ミスジョル R18

関連作品:顔が見たい(雪架作)


  愛がAppiccicoso


 ドアが開く音に視線を動かすと、アバッキオの姿がそこにあった。数日前にこのアジトで見た時と変わらない様子だ。身長は推定188センチ。片方の足だけがわずかに短いということもなく、少しの不自然さもなくそこに立っている。
「よおアバッキオ。復活おめでとさん」
 打ち合わせ用のスペースということになっているテーブルの椅子に座ったまま、ミスタはひらひらと右手を振ってみせた。アバッキオは同じ仕草を返すことなく、しかしこちらへと近付いてくる。片足を引きずっているような様子は見られず、いたって平常だ。
「すっかり元通りですか?」
 フーゴがそう尋ねると、愛想のない低い声が「まあな」とだけ答えた。うん、いつも通りのアバッキオだ――ここで笑顔なんて見せたら、「お前は誰だ」「本物のアバッキオをどこへやった」とたちまち戦いが始まっていただろう――。
「足、どっちだっけ。右? 左?」
 椅子に座ったアバッキオの足元を覗き込むようにしながらナランチャが尋ねる。今度も短く、「左」と返事があった。
「良かったな、ジョルノのスタンドがあって」
 元より「にこやか」とは言い難い表情をしていることが多いアバッキオではあるが、さらに不満そうにしている理由は“それ”だろう。彼とジョルノの仲は、いまだに「良好である」とは言い難い状態のままだ――アバッキオが一方的に意固地になっているようにも見えるが――。そんな相手の能力――肉体の一部を新たに作り出すことが出来る――に頼る以外に、任務の最中に敵の攻撃によって失った片足を再生する術がないのは明白であった。アバッキオは借りを作ってしまったように感じ、それを悔しく思っているのだろう。全く、大人げない。だがこれまた“いつものアバッキオ”らしくもある。仲間が“元通り”であることは喜ばしいことだ。たぶん。
「やっぱすげーな、ジョルノのゴールド・エクスペリエンス。オレも何回か助けてもらったけど、ほんとに元通りだもんな」
「あとはめちゃめちゃイテーのさえなんとかなれば文句なしなんだけどなー」
「へえ、そうなんですか? そんなに痛いもんなんですか?」
「あっれぇ? フーゴってゴールド・エクスペリエンス未経験?」
「ぼくはジョルノに治してもらわなきゃいけないほどの負傷はしてないですからね」
「あれ、お前ポンペイであばら折られたとかなんとか言ってたのあれどうした?」
「あ、そうだ、アバッキオ。本格的な復帰は明日からでいいとブチャラティから伝言がありました。今日はゆっくり休むように、と」
「ああ、さっき聞いた」
「あれ、会ったんだ」
「なあ、お前今話逸らさなかった?」
「お茶でもいれます? 来てすぐ帰るのもなんでしょう?」
「オレも飲むー」
「じゃあ手伝って」
「はーい。ミスタ、カップ取ってー。4つ」
「絶対嫌だ」
「どうせお前も飲むんだろ。近いんだからいいじゃんっ」
「そーゆー問題じゃねーんだよっ」
「いつになったらそれ克服出来んだよ。めんどくせーなぁ」
「ジョルノもそろそろ来るだろうから、5人分いれちゃいましょうか」
 年下の先輩達から再度「手伝えって」と催促されて、ミスタは仕方なく――5人分ならと――立ち上がった。棚からカップを取り出し、左右の手で1つずつ持つと、残りの3つは重ねた状態でナランチャが運び始めた。割るなよと忠告してやろうと思ったが、今下手に声を掛けると逆効果かも知れないと思い、留まる。
「そういえばさぁ」
「ナランチャ、運ぶのに集中して。カップから目離さないで」
「えー? ダイジョーブだって。ジョルノのゴールド・エクスペリエンスってさぁ、どこまで出来んのかなぁ」
 もしカップが落下を始めても床に到達する前にキャッチ出来るようにと身構えながら、ミスタとフーゴは「どこまで?」とナランチャの言葉を繰り返した。特にリアクションはないが、アバッキオもその言葉に耳を向けているようではある。
「人の手とか足とかだけじゃあなくて、動物も作れるんだよな。カエルとか虫とか」
「むしろそっちが元々の能力っぽいよな。治療は応用っていうか。魚作ってんのも見たな」
「ヘビも見ましたよね。ね、アバッキオ」
「あと植物もか」
「知らない動物とかも作れるのかな」
 5つのカップが――奇跡的にも――1つも欠けることなくテーブルの上に置かれたのを見届けてから、ミスタは元いた席へと戻った。ミスタなら疑問の答えを持っているとでも思ったのか、ナランチャが後を追うように駆けてきて、テーブル越しに身を乗り出す。
「どう思う?」
「知らない動物って?」
「ジョルノが見たことも聞いたこともないようなやつ。例えば……」
 短い沈黙。そして、
「ジョルノが知らない生き物なんて、オレ達が知るわけないよな」
「うんうん」
 半ば開き直りのような発言に、ポットのお湯が沸くのを待っているフーゴが小さく溜め息を吐くのが聞こえた。
「じゃあ、絶滅した動物とかは? 恐竜とか。あ、それともいっそのこと、架空の生き物とか」
「ラリオサウロとか作って新聞社に売り込んだら儲かりそうだな」
「あれほんとはいないの? どこに出るんだっけ。ミラノ?」
「もっと北じゃなかったか」
「コモですね」
「遠いぜ。行くの大変じゃん」
「別にいいだろ、ネアポリスに出たって」
「あいつ海水でも平気なの?」
「知らない」
「本当に作れるなら、ぼくはガット・セルペンテの方が見てみたいな」
「猫ヘビ? 何それ」
「知らない?」
「知らない」
 飛び交う声にドアが開く音とお湯が沸く音が重なって、会話は一時的に途切れた。お茶をいれる作業は完全にフーゴに任せることにして、ミスタはドアの方へと視線を向けた。予想通り、金色の髪の少年の姿がそこにあった。
「噂をすればってか」
「え? 猫ヘビ?」
「ちーげよ。なんでだ」
「あ、ジョルノだ」
「ようジョルノ、お疲れさん」
 そう言いながら右手を振ると、ジョルノは同じく右の手を軽く上げる仕草で応じた。かと思うと、彼は苦笑を浮かべてみせた。
「お疲れ様です。今、未確認生命体の話で盛り上がってました? 声、外まで聞こえてましたよ」
「え? あ、窓開けっぱなしだった」
「閉め忘れるとまた猫が入るぞ」
「ジョルノ、ガット・セルペンテって知ってる?」
「頭が猫で胴体がヘビのやつですか?」
「うわ、知ってた」
「やっぱりジョルノが知らない生き物なんてないんじゃ……」
「ガット・セルペンテが窓から入ってくるんですか?」
「んなわけあるか。なんでちょっとわくわくしてるんだ」
「いや、本当にいるなら見てみたいと思って」
「なあなあっ、ジョルノのゴールド・エクスペリエンスって、どこまで出来るの?」
「どこまで? なんの話ですか?」
 空いている席にフーゴがお茶を注いだカップを置くと、ジョルノは「ありがとうございます」と言いながら椅子に座った。今度もテーブルの上へ身を乗り出すようにしながら、ナランチャがこれまでの会話を掻い摘んで説明する。
「見たことない生き物とか、実在しない動物って作れる? すげーでっかいのとか、逆にめちゃくちゃ小さいのとかは? あと、ラリオサウロって海でも生きれる?」
 いつの間にか質問事項が増えてないかと思いながら、ミスタはカップを持ち上げた。そうしながら、同じようにカップを口元へ運ぼうとしているジョルノの顔を伺い見る。数日前に負ったはずの傷は、アバッキオの足を元通りにしたのと同じ能力によって、すでに跡形もなく消えている。目も傷付けられていたはずだが、すでに視力等も完全に元通りだというのだから恐れ入る。そんなことが可能な力であれば、架空の生き物を作るくらい出来てしまうのではないかと思えてきた。
「どこまで……ですか」
 ナランチャの説明――脱線し放題だったのでフーゴがかなりの量の訂正と補足をした――を聞き終えたジョルノは、なるほどと頷いた。
「スタンドの強さは、精神力の強さですからね。ぼくが『出来て当然』と思うことなら……。いいですか、『思い込み』ではなく、『確信』して、です。空気を吸って吐くことのように、このくらい、『出来ないわけがない』とぼくが『認識』していれば……。さらに、それが『必要』だと思えば、限界はないのかも知れません」
「……んで、結局どっちなんだよ?」
 ナランチャが表情を歪めながら尋ねる。
「ぼくが『そんな生き物存在するはずがない』と思っていたら、無理でしょうね。存在する必要性を感じていない場合も」
「じゃあ、恐竜は? 昔は存在してたんだろ? 作れる?」
「面倒が起きそうなものは作りたくないです。生きた恐竜なんかが発見されたら、絶対に騒ぎになるでしょう。何かの理由でぼくが作ったものだなんて知られて、大勢に追い掛け廻されるのは絶対に御免です」
「なるほど」
 つまり、ジョルノに認められなかった生物は存在出来ないというわけか。それだけを聞くと、まるで彼が創造の神か何かのように思えてくる。「この世界を作った神は人間の少年の姿をしていて、毎朝金色の髪を編んでから全寮制の学校で授業を受けている」なんて言い触らしたら、信仰深い人々から一斉に睨まれてしまいそうだ。
(うん、やめておこう)
 ミスタが心の中で頷いたのとほぼ同じタイミングで、
「あ、そういえばアバッキオ、足、無事にくっついて良かったですね」
 お茶のカップを手にしたまま、ジョルノは急にそんなことを言い出した。突然話題が変わったように思え、ジョルノ以外の面々は少々困惑したような表情を見せている。が、ミスタは気付いた。
(……話題、変わってねーな)
 ジョルノが必要ないと思ったものは作れない。つまり、そういうことである。
「駄目だったらどうしようかと思ってました」
「……おい、どういう意味だ」
 アバッキオ――彼も話の繋がりを察したのだろう――が顔を引き攣らせながら尋ねるも、ジョルノは平然としている。
「え? 他意なんてありませんよ? 足がちゃあんとくっついて良かったですねって、それだけの意味です。逆に聞きますけど、他に何があるって言うんですか?」
 ……神ではなく、悪魔の間違いだっただろうか。だがジョルノが見せる笑顔はあくまでも朗らかで、いっそ天使のようだとでも言いたくなるくらいだ。だからこそ怖い。
(やっぱり悪魔か……)
 だが彼ほど愛おしいと思えるような悪魔になら、魂を寄越せと言われても構わないかも知れない。

 ゆっくりと正常に戻っていく呼吸の音を聞きながら、ミスタはふと、今何時だろうと思った。カーテンと窓の向こうの闇は、まだ薄れてはいないようだ。だが日付は変わっているだろう。彼はそれを確認しようとはしなかった。いや、むしろ確認は“出来ない”。ベッドサイドの目覚まし時計は3日ほど前に切れた電池をまだ交換出来ていないし、その代用品にしていた携帯電話は、今はリビングのテーブルに放置したままだ。時間を見ようと思えば、この部屋を出なければならない。そんなことはしたくない。部屋を出るどころか、ほんの1メートルだってここから離れたくない。“ここ”。より正確に述べるのなら、愛おしいと思う者がいるベッドの上。だから“出来ない”。
 胸に擦り寄ってくるような位置にある頭部――素肌に髪が触れて少しくすぐったい――に口付けを落とすと、ジョルノはゆっくりと顔を上げた。このまま眠ってしまうつもりなのか――あるは、すでに眠ってしまったか――と思ったが、違ったらしい。暗い部屋の中で、東洋人離れした色の瞳が真っ直ぐにこちらを向いているのがかすかに見えた。「どうかしたか」と尋ねようとするも、口を開いたのはジョルノの方が早かった。
「どうしたんですか?」
「ん?」
「今日はいつもより……」
「気持ち良かった?」
 にやりと笑ってみせる。苦笑が返ってきた。
「いえ、粘着質だったなぁ、と」
「情熱的って言えよ」
「嫌だとは言ってませんよ」
 言葉だけ聞くと、いつもの淡々としたジョルノだ。だがその頬は、行為の痕跡を残すように、まだ薄っすらと上気している。
「ただこの間はキスすらなかなかしてくれなかったのになぁと思って」
「そんなことあったぁ?」
「ありましたよ」
「怪我人相手にその先までしたくなったらやばいだろ」
「覚えてるんじゃあないですか」
 拗ねたように言うのを物理的に封じるように、ミスタはジョルノの唇に口付けた。
「ほら、これでいいだろ」
「誤魔化されませんよ」
「お前こそしつこいな」
「根に持ってますから」
「お詫びになんでもしますって言ったろ」
「何かしてもらいましたっけ?」
「ジョルノのイイトコたっくさん探してやったじゃあねーか」
「自分が楽しんでませんでした?」
 2人はそろってくすくすと笑った。
 ジョルノがすぐに自身の負傷を手当て出来ないという事態は、以前にもあった。その時は今回と違って両手を一度に失った――今回のように時間が経てば問題なくスタンド能力を使えるようになるだろうと思えるような状況ではなかった――ために、本当に再起不能になるところだった。よって、以前の方が、より危機的状況であったと言えるだろう。だが、あの時はミスタ自身も深傷を負っていたために、ジョルノの負傷のことは実は後から大まかに聞いた程度のことしか知らない。このまま治すことが出来なかったら……とまではいかずとも、いつになったら治せるのか……との不安を抱えたのは、今回が初めてだったと言っても良いだろう。それは間違いなく落ち着かない日々だった。楽観的に考えることが出来ていても、早く無事な姿を見たいと思う気持ちは日に日に募った。
(なるほど、いっそのこと自分も大ダメージ負って気でも失ってた方が、精神衛生上は“いい”っつーことだな)
 次に何かの任務があって、ジョルノが誰かとコンビを組む必要性が生じたら、リーダーに無理を言ってでも、自分が彼の隣にいよう。2人のスタンド能力は――まるで本体達のように――相性が良い。他に面倒な事情のある者がいない限り、異論を挟む隙はないはずだ。もし面倒な事情を抱えている者がいた場合は……、
(うん、道理をねじ曲げてでも無理を通せばいいな)
 ついでにいざという時は盾にでもなんでもなればいい。
「何か妙なことを考えていますね?」
 ジョルノは唇を歪めるように笑って言った。
「分かるぅ?」
「ええ。そういう顔だ」
 どういう顔だとは突っ込まずに、
「まあ、なんっつーか、ちょっと考えたわけよ」
 ミスタは仰向けの形に体勢を変えた。明かりのない部屋の中では天井の模様さえ見えないが、視界の隅でジョルノが首を傾げるような仕草をしたのはかろうじて分かった。
「なんかの理由でよぉ、……事故とか? そーゆーのでオレの“大事なモノ”がなくなったりしたらよぉ」
「どんな事故ですかそれ」
「……ダイナマイト体に巻いて飛び込んでくるやつとか?」
「それは最早事件だ」
「じゃあその事件でいいよ。とにかく、なくなったりしたら、お前のスタンドで治してもらうしかないわけだろ? でも、その時になって、“ミスタの”ってどんな形でどのくらいの大きさでしたっけーとか言われると、困るわけ」
 ミスタは再び体を動かし、がばっと覆い被さるようにジョルノに抱き着いた。不意を突かれたのか、ジョルノは少し驚いたように目を見開いている。
「だーかーら、しっかり覚えておいてもらおーかと思ってぇー」
 そう言いながら下半身を摺り寄せるような動きをする。
「あと、お前が“こいつ”の虜になれば、なくなっちまうのは困るだろ。必要だと感じないものは作れねーって、昼間言ってたじゃあねーか」
「そんな理由ですか」
 ジョルノは呆れたように笑いつつも、触れ合った体を離そうとはしない。むしろかすかにもぞもぞと動いた半身は、ミスタに密着しようとしているようにも感じられた。
「もっかい?」
 2人で同じベッドに上がった直後に「いいか?」と聞いた時と同じ、無言の頷きが返ってきた。
「っしゃあ」
 勢い良く起き上がると、ジョルノもゆっくりと上体を起こした。いつもはきちっと編んである長い髪が、波の形を描きながら肩に掛かる。それを耳に掛けながら、彼はふと何かに気付いたような顔をした。
「でも、“それ以外”の場所はいいんですか?」
「あ?」
 ジョルノは「大事なモノ」と、ミスタの股間を指差した。
「“それ”以外の部位は、治せなくても構わないと?」
「んなわけあるか」
「それなら、“別の場所”の形やサイズも知っておく必要があると思いますけど」
「……別?」
「ぼくはミスタに知られてるけど、“ミスタの”はぼくは知りませんよ」
 なんとなく何を言おうとしてるのか分かったので、先に言っておく。
「勘弁してください」
 ジョルノはくすくすと笑った。
「まじでやめろ」
「はいはい」
 それでもまだ笑っている唇を、ミスタはまたしても口付けで塞いだ。先程のそれの何倍もの時間を掛けて、呼吸と唾液を交換するように貪る。ジョルノは一切拒む動きを見せなかった。
「少しは加減してくれないと、記憶なんて意識毎ふっ飛びそうですけど」
「記録用にビデオカメラでも廻しておくかぁ?」
「ばかですか貴方は」
 ジョルノはまたしても笑った。ミスタは、その笑顔がまた見られるようになって本当に良かったと思った。だが、
「あ、ムーディー・ブルースでリプレイしてもらえば、覚えてなくても同じものを作れますね?」
「馬鹿かお前はッ!」
 どこまで本気か分からないようなことを言い出すのは、本当に勘弁してもらいたい。


2020,04,26


セツさんの作品の後日談のつもりで書かせていただきました!
イルーゾォ戦で折れたフーゴのあばらと、サーレー戦で撃たれたミスタの傷がいつどうやって治ったのかが気になります。
それと比べたらGEがどこまで出来るのかなんて些細なことに思えます(笑)。
<利鳴>

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