フーナラ R18 モブ→ナラ要素有り

関連作品:Escape


  DarkLess −ダークレス−


 本来ならば1人用である筈のベッドが、何故2人分の重みを支えなくてはいけないのかと抗議するように軋んだ音を立てた。しかしフーゴはそんなことにはまるで気付かなかったというように、逆にベッドに付いた両手に体重を掛けた。その手の間には、自分を見上げる2つの眼がある――筈だ――。明かりを消した部屋の中は暗く、自分の身体が影を落としていなかったとしても、その表情までを見ることは殆ど出来なかっただろう。辛うじて見える息を潜めているような唇に音を立てて口付けを落とすと、フーゴの下にある細い身体は小さく跳ねた。だが、肩を強張らせてはいるが拒絶の反応は示していない。暗闇の中で何かを探り当てるように唇を首筋へと移動させていくと、フーゴの頭を抱きかかえるように手が伸びてきた。ベッドが一際大きく鳴った。
「あ……、ふぅ……ご」
 声が発せられるのにあわせて、フーゴの唇が触れている箇所が僅かな振動を起こす。その震えと脈の動きを舌先で感じながら、これはまるで吸血鬼が血を吸っている最中のような体勢だなと思った。しかし滑らかなその皮膚に、鋭い牙で穴を開け、傷付けてしまいたいとは決して思わない。むしろ慈しむように、跡さえ残さないように、ゆっくりと触れるだけの口付けを繰り返した。そんな小さな接触にさえも、随一反応が返ってくる。触れる度に、痙攣を起こすように小さく肩が跳ねる。
「ナランチャ」
 ついには声を掛けただけで同じリアクションを返してきた。
「一挙一動毎にびびられると、すごくやりにくいんだけど」
 フーゴが苦笑するように言うと、ナランチャはとめていた息を吐くように「あ」と呟いた。
「ご、ごめん……」
「別に、謝ってくれなくてもいいけど。……そんなにぼくのことが怖い?」
 肯定されたらどうしようかと、フーゴは内心不安で仕方がなかった。もしも「うん。だからやめよう」と言われたら……。本当はしたくもない質問をしている自分はどうにも不器用でいけないと少し落ち込みながら――思いを伝えた時も、感情ばかりが随分と空回りして、かなり無様な姿を晒してしまった――、しかし即座に聞こえたナランチャの返答と、シーツに頭を乗せたまま首を振っているらしい衣擦れの音に、彼は安堵の溜め息を吐いた。
「そんなこと、ない」
「じゃあ続けるね?」
「う、ん」
 その声には緊張の色が混ざってはいたが、部屋の暗さで見えないのを良いことに、フーゴは何も気付かなかったことにした。先程と全く同じ位置にキスをして、今度はそこから更に下の方へとその唇を移動させていく。露出した胸部の小さな突起に舌先が触れると、ナランチャは小さく声を漏らし、そして慌ててそれを押し殺すように両手で口を押さえた。
「声くらい出したらいいのに」
「んんっ……」
「とりあえず息はしててくださいよ」
 少し笑いながら言い、フーゴはナランチャのベルトのバックルに手を掛けた。金属同士がぶつかって、小さな音を立てる。その次の瞬間だった。
 肩の辺りに強い衝撃を受けた。「嫌だ」と叫ぶ声が耳に飛び込んできたような気がする。気が付くと腕の中にあった身体はいつの間にかそこからすり抜けており、狭いベッドの隅で小さく背中を丸めていた。唖然としたフーゴの頭は、漸くナランチャに突き飛ばされたらしいということを理解した。それは、明らかに先程否定されたばかりの『恐怖』による『拒絶』だ。
「や……、やだ……。もう、いやだ……」
 闇の中から聞こえてくる声に、ゼイゼイと喘ぐような息遣いと、上下の歯がぶつかりあうカタカタという小さな音が混ざっている。
「……ナランチャ?」
 フーゴが戸惑いながら声を掛けると、ナランチャははっとしたように息を呑んだ。
「だいじょうぶ……ですか?」
 ナランチャは慌てたように飛び起きた。
「ご、ごめんっ! フーゴっ、オレっ……」
 フーゴはナランチャの言葉を最後まで聞かずに、無言でベッドサイドにある電気スタンドに手を伸ばした。スイッチを入れると、部屋全体を照らすには弱すぎる光ではあるが、それまでの暗闇に慣れ切った眼には充分すぎる程眩しい明かりが灯る。2人はそろって顔を顰めた。
「無理なら、やめましょう」
 フーゴが静かに言うと、ナランチャは一瞬「何を言われたのか分からない」というような顔をした。が、すぐに立ち上がったフーゴの腕に飛びついてきた。
「なっ、なんでっ!? どうしてさッ!?」
「ぼくはどうしたって君を怖がらせてしまうみたいだから」
 それだけは避けたい。彼を無理矢理押さえ付けて傷付けてしまうことはしたくない。だがフーゴが忍耐強くないこともまた事実だ。このまま怯える彼に気付かないふりをして続けようとすれば、結局はそのような行為に出てしまうかも知れない。フーゴはそれを恐れている。
(なんだ、結局自分が傷付きたくないだけなんだ……)
 電気スタンドの眩しい光に、自分の身勝手な本音がありありと照らし出されているように感じ、フーゴは眼を伏せるようにナランチャから視線をそらせた。
(やめておけば良かった……)
 しかし『何を』やめておくべきだったのかは分からない。拒絶されなかったのを良いことに、彼の服を――上半身の分だけとはいえ――脱がせたことだろうか。ベッドに腰掛ける彼の隣に座って、唇にキスをしたことだろうか。仕事のあとに自分の部屋へ誘ったことだろうか。それとも、思いを告げたことから、既に間違っていたのだろうか。
(それとも……最初から?)
 出会った時から?
「違うっ! オレ、フーゴのことは怖くない!」
 ナランチャは大きな眼に今にも溢れ出しそうな泪をためながら、激しく首を振った。
「それでも、ぼくは君を傷付ける」
「そんなことない! フーゴはあいつらとは違う!!」
 フーゴの思考が一時的に停止する。ナランチャの声は聞こえてはいたが、それを意味のある言葉として認識するのに、妙に長い時間を必要とした。
「なん……ですって?」
 搾り出すような声と共に視線を返すと、ナランチャは怯えたような眼をしていた。が、その眼は自分へは向けられていない。フーゴは、そのことに漸く気が付いた。
「ナランチャ? ……なに? なんの……、誰の話ですか? ねえ……」
 そう尋ねながらも、フーゴは既に思い出していた。ナランチャが自分達と出会う前に、どこにいたのかを――。
「あいつらに好き勝手されるのは、すごく嫌だった。でも、フーゴはそうじゃあないだろ? そうじゃあないって分かってる。だから……」
「それは……、少年院で?」
 ナランチャは無言で頷いた。
 実際には無実の罪だったと聞いている。だが、彼等を扱う者達の誰がそんなことを気に掛けるだろうか。
 フーゴは眼の前が真っ黒に塗り潰されていく錯覚に襲われた。そしてその黒は、紛れもない自分自身から溢れ出ている。一般的に『怒り』と名付けられるその感情が、徐々にフーゴの身体を覆っていく。
 初めて彼に会った時のことを思い出していた。その時彼が全身に多くの傷を作っていたことは知っていた。罪を認めなかったために――実際には何もしていなかったのだから、そもそも『認める』という言葉自体が間違っている――、手を上げられたらしいと、ただそれだけだと思っていた。だが実際には『それだけ』では終わらなかった。相手は誰だったのだろうか。子供のような華奢な身体を――物理的な意味で――傷付け、それだけでは飽き足らずに暴力よりも更に凶悪な欲望のままに心まで痛め付けたのは……。
(同じ部屋に収容された少年? それとも看守?)
 どちらにせよ、ナランチャが使った『あいつら』という複数を指す言葉が、フーゴの感情を増幅させていることは間違いない。今すぐ全員見付け出して報いを受けさせたい。「法によって」なんて生ぬるいやり方では納得いかない。自分が作ったルールによって、彼を傷付けた者全てを消し去りたい。組織の力をもってすれば、全員探し出すことは可能かも知れない。そのあとで適当な罪をでっちあげて、社会的に――あるいは本当に――抹殺することも出来るだろう。もちろん勝手にそんなことをしたことが『上』に知られればフーゴ自身もただでは済まないだろうが、蓄積した感情を爆発以外の手段で発散させる方法をフーゴは知らなかった。
「フーゴ……」
 恐る恐ると言った言葉がぴったりな表情で、ナランチャはフーゴの顔を見上げてきた。
「……ごめん」
「……どうして君が謝るんですか?」
「だって、黙ってたから……」
 フーゴは無言でナランチャを抱き寄せた。そのまま力を入れて、ただ強く抱き締める。
「フーゴ、ねえっ、……苦しい、よ」
「ごめんなさい。でも、少し我慢して」
 その男達を、フーゴは許せないと思った。同時に、ナランチャのことを理解しているつもりでそれが全く出来ていなかった自分自身のことも許し難かった。
「誰? それは……。どこにいるの?」
「フーゴ?」
「許せない……」
「フーゴっ!」
 今度はナランチャの方からフーゴの身体にしがみ付いてきた。
「いいから! もういいから! フーゴがそんなことする必要はないんだよ!」
「でも……」
「いいから。本当に! そんなことでフーゴがここから離れなきゃいけなくなったら、オレ嫌だよ……」
 フーゴの胸に顔を埋めるナランチャの声は、しかしはっきりとフーゴの耳に届いた。
「ナランチャ……」
 眼の奥がじりじりと熱かった。しかしそこから溢れてくる液体はない。フーゴは、もう何年も前から泣き方を忘れてしまっていた。子供のように泣き叫ぶことを禁じられ、また、そうすることの無意味さを知り、ずっとそうやって生きてきたが、もう自分には正しく泪を流すことすら出来なくなってしまったのかと思うと哀しかった。そして、せめてナランチャだけはその雫を失わずにいて欲しいと、切に願った。
「ぼくに……、なにか出来ることは?」
「……消して」
 ナランチャは顔をあげ、フーゴの耳元に唇を寄せるようにそう言った。
「消して。もうあんなやつらのことなんて思い出さなくてもいいように、オレの頭ん中、全部フーゴだけにして」
「ナランチャ……」
「それとも、オレとじゃあ出来ない?」
「そんなこと……」
 フーゴの腕の中で、ナランチャは僅かにつま先を浮かせ、唇を重ね合わせてきた。フーゴの背中に手を廻し、そのまま後ろに倒れるように引っ張る。フーゴは引き摺られるようにナランチャ毎ベッドへ倒れ込んだ。
「痛い」
「うん。でも平気」
「ほんとに?」
「うん。フーゴなら」
 だが彼の顔を見ると、やはり完全に過去の恐怖が払拭されたとは言い切れないようで、重なり合った身体から、通常よりも早いであろうと思われる心音が伝わってきた。しかし「やめるか」と尋ねても、ナランチャは絶対に首を縦に振ろうとはしなかった。仕方ない人だなと笑いながら、フーゴは電気スタンドに手を伸ばしかけた。
「あの……さ」
「ん?」
「その電気……付けたままじゃあ駄目?」
「……普通逆じゃあないですか? 普通は『電気消して』って言うもんだと思いますけど」
「だってさ、真っ暗だとなんにも見えないじゃん? でも明かりが付いてたら、ちゃんとこれはフーゴだって分かるんだよ。だから……」
 もしかしたら最初から明かりを消さずにいたら、あれ程までに彼を怖がらせることはなかったのだろうか。そう考えると、フーゴはなんだか気が抜けたような思いだった。思わず溜め息が出てくる。
「フーゴ?」
「分かりました。いいですよ。このスタンドは付けておいて上げる」
 スタンドに伸ばしかけていた手で、フーゴはナランチャの肌にそっと触れた。ナランチャは反射的に眼を瞑りそうになった。
「ナランチャ、眼、開けててください。見えてないと嫌だって言ったのは君なんですから」
「う、ん……」
 ナランチャが小さく頷く様子も、彼の赤味を増す頬も、喘ぐように呼吸をする唇も、早くも形を変えてゆこうとしているその部分も、全てが明かりに照らし出されている。フーゴはそれら全てを、心から愛おしいと思った。
「ちゃんと、ぼくを見て。ぼくだけを見ててください。記憶の中だけでも、そんなやつらのことなんて見ないで。今ここにいるのは、ぼくなんですから」
 ナランチャは縋るように腕を伸ばしてきた。
「フーゴ……」
「はい、ぼくです」
「うん……、フーゴ……。フーゴ、だけ、見せて」
 ナランチャのその瞳は泪に濡れながらも瞬きをする他に閉じられることなく、懸命にフーゴの姿だけを捉え続けていた。


2011,01,05


途中で4〜5回書き直すハメになりました。
なんか最近そんなことが多い気がします。
最終的に一応形にすることが出来たのは良かったなぁ。
ラストが強制終了したみたいになりましたが……。
<利鳴>
男性向けでやったら美味しい所でカットするなーって苦情が来そうな程美味しい展開ですが、
女性向けなので寧ろ嬉しい所で終わってくれてニヤニヤしている次第です。
いや、相当重苦しい話に分類される筈なんですけどね。
三次元世界ではニヤニヤとかしてる場合じゃない大変な問題ですね、はい。
でもやっぱこういう過去が美味しいスパイスになるのであって…!
そして其れでダークネスじゃなくてダークレスなのですよね。流石だわ。
<雪架>

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