フーナラ 全年齢


  Calculation


「17?」
「違う」
「え? えーっと……、あ、18?」
 フーゴは小さく溜め息を吐いてから、ナランチャに「正解」と伝えた。それを受けてナランチャは、別段嬉しそうな表情を見せるわけでもなく、ノートに書かれた『6×3=17』という誤った計算式の答えを鉛筆で塗り潰すように消し、その隣に新たに『18』と書き込んだ。
「消しゴムはどうしたんです」
 フーゴが眉をひそめながら尋ねると、ナランチャは肩をすくめるような仕草を返してきた。そして短く「ない」と答えた。
「そんなはずないでしょう」
 問題集とノートを広げた時には、確かに机の上にあったはずだ。そう指摘すると、ナランチャはノートの下や足元を見廻し始めた。が、目的の物を見付けることは出来なかったようだ。
「どっかいった」
 消しゴムが自分の意志で姿を消したような物言いに、フーゴは二度目の溜め息を吐いた。
 フーゴがナランチャ本人に頼まれて彼の勉強を見てやるようになったのは、ナランチャが組織に入ってしばらくした頃のことだった。縄張り内にあるレストランの奥に位置する個室のテーブル、あるいは「事務所」と呼ばれるアジト――今いるのはこちらの方だ――の机の上に、彼等が小学生用の問題集を広げている様子は、他の仲間達にとってもすでにすっかり見慣れた光景となっている。
 ナランチャの集中力は、組織に仇なす輩との戦い等ならまだしも、その対象が「勉強」となると、決して長くは続かないらしい。フーゴは、かなり早い段階でそのことに気付いていた。何かと理由を付けて終了を早めようとするなんてことはしょっちゅうだ。それでも根気強く教えてやっているのは、「苦手なことを克服したい」という前向きな姿勢にシンプルに感服したことに加えて、何が理由であっても手を伸ばせばすぐ届くような距離に想い人がいてくれるということがこれまたシンプルに嬉しいと思ったからである。見事に難問――あくまでも“ナランチャにとっての”ではあるが――を解いた時に見せる眩しいほどの笑顔、珍しく真剣な表情をしている時のちょっとドキっとするような横顔、問題が解けず困った時に向けられる縋るような上目使い。それ等全てが、フーゴにとっての愛おしいものだ――とんでもない解答に、思わず手を上げることも少ないとは言い難いが――。
 それにしても、今日のナランチャは特別集中力を欠いているようだ。昨日は解けた問題が、今日は10分かけても出来ていない。いかにもやる気のない表情で、彼は『6×4=』の横に何故か『26』という数字を書き込んでいる。かと思うと、そのペン先はノートの隅におかしな顔のラクガキを始めた。
「ナランチャ、いい加減にして」
 フーゴはあまり注視していても気が散るだろうと思って広げていた本を閉じた。その視線は机の上にある採点用のペンへと向く。キャップを外せば、その先端はそれなりに尖っている。力を込めれば人体に突き刺すくらいは容易だろう。フーゴの視線の先にある物と、その思考に気付いたのか、ナランチャは慌てたように姿勢を正した。だがその状態がもったのは、ほんの数十秒だけだった。
「……遊びに行きたい」
 まるで小学生のような――だが非常に似合っても見える――ことを、ナランチャは呟くように言った。とても2つ――もう少し正確に言うなら、1歳と数ヵ月――年上の者とは思えないセリフだ。だが、彼の性格と、窓の向こうに広がる真っ青な空から推測される天候を考えれば、無理もないことなのかも知れない。それでもフーゴは、首を縦には振らなかった。
「終わってから」
 ここで甘やかしては彼のためにならないに違いない。フーゴは心を鬼にして、「せめてそのページだけでも終わらせましょう」と結局は甘やかしている――鬼になりきれていない――言葉でナランチャを励ました。その結果、ノートには『6×5=33』という摩訶不思議な式が誕生した。
「ミスタとジョルノはアイス食べに行くって言ってた」
 ナランチャは頬をわずかに膨らませ、まるっきり子供のような表情を見せた。これ以上に判り易い拗ね方はそうそうないだろう。
「ったく、あいつ等……」
 フーゴはだいぶ大きく育ってきた苛立ちが向かう対象を、目の前の1人からここにはいない2人へとシフトさせた。組織に在籍してからの年数が特に短い2人――今ナランチャが名前を挙げたミスタとジョルノ――の姿がしばらく前からそろって見えないと思ったら、用事を言い付けられていないのをいいことに遊び歩いていたとは。外に出ているリーダーや他の仲間から急な任務が舞い込む可能性がゼロではない以上、基本は待機しているべきなのに。しかもそれをナランチャに聞かせて行くなんて――そんなことをされて彼が集中し続けていられるわけがないことは、試してみるまでもなく明白なのに――。
「いいなあぁぁ」
 ついにナランチャは鉛筆から手を離し、ノートの上に覆い被さるように上体を投げ出した。
「オレもフーゴとアイス食べに行きたい」
 「サボるな」と叱咤するために息を吸い込んでいたフーゴは、ナランチャの言葉に反応するのが一瞬遅れた。
「……ぼくと?」
 尋ね返した声は、我ながら少々間が抜けて聞こえた。
「うん」
 ナランチャはフーゴの顔を見もしないまま――机に突っ伏したまま――答えた。
「……なんですか、それ」
 そんなの、まるでデートみたいではないか。フーゴはすんでのところでその言葉を呑み込んだ。独りでサボるよりも、道連れがいた方が後ろめたさが軽減される。その程度の理由での発言をそんな風に捉えようとするなんて、自惚れだと笑われても文句は言えない。だから決して言わない。そう決めた。それなのに、
「デートみたいでいいじゃん」
 わずかに顔を上げたナランチャは、へらへらと笑っていた。が、今の言葉を「冗談だって」と言い換えるつもりはないらしい。
「ねえ」
 ナランチャは机に上体を預けたままフーゴの顔を見上げた。
「駄目?」
 小さく首を傾げる動きに合わせて、少々伸びっぱなしになっている黒い前髪がさらりと揺れた。その隙間から覗く大きな瞳にぴったりな擬態語を挙げろと言われたら、「きらきら」か「うるうる」。掛け算も禄に出来ないくせに、自分へ好意を向ける者を意のままに動かすための計算だけは完璧なのだからたちが悪い。それとも計算なんてしているつもりはなく、全て本能で動いているのだろうか。だとしたら、もっと悪い。
「フーゴのアイスひとくち欲しいなぁー。そしたらオレのも味見させてやるのに。あーんって」
「ああもうッ!!」
 フーゴは勢い良く机を叩きながら立ち上がった――ナランチャが小さく「うおっ」と声を上げた――。
「もういい! 良くないけどいい!」
「じゃあ終わりっ?」
「駄目。それは駄目です。ぼくの心は今鬼です」
「なにそれ」
「終わらせてから。だからさっさと終わらせますよ。そんで出掛けますよ! ろくしち!?」
「さっ、さんじゅーはちっ」
「ろくは!」
「しじゅーなな!」
「うん! 全然違う!! ろっく!」
「ごじゅーし!」
「なんで最後だけ合ってるの」
「終わったぁー!」
「間違った分は明日やり直すんですからねっ!?」
「分かってるって」
「じゃあ鍵持って」
「はーい!」
 ナランチャが立ち上がると、消しゴムが床へと落ちた音がした。失くなったと思っていたが、たぶん服の裾にでも引っかかっていたのだろう。さっさと拾っておかないと、誰かが蹴る等して今度こそどこかへいってしまうかも知れない。そう思いながらも、フーゴは外へと通じるドアへ向かっていくナランチャの後に続いた。思いがけず舞い込んできた『デート』のチャンスと、どこにでも売っているような消しゴム1個。どちらを優先すべきかなんてことは、計算するまでもなく分かり切っている。


2019,10,22


勢いで買ってしまったフーナラクリアファイルがくっそ可愛かったのです(6×6抜けてるのはなんでなのw)。
あとわたしは買わなかったけどセツさんが買ったミスジョルがアイス食べてるファイルも可愛かったのです。
なんでもう1枚はアバブチャじゃあなかったんだろう。
アバッキオかわいそ。
<利鳴>

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