アバッキオ&ミスタ 全年齢 ミスジョル、アバブチャ要素有り


  Can't Stop


 開けられたドアの先には、『不機嫌』としか呼びようのない表情の男が立っていた。善良な一般市民ならそれだけで心臓が止まるかも知れないほどの形相で睨み付けられて、しかしミスタは通りの向こうに待ち合わせの相手を見付けた時のような笑みを見せた。
「よぉ、アバッキオ。一緒に飲もうぜー」
 ひらひらと手を振ってみせると、「まだ限界じゃあなかったのか」と言いたくなるほどまでに、対面する男の表情が険しさを増す。
「テメー、んなこと言って手ぶらで来てんじゃあねーか。人ンち上がり込むならそれなりのモン持って来い」
「いいねぇ、そのセリフ。チンピラらしい」
「つーか今何時だと思ってやがる」
「えー、8時くらい?」
「馬鹿言え。3時前だ、3時前ッ! 午前のッ!」
「マジでー? おかしいなぁ、オレの時計壊れてんのかなぁ」
 はははと声を上げて笑ってみせると、アバッキオは諦めたように舌を鳴らして長い髪をかき上げた。
「ったく……」
「可愛い後輩がわざわざ訪ねてきてやったんじゃあねーか」
「オレには可愛くない後輩しかいねー」
 そう言いつつも、彼はミスタが部屋に入れるようにドアの前のスペースを空けてくれた。
「お邪魔しまーす」
 上がり込んだ室内は静まり返っていた。テレビもオーディオもついていない。きっと部屋の主は寝室で眠っていたのだろう。10回以上連続で鳴らされたチャイムに叩き起こされるその時までは。
「なんか飲むモンある?」
 勝手にキッチンへ向かおうとすると、伸びてきた手に襟首を掴まれた。寝起きのわりには強い力で引き戻される。
「安物のワインなら」
「じゃあそれでいいわ」
「清々しいほどに図々しいなお前」
 本日2度目の舌打ちをしながら、アバッキオはワインのボトルをテーブルの上にどんと置いた。
「あっちゃー、白かぁ。赤が良かったなァ」
「じゃあ帰れ。つーかお前、すでに酔ってないか」
「まあ、ちょっとだけ?」
 ミスタは右手の人差し指と親指で1センチほどの隙間を作った。
「……いや、もうちょっとだったかな?」
 今度は右手と左手で10センチほどの距離を作る。アバッキオは呆れた顔をした。
 テーブルに置かれたグラスは1つだけだった。飲まないのかと尋ねると、「オレはいい」と突き放すような声が返ってきた。が、その語尾は大きな欠伸に変わる。
 グラスにワインを注いで、一気に半分飲み干した。べたべたする甘さが口の中に残る。アバッキオが好んで飲むとは思えないような代物だ。誰か別の人間のために用意しているのか、あるいはどこかからの貰い物か。それともただ酔えればそれでいい――味は二の次だ――という時でもあるのだろうか。ミスタはグラスをテーブルに戻した。実を言えば、それほど強くアルコールを欲しているわけではなかった。
 ふーと長く息を吐く。部屋の中は相変わらず静かだ。こんな時間だ。きっと多くの場所が静けさに包まれているのだろう。たぶん、ミスタの部屋も。
「なんかあったか、なんて、聞いてやらねーからな」
 顔を上げると、アバッキオはテーブルに頬杖をついた状態で、顔を横へ向けていた。そこには相変わらず不機嫌そうな表情が貼り付いている。
「言いたきゃ勝手に言え」
 聞いているも同然ではないかと思いながら、ミスタは声を殺すように笑った。
 残りのワインはテーブルの隅に追いやった。空いたスペースに両腕を投げ出すように伸ばし、少し瞼が重くなってきたなと思いながら先程よりも更に長い息を吐く。
「アバッキオって、ブチャラティと付き合ってるよな?」
 前振りなしに尋ねると、アバッキオは意外そうな顔をこちらへ向けた。
「気付かれてないとでも思ってたのか? それともただのセフレ?」
「馬鹿言え」
 その声が本気で怒っているように聞こえて、ミスタはだらしのない格好のまま肩を竦めた。
「おー、怖い怖い」
 けたけたと笑うと、幾度目かの舌打ちが返ってきた。
「切っ掛けってなんだったんだ? どっちから誘った? どうやって?」
 答えを待たずに次々に尋ねる。
「テメー何が目的だ」
「あー、別にブチャラティ狙ってるとかそーゆーんじゃあ全くない。ぜんっぜんないから、安心しろ」
 ミスタの心の大部分を捕えて放してくれない存在は、別にいる。アバッキオにその相手の名を教えるつもりはない。お前は知っているのに不公平だとでも言われそうだが、そんなものは構うものか。知られるような態度でいる方が悪い。それにアバッキオは、“彼”とはちょっと馬が合わないようだから、話しても「あんなやつのどこがいいのか全く理解出来ない」とでも言われそうだ。理解してもらいたいわけではないが、頭から否定されるのも面白くはない。
 それでもアバッキオは、ミスタが言わんとしていることには勘付いたようだ。即ち、ミスタが特定の誰かに想いを寄せていること。それをどう相手に伝えて良いのか悩んでいること。平たく言えば、恋愛相談だ。ギャング2人がそんなことと、ミスタ自身、他人事なら大いに笑っていただろう。
「お前童貞か?」
「ちげー」
「じゃあわざわざ他人に意見を求める必要なんてねーだろ。今までと同じだろ。好きにしろ」
「そうなんだけどよー」
 それが本気だったか遊びだったかは別として、恋愛の経験が皆無だということはない。だが今回のそれは、今までとは明らかに勝手が違っている部分があるのだ。
「まず、相手が年下だろ」
 本当はそれより更に先に相手の性別の件があるのだが、ミスタよりも小さい体型と中性的な顔立ちの所為か――あるいは目の前に同性の恋人を持つ男がいるからか――、酔いと眠気の所為か、うっかりそれには触れそびれた。
「お前より下ってガキじゃあねーか」
「まだ学生」
 満で数えれば3歳違いになるはずだ。
「あと何考えてんのか分かんねー」
 例えば、いきなり部屋へやってきたり、無防備な姿でミスタのベッド――無人有人を問わず――に上がったり、時にはそのまま泊まっていったり。実は今もいるはずなのだ、ミスタの部屋に。それで自制が利かなくなる前にと一人で外へ出た。が、夜が明けるまで延々と彷徨い歩いているわけにもいかない。仕方なく入ったバーで、ちょっとだけ――あるいはもうちょっと――飲んだところで所持金が底をついた。元からそういうつもりで用意していたわけではないので、当然と言えば当然の結果だ。ポケットに財布が入っていただけでも幸運と言えただろう。こんな時間では金を降ろすことも出来ない。それで仕方なくここへやってきたというわけだ。流石にこんなこと、年下の仲間達に聞かせるつもりにはなれなかったので。
(まあ、アバッキオが頼りになるってわけでもないんだが)
 現に今も、ミスタの話を聞き流して椅子に座ったままでうとうとし始めている。
「おいこら、アバッキオっ! 寝るな!」
「あーもーうるせぇ」
「流石にまだやばいと思うんだよ。もう大人ですみたいな顔してても、15なんてまだ子供だろっ?」
「犯罪だな」
「そこまで言うか!?」
「お前もう帰れ」
「馬鹿言え! 今帰ってなんかあったらどうする! そろそろ歯止め利かなくなりそうでやべーんだよ! なのにあいつしょっちゅう泊まりにくるし! なんなんだよあれ! 誘ってんのか!? 誘ってんのかッ!? もう食っちまうぞ!?」
「オレが知るかよ! 好きにしろ!!」
「もーなんなんだよあいつー。なんかいい匂いすんだよー。なんだよあれー。あと髪の毛ふわふわだしよー、すっげー綺麗な金色だしよー、お前は天使かっつーの」
「帰れ」
「泊めて」
「泊めない」
「こんな時間に追い出すって、人としてひどくねぇ? 酒入ってるしよぉ、雨降ってるしよー」
「知るかッ!」
「人でなし!!」
 結局ミスタは10分後にはアバッキオの部屋を追い出されていた。音を立てて閉ざされたドアに向かって「じゃあブチャラティのとこ行くからいいもーん」と叫ぶと、再びドアが開き、みぞおちを抉るような蹴りが飛んできた。


2018,05,03


受け2人の話を書いた後で、そうだ、攻め2人も書こうと思ったのですが、ミスタとフーゴはミスタが年下のフーゴをおちょくって遊んでるくらいの感じが好きなので、でも今回は悩めるミスタ編にしたかったので、じゃあフーゴじゃあなくてアバッキオにしてみようと思ってこうなりました。
かっこいい攻めがいなくてすみません。
他の話でヘタレ攻めを封印しようとした時期に書いたものだったので、ちょっと反動が……(笑)。
<利鳴>

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