アバブチャ 全年齢


  Agreeable Birthday


 3月25日。今日は、アバッキオの誕生日だ。相手も自分も、派手にデコレーションされたケーキや、新作のゲーム機の贈り物にはしゃぐような小さな子供ではない。が、なんらかの形で祝ってやりたいと、ブチャラティは思っていた。いや、子供ではないからこその祝い方だって、ある。
 一日の仕事が終わってしまえば、夜にはなんの予定もないはずだ。もとい、入りそうな予定は、悉くはね除けてある。まだ時間的な余裕がある仕事は後日へ、急ぎのものは昨日までに終わるように。確実に、しかし然り気無く、己の立場を最大限利用させていただいた結果だ。今のところ、どこからも苦情や不満の声は上がっていない。
 具体的に何かを決めてあるわけではなかった。成り行きで構わない。アバッキオとは、そういう関係だとブチャラティは思っている。特別なものは、なくてもいい。ただ同じ時を共有出来れば、それだけで満たされている気持ちになれる。それは、この上なく心地好い感覚だ。想い、想われ、言葉を交わし、触れ合い、お互いの存在を確かなものとして認識し合う。特別ではない、そんな時間が特別であった。
 とりあえず、食事を一緒にどうかと誘ってみるつもりだ。どこかの店に行って飲むか、それともアバッキオの部屋をその会場にするか。自分の部屋だって構わない。アバッキオがそうと望むのでさえあれば、ブチャラティはなんだって良いのだ。
 実は明日の午前中の予定もしっかり空けてある。用意周到だなと、アバッキオは笑うだろうか? その場合は、「お望みとあらばすぐにでも取り掛かれる仕事はあるが?」と返してやるつもりだ。そうなったら、今度はブチャラティが笑う番だ。
 夕陽が姿を消してゆくのを見守って、今一度やり残した用事はないかと確認する。うん、大丈夫そうだ。アバッキオも、使った書類の片付けに取り掛かっている。他の者達も、やりかけの仕事はないようだ。
 長い髪をかきあげながらふうと息を吐いたアバッキオを呼び止めようとした、まさにその時、
「アバッキオー!」
 名を呼びながら駆け寄ってきたのは、ナランチャだった。アバッキオはやかましいとでも言いたげに眉間にシワを寄せたが、ナランチャがそれを気にした様子は全くない。単に気付いていないのかも知れない。
「アバッキオ、誕生日おめでとう!」
 そう言って彼が差し出したのは、「今日はちょっと贅沢をしようか」という時に飲むのよりも更に値の張るワインだった。金色の縁取りがある白いリボンがかけられただけのシンプルなラッピングだが、そのためにラベルがはっきりと見てとれた。
「お前、これ……っ」
 驚きと困惑に、アバッキオは目を見開く。するとナランチャの後ろに、フーゴが現れた。
「言っておきますけど、それ、ナランチャひとりからじゃあありませんからね」
 彼は釘を刺すように言った。それを聞いて、アバッキオの表情が安堵したように緩んだのが面白かった。流石の彼でも、その価値にはびびらざるを得ないようだと分かって。
 フーゴは続ける。
「ぼくとミスタとジョルノも参加してますから」
 だが4で割ったって安くはない。良くて『普通より少し上』だ。随分奮発したらしい。それにミスタが4等分に異論を唱えなかったのだとしたら、それも驚きだ。あるいはそれならミスタは多く支払えと言われて諦めたのか、もしくは従ったのか。
 気付けば、そのミスタも近くへやってきていた。彼の表情を見れば、少なくとも今の時点では全て納得した上で共同出資に参加しているようだと分かる。
「買いに行ったのはオレな。他のやつらじゃあ年齢確認だなんだって面倒だからな」
「“お使い”に行っただけで偉そうにっ!」
 ナランチャが揶揄するような表情で食い付く。ミスタは同じような笑みで、「うるせー、この間レストランで酒出してもらえなかったくせに」と応じている。
「発案者はジョルノですよ」
 フーゴが言うと、アバッキオは意外だという顔をした――実はブチャラティもそう思った――。
「なんですかその顔」
 それまで、自分は関係ないとでも言うように、誰か――たぶんミスタかナランチャ――が散らかしたデスクを黙々と片付けていたジョルノが、顔をあげていた。こちらを向いた唇が淡々と言葉を紡ぐ。
「誕生日くらい、普通に祝いますよ。他の人のもそうしましたし、別に貴方のことが嫌いなわけではありませんし」
 「貴方はそうは思わないかも知れませんが」と続けるジョルノに、ブチャラティは笑いそうになるのを誤魔化すために顔を背ける必要があった。2人の仲は、なにも険悪であるということはない。が、相性が良いとも言い難いようで、特にアバッキオの方からジョルノにつっかかっていくことが未だに少なくはない。それにジョルノが子供をあしらうような対応を見せるので、余計に引っ込みがつかない状態が続いているのだろう。そんなやりとりを、ブチャラティはそれはそれで微笑ましいと思っていつも眺めている。「あいつ等なんとかしないのか」と言ってくる仲間もいるが、「フーゴとナランチャだって似たようなもんだろ?」と言ってやると、大体黙る――溜め息混じりに「違うと思う」と言う呟きが聞こえることもあるが、言った本人は諦めたように立ち去っていく――。
 ナランチャとの軽いひっつかみ合いをやめ、ミスタがアバッキオの肩をぽんと叩いた。
「アバッキオ、大人げないぜぇ?」
 にやにやと笑う顔に、アバッキオはそっぽを向いた。
「ふんっ」
 そして、
「もらっておいてやる」
 そこは「ありがとう」だろうが。まったく、この男は素直ではない。だが、彼が「嬉しい」と思っていることは、ブチャラティにははっきりと分かった。他の者では気付けないかも知れないくらいに表に出づらい彼の表情――ただし“不機嫌”だけは例外――を、たぶんブチャラティは、本人以上にたくさん知っている。
 大人げない最年長者の代わりのように微笑みながら、ブチャラティはワインのラベルを眺めた。
「それにしても、オレも混ぜてくれれば良かったのに」
 5人でなら、個々の負担は更に軽くなっただろうに。そう思って言ったが、相変わらずの笑顔でナランチャが言う。
「ブチャラティは大人だからだぁめ」
 それにミスタも続いた。
「あんたはオレ達より金持ってるんだから、ひとりでなんでも買えるだろ」
「ナランチャとミスタはもう成人済みじゃあなかったでしたっけ」
 そう言って2人を睨み付けたのはフーゴだ。
「ぼく達を出しにしただけでしょ」
「なんのことだか」
「あー、あー、聞こえなぁーい」
「ブチャラティに声を掛けたら、自分が半分出すから残りを4等分しろ。とか言いそうだと思ったので、黙っていたんですよ」
 「それに、貴方からのプレゼントがワイン1本に満たないなんて、彼が納得しないでしょう?」と、ジョルノは小さな声で付け足した。
 確かに、ブチャラティの立場――上司であり、恋人でもある――を考えれば、子供達に便乗するというのは少々問題か。――2人の関係をどこまで把握されているのかは定かではないが――アバッキオ本人のことだけではなく、自分のことまで配慮してくれているとは。
(オレは……オレ達は、本当にいい仲間を持った)
 それを再認識することが出来た今日という日に、感謝せずにはいられない。
「よし、みんなで食事に行こう。アバッキオの誕生会だ」
「やったぁ! 行く行くっ!」
「え、全員でですか?」
「ああ、全員参加を命じる。こっちの代金はオレが持とう」
「奢りか! じゃあ行く!」
「流石ブチャラティ! オレ達に出来ないことを平然とやってのけるッ」
「そこにシビれる! あこがれるゥ!」
「いいんですか?」
「オレを仲間はずれにした詫びと思って奢られろ」
「普通逆じゃあないですか?」
「ケーキ食おうぜー!」
「ワイン持ち込めるかぁ?」
「え、あれすぐ開ける気ですか? っていうか、人にやった物に手つける気か」
「味見くらいしたいじゃん!」
「次いつお目にかかれるか分かんねーもんなぁ」
 はしゃぎだした仲間達を見ながら、アバッキオが溜め息を吐いた。
「この年になって『みんなでおいわい』とはな」
 「ガキじゃあねーんだから」と、彼はぼやいた。
「でも、嫌じゃあないだろ?」
 ブチャラティが尋ねると、やはりその顔は逸らされた。それは、間違いなく肯定の仕草だ――彼の場合は――。
「急いでおっさんになることねーだろっ」
 アバッキオの肩に、ミスタが後ろからがばっと掴みかかった。「そーだそーだ」とナランチャが囃し立てている横で、フーゴは「駅前のレストランでいいですか?」と携帯電話を手に、予約の準備をしている。
 ふと、ジョルノと目があった。早々とデスクの片付けに戻っていた彼は、にっこりと微笑んだ。そこに何か意味深な光が見えたような気がしたのは……、
(……気の所為、だな。たぶん)
 ブチャラティは、ひとりで「うん」と頷いた。
「よーし、早く行こうぜー!」
「ぼくもお腹が空きました」
「立てなくなるまで飲むぜっ」
「馬鹿ですかあんたは」
「テメー等、言っとくがこのワインは持って行かねーからな」
「えええぇーっ」
 特別なものはなくても良いと思ったが、
(こういう“特別”も、いいものだな)
 2人で過ごす計画は見事になかったことになったわけだが、
(そもそもまだそうと約束したわけでもないし、それはまた別の機会でもいいだろう)


2018,03,25


もちろんジョルノはわざとやってる(笑)。
ついアバッキオをいじめたくなっちゃうのは何故なの?
わたしアバッキオもちゃんと好きなんだけどなぁ。
<利鳴>

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