ミスジョル 全年齢


  dog×cat=Give me a break


「よし分かった。フーゴにジャッジしてもらうことにしようぜ」
「第三者の意見を……というわけですか。いいでしょう。それでいきましょう」
 ボスの執務室のドアを開けた直後に耳に飛び込んできたのは、そんな会話だった。突然上げられた自分の名に、フーゴは戸惑う以外何も出来なかった。
「え? は? なんです? なんの話ですか?」
 声の主、ジョルノとミスタの顔を交互に見て、一体何が起こっているのかを懸命に探ろうとする。任務で外に出ているフーゴの帰還と報告を待つ以外にはこれといって急ぎの用事はなく、のんびり過ごしているのだろうと思っていた2人の表情はしかしやや険しい。留守中に何か問題でも起きたか。だがそれなら携帯電話に連絡をしてくるはず……。
「フーゴ、君の意見を聞こう」
「正直に答えてもらおうじゃあねーか」
 詰め寄ってくる2人分の視線に、フーゴは今入ってきたばかりのドアから逃げ出したくなった。

「犬と猫……ですか?」
 真剣な表情をしていたはずのジョルノは、急に「じゃあお茶でもいれましょうか」と軽い口調で宣言し、部屋を移動し始めた。そんな悠長なことを言っていて良いのかと質問する間もなく、のんびりとした歩調でミスタもそれに続く。一体どんなもめ事が……と身構えていたフーゴは、はっきり言って拍子抜けした。
 一般的な住宅であればダイニングキッチンに当たる部屋へ行き、ポットを手にしようとするジョルノに、フーゴは「ぼくがやりますから」と慌てて申し出た。組織のトップともあろう者に、そんなことをさせるわけにはいかない。ちなみにミスタはすでに当然のように椅子に座って、背もたれに体重を預ける姿勢だ。
 フーゴはお湯を沸かす準備をしながら、「何があったんですか」と促した。まだお茶がはいっていないのにとでも言いたげな顔をしながら、それでも2人は口を開き、そして言ったのだった。「犬と猫、どちらが好きか」と。
「そう、犬と猫」
「お前どっち派?」
「犬と猫って……、あの動物の? ペットとかの?」
「他に何があるのか逆に聞きてーわ」
「その言葉自体は他の意味で使われることもありますよ。でも、今はそれであってます」
「……つまり、犬と猫、どちらの方が良いか……という話ですか?」
「アタリ」
「その通りです」
「……そんなくだらない話でもめてたんですか?」
 「暇人め」と露骨に顔を歪ませてみせると、2人はそろって「心外だ」とでも言いたげに口を尖らせた。
「もめていたわけではありません。そういう言い方は語弊がある。それに、ぼくはどこかの誰かに組織のトップがほいほい気軽に出歩くんじゃあないと叱られたので、大人しく留守番していたんですよ」
「オレはすでにひと仕事済ませてきた後なんですけどぉー?」
「雑談すら禁止されたら、ぼくは一体何をして暇をつぶせばいいんです?」
「やっぱり暇だったんじゃあないですか」
 お茶は自分がいれるなんて、言うんじゃあなかったと思ってももう遅い。今からでも自分のカップを持ってさっさと任務の報告書を作りに行くことは出来るだろうか……。…いや、どうも2人はそれを許してくれそうにない雰囲気だ。それどころか、フーゴが逃げたがっているということにすら気付いていないに違いない。
 ジョルノが口を開く。
「ミスタが悪いんです。ミスタが『犬なんて』と、侮辱するようなことを言うから」
 再び口を尖らせるその様は、ただの中学生……いや、下手すればそれ以下に見えた。その言い分からすると、ジョルノはいわゆる“犬派”なのだろう。目の前にお茶のカップを置かれても、彼はそれに手を付けることなく喋り続ける。どうやら、温かい湯気を立てるその液体の力を持ってしても、この“もめ事”は収束しないようだ。
「犬の良さは、なんといっても主人に対する従順さです。と言っても、人間にへーこらするような態度では駄目です。そんなものは虫唾が走る。あくまでも気高く、誇りは失ってはいけない。本来であれば、犬は人間よりも強いんです。それを分かっていながら、主人のために尽力を惜しまない。その忠誠心が、ぼくは好きなんです。真摯な思いには、同じく真剣に応えたくなる。そんな信頼関係を築くことは、猫相手では出来ないでしょう? 大型犬なんかは、シンプルにかっこいいですよね。それに賢いし。それでありながら寝ぼけておかしな行動を取るとか、そういうちょっと間が抜けたところがあったりするのも愛嬌があっていい」
「ああ、寝ながら足だけ走ってる動画とか……」
「動物番組なんかで時々見ますよね。ぼくは大きめで、短毛の黒いのが好きです。狩猟犬とかいいですね」
「ああいうのは運動させるのが大変だと聞きますよ」
「それは飼い主の責任ですから。一方的に尽くしてもらうばかりでいようなんて、虫が良過ぎる」
 一気に喋ると、ジョルノはようやくお茶のカップを口元へと運んだ。喋り過ぎて喉が渇いたのかも知れない。入れ替わりのように、中身が半分ほどまで減ったミスタのカップがテーブルに置かれて音を鳴らす。
「じゃあ、次はオレの番だな」
 そう意気込むミスタは、本人の――猫派の――主張に反して、「待て」を解除された犬のように見えた。
(……あれ?)
 不意に、フーゴは小さな“引っ掛かり”を覚えた。が、それが具体的に何であるのかが見えてくる前に、ミスタの主張が始まる。どうやらフーゴは思考を彷徨わせることすら許されていないようだ。
「犬は忠誠心って言ったが、猫はその逆なんだよなぁ。真逆なところがイイっ! プライドの高さっつーか、他人に頼らない強さっつーか。それこそ人間にへーこらしないところ? それでいて時々甘えてきたりするわけよ。なんだかんだで飼い主には懐いちゃってるわけ。いっつもツンツンした態度なのに、自分にだけべったりとか、サイコーじゃねえ? 自分本位で勝手に見えるとこもあるけどよぉ、結局はオレのところに帰ってきてくれちゃったりして。クールな顔してるやつほど、自分のものにした時の達成感があるっていうか、落としがいがあるっていうかよぉー。あとなんだっけ? 見た目? 犬はかっこいいだっけ? 猫はとにかくカワイイ。でも小さくてか弱い小型犬なんかとは違うぜ。野生の血は捨てちゃあいない。それこそ、狩猟者としての能力はきちっと持ち合わせてるんだぜ」
「……確かに、猫も品種改良すれば大型犬並みのサイズのものも作れるけど、それをしないのは猫の戦闘能力がすご過ぎるからだ、なんて話もあるそうですね。あのサイズだからいざとなれば抑え込むことも出来るけど、大型のものがいたら人間の力では敵わないと言われたら、納得出来る気がします」
 フーゴが頷いてみせると、身を乗り出すようにしてジョルノが口を挟んだ。ミスタはジョルノの主張が終わるまでは大人しく黙っていたが、ジョルノにはそうするつもりはないらしい。
「それはつまり、人と猫との間に信頼関係がきちんと築けていない証拠では? 『大型の猫に襲われたら人間はひとたまりもない』ということでしょう? 『猫は人間を襲う』と言っているも同然ってことですよね。犬にはその前提がないんです。犬であれば、サイズに関わらず、きちんと躾けることが出来る。犬が猫より優れている根拠には充分だと思います」
「そういえばミスタ、知り合いが猫に目玉を抉られてどうこう言ってたな」
「それは4匹の中から選んだのが駄目だったんだよ。猫だろうが犬だろうが人だろうが、4って数字に関わるのがやべーんだよっ」
「あっそ」
「まあ確かに犬と違って猫は躾けられないかも知れねーが、そもそも他の生き物を自分の思い通りにしようってのが間違ってないかぁ? そーゆーの、エゴって言うんだぜ。人間のワガママだ。言うこと聞かない部分も含めて、カワイイんだよ猫は」
(……まただ)
 またあの“引っ掛かり”があった。先程のそれとは違い、今度のは正体がわずかにではあるか見え掛けているように思えた。
「……ちなみにどんな見た目のやつが?」
 フーゴはミスタに向かって尋ねてみた。
「そうだなぁ、長毛種がいいかな。なんか毛がくるくるしたやついたよな。ちょっと変わってるけど、ああいうのも結構好きだぜ」
「ああ、ラパーマとか」
「何それ。知らない」
「お前が言ったんだっ」
 2人の主張がひとまず終わり、「で、お前はどうなんだ」という視線が2方向から向けられるのを感じながら、フーゴは溜め息を吐いた。これは不用意に片方に賛同してみせると、あとから色々と面倒なことになりそうだ。出来ることなら、適当に逃れてしまいたい。
「……飼うつもりなんですか? 犬か猫」
 フーゴのその問い掛けに、2人はそろって不思議そうな顔をしてみせた。真逆の主張をしているくせに、お前等は似た者同士かと突っ込みを入れたくなる。だがフーゴはそれを賢明に堪えた。話を脱線させてしまえば、いつ解放してもらえるか分からない。まだ仕事だって残っているのに。
「いえ、別にそういうわけでは」
「うちペット禁止だし」
「ぼくも学生寮住まいですから」
「そもそも、生き物飼うのは大変だよなー」
「そうそう、しっかり最後まで面倒見られないと」
「急に留守にしなきゃいけなくなることだってあるしな」
 2人はうんうんと頷き合っている。ペットを飼うことになってどちらが良いかで主張が食い違っているわけではなかったようだ。
「じゃあ、一体何をもめてるんですか」
「いやいや、もめているわけでは」
「そうそう、ディスカッションってやつ? それともディベート?」
 つまりはくだらない雑談。
「2人でごちゃごちゃ言い合うのが目的なら、ぼくを巻き込まないでください」
「そんなこと言ってもジャッジはしてほしいじゃん」
「知りません」
 フーゴがきっぱり突き放すと、2人はそろって肩を竦めるような仕草をしてみせた。やはり似た者同士だ。そして彼等は、ほぼ同じタイミングで何かに気付いたように表情を明るくさせた。
「じゃあ、誰か他の人に」
「よし、ポルナレフを巻き込もう」
「やめてあげてください」
 今度もきっぱりそう言うと、「ちぇ」「けち」と小さな声が辛うじて耳に届いた。
「そもそも」
 フーゴが睨むような視線を向けると、カップを口に運ぼうとしていた2人の動きがぴたりと止まった。「なに?」と視線が問い掛けてくる。
「動物の話、……なんですよね?」
「そうだけど?」
「してたでしょう? 動物の話」
「それ、さっきも言ったぜ」
「2人共、誰かさんのことを言っているみたいに聞こえましたけど」
「誰かさん?」
「誰かさんって?」
「誰?」
 ジョルノとミスタはお互いに目を合わせて「分かるか?」「さあ」と首を傾げている。どうやら、フーゴが辿り着いた答えに2人が到達する気配はないようだ。つまり、本気で気付いていない。
「それならいいです」
 そう言いながら、フーゴはカップに残った液体を喉へと流し込んだ。
「何がいいのか全く分からない」
「おかしなやつだな」
「全くです」
 交互に文句を言う2人を、フーゴは無視することに決めた。そろそろ本当に仕事に取り掛からないと帰りの時間が遅くなってしまいかねない。そうなったところで、“猫”の手も、“犬”の手も借りられそうにはないのだから。
「ぼくは忙しいので、これで」
 さっさと席を立ち、不満そうな視線を振り切って廊下へと向かう。ドアを閉める直前にちらりと視線を向けてみると、2人はまだ何か言い合っているようだ。
(強くて従順で可愛げもある黒い短髪に、プライドが高いのに時々甘えてくる長髪巻き毛だって?)
 動物――犬と猫の――の話である。という前提をなくしてしまえば、少なくない数の項目が該当しそうな人物は、視線の先に2人も存在する。その2つの姿を交互に眺めながら、フーゴはやれやれと溜め息を吐いた。


2020,05,10


ポルナレフは亀派と言いたいところだけど、あれば別に好きで亀の中にいるわけではないな(笑)。
昔仲間に犬がいたんだけどこれがまあ可愛くなくてなとか言いながらにこにこしていて欲しいです。
<利鳴>

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