フーナラ 全年齢


  全てが平気だと言うような顔で


「世の中不公平ですよね」
 感情が篭っていないような抑揚の乏しい声で、フーゴはポツリと呟いた。顔は真っ直ぐ前を向いたまま、しかしその眼はどこも見てはいない。
 その発言を聞いていた彼は、その言葉が自分へ向けて発せられたものなのか、それともただの独り言だったのかを判断出来なかった。それを尋ねるつもりで顔を上げても、視線は返って来なかった。何かを読み上げているかのような淡々とした口調だけが続く。
「不公平……。いや、それとも不平等かな? この2つの言葉は似ているけど、同じじゃあありませんよね」
 彼は頷いたが、それがフーゴに見えているかはやはり分からない。
「不平等なことが公平である場合だってある。ああ、でも、この場合はどっちも当てはまるかも知れないな。『世の中は不公平で、不平等だ』」
 フーゴは自分の発言に満足したように頷くと、ようやく彼に視線を向けた。
「逃げ出したぼくは生き残った」
 相変わらずどこに感情があるのか分からない表情だ。
「死にたくなかったから逃げ出したんです。だから、これは普通のことだ。でも、死を覚悟して戦いに行った皆には、平等は訪れなかった。不平等で、不公平だ」
 「でも」と言いながら、フーゴは手を伸ばした。細い指先が『石』に触れる。半球体のそれを撫でるように、輪郭をなぞってゆく。
「もっと酷いことが、こうやって存在してる。平気な顔で。生き残ったとか、死んでしまったとか、そんな不平等さよりも、もっと酷い。……そうでしょう?」
 フーゴは微笑んだ。16年と数ヶ月の間、一体どんな生き方をしてきたらこんなにも冷たい笑顔を作れるようになるのだろうか。
「この『亀』が死んだら、貴方も死ぬんでしょうね」
 そう言いながら、甲羅に『鍵』をはめ込むことでスタンド能力を発動させる不思議な『亀』の首を掴むように手で輪を作った。
「……それは正しくない」
 彼は首を振った。
「そうですね。貴方はもう死んでいるんですものね。なのにここにいる」
 フーゴの笑顔が僅かに歪んだ。
「明らかに不平等ですよね。それに不公平だ。おかしいでしょう? 死は……、死だけは平等じゃあないんですか? どうして貴方にだけ留まることが許されているんですか?」
「……私が大人しく消えれば、それで君は満足か?」
 フーゴの眼付きが明らかに変化していた。冷たい怒りの炎がはっきりと燃えている。
「私を消したいのなら、その『鍵』を外すだけでいい。この『亀』は無関係だ。君にその『亀』の命を奪う権利はない」
「権利だって!?」
 フーゴが立ち上がった拍子に、椅子が倒れて大きな音を立てた。
「殺すことに権利なんかあるものか! もしそんなものがあるなら、『あいつ』を殺す権利はぼくこそが持っていたのに!! 『あいつ』を拾ってきたのはこのぼくだ! ぼくのものだった!!」
「フーゴ……」
 その時、彼らの背後でドアが開いた。物音を聞き付けたのか、あるいは2人の声が届いていたのか、入ってきたのはジョルノだった。その後ろにミスタもいる。
「フーゴ、席を外してもらえますか。ポルナレフさんに話がある」
 フーゴはジョルノを睨み付けた。
「そうやって君はいつも同じ顔をしている。『あいつ』が死んだ時だって、きっとそうだったのでしょうね! 全てが平気だとでも言うような顔で!」
 ジョルノが何も言い返さないでいると、フーゴは再び表情を変化させた。今度のそれは、この部屋を訪れた時と同じ、無表情だった。スイッチを切り替えるように先程から何度も表情を変えるフーゴに、しかし自然な笑みは一度も浮かんでいない。そんな顔を、少年は忘れてしまったのだろうか。あるいは、初めから持ち合わせていなかったのだろうか。
「では、失礼させていただきます」
 フーゴは丁寧に頭を下げた。
「貴方が席を外せと言うなら、喜んで。何度だってね。ぼくはこれまでに一度だって『ボス』の命令に逆らったことはないんですから。どうぞごゆっくり。ぼくに構わないで。全部平気なんですから!」
 踵を返したフーゴは、そのまま部屋を出て行った。聞いた者が思わず眉を顰める程の大きな音を立ててドアが閉まる。
「ポルナレフさん、どうしてあんなことを?」
 ジョルノはスタンド使いである『亀』が作り出した空間から顔を覗かせている彼に尋ねた。
「貴方がこちらに留まったのは、貴方の意思だったのではないですか?」
 ジョルノの言う通り、既に肉体を失ってしまったポルナレフが亡霊のように、それでもこの世に留まったのは、彼自身で選んだことだった。勿論、いつまでもそうしていることが許されるとは思っていない。この世を去る準備は、遠くない内に進めなければならないと思っている。だが、
「まだ私に……、残された者のために出来ることがある筈だ、と……」
「ええ。だからもう、さっきみたいな発言は二度としないで下さい。貴方が死んでも、誰も幸せにはならない」
「ああ、すまなかった」
 ポルナレフは溜め息を吐いた。既に死んでいる自分が『息を吐く』なんて、おかしなことをしているなと思い、少しだけ自嘲気味に笑った。
「私も、家族や仲間を……、大切な人を失ったことはある。彼の気持ちは理解出来る……つもりだ」
「ええ」
 ジョルノはゆっくりと頷いた。
「救いは与えられる筈です。彼にも、貴方にも」
「Merci」
 フーゴが倒していった椅子を起こし、ジョルノはそこへ腰を下ろした。
「君は」
「はい」
「私がここへ来てからずっと、同じ顔をしているな」
「……ええ。同じ気分が続いているので」
「少しも平気そうには見えない」
 ポルナレフがそう言うと、ジョルノは笑った。笑いながら、痛みを堪えている。そんな顔だった。
 この場所にはあまりにも自然な笑顔が少なすぎる。誰も彼も、笑うことが随分と下手だ。かつてはここにそれがあったのだとしたら、おそらくそれは、去ってしまった者が与えていたものだったのだろう。


2012,07,16


以前にも「病んでるフーゴを書こう」とか言ったことがあるのですが、
今回はむしろ「ヤンデレフーゴを書こう」?
殺害すら愛だと言い張るヤンデレは、対象を他の人に殺されてしまったらどうなるのでしょうね。
以前に書いた病んでるフーゴはある意味幸せだと言い張れないでもなかったのですが、今回は駄目です。
二次創作はハッピーエンドが好きなんですが、一度くらいは書いてみたかったです。
そして一度くらいなら許されるかなと思って。
ところでココ・ジャンボってもう死んでるんでしたっけ? どういう扱い?
<利鳴>

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