ギアメロ 全年齢


  Innervosire


「おいメローネ。聞いてんのかコラ」
 突き刺さんばかりの視線に合わせたかのような刺々しいその声はもちろん、それよりも前にかけられていたいくつかの言葉も、時折混ざる舌打ちの音も、メローネには全て聞こえていた。特別大きいわけでもないローテーブルを挟んだだけの距離で、それは至極当たり前のことだろう。
 ついでにいうと、一番離れたソファに座っている新入りの居心地がひどく悪そうだったり、言いたいことがあるのにそれが出来ずにいるようであるのにも、彼はとっくに気付いていた――それでも新入りがそこに居続けようとしているのは、“待機”を命じられているからに違いない――。が、そっちはまあ放っておいても良いだろう。新入りの面倒を見る役――教育係――から真っ先にメローネを除外したのはリーダーであったが、残念に思うでもないまま――むしろ面倒がなくて助かる――試しに「“教育”は得意なのに」と不満――っぽく聞こえる言葉――を口にしてみると、他のメンバー数人も申し合わせたように一斉に――全力で――「お前は駄目だ」と声を荒らげていた。
(あれも面白かったなー。どいつもこいつも、オレが新入りにろくでもないことを教えるんじゃあないかと思ってるな)
 もし好きなように教育してもいいと言われていたら、実際にそうしていただろうが。
 当の新入りが今現在同じ部屋にいながらも極力離れた位置に座っているのは、もしかしたら誰かから「メローネには近付くな」とでも“教育”された結果か。そんなことを言いそうな顔を複数思い浮かべながら、メローネはくつくつと笑った。
(まあ、それは置いといて、だ)
 今気にするべきなのは投げ掛けられた質問の方だ。「聞いてんのか」……だったか。
(特別急ぐ必要があるとは思えない、来週のスケジュールの確認……だろ?)
 もちろんしっかり聞こえていた。だが「聞こえている」と答えれば、「だったら返事くらいしやがれ」と怒鳴られるのであろうし、逆に「聞いてなかった」と返せば、それはそれでやっぱり怒鳴るに決まっているのだ、ギアッチョは。
(さてと……)
 どう答えるのが一番良いか……。どう答えるのが、一番“面白い”か……。そんなことを考えている内に、何度目かの舌打ちが聞こえた。今のは特別大きな音だった。そして、それは舌打ちだけでは済まなかったようだ。
「おいッ!」
 声を上げながら、ギアッチョの足がローテーブルを蹴り付けた。動じないメローネの代わりのように、新入りがびくりと跳ねるのが視界の隅に見えた。
「なんだよギアッチョ、乱暴だなぁ、物にあたるなんて。見ろよペッシを。可哀想に、マンモーニのように脅えてるじゃあないか」
 テーブルの上のノートパソコンから目を離すことなく応じると、「巻き込まないでほしい」と懇願するような視線が離れたソファから向けられてきた。が、無視する。
「あぁ? テメー、オレの話も聞かずに新入りの観察かぁ? ずいぶんと暇そうじゃあねーか」
「冗談。こう見えてもオレ、今すっげぇ忙しいんだぜ。ディ・モールト忙しい」
「なにしてやがる」
「メール」
「誰と」
「聞いてどうするつもり?」
 ようやく顔を上げて視線を向けると、予想通りの表情がそこにあった。すなわち、全力のしかめっ面。それを見て、メローネはにやりと笑ってみせた。
「この間飲み屋で引っ掛けた女。……って言ったらどぉする?」
「死ね」
「じゃあ男だったらぁ?」
「死ね」
 メローネは噴き出した。
「リアクション同じかよ」
 「語彙力がない」等とからかってやると、ギアッチョの機嫌はますます悪くなってゆく。それがあまりにも予想通りの反応で、メローネは更に込み上げてくる笑みを抑えようとするのに苦労した。
「ま、ギアッチョには関係ないことだから」
 さらっと放った留めの一言に、ギアッチョは再びテーブルを蹴り付けてから立ち上がった――新入りが「ひえっ」と小さく悲鳴を上げた――。胸倉でも掴み掛かりにくるか。そう思ったのに、ギアッチョはメローネに背中を向け、そのまま歩き出そうとした。
「あれぇ、どっか行くの?」
「うるせェ! テメーには関係ねーだろッ!」
 「関係ない」。同じ言葉を使ったのは、彼なりの“やり返し”のつもりだろうか。ギアッチョはどすどすと足音を立てながら出口へ向かい、ドアを乱暴に開いた。直接メローネにあたらなかったのは、すっかり脅えているらしい新入りへの――ささやかな――配慮だろうか。
「行ってらっしゃーい。気を付けて。あ、お土産よろしく」
「死ね!」
 これ以上は拡声器を使わないと無理だろうというほどの大きな音を立てながら、ドアが閉まる。その向こうから、かすかに人の声が聞こえた。「どうした」と尋ねたらしいその人物は、哀れにも本日4度目の「死ね」の一言で一蹴されてしまったらしい。
「ホントに同じことしか言わねーな」
 メローネが笑っていると、再びドアが開いた。
「なんなんだギアッチョのやつ……。おい、なんかあった……。ああ、またお前か……」
 現れたのはプロシュートだった。彼はメローネの顔を見るなり、ひどく納得したような――それでいて呆れたような――顔をした。
「心外だなー。オレがいつも問題起こしてるような言い草じゃあないか」
「違うのか?」
「違わない」
「はあ……」
 プロシュートは思い切り溜め息を吐いてから、新入りの向かいに腰を下ろして長い足を組んだ。新入りは相変わらず緊張した顔をしているが、“兄貴”の登場によってか、そこにあった脅えの色はいくらか薄れているようだ。
「そういえばメローネ、さっきリーダーから報告の催促がきてたぞ。連絡サボってんじゃあねーぞ」
「だから今メール打ってるとこ。せっかちだなぁ。早過ぎる男は嫌われるぜぇー」
 ちょうど打ち終わった文面を送信しようとすると、新入りが「えっ」と声を上げるのが聞こえた。
「どうしたペッシ」
「メールの相手、リーダーだったんですかい? だったら、そう言えばギアッチョは怒らなかったんじゃあ……」
 何があったのかを凡そ察したらしいプロシュートと、メローネの溜め息の音が重なる。メローネはメールの送信ボタンを押してから立ち上がった。そのまま新入りに近付いていき、その頬をぺちぺちと叩く。
「ペッシペッシペッシよぉ。分かってねぇなぁ。そんなんだからお前はひよっこなんだよ」
「おい、誰の真似のつもりだコラ」
「ギアッチョはなぁ、マジ切れしてる時の顔が2番目に“イイ”んだよ」
 頬に手を添えられたまま、新入りは顔を引き攣らせている。メローネがにやりと笑い、ついでに舌なめずりをしてみせると、そこにある表情は再び脅えのそれに変わる。黙っていたら喰われるとでも思ったのだろうか、彼はかすれた声で言った。
「あ、あの……」
「ん?」
「ちなみに1番は……」
「おいペッシィッ!」
 プロシュートから「余計なことは聞くな」と声が飛んでくる。が、もう遅い。
「えええ? そんなの聞く? 聞いちゃうゥ? 人前で言えるわけないに決まってんじゃあぁぁん。プロシュートのス、ケ、ベ」
「なんでオレなんだッ! 死ね!!」
 わざとらしく騒いでいると、少し離れたソファでくっつき合って座っているソルベとジェラートから迷惑そうな視線が向けられた。メローネは当然のように、それを無視した。


2020,08,18


セツさんのお誕生日を祝って、初めての暗殺チームに挑戦!
プロットの時点では最後のセリフは「殺すぞ」だったんですが、これはいけませんね。
「殺した」ならいいですけどね。
でもこんなところで死なれても困るので、最終的にこのようになりました。
自発を促してるだけだから、これならセーフだよね?
ソルジェラは気付いたらいた(笑)。
ここまできたら他のメンバーも全員名前出したかったけど、無理でした。残念。
<利鳴>

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