フーナラ 全年齢


  vento del fascino


 それからどのくらいの時間その場に立ち尽していたのか――また、どのようにしてヴェネツィアからネアポリスまで帰ってきたのか、フーゴはほとんど覚えていなかった。気が付けば自分の部屋にいて、窓の外に向かって長い溜め息を吐いていた。しかし、風光明媚と謳われた港の景色は瞳に映っているだけで見えてはいない。代わりに、瞼の裏にはひとつの光景が浮かんでいる。岸から離れていく小さなボート。それを追って海に飛び込むやや小柄な影。遠ざかっていったはずのその姿は、逆に脳裏に焼き付いたように離れない。
 たった1人のために――それも、知り合ってからまだ数日しか経っていないような者のために、なぜ彼等は全てを捨てることが出来るのだろう。冷静なブチャラティが情に絆されてあんな行動を取る等、フーゴにはとても信じられなかった。そしてそんな無謀な行動に、自分以外の4人全員がついて行ったことも……。自分達は皆、組織に拾われなければ生きることさえ出来なかったであろう世間から見放された存在だった。その組織を裏切り、ボスの命を狙う等、自殺行為以外のなにものにも見えない。
「みんな、どうかしている……」
 窓から離れてベッドに腰掛ける。部屋の中を見廻すと、数日前にここを出た時と何も変わっていない。机の上の読みかけの本も、光が入ってきて眩しいからと片側だけ閉めたカーテンも。だが、この数日の間に何かが大きく狂ってしまったことは、曲げようのない事実だ。
「どうして……、どうしてあんなことができるんだ……。たった1人のために……」
 自分は、大切に思うたった1人をひき止めることすら出来なかったというのに。

「どうしてって言われてもなぁ」
 “彼”は首を傾げながら言った。
「だってトリッシュ、なんかオレと似てる……。それに、可哀想だろ?」
 そんな子供みたいな理由で……と、フーゴは半ば呆れたように溜め息を吐いた。
「まあ、らしいと言えばらしい……かな」
「あ、それってオレがいっつもたいして考えなしに動いてるって言ってるだろ」
「だってそうでしょ」
「言ったな」
 2人は揃って笑った。
「…………調子は……どうです?」
 フーゴはやや迷ったように尋ねた。「状況が良いはずがない」との考えが、質問することを躊躇させていた。
 しかし“彼”は笑顔で答えた。
「それがさ、結構なんとかなりそうなんだよ。あと1歩って感じ」
「へぇ、ほんとに?」
「ちょっと混乱はしてるけどさ、ジョルノがなんとかしてくれるような気がするんだ。あいつ凄いぜ」
「ジョルノが?」
 信頼の言葉を向ける相手が、チームのリーダーであり、“彼”が誰よりも尊敬しているブチャラティではなく、数日前に仲間になったばかりの新人だったことがフーゴを驚かせた。“彼”は自分にとってのヒーローはブチャラティだとまで言ったことがあるというのに。確かに、フーゴも一緒に戦った僅かな時間の間に、他の者にはない何かがジョルノには存在しているように思ったことはあった。人を動かす力――とでも言おうか。正直、ブチャラティが組織を裏切ったことも、ジョルノの意志が大きく働きかけているのではないかと思っている。もちろん、最終的な判断は本人がしたのだろうから、それでジョルノを恨むような気持ちはないが。
「ジョルノがいなかったら、きっとあんなにボスに近付けなかっただろうな」
 その方が良かったのかも知れないという思いは声に出さずに呑み込んで、フーゴは頷いた。
「もー、聞いてくれよ。ボスの親衛隊とか出てきて大変だったんだぜ! しかもミスタのヤローが邪魔するしよぉ。あと飛行機に乗ったり」
 “彼”は笑いながら話した。
「ほんとに色々あったんだぜ。あー、全部フーゴに聞かせたい」
「僕も、全部聞きたいよ」
 “彼”は「うん」と頷いた。
「でもオレ、もう行かなきゃ」
 ボスとの戦いはまだ終わっていない。いつまでもここに留まっているわけにはいかないのであろう。
「全部片付いて帰って来たら聞かせてもらおうかな」
 フーゴが微笑みながら言うと、しかし“彼”は目線をやや下へ向けた。それは、『頷く』というよりも『俯いた』ようだった。しかしフーゴはそれを気の所為だったと思うことにした。代わりのように自嘲めいた笑みを浮かべた。
「その前に、裏切り者の処分がありますかね」
「そんなのっ、フーゴは裏切り者なんかじゃあない! ブチャラティなら分かってくれる!!」
「……うん、ありがとう」
 改めて“彼”がブチャラティを信頼していることにやや嫉妬心のようなものを感じながら、フーゴは頷いた。
 2人はしばらく黙り込んだ。が、すぐに“彼”がぱっと顔をあげた。
「そうだ! オレ、また学校行ってもいいかな、なんて思ったんだぜ。すごくねぇ?」
「それはすごい」
 やや皮肉を込めたつもりだったが、“彼”は全く気付いていないようだ。フーゴは思わず少し笑った。
「馬鹿にされながら通うのもいいかな、なんて思ってさァ」
「じゃあ、がんばって勉強しないといけないですね」
「フーゴが見てくれるんなら、きっと大丈夫なんだろうけどな」
「真面目にやるんならね。いっつもなんだかんだ言ってさぼろうとするんだから」
 再び笑い声が揃う。
「……じゃあ、オレもう行くわ」
「……気を付けて……」
「みんなに会ったらよろしくな」
 フーゴは「ん?」と首を傾げた。
「みんなと一緒にいるのは君の方でしょう」
「そーだけど。いいの」
「おかしな人だ。相変わらず」
「む、どーゆー意味だよっ」
 “彼”は拗ねた子供のように頬を膨らませて、そして笑った。
「じゃあ、な」
 “彼”はさっと手を振り、踵を返した。
「じゃあ……」
 フーゴも手を上げる。
 “彼”の後姿が遠ざかって行く。ボートを追って行ったあの時のように、こちらを振り向く様子はない。完全な決別を告げるように。
 フーゴは降ろしかけた手を、思わずその背中に向かって伸ばした。
「ナラ……っ」

 何かを叩きつけるような音と同時に、フーゴは眼を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。
 起き上がってみると、窓が開いていて、その前に置いてあった本の山が崩れて床に落ちている。どうやら先程の音は、風で本が落ちた音だったらしい。元々半分崩れかけた状態で置いていたようだ。
 夢を見ていた気がする。が、その内容は、先程の風に吹き消されてしまったかのように思い出すことが出来ない。それなのに、言い知れぬ不安のような気持ちだけは、風はさらっていってはくれなかったらしい。
(なんだろう……)
 胸騒ぎ――とでも言おうか。その感覚は、しばらく消えてくれそうにない。
 不意に、あの小さな後姿が浮かんだ。それがなぜなのかは分からない。
「……ナランチャ…………」
 声に出してその名前を呼んでみた。当然ながら返事はない。そして、フーゴはまだ知らない。あの活発な声がこの地に響くことは、もう二度とない。永遠に。
 返事の代わりに、風の音だけが通り過ぎていった。


2007,03,10


暗いっ。
タイトルは結構ギリギリまで英語でしたが、ジョジョ5部なのでイタリア語にしてみました。
翻訳サイト使っただけなので、あってるかどうかは分かりません。
発音もわかんない。
気にしちゃあ駄目。
<利鳴>
元ネタ中途半端にしか知らないので
(否、ネタのネタ位にされてる所は知ってるのですが/間違った知識)
あら?と思う反面、
何だか良い意味で重苦しい様な感じが素敵ですよね。
終わり方が綺麗なのが羨ましいです。
<雪架>

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