ミスジョル 全年齢


  カウントアップ


 テレビの画面には、ずいぶん前に録画してからずっと見られていなかった映画が映っている。今見てしまわなければ次の機会は年が変わってからになるというこのタイミングになるまで再生ボタンを押すことが出来ずにいたのは、ギリギリ年内にと滑り込むように舞い込んできた大量の仕事の所為だった。それ等全てを手分けしてなんとか終わらせたのは、今からほんの数時間前。腹立たしさに任せて「もう年内はどんな仕事もしないぞ」と喚くと、年下の先輩に「数時間後には『年内』ではなくなってるので、どうぞそうしてください」と冷たく言い返された。苛立ちははっきりと増幅されたが、今は同じソファの隣に恋人がいるというこの状況に免じて、チャラにしてやってもいいかと思えるようになっている。その恋人が数十分前から寝落ちしてるという事実は、残念と言えば残念ではあるが。
(あと枕代わりにされているのも少し……)
 存在を確かなものとして実感出来る心地良い重みだ。……なんて思っていたのは最初の数分だけで、今はちょっと左肩が重いと感じている。だが起こすのは可哀想なので、大人しくじっとしている。
(躾が行き届いてるなぁ、オレ……)
 グイード・ミスタが自虐的な笑みを浮かべたその直後、窓の外で音が爆ぜた。
「うわっ!?」
 思わず上げた声すらかき消すほどの爆音は、その多くが花火の音だ。時計を見ると、今年も残すところあと2時間弱といったところか。ここネアポリスの年越しは、何度体験しても非常にやかましい――と言うと、ミスタは喧騒には加わらずに静かに過ごしてきたように聞こえるが、今年はたまたま違ったというだけで、若者らしく馬鹿騒ぎをしていた年もしっかりあった――。限りなく奇声に近い声と、様々な物を窓から放り投げる音が響く。案外、人間も放り投げられているのかも知れない――その場合、上げられているのは奇声ではなく悲鳴だろう――。
 肩の上で、のそりと金色の巻き毛が動いた。かと思うと、肩に掛かっていた重みが消える。ミスタの恋人、ジョルノ・ジョバァーナは、拳で目を擦りながら欠伸をした。
「あ、わりぃ。起こしちまったか」
 ミスタがそう言うと、ジョルノは首を横へ振った。
「ミスタの声でじゃあない」
 そう言って彼は窓の方向を睨んだ。カーテン越しに、色とりどりの光が炸裂してるのが見える。
「すごい音だ」
「ああ」
「初めて聞いた時は、戦争でも始まったのかと思いました」
 遠く離れた国から移住してきて間もなく、言葉にも不自由していたであろう幼少の頃にそんな思いをしたとなれば、さぞかし不安だったことだろう。だがジョルノは、そんな様子は微塵も見せずに、視線をテレビの画面へと移した。
「映画、まだ終わってなかったんですね」
「ああ。今一番いいとこだった」
 ミスタはリモコンに手を伸ばし、停止ボタンではなく電源ボタンを押した。
「名台詞が全く聞こえなかったぜ」
 外の騒ぎが止むまでは、続きを見るのは無理だろう。せっかくギリギリ年内に消化出来ると思ったのに、結局来年までお預けとなってしまった。彼は再び窓の方を睨んだ。騒音は静まるどころか増してきている。
「ったく、ホントにうるせぇな。これよぉ、銃声6発くらい混ざっても分かんねーんじゃあねーか?」
「やめてください」
 そう言ったジョルノは、くすくすと笑っていた。かと思うと立ち上がり、ミスタの正面に立った。普段は見降ろす位置にある碧い瞳が、今は高い位置にあるのがなんだか新鮮だ。
「他のことに集中していれば、騒音は意識の外に追いやれるかも知れませんよ」
「よっぽど集中してないと無理だな。それに、もう映画って気分でもない」
「そうですね」
 「じゃあ」とジョルノは続けた。
「恋人のことだけ見ていれば?」
 彼はそのままミスタの膝の上に跨り、顔を近付けてきた。ミスタは碧い瞳に自分の姿が映るのを見た。
「ヤリ納めってかぁ?」
 揶揄するようににやりと笑って言うと、返ってきたのは、意外にも似たような表情だった。
「“納め”と“初め”が同じになっても、ぼくは一向に構いませんが?」
 思いがけぬ積極的な様子に、ミスタは早くも外の喧騒が遠のいたように感じた。
「お前、眠かったんじゃあねーの?」
 そう尋ねたのは、彼の申し出を拒むための口実ではない。逆に、あとから中断を要求されないための予防線が半分と、残り半分は――一応――恋人への気遣いだ。
「こんなにうるさくっちゃあ寝てなんていられない」
 ソファに座ったまま眠ってしまったのは仕事で疲れたからだろうと思っていたが、案外、映画を見始めて構ってくれないミスタに不貞腐れていたのかも知れない。
「ぼくが生まれた国に、『終わり良ければ全て良し』という言葉と、『一年の計は元旦にあり』という言葉があります。前者はそのままの意味。後者は、最初が大事」
「最初にイイコトがあれば、その年一年万事OKって?」
「ええ」
 ミスタは改めて口角を上げてみせた。
「よーし、試してみっか」
「そうこなくっちゃ」


2021,01,20


これでもだいぶ短いですが、さらに短く編集したものをはがきに印刷して、個人情報保護用のシール貼った上で相方に年賀状として送り付けました。
これ以上は無理だってくらい削っても文字が小さくて、大変読み難い代物になってしまった。
はがきって小さいのね!
<利鳴>

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