ブチャラティ&フーゴ 全年齢


  拾って帰れる愛


 彼は1人の少年を保護していた。いや、“確保”と言った方が正しいかも知れない。10対0ではないにしろ、確かに少年を守る目的はあった。だがそれ以上に、少年が他の人間に危害を加える可能性を排除する意味合いの方が強かった。少年にはそれが出来るだけの“力”があった。少年にその“力”のことを説明し、彼は自分の許へ来るようにと話した。それから少年は彼の部下となった。
 だがどう贔屓目に見ても、少年が彼に心を許しているとは言い難い状態であった。少年が同じ部屋にいると、それだけでぴりぴりと音が聞こえそうな程に空気が張り詰める。迂闊に触れれば、血を流すことになるのは彼か、それとも少年自身か……。不思議と、少年はそうする切欠を求め、待っているようにも見えた。
 彼は少年に、事務所の中での仕事ばかりを言い付け、少しでも少年と他人の接触を減らそうとした。それでも数日に一度の割合で、少年は人と争った痕跡をその拳に残したまま事務所へ通ってきた。
「ぼくを怒らせるあいつらが悪い」
 少年は表情のない顔でいつもそう言った。
 彼は、このまま少年を陽の光が当たらぬ世界の住人にしてしまいたくはなかった。だが少年の気が短い性格では、行く先々でトラブルを起こしかねない。おそらく少年は、自分の感情のコントロールを失ってしまっているのだ。これまで、あまりにも歪んだ道を、本人の意思と無関係に歩まされてきた所為で。その姿は、「助けて」と泣き叫ぶ子供のようにも見えた。
 そんなある日のことだった。

「ねえブチャラティ」
 ブチャラティは書類から眼を離し、顔を上げた。しかし声の主、フーゴの表情は見えなかった。彼は今、窓の縁に頬杖を付いて、外の景色を眺めている。こちらを見ようともせず、しかしいつもの彼と比較すると、その声はどこか穏やかだった。
「どうした」
 ブチャラティが尋ねても、フーゴの視線は相変わらず窓の外だ。
「あいつ、拾ってきてもいいですか?」
 ブチャラティの位置からは窓の外には向かいの建物とその向こうにある灰色の空しか見えない――ここは2階だ――。地面を見下ろしているらしいフーゴの眼が、何を捉えているのかは全く分からなかった。
「覚えていませんか? この間連れて来て、メシ食わせてやったやつ」
「ああ……」
 フーゴがこちらを見ていないことは承知の上で、ブチャラティは軽く頷いた。フーゴは稀に、事務所の近辺を縄張りにしているらしい猫を連れて来ることがあった。つい3日前にも、薄汚れたオレンジ色の猫を見付けてきたばかりだった。皿に顔を突っ込んでミルクを飲む仔猫を眺めている時のフーゴは、ブチャラティが知る限り唯一歳相応の少年らしい表情を見せる。そんな事情を知るはずもない猫は、空腹を満たし終えるとさっさとどこかへ行ってしまう。フーゴも、「気紛れで連れて来ただけですから。別に構いません。元々引き止めるつもりもないです」と言う。その時にはもう、表情のないいつもの顔に戻ってしまっている。
 そんなフーゴが、今初めて「拾いたい」という意思を口にした。どうやら、自分に対しては開いてくれない心を、猫に対しては開こうとしているらしい。と、ブチャラティは思った。
(やれやれ。先を越されたか)
 斜め後ろからわずかに見えるフーゴの表情は、やはりどこか冷ややかだ。それでも、普段の彼と比べると、明らかに違っている。それは、根気強く彼の傍に居続けたブチャラティにしか分からない変化だった。
 心を閉ざし、さらにその錠前を分厚い氷の中に閉じ込めてしまったフーゴが、そんな変化を手にしたことは非常に喜ばしいことだ。だが、ブチャラティにはまだフーゴに生き物の面倒を見ることが出来るとは思えなかった。理性を失った時のフーゴは、あまりにも命を軽々しく扱ってしまいがちだ。ブチャラティでさえ、正直、自分がスタンド使いではなかったら、今頃どうなっていたか分からないというような事態も何度かあった。自身の中だけで消化し切れなくなった感情を、小さな命にぶつけてしまう可能性は、それ程低くはないように思えた。そしてそうなれば、後に正気に戻った少年は、今度は今まで以上に深く心を閉ざしてしまうだろう。そのことを承知していながら生き物を傍においておきたいという希望を叶えてやるわけにはいかない。かと言って、頭ごなしに反対すれば、やはり少年は彼に対して心を開くことはなくなるだろう。そしてここを飛び出して行き、どこかで誰かを傷付け、自分自身も傷付くのだ。ブチャラティはこっそりと息を吐いた。
「お前の部屋は動物は禁止じゃあなかったか?」
「ぼくも動物ですよ」
「そういう話をしているんじゃあない」
「ぼくが良くてあいつが駄目な理由がイマイチ分からない。そんなに違いますか?」
 フーゴは身を乗り出して外を見ている。
「そこにいるのか?」
「ええ。でもこの建物までは分からないみたいだ。さっきから近くをずっとうろうろしているんですよ。ぼく達を探しているんだと思うな。あいつ、上を見ないかな。そしたらきっとぼくに気付きますよ」
 フーゴの声はわずかに弾んでいた。
「ぼくの部屋に連れて帰るのが駄目なら、新しく部屋を借りて下さい。家賃はぼくが払いますから」
 フーゴは今、ブチャラティが組織を通じて借りてやった部屋に住んでいる。本人が保護者のいない未成年者だからだ。どうしても猫を飼いたいとなれば、同じようにブチャラティが協力してやるしかない。出来ることなら手を貸してやりたいとは思うが……。
「まあ、反対されるだろうなとは思っていましたよ。貴方はあいつのこと、あまり歓迎していないみたいだったから」
「そんなことはない」
 先日フーゴが連れて来た猫を見てブチャラティが言ったのは、自分は毛の長い猫の方が好きだということだけだ。そしてもちろん、そんなことを理由に反対しようとしているのではない。
「心配ですか」
 いつの間にか、フーゴは真っ直ぐにブチャラティを見ていた。その瞳が何を考えているのか、探ることが全く出来ない。ただ少年の年齢を考えれば、その冷たさはあまりにもそぐわない。知らぬ間に溶解寸前の氷の湖に立たされていたような、そんな感覚が背筋を走った。
「大丈夫ですよ。今まで殺しかけたやつらは、死んでもいいと思ったから手加減しなかっただけです。あいつのことは殺したいなんて思いませんから、間違っても殺しませんよ。あいつが自分から死にに行きでもしない限り。ぼくはあいつを守ります。そうしたいんです」
 そういう発言が躊躇なく出てくることが、不安要素のひとつなのだとは言えず、ブチャラティは長く息を吐いた。
「分かった」
 時々様子を見に行って、手を貸してやればなんとかなるだろう。ブチャラティは自分にそう言い聞かせた。
「ありがとうございます」
 フーゴは微笑んだ。しかしなんとも温かみのない笑みだ。あるいは、彼は自然な笑い方が分からないのかも知れない。それも、猫と接する内に改善されていくと良いのだが……。
「部屋の件は2、3日中になんとかしよう」
「はい。よろしくお願いします」
「それまでの間はどうするつもりだ?」
「ぼくの部屋においておきますよ。大家に見付かるとまずいなら、見付からないようにします。2、3日なら大丈夫でしょ」
「そうか」
 ブチャラティが事務所の近くにペットOKな1人暮らし向けの物件がなかったか思い出そうとしている間に、フーゴは窓を閉めて立ち上がった。くるりと振り向いた顔は、どこかうきうきしているようだ。やはりまだまだ『猫>自分』らしいなと、ブチャラティは苦笑した。
「ポルポのところへ行ってきます」
 フーゴは急にそう宣言した。ポルポは彼等の上司だ。
「ポルポに何の用だ? まさか猫の話をしに行くんじゃあないだろうな……」
 ブチャラティは眉をひそめた。住む部屋を移ることくらいは報告しておくべきかも知れないが、それも具体的な場所が決まってからで充分だ。
 しかしフーゴ首を振った。
「いいえ。人事の話をしに」
「人事?」
 そういえば、とある男についての資料を用意するようにと言われていたのを、先日フーゴに任せたばかりだった。その男は事件を起こした元警察官だったが、組織に引き込めば必ず役に立つに違いないとブチャラティは睨んでいた。そして、それ以上にその男を救いたいと思っていた。“元”とはいえ、相手は決して組織と――賄賂を用いた時ばかりは別だが――相容れぬ警察官だ。ポルポが慎重になり、出来る限り多くの情報を確認しておきたいと思うのは当然のことだろう。フーゴならその希望に応えられるだろうと見たのは、間違いではなかったようだ。
 フーゴは資料を入れた封筒を持つと、「これも、届けてきますね」と言った。
「ああ、頼んだ」
「はい」
 ドアを出て行く背中を見送りながら、ブチャラティは幾度目かの溜め息を吐く。どうも、やらなければならないことと、考えなければならないことが多過ぎる。これ以上やっかいなものが舞い込んで来なければ良いのだが……。これからフーゴの新たな友となる予定の存在は、果たして彼等に何をもたらすのだろうか。


2014,02,05


かみ合っているようで実はかみ合っていない2人の会話。
ナランチャに会うまで、愛し方と愛され方を知らない、時にはブチャラティでさえスタンドを用いて力尽くで抑えることしか出来ない不器用で今よりもずっと『危うい』スーパー反抗期だった少年フーゴ。という妄想でした。
カップリングさせる気はないんだけど他のメンバーが来る前、ブチャラティとフーゴが2人だけでどうやって過ごしていたかの妄想が好きです。
ブチャラティは1人でどうやってぷっつんフーゴの面倒をみていたのかなぁ。
<利鳴>

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