アバブチャ 全年齢


  ひとみをとじて


 「ああ」とも「うう」ともつかない唸り声を上げながら、アバッキオはテーブルの上に両手を投げ出した。
「終わったか?」
 ぐったりとしているその姿に声をかけたのはブチャラティで、彼はアバッキオの身体の下敷きになった書類をなんとかして引っ張り出そうとしている。
「もう限界だ。オレはイタリア人だぞ」
「オレもだ」
「明らかに働きすぎだ」
「人手が足りないんだ」
「フーゴはどうした。元々こういうのはあいつの得意分野だろ」
 アバッキオは顔を上げて、いつもなら文書作成だろうが計算書類だろうが簡単に済ませてしまう年下の先輩の姿を探した。しかしそれはどこにも見当たらない。
「別件で走り廻ってもらってる」
「別件ン?」
「刑務所にいる男を引き込もうとしてるんだ」
「ああ、発砲事件の?」
「そう」
 他で手が塞がっているのであれば仕方がない。アバッキオは深い溜め息を吐いた。
「人増やそうぜ。ナランチャは事務処理には使えねぇし」
「まあ、『向いてない』よな」
 ブチャラティは苦笑しながら言ったが、アバッキオは「それ以上だ」と喚いた。
「この分って残業手当つくんだろうな」
「オレ達は公務員じゃあないぜ。入団の時に就業規則なんてあったか?」
「おいおい、マジかよ」
 テーブルに突っ伏していたアバッキオが起き上がり、やっと書類を回収出来たブチャラティは「諦めろ」と言った。
「せめて労いの言葉とかないのかよ」
 ブチャラティの口からたった一言「助かったよアバッキオ。グラッツェ」なんてセリフが聞ければ、それだけでアバッキオは充分報われた気持ちになれるのだ。それを望んでこの組織に入ったと言ってしまっても良いかも知れないくらいだ。しかし、当の本人はそんなことには全く気付いてくれていないらしい。アバッキオはがっくりと肩を落とした。
「分かった。休憩にしよう」
「『休憩』? 『終わりに』の間違いじゃあないのか」
「まだ残っている」
 アバッキオは再びテーブルの上に崩れ落ちた。
「リーダーが直々にお茶をいれてやろう。ありがたく思え」
 ブチャラティは笑いながらキッチンへと向かって行った。
「ソファに座ってろ。こっちじゃあ書類を片付けないと使えないからな」
 言われた通りにアバッキオは来客用のソファへと移動した。長い脚を投げ出し、だらしなく背凭れに体重を預けた。お湯が沸くのを待っているらしいブチャラティが、壁に凭れかかりながらその様子を見ている。
「アバッキオ」
「あ?」
「眼を瞑るといい」
「は?」
「人間は視覚から得る情報が断然多い。意識していないつもりでも、見えているだけで脳はそれを処理しなければならないんだ。つまり、働いている。眼を瞑って眼からの情報を遮断するだけでも、脳は休むことが出来る」
「瞑ってるだけでいいのか」
「そう。それから、力を抜いて、リラックスしろ。頭の中は空っぽに」
 「眠れそうなら少し寝てもいい」と付け足して、ブチャラティは再びキッチンへ消えた。
 そんなに短い時間で眠れるはずがない。そう思っていたアバッキオだったが、言われた通りに眼を瞑ると、彼はいつの間にか浅いまどろみの中にいた。自覚している以上に、疲労がたまっているのかも知れない。
 しばらくすると、ティーカップとソーサーがカチャカチャと小さな音を立てているのが聞こえてきた。ブチャラティがお茶を運んできたようだ。しまった、運ぶのくらいは手伝うつもりだったのにと思ったが、身体はこのまま眠りに落ちてしまうことを望んでいるようで、眼を開けることが出来ない。彼の名を呼ぶブチャラティの声はどこか遠くで響いているように聞こえた。眼を開けなければ。起きなければ。そう思っていると、何か温かいものが接近してくる気配があった。そしてそれは、唇に触れて小さな音を立てた。
(――今の……)
 アバッキオが力を振り絞って眼を開けると、しかしそこには何もなかった。小さなカップが湯気を立てているだけだ。
 一瞬、夢を見たのだろうかと考えた。だが彼の口元には、確かに柔らかい感触と、お茶のものではない匂いが残っている。
「ぶ、ブチャラティっ!?」
 慌ててその姿を探すと、彼はカップに口をつけながら、立ったままテーブルの上にある書類を手に取っていた。
「どうかしたか?」
 そう尋ねたその表情は、あまりにも平然としている。やはり夢だったのか。そう思っていると――
「不服か?」
「なに?」
「今のが労いでは、不満かと聞いた」
 アバッキオは信じられない思いでブチャラティを見た。そんなアバッキオに、ブチャラティはふわりと微笑んでみせた。
 数秒後、やっと我に返ったアバッキオは叫んでいた。
「ムーディーブルースッ!! 今のシーンを『リプレイ』だッ!!」
「おいこらっ! それは卑怯だろッ!」
「不意打ちとどっちがッ!!」


2012,05,03


@思い付いたネタがどのカップリングでもわりと出来そうだと思った。
A5部はアバブチャでフーナラでミスジョルだと言いつつ、アバブチャは書けそうにないなぁと思ってた。
@+A=どのカップリングでもいいなら、1回くらいアバブチャに挑戦しておこうかと思った。
で、こうなりました。
でもこれじゃあアバブチャなんだかブチャアバなんだかよくわかりませんなぁ。
ムーディーブルースは普通に犯罪だと思ってます。
覗き見ィ、覗き見ィー。
タイトル思い付きませんでした。
<利鳴>

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