フーナラ 全年齢


  ケーキとロウソク、あとは君


「んだよもぉ、オレよりも2つも年下のクセに!」
 ナランチャは口癖のように自分の方がフーゴよりも年上であることを主張したがった。この時も、問題集の解答欄に――フーゴから見れば――ありえない数字を書いたことを切欠に、「いい加減にしろ」「真面目にやれ」という言葉とともに胸倉を掴まれ、一通り暴れた後にお決まりのセリフを吐いた。
 フーゴは、反撃を受けて乱れたネクタイを直しながら、ぽつりと言い返した。
「1つ」
「あ?」
「今は1つ違いですよ、年齢」
 ナランチャは、その意味を考えるように大きな眼を瞬かせている。
「どういうこと?」
 彼は首を捻った。
「今は16ですよ。君の誕生日がくるまでの間は、ぼくは君の1つ年下」
 生年月日で数えれば間違いなく年齢差は2つなのだが、ナランチャがあまりにもそのことに拘るので、少し言い返してみたくなっただけだった。あと数ヶ月もすれば、彼は再び2つ年上になる。だからどうしたということはない。良くも悪くも。だがいつも「ガキ臭いやつ」と思っている相手にレベルを合わせてしまったようで、フーゴは言わなければ良かったと思いながら床に散らばった筆記用具を拾い集め出した。
「お前、誕生日だったの?」
「ええ」
「いつ」
「先月」
 拾った物をテーブルの上に置き、さあそんなことはどうでもいいから、さっさと続きを済ませてしまいましょうと言おうとしたフーゴに、ナランチャは詰め寄るようにテーブルの上に身を乗り出した。
「なんで言わねーんだよっ!」
「……は?」
 ナランチャの言葉と、彼のむきになっているような表情の意味が分からない。フーゴは眉を顰めた。
「1ヶ月も前に誕生日だったって!? なんでそんなこと黙ってんだよ!」
「別に、君にプロフィールを把握されてなきゃあいけないなんてことはないでしょう。メンバーの情報管理は、むしろぼくの仕事だ」
「そーゆーこと言ってんじゃあなくって!」
「じゃあなんです」
 ナランチャは「そんなことも分からないのか」と眉間に皺を寄せた。
「誕生日だったなら、祝ってやんなきゃだろうが!」
「はぁ?」
 フーゴはさらに表情を歪ませて、「くだらない」と吐き捨てた。
「なんでそんなガキ臭いことしなきゃあなんないんですか」
 するとナランチャは、さらに身を乗り出し、ぐっと顔を近付けてきた。
「ばぁか。お前まだ15……じゃあなかった、16だろ! ふつーにガキじゃん! ガキ臭いもなにも、ガキそのもの! いいんだよ、16歳はまだガキで!」
 フーゴが大学に入学した時、彼は13歳だった。周りにいるのは当然自分よりも年上の者達ばかりで、その中で生活していくのだから、お前もいつまでも子供のままでいてはいけないと、大人達は口を揃えて彼に言った。それでいて、フーゴの存在が気に障ると、やはり口を揃えて言うのだ。「ガキのくせに」と。
 眼の前にいる少年は、1歳と数ヶ月年上だが、顔付きも、体格も、そして性格も、明らかに子供っぽい。そんな少年から、「お前はガキだ」と言われた。否定の形ではなく、肯定のそれで。「ガキでいい」と。そんなことは、初めてだった。
「お前はもーちょっとガキらしくするべきだな。とりあえず、オレは年上なんだから、年上の言うことは聞け」
 この世界に入ったのは自分の方が先だ。そう言い返すよりも早く、ナランチャはテーブルから離れ、ドアに向かって駆け出した。
「1時間出てくる! 留守番してろよ!」
「あ、ちょっと、どこへ……」
 返事をすることなく、ナランチャの姿はドアの向こうに消えてしまった。
 フーゴはとりあえず、どうやら逃げられたらしいと、テーブルの上に残された問題集を見ながら溜め息を吐いた。

 ナランチャが戻ってきたのは、それから2時間後だった。「1時間」と宣言したのはどこのどいつだとイラついているフーゴの眼の前に、彼は白い箱を差し出した。
「Buon Compleanno!」
 ナランチャは無邪気に笑ってみせた。
 唖然としているフーゴをよそに、ナランチャはその箱をテーブルの上――残っていた勉強道具は、すでにフーゴの手によって片付けられている――に置いた。
「じゃーん!」
 そう言って彼が箱から取り出したのは、イチゴが乗ったホールのケーキだった。カラフルなロウソクまである。
「……買ってきたの?」
「当たり前じゃん」
「えっと……、ぼくの、誕生日に?」
「まあ、1ヶ月過ぎてるけど、それは言わなかったお前が悪いってことで」
 白いクリームたっぷりのデコレーションケーキの上には、『Buon Compleanno, Fugo!』と書かれたチョコのプレートまで乗っていた。そんな物を眼にするのは、一体何年ぶりのことだろう。今よりずっと幼かった頃には、家族に誕生日を祝ってもらったことも、あっただろうか。思い出そうとしたが、頭の中に靄がかかってしまったかのように、浮かんでくる映像はどれも不鮮明だ。そんな靄をかき消すように、ナランチャの明るい声が言う。
「もうすぐブチャラティ達も戻ってくるから、そしたらみんなで食おうぜ!」
 やけに大きなケーキだと思ったら、どうやら他の仲間達の分もあるらしい。仲間達は皆、彼等よりも年上だ。こんな子供っぽいことに、果たして付き合ってくれるだろうかと思うと、少々気恥ずかしかった。だが、嫌ではない。それに、ナランチャの言うように、たまには――仕事が関係していない時くらいは――子供っぽく、少々のわがままを言ってみるのもいいかも知れない。「付き合ってくれてもいいじゃあないか」と。なにせ、自分はこのメンバーの中では、一番の年下なのだから。
「ナランチャ」
「ん?」
「……ありがとう、ございます」
 子供らしく、素直に伝えられたらどんなに良かっただろうか。だが実際にはその声は小さく、彼はわずかに赤く染まった顔を伏せ気味にした。それを見てナランチャは、「70点かなぁ」とからかうような口調で言った。自分は算数の問題で、自力で50点以上を取ったことがないくせに。
 壁にかけられた時計を何度も見上げながら「早くみんな帰ってこないかなー」と繰り返すナランチャは、実に楽しそうだ。本当はフーゴの誕生日を祝うというのはただの口実で、自分がケーキを食べたかっただけなのかも知れない。そのはしゃぎようを見て、フーゴは「なるほど、あれが百点の子供らしさか」と心の中でつぶやいた。
「このロウソク、全部立てるの? 16本?」
 フーゴが尋ねると、返ってきた答えは、やはり子供っぽい口調だった。
「もちろん!」
「穴だらけになりますよ」
「せっかく貰ってきたんだから、立てないとダメ!」
「じゃあ、ちゃんと等間隔にきれいに立てて下さいね。君が」
「オレェ!?」
 意味のないわがまま。今のはなかなか子供っぽかったな等と思った。
「16等分なんて簡単じゃあないですか。そのくらい、ぱぱっとやって下さいよ」
「うー……」
「良かったですね。ぼくが今年17じゃあなくて」
「17本だともっと難しいの?」
「素数ですから」
「げー。来年はロールケーキにするか」
「……それ、来年も祝ってくれるってこと?」
「ん? そーだけど?」
 ナランチャは当たり前のような顔をしている。フーゴは再び赤みを得た顔を背けた。そうしながら、自分が17歳の誕生日を迎えるより先に、眼の前にいる子供っぽい年上のためのケーキと18本のロウソクを、数ヶ月後のその日に忘れずに用意しなければと思った。
「そうだ。ケーキ以外になんかほしい物ある?」
 尋ねてきたナランチャに、フーゴはゆっくりと首を横へ振った。
「いえ、充分です。もう全部、そろってます」
「そう?」
「はい。ケーキもロウソクもあるし……」
 それから、そう。すぐそばにある、子供っぽい笑顔。それだけあれば、充分だ。フーゴは心の底からそう思った。


2015,02,05


1〜3月生まれであることしか分かっていないフーゴの誕生日の1ヵ月後の設定です。
フーゴは誕生日の設定が公式でないけど、もう捏造でもなんでもいいから祝ってあげたい!! と思って書きました。
<利鳴>

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