ミスジョル 全年齢 メタネタ


  はなばとる!


「ジョルノっ! 勝負しようぜ、しょーぶ!」
 グイード・ミスタはノックすることすらせず、ドアを開けて部屋へ上がり込んだ。部屋の住人、ジョルノ・ジョバァーナは、机に広げたレポート用紙から目を離さぬまま、抑揚の乏しい口調で言った。
「もう少し静かにしてもらえませんか。隣近所に迷惑です」
「んだよ。こんな壁薄っぺらい寮なんて出てよぉ、もっといい部屋に住めばいーじゃねかよぉ。お前ギャングのボスなんだぜ?」
 『パッショーネ』の2代目ボスとなった今でも、ジョルノは以前と同じように学校の寮で生活している。時間があけば、授業にも出ているようだ。自由奔放を好むミスタにとってそれは、少しばかり信じ難いことだった。
「お前学校なんて通う必要あるのか?」
「あいた時間を無駄にしなくて済むでしょう?」
「時間あくことなんてそんなにあるか? 物好きだなー」
「で、何の用です?」
 ミスタの口調等から、それ程重要な用ではないらしいと判断したのだろう。ジョルノは、相変わらず視線を手元の用紙に向けたままで尋ねた。
「おう、勝負しようぜっ」
 ミスタは右手をジョルノの顔のすぐ横までぐっと伸ばした。その手にはカードのケースが握られている。ジョルノは視線だけを横にずらして、それを見た。
「なんです」
「なにって、見たら分かんだろーがよ。『花札』だぜっ」
「はなふだ?」
 ジョルノは首を傾げた。
「なんだよ、知らないのか? お前日本人なんだろ?」
「父はイギリス人で、僕がイタリアに移住したのも最近の話じゃあないんですが」
「とにかく、知ってんのか? 知らないのか?」
「まあ、一応。ゲームとして成立するくらいには」
 ミスタは「よぉし!!」とガッツポーズを取った。
「な、やろうぜ! 勝負しようぜ!」
 子供のようにはしゃぎながら、ミスタは身を乗り出した。一方ジョルノは、まだ訝しげな表情をしている。
「なんだっていきなりそんな物にはまったんですか」
「いやぁ、ルール覚えねーとと思ってんだけどよぉ、覚えたら覚えたで実際にやりたくなるじゃあねーか? それに、実際にやってみた方が覚えると思うんだよな。で、きっとジョルノなら出来るに違いないと思ってよぉー」
 「日本人だから」とミスタは続けた。
「だから半分だけだって……。花札大会でもやる気ですか」
 ジョルノの言葉に、ミスタは驚いたような呆れたような、それでいて勝ち誇ったような顔をした。
「おいおいおい〜。何だよ、知らねーのか? 2013年3月発売予定の『ジョジョの奇妙な花闘〜黄金の札〜』のことに決まってんだろぉ? そのくらい知っててくれなきゃあなぁ〜。花の杜、石仮面に続いての新商品! もうとっくに予約受付も始まってるんだぜ! 税込み7,875円っていうとちょっとばかし高額に聞こえるがよぉ、ココ・ジャンボの花札ケースに、このオレをイメージした布製プレイシートまで付いてくるんだ。これはもう『買わない』っつー手はねーぜ。まあ、詳しくは公式サイトを見るんだな。おっと、申し込みの締め切りは12月の25日(火)の16時だからな。忘れず注文しろよ」
「何ですか、その不自然な口調は……」
「とにかくっ、やるのかやらねーのかっ。」
 ジョルノはミスタの顔をまじまじと見た。最近ルールを覚えたばかりで、まだ実際に誰かと対戦をしたことはないような口ぶりのミスタが、妙に自信に満ち溢れた表情をしている。これは『怪しい』……。ジョルノはそう思っているのだろう。しかし彼は、少々考えるような仕草をした後、ふっと口元を緩ませた。
「まあ、いいでしょう。相手してあげますよ」
「よっしゃあ!」
 ミスタはベッドの上にどっかりと座った。
「でよぉ、ただやるんじゃあつまんねーだろ? 『賭け』ようぜ?」
 ミスタはにやりと笑って言った。
「なるほど、それが狙いですか。いいですよ。なにを賭けます? 金品ですか?」
「それじゃあ面白味がねーだろ」
 ミスタは人差し指をびしっと伸ばし、ジョルノの方へ向けた。
「勝った方は負けた方に1つ、『命令』出来るってのはどうだ」
「それも別に目新しいとは思いませんが」
「いーんだよっ。ほら、やろうぜっ」
「はいはい」
 ベッドの前にテーブルと椅子を移動させ、ジョルノはミスタの正面に位置するように腰掛けた。札を混ぜながら、ミスタは早くも勝利を手にしたような顔をしている。
「手加減はしないからな」
「いいですよ」
 その応えに満足そうに笑うと、ミスタは札に手を伸ばした。

 勝負の途中で、隣室の学生が何処かへ出掛けていく気配があった。もしかしたら自分達の――正確にはミスタの――声の煩さに辟易して、出ていってしまったのだろうか。
(ちょっとばかし申し訳なかったか? ……いや、休日の昼間に部屋に閉じ籠もるなんて不健康的なやつの方が悪いに決まってる!)
 ミスタは、そう決め込むことにした。ジョルノのように――仕事のものなのか学校の課題か何かなのかまでは知らないが――紙切れと睨めっこなんかして休日を潰そうとしている方が特殊であるに違いない。
(だから今ここでオレが勝利の雄叫びを上げることは全然問題ない!)
「よっしゃあああぁぁぁっ! あがりぃ!」
 札を叩き付けながら、ミスタは大きな声を上げて立ち上がった。その声量に、ジョルノは隣人が出掛けたらしくて助かったと思っているに違いない。
「なんだ。カスじゃあないですか」
 ミスタの役を見て、ジョルノはつまらなさそうに言った。
「いーんだよ、最後なんだから逃げ切れれば。カスでも勝ちは勝ちだぜっ!」
「はいはい」
 大袈裟な程に歓びを口にするミスタとは反対に、勝敗が決定しても、ジョルノは悔しそうな素振りは一切見せなかった。
「つまんねーやつだな。少しは悔しがれよ」
「それが『命令』ですか?」
「あっ、違う! 今のはナシだっ!」
「じゃあなんです?」
 ミスタはテーブルの反対側にいるジョルノに、にやりと笑ってみせた。
「よおし、ジョルノ、命令だ。オレに『キスしろ』」
 ミスタは自分の口元を指差しながら言った。
 ジョルノは今の言葉の意味を考えるように、数回瞬きをした。
 それまで表情の乏しかったジョルノの顔に、瞬時にして赤味が差す。
「な、何を言っているんですか貴方はっ」
 大人びた顔が、この時ばかりは珍しく年齢相応に見える。必死に表情を隠そうをしているようだが、それは少しも叶っていない。
「勝利の褒美ってやつだよ。それともなにか? キスだけじゃあ足りねーか?」
「なっ……」
 ますます赤くなった顔を、ジョルノはついに逸らせてしまった。
「もう知りませんっ、貴方なんかっ」
「あらら」
 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「じゃあ仕方ねーな。帰るわ」
 さっさと立ち上がると、ミスタは出口へと向かおうとした。
「あっ……、ミスタ……っ」
 慌てて振り返ったジョルノの唇に、ミスタは予告なしに口付けを落とした。
「んぅ……っ!?」
 ジョルノの慌てている気配が怒りに変わる前に唇を離し、悪戯をした子供のようににやっと笑った。
「ジョ・ウ・ダ・ン」
「っ……、あ、貴方という人は……ッ」
「悪い悪い」
「もう本当に知りませんッ」
「おいおい、機嫌治せって」
 再び背けられてしまったジョルノの顎に手をやり、自分の方を向かせ直す。思いの他抵抗の力は弱く、視線は少し外されてはいるものの、ジョルノの顔はミスタの正面に簡単に戻ってきた。
「じゃあ、これはお詫びな」
 ミスタは再びジョルノの唇に、自分のそれを重ねた。2人が触れ合っていた時間は、先程よりも長い。その間、ジョルノは拒否する素振りを見せることはなかった。
 やがて唇が離れると、ジョルノは密な睫に縁取られた眼でミスタを睨んだ。
「……馬鹿」
 頬を赤く染めながら、ジョルノが呟く。
 ミスタはジョルノの瞬き数回分の時間で一気にそこまで想像――というよりは妄想――した。
(これだあああぁぁぁッ!! こいつはちょっと落ち着きすぎなんだよな、うんっ。たまには少しくらい慌ててみせてもいいはずだぜ!)
 内心ガッツポーズをしながら、しかし顔には少々キザな笑顔を浮かべたままで、ジョルノの反応を待つ。
(さぁ、どうする?)
 数秒の間の後、ジョルノの口が僅かに動いた。そこから発せられる言葉は、ミスタの想像――妄想――通り……ではなかった。
「分かりました。それが『命令』ですね」
「へ?」
 ジョルノは椅子から立ち上がり、テーブルに手を付いて身を乗り出した。
「え?」
 ジョルノの顔が近付いてくる。かと思うと、次の瞬間には、すでに唇に温かい感触が触れていた。
(はい?)
 ミスタが状況を判断するよりも先に、ジョルノは椅子に座りなおしていた。
「…………えーっと……」
 半ば放心したような表情で、ミスタは状況を判断しようとした。何事もなかったかのように、ジョルノは真顔のままだ。
「なんだ今のはッ!?」
「『命令』したのは貴方でしょ」
 ジョルノはさらりと言い放った。
「お前なぁ! もーちょっと恥らうとかしろよ!」
「細かい設定があるなら先に言ってくれないと」
「だあああぁぁぁッ、お前ってやつはあああぁぁぁぁッ!」
「面倒臭い人ですねぇ……」
「もう1回勝負だッ!!」
「別にいいですけど、無駄だと思いますよ?」
 実行させられる者が少しも嫌がらないで、それのどこが罰ゲームとなり得るだろうか。本来、与える『命令』はいっそ無意味であっても構わないのだ。それに対する敗者のリアクションを楽しむ。それが罰ゲームの醍醐味であるはずだ。これでは意味がない。
(今度こそッ。その澄まし顔、ぜってー崩させてやるぜ!)
 最初以上の気合で、ミスタは2回戦目に挑んだ。しかし……。
「はい、終わり」
「嘘だあああぁぁぁぁッ!!」
 ジョルノが集めた札を前に、ミスタは幾度目かのその言葉を叫んだ。
「ホントに煩い人ですね……」
「絶対おかしいぜッ!! なんだよパーフェクト負けって!? さてはお前本当は花札得意だろう!?」
「さあぁ? なんのことでしょうね」
「くっそおおおぉぉぉっ、ムカツクうううぅぅぅッ!!」
 結局、ミスタが勝利したのは最初の1回だけで、その後何度再戦を申し込んでもジョルノに勝つことは出来なかった。対戦の結果を記した用紙を見るまでもなく、1回も、だ。
(おかしいッ!!)
 おそらくおかしかったのは1回目の勝負の方だったのだろう。ミスタの実力がどれ程のものなのかを見極めるために、ジョルノは敢えて手を抜いていたのではないだろうか。
「にしたって全敗!? どうなってんだよ!? イカサマじゃあねーのッ!?」
「してませんよ、そんなこと。『僕は』ね」
 妙に棘を含んだようなジョルノの口調に、ミスタの表情が一瞬凍り付く。つい弾みで出てしまった言葉は、しかしもう取り消すことは出来なかった。
「『もっとちゃんと見える位置に移動しろ』って、ピストルズに言ったらどうですか?」
「うっ……!?」
 にやりと笑うのは、今度はジョルノの番だった。
「き、気付いてたのか?」
「普通気付くと思いますけど」
 もう隠そうとするのは無駄だと気付き、ピストルズ達が騒ぎ始めた。
「ミスタァー! ジョルノノヤツ、途中カラオレ達ニ気付イテ、自分ノ身体デ札ガ後カラ見エナイヨウニシテルンダヨォー!」
「コレジャア手持チノ札ヲアンタニ伝エラレネェー!」
「あーもうっ、役に立たねぇなぁ!」
「ソモソモジョルノノ手持チノ札ガ分カッタッテ、ソレダケジャア確実ニハ勝テナイダロォー!」
「ヤッパリアンタガ弱インダヨ!」
「なんだとぅ!?」
「って言うかそこまでして勝ちたいですか……」
 ジョルノはやれやれと溜め息を吐いた。
「くっそー、負けは負けだっ! なんとでもしやがれ!」
 ミスタが覚悟を決めると、しかしジョルノは不思議そうな顔をしている。
「『なんとでもしやがれ』?」
「お前が勝ったんだからよぉ、『命令』すんだろーが」
「ああ」
 ジョルノは椅子の背凭れに体重を預け、少し長く息を吐いた。
「別に、いいですよ僕は」
「はあっ!?」
「『命令』したいことなんて、特にないですし」
「お前ほんっとにノリ悪いなぁー」
 「ホントダゼ」「ツマンネーノ」「デモラッキージャアネーカ」等と、ピストルズ達も口を揃える。
 何か適当な『命令』でもすれば良いのに。例えば飲み物だとか、あるいは購入するのが恥ずかしいような物を買って尚且つわざわざ領収証をこれまたおかしな名前でもらってこいだとか、そんな適当なことを言ってみれば良いじゃあないか。ミスタが不満気な顔をしていると、ジョルノはわずかに笑って言った。
「さっきの」
「あん?」
「さっきの『命令』、楽しかったですか?」
「楽しいわけあるか、あんなもん」
「でしょうね」
 ジョルノはくすくすと笑った。
「僕はボスの立場になってから、色々な人に色々な『命令』をしてきました」
 突然話の方向性が逸れ始めたように思い、ミスタはますます顔を顰めた。しかしジョルノはいいから聞いて下さいと言って話を続ける。
「中には『どうしてそんなことを自分がやらなきゃあいけないんだ』なんて顔をする人だっています。でも最終的に彼等は従う。『命令』だから」
 突然、組織に加わってからひと月も経っていない16歳の少年が新しいボスだと言われても、納得出来ない者がいるのは仕方がないだろう。一見受け入れているように見えても、腹の底では不満を抱いている者もいるはずだ。『命令』の内容次第では、背を向ける者もいるかも知れない。
「力ずくで従わせたつもりになっても、実際には行動を縛ることしか出来ていない。『精神』の忠誠は、『命令』なんかじゃあ得られないんですよ」
 「だから」と彼は続ける。おおよそ少年らしくない口調と表情で。
「僕には『命令』に従う『部下』よりも、自分の『意志』で馬鹿みたいにはしゃぎにくる『仲間』の方が大切なんです」
 にっこりと笑ってみせた。
「お前っていっつもそんな小難しいこと考えてんのかよ」
「さあ、どうなんでしょうね」
 手を後ろに付いてだらしなく座り直すと、ミスタは「あーあ」と大袈裟に溜め息を吐いた。
「それにしたってタカがゲームだろーがよ。人の上に立つならよぉ、『面白味』も必要だぜ。多分」
 「そうですかぁ?」と首を傾げていたジョルノだったか、やがて何かを思い付いたような表情をした。
「じゃあ1つだけ……、いや、これは『命令』ではないかな」
「なんだよそれ」
「どちらかと言えば『お願い』かな」
「拒否権ありってことかよ。『命令』でいいっつってんのに」
 「まあまあ」と宥められ、「まあいいか」と話を聞く姿勢を取る。
「言ってみろよ」
 ジョルノはゆっくり瞬きをすると、真っ直ぐにミスタへ視線を向けた。かと思うと、わずかに首を傾げ、自分が座っている椅子よりもやや低い位置にいる相手を器用に上目遣いで見る。
「『キス、して』?」
 驚くべきことに、今度はミスタが描いた妄想等ではない。
 ミスタがした『命令』の最後の1文字を変えただけの『お願い』の、『命令』以上の威力を持ったその言葉に、抗えるはずもなく、ミスタはあっさりとそれに屈することを余儀なくされた。
(どこが『拒否権あり』だッ)
 力で他者を縛りたくはない等と言ったのは180度偽りではないかと思えるこの強かさは、いかにして身に付けられたのだろうかと、いっそ感心したくなる程だ。
 角度を変えながら繰り返し唇を捧げる忠実な部下の役割に自ら就いたミスタは、主を睨み付けた。
「ゲームも誘い方も僕の方が上みたいですね」
「うるせー。こっからはそうはいくかっての。テメー、これで済むと思うなよ。覚悟しやがれ」
「いいですよ。明日は急ぎの仕事はないし、授業はサボりますから」
「とんでもねーガキだな」
「僕が学校に籍を置いたままにしているのは、無駄にあいた時間を潰すためですから」
「とんでもねーガキだ」
 同じ言葉をもう一度呟き、小さく舌打ちをしてから、小さくくすくすと笑う口を再び塞ぎにかかる。「オイオイ昼間カラカヨォー」、「子供ノ見ルモンジャアネーゾー」、「誰ガ子供ダー」。後ろの方でピストルズが何か騒いでいるが、そんなものはもう聞こえない。今ミスタの頭の中にあることは、「今一番過酷な『命令』は、『やっぱりここまで』と言われることだな」ということと、壁の薄さを懸念する思いだけだった。


2012,11,30


本当は花の杜の時に書いて別所で公開していたものなのですが、5部花札が出ると聞いて書き直しました。
ココ・ジャンボはちょっとほしいけど、どうしようかなぁ。
ジョジョ花札は何の絵柄なのか分かり難いんですよね(笑)。
カスの札がカスにあるまじき豪華さで困ります。
<利鳴>

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