ミスジョル 全年齢


  HAPPY LIPS


 不意に甘い匂いを感じ、ミスタは足をとめた。花の匂いではない。食品のそれとも違うように思う。人工的に作られた甘さの匂い……と言うのが一番イメージに近いだろうか。なにがそんな匂いを放っているのだろうかと、周囲を見廻した。
「どうかしました?」
 顔を上げたジョルノが尋ねた。彼がテーブルに置いているお茶の匂いとも違う。
「なんかこの辺、甘い匂いがしないか?」
 ミスタが尋ね返すと、ジョルノは「ああ」と納得したような表情をした。
「リップクリームの匂いかも」
 ジョルノは自分の唇に軽く触れるような仕草をした。色こそ付いてはいないようだが、よく見ればそこは、何か塗られていることを示すように艶めいていた。ミスタは身を屈めるように顔を近付け、すんすんと鼻を鳴らした。
「ああ、これだわ」
 さっき感じたのと同じ匂いが、ジョルノの唇からする。花でも食品でもない、人工的な匂い。なるほど、リップクリームだったかと納得して、ミスタは頷いた。
「昨日新しく買ったんですけど、甘いんですよね、これ」
「匂いが付いてないのが良かったのか?」
「いえ、匂いがするのは分かってて買ったんでいいんです。そうじゃあなくて」
「?」
 ジョルノはポケットから小さな筒状の物を取り出した。オレンジ色をしたそれが、件のリップクリームなのだろう。持ち主の手でキャップが外されると、中は外見と違って白っぽい色をしていた。
「匂いだけじゃあなくて、甘いんです。甘い味がする」
「味付きリップクリーム?」
「そんな文句はどこにも書いてありませんでしたけどね。それに、何味ということはなくて、ただ、甘いんです。果物の味がしない、ただ甘いだけの飴みたいだ」
 ジョルノがキャップをすると、パチンと音が鳴った。彼はそれをそのまま軽く投げ、片手でキャッチした。
「食事の時にちょっと邪魔なんですよね、正直」
 ジョルノは軽く息を吐いた。
「そもそも匂い付きなら、食事の前には向かねーんじゃあねぇか?」
「……それもそうか」
「って言うか、そんなにはっきり味すんの?」
「ええ。結構」
「甘味料入ってんじゃあ?」
「……何も書いてませんね。パッケージの方は捨ててしまったので分かりませんが」
「ところで、それ何の匂い?」
「マンゴーです」
「へえ」
 ジョルノはクリームの筒を廻しながら見詰めていた。そこに自分の認識と違う文句が書かれていないか探しているようだ。だが、小さなその容器に、多くの文字は書かれていない。やがて彼は、諦めたように再度息を吐いた。その唇を、ミスタはぺろりと舐めた。
「あ、ほんとだ。甘い」
 ジョルノは眼を見開いて動きをとめている。数秒後、頬と耳がじわじわと赤く染まっていった。
「なッ、なにをしてくれるんですかアンタはッ」
 ジョルノは慌てたように腕で口元を拭った。
「百聞は一見にしかずって言うだろ。ついでに味もみておこうってか」
「アンタは犬ですか」
 睨み付けてくる眼は不思議といつもよりも幼く見えた。ミスタはにっと歯を見せて笑った。
「顔真っ赤だぜ」
「うるさいな」
「もっと先までして欲しくなったか?」
「馬鹿ですか」
 ミスタがくつくつと笑っていると、不意に2本の腕が伸びてきた。それは、ミスタの首に巻き付くと、ぐいっと彼の身体を引き寄せた。甘い匂いがふわりと鼻先を掠める。間近に迫った瞳は、つい先程までそこにあった幼さをなくし、挑発的に光っていた。
「責任、取ってもらいますから」
「はいはい、ご主人様」
 ミスタは「甘いキス(物理)」等と思いながら、再び笑った。


2015,12,06


男が匂い付きのリップクリームなんて買うかしらと思いつつ。
なんか知らんけど甘い味付いてるリップクリームは実在します。
甘いけど、別に美味しくはないっす。
<利鳴>

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