ミスジョル フーナラ アバブチャ 全年齢


  calling


 携帯電話の画面には、なんの通知も表示されてはいなかった。「それはそうだろう」と思いながら、ジョルノはそれをテーブルの上に戻した。ほんの数分前に確認した時も、画面は――表示されている時刻以外は――今と全く同じ状態だった。それからずっと、その小さな機械は音を発してはいない。じっと見て――睨んで――いたジョルノは、当然そのことを知っている。開いて確認する必要は、本当は全くなかった。なのに、数分おきに手を伸ばさずにはいられない。
(やれやれだな……)
 世間では、『携帯電話依存症』なんて言葉が使われ始めているようだが、ジョルノはそれには該当しない。少なくとも、普段の彼であれば、こんな落ち着きのない行動は取らない。では何故今はと問われれば、ほんの数秒であったとしても反応が遅れるのが嫌だと思う連絡を待っているからだというのが答えだ――素直にそう答えるかどうかは別として――。その思いが、万が一にでも着信音――音は鳴らないようにしてあるから、実際にするのはバイブレーションの振動音だけだが――を聞き逃していたら……という不安を生み出す。その結果が、件の行動の理由となっている。
 実際にはそんなこと――聞き逃し及び見逃し――はあり得ないと分かっている――なにせずっと凝視しているのだから――。だが、どうせ他にやるべきこともない――何かの妨げになっているということはない――のだからと言い訳をして――充電の減りを多少早めている可能性はあるが――、ジョルノは再び変化のない画面を開く。
(まったくもって理解し難い)
 他ならぬ、自分自身の行動が。無駄なことをしている自覚はある。本来ジョルノは、無駄なことが嫌いである。にも拘わらず……。
 普段なら気にも留めないような、カチカチと鳴るアナログ時計の音が妙に大きく聞こえる。それがもどかしさを助長させていくような気がする。そう思えばなおさら耳につく。他に音を立てるものが存在していないわけではないのに。少し離れたデスクでは、チームリーダーであるブチャラティが何かの書類を書いているようだし、同じテーブルでは、暇を持て余しているらしいナランチャが、時折長い溜息を吐いている。
「2人共」
 不意にブチャラティが口を開いた。手元に集中しているようにしか見えなかったが、部下2人の存在に気付いていないわけではなかったようだ。
「やることがないなら、今日はもう帰っていいんだぞ?」
 そのセリフは数十分前にも聞かされていた。今日の任務は、もうない、と。「そう言ったよな?」と確認するように、ブチャラティは首を傾げている。
「それとも、何かあるのか?」
「いえ、そういうわけでは」
 ジョルノは慌てて否定の仕草を見せた。「手を貸そうか」なんて言われると困る。何故なら本当に何もないのだから。逆に手伝いますと申し出るべきなのだろうか。だが、そうしている内に待ち侘びていた連絡を逃してしまいたくはない。
「その……、もう少ししたら帰りますから、気にしないでください」
 いっそのこと雨でも降っていてくれれば良かった。そうすれば、少し待っていれば止まないか様子を見ているのだと言い訳が出来たのに。
「オレも」
 時間でも確認しているのか、ナランチャは携帯電話の画面を見ながら口を開いた。
「オレも、もうちょっとしたら帰る。……たぶん」
 そう答えた顔は、いかにも退屈そうだ。それこそ、やることがなくて暇をしているくらいなら、さっさと帰れば良いのにとジョルノは思った。
 歯切れの悪い2人の部下の態度に、ブチャラティは訝しげな表情をする。が、詮索するつもりはないようで、彼はすぐに手元の書類に視線を戻した。
 ジョルノは小さく溜め息を吐いた。
 相変わらず携帯電話は沈黙し続けている。デジタルの時計の表示は、先程から5分も進んでいなかった。
 今のこの時間であれば、すでに任務は終わっていてもおかしくないはずだ。ジョルノの、ではない。ジョルノが待っている人物、即ち、仲間であり、恋人でもある、ミスタの、だ。
 能力の違いから、2人が別々の任務に就くことは珍しくはない。それを不満に思ったことはない。だがミスタは、「すぐに終わらせて帰ってきてやるから、いい子で待ってな」等ということを、茶化すというよりは宥めるような口調で言うことがある。だから傍目には、そんな時のジョルノの顔は、不満そうに見えているのかも知れない。どうせ流されることが分かっているのに、否定の言葉に多くの時間を割くのは無駄な行為だ。「そこまで言うなら、待っていてあげますよ」と涼しい顔――と、本人は思っているが、他人の目にどう見えているかは分からない――で言うと、ミスタは「生意気なやつめ」と笑いながら、ジョルノの頭をくしゃくしゃと撫でる。ジョルノはそれが嫌いではない――髪が乱れるのだけはなんとか出来ないものかとは思うが――。
 任務が終わり次第、ミスタは連絡をくれるはずだ――2人が正式に恋人と呼び合うような仲になってからはずっとそうだ――。それがないということは、任務はまだ終わっていないということだ。難しい任務ではないと言っていたが、思いの外難航しているのだろうか。
「おっそいなぁ……」
 そう呟いたのは、ジョルノではなかった。声がした方へ目を向けると、ナランチャが片手に携帯電話を握りしめたままテーブルに突っ伏していた。どうやら彼も何かを待っているらしい。
(……何を?)
 そういえばナランチャは、先程から妙に携帯電話を気にしているようだ。ジョルノと同じように、何度も画面を開いては、これといった操作をするでもなく閉じるという動きを繰り返している。
(ぼくと同じように……?)
 もしかして、と、予感めいた何かが頭の中に浮上する。今この場所にいないのは、ミスタだけではない。他の仲間も、それぞれ別の任務に就いているはずだ。ナランチャが今日はずっと不満そうな顔をしているように見えたのは、彼に適した任務は入っていないからと待機を命じられて、単に退屈だからかと思っていた。だが実際にはそうではなく、ジョルノと“同じ”なのだとしたら、その“相手”はおそらく……。
 ジョルノは何と声を掛けるつもりなのか自覚しないまま口を開きかけた。が、それを遮るように、マナーモードに設定した携帯電話が振動する音が響く。
 ジョルノは反射的に自分の携帯電話に手を伸ばした。同時に、弾かれたように飛び起きるナランチャの姿が視界の隅に見える。やはりナランチャもジョルノと“同じ”であるようだ。しかしジョルノは、画面を見る前に“自分ではない”と気付いた。手にしたそれは微塵も動いていない。そもそも、断続的に鳴る振動の間隔が自分のものとはまるで違っていた。それでも、持ち上げた以上はそうするのが礼儀だとでも言うように、あるいは、「ぼくは最初から時間を見ようと思っていただけですよ」と誤魔化すように、画面を開いた。案の定通知は何もない。では今のはナランチャかと思ってそちらを見るが、彼もまた、小さく「違った」と呟いた。
「ああ、オレのか」
 早く出ろと言わんばかりに振動しているのは、どうやらブチャラティの電話だったようだ。彼は慌てた風でもなくペンを置き、携帯電話を取り、耳元にあてた。
「もしもし? ああ、オレだ。……そうか、分かった」
 通話相手の声は聞こえない。だがおそらくミスタではないだろう。普通に考えれば、電話での任務完了の報告はリーダーであるブチャラティに真っ先にするべきである。だがミスタなら、その前に一言、「終わったぜ」と簡単なメールを送ってくるくらいのことはしてくれる――と、経験則から断言出来る――。ナランチャの“待ち人”もそうなのだろうか。彼はすでに自分の携帯電話の監視作業に戻っている。
「まったく、いつまでかかってんだか……」
 ブチャラティの通話の邪魔をしないようにだろうか、ナランチャが小さな声でそう言った。ジョルノにはそれが自分へ向けられた同意を求める言葉であるように聞こえた。
「ほんとですね」
 相変わらず何も告げてこない携帯電話を見たまま、ジョルノはそう返した。
「何してんのかな」
「さぁ……」
 噛み合っているようで噛み合っていない会話。どうやらナランチャもジョルノの状況を察しているようだ。ジョルノがちらりと視線を向けると、ちょうどナランチャもこちらへ目を向けていた。2人の視線が交差し、ばちりと音を立てたような錯覚があった。それは、同じ境遇にいる者へ対する親近感……等ではなく、むしろ、
(対抗心……)
 果たして、どっちの連絡が先にくるのか……!? 両者の間に、謎の緊迫感が生まれる。実に無意味な争いだ。だが、退くのもなんとなく癪である。同時に、こんな状況も含めて、“人を好きになる”ということを楽しんでいることを自覚する。そこに喜びが生じるのであれば、最早これは、「無駄である」とは言えない。
 ナランチャが、宣戦布告とでもいうような笑みを浮かべる。ジョルノは同じ表情を返した。
 その直後、
「ナランチャ、ジョルノ」
 ブチャラティが立ち上がりながら口を開いた。
「オレはもう帰るが、お前達は?」
 どうやら2人が謎の対抗心を燃やしている間に、彼は仕事を終えてしまったようだ。机の上に広がっていた資料の束は、見る見る内に引き出しの中へと収納されてゆく。
 ジョルノは軽く首を振った。ナランチャはひらひらと手を振っている。
「どうぞお構いなく」
「お疲れさまー」
「そうか。戸締りだけ、忘れないようにな」
「はーい」
「分かりました」
 ジョルノとナランチャは携帯電話を握りしめたまま、ドアへと向かうブチャラティを見送った。これでもう、事務所内には2人だけだ。紛らわしい着信があることもないだろう。
 ドアを出る前に、ブチャラティは足を止めて2人の方を振り向いた。
「それじゃあ、“お先”に」
 そう言ってにっこりと笑うと、彼は右手に持った携帯電話を振るような仕草をしてみせた。
「えっ……」
「もしかして……」
 2人からの質問を拒むように、バタンとドアが閉まる。その向こうから、軽やかな足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
 ジョルノとナランチャは顔を見合わせた。
「さっきの電話って……」
「アバッキオから?」
 結局2人の勝負は、それから10分以上後にようやく着いた。


2021,08,10


フーナラ要素ありのミスジョルと見せ掛けてアバブチャオチ。
勝負の行方はあえて決めていないのですが、作中に名前が出てこなかった時点でフーゴの方が負けかも(笑)。
<利鳴>

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