか。確かにここからなら、ジョルノが籍を置いている学生寮よりもミスタのアパートの方が近くはあるが。せっかくの休暇なら、一緒に過ごそうと、そういうつもりか? ジョルノの意見も聞かずに、それこそ決定事項であるかのように。
「貴方って自由な人ですね」
 溜め息交じりに言うと、意外そうな目を向けられた。
「なんだよ急に」
 急ではない。
「そりゃ自由がいいだろ」
 川を泳いでいるのでなければ、彼は腰に手を当てて胸を張ってみせていただろう。
「奴隷のような人生を送りたがるやつなんているか?」
 それに異議を唱えるつもりはない。ジョルノとて、自分が行くべき道は自分の意志で選びたいと思う。だが、今は確実に“この男”に振り廻されている。自分に害となるものを排除する。勝手に同行を決める。そうやって自由に振る舞っているつもりで、たったひとつ、彼という存在に捕らえられている。
(“それ”以外なら、結構自由にやれてるんだけどな……)
 では“それ”から逃れたいのかと問われると、答えは「No.」だ。求める『自由』は、100%でなくてもいい。それが彼であるのならば。
 遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。爆発音を聞いた近隣住民の誰かが通報したのだろう。警察の取り調べ等によって自由な時間を奪われるのは、ほんのわずかでもごめんだ――最終的には賄賂を渡してやり過ごすのであっても――。2人は岸へと向かって泳ぐ速度を上げた。そうしながらも、ミスタはまだ好き勝手なことを言っている。
「のんびり風呂に浸かってぇ、美味い飯食ってぇ、ちょっとお高いワイン飲んでぇ、あとデザートは新発売のプリンで、最後はベッドでセックスってのはどうよ」
「プリン? そんなものが、どこにあるんですか?」
「うちの冷蔵庫」
「なんですかそれ、サイコーじゃあないですか」
「なあ、食い付くポイントそこだけ?」
 もちろん“そこ”以外も、とは、口には出さずに秘めておく。ミスタにだって少しくらい、「思い通りにはならない」と思わせてやってもいいだろう。
 まもなく岸に辿り着くというところで、近付いてくる車の音に気付いた。かと思うとそれは、すぐ傍で止まった。続いてドアが開く音。誰かが駆け寄ってくる足音。
「フーゴかな」
 おそらくそうだろう。彼には少し離れたところで待機してもらっていた。爆発音を聞き付けたか、あるいは2人が窓から飛び降りるのを双眼鏡でも使って見ていたのかも知れない。きっと今頃呆れているだろう。
「後始末任せられるな。あとうちまで送ってもらおうぜ」
 その両方を同時にやるのはいくらフーゴが優秀な幹部だといっても、流石に――物理的に――無理だろう――しかも現場へはすでに警察も向かっている――。本当に自由……というか、自分勝手というか……。
(まあ、この格好で歩き廻るのはどうかと思うし、タクシーも乗車拒否されそうではあるけど……)
 駆け付けたフーゴに「誰の所為でそうなった」と聞かれたら、ミスタだと答えよう。


2020,04,10


好きなアーティストの好きな曲いくつかチョイスしてその中からくじ引きしてテーマ決めようぜという企画だったのですが、
見事に以前からミスジョルソングじゃーって騒いでた曲を(セツさんが)引き当てました。
ところどころ歌詞を意識したつもりの文章があるので、なんの曲だか分かった方は探してみてください。
ミスジョルの所為でフーゴが100%不自由って話ではありません(笑)。
<利鳴>

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