フーナラ 全年齢


  帰り道


 ナランチャが大きな欠伸をした。つられそうになったフーゴは、なんとかそれを噛み殺した。時刻はすでに深夜に近い。それに疲れた。仕事はつい先程終わらせてきたところだ。上からの指示で向かわされた場所が車で1時間という距離でなかったら、一直線に自分の部屋のベッドに潜り込んでしまいたかった。もしくは、もっと遠ければどこかに宿を取ることも出来たかも知れない。
「ねむーい……」
 遠慮することもなくナランチャがそう言うと、ブチャラティは「車の中で寝ているといい」と、優しい言葉をかけた。ナランチャは「やったぁ」と言った。
「フーゴ、お前もだ。運転はオレがするから、少し寝ていろ」
 フーゴは慌てて首を横へ振った。
「いえ、ぼくが運転します。ブチャラティこそ休んでください」
「いや、近くで検問をやってるとの情報が入っている。オレが運転した方が面倒がない」
 フーゴも――ついでにナランチャも――車の運転は出来るが、免許を取得出来る年齢には達していない。賄賂を掴ませれば検問を抜けることは可能だろうが、無駄な出費は避けようじゃあないかと言いながら、ブチャラティはもう運転席に乗り込んでいた。
「見付かって面倒な物は全部よこせ。座席の“中”に入れておこう。ナランチャ、お前のナイフもだ」
「はーい」
 すでに後部座席にいたナランチャは、運転席へ手を伸ばし、いつも持ち歩いているナイフを手渡した。ブチャラティはそれを、助手席のシートの中に――スタンド能力を用いて――入れた。他にも、警察に見られるわけにはいかない資料の類が存在しないはずの空間に収納されてゆく。ブチャラティの意思で開けない限り、それが外に出てくることはないはず――存在していないのと同じ――だと分かってはいても、そのシートに座るのは少々躊躇われた。フーゴは息を吐きながら後ろのドアを開け、ナランチャの隣に座った。
 ネアポリスまでは約1時間。その間、リーダー1人に運転をさせ、自分が暢気に寝てしまうわけにはいかない。交代は出来なくても、少なくとも起きているのが礼儀だ。そう思ったフーゴの横で、ナランチャはすでに船を漕ぎ出している。フーゴは再び溜め息を吐く。しかし、そんなフーゴも、数分後には強い睡魔に襲われていた。寝てはいけないと思う意識が、時折途切れているのを自覚する。まずいなと思っても、瞼を上げているのがひどく困難だ。ブチャラティが再度「寝てろ」と言った声も、現実のものなのかすらあやふやだ。
 不意に、肩に何かが落ちてきた。眼を開けるとそれが人の頭であることが分かった。少し遅れて、ナランチャが凭れ掛かってきたのだと把握する。彼は完全に眠っていた。黒い髪がフーゴの頬をくすぐった。薄く開いた唇から漏れる寝息が、すぐ間近で聞こえる。
 顔面に熱を感じたのはさらに数秒経ってからだった。眠気の所為で反応が著しく遅れている。飛び退こうとしたフーゴの耳に、ブチャラティの「起こすなよ」という小声が辛うじて届いた。フーゴは自分の肩に乗っているナランチャの頭と、ルームミラーの中のブチャラティの顔を交互に見た。
「なっ……、でも……っ」
「休ませておいてやれ。お前も寝ればいいじゃあないか」
 そんなことを言われても、眠気はどこかに吹き飛んでいってしまった。こんな状態で一から眠ろうとしても出来るわけがない。ブチャラティはくすくすと笑っている。やめてくれと、フーゴは心の中で言った。ルームミラー越しに子供の成長を微笑ましく見守る保護者のような眼を向けてくるのはやめてくれ。暗い車内で赤くなった顔はどの程度見られているのだろうか。
 時計を見ると、車が走り出してからまだ10分も経っていなかった。到着まであと50分……。いや、先程ブチャラティが言っていた検問の所為か、こんな時間にも関わらず、道は渋滞しているようだ。あと1時間……、下手すればもっと……。
(それまで、ずっとこのまま……!?)
 全身に妙な力が入り、ますます眠りから遠ざかってしまった。
 ブチャラティは相変わらず笑っている。それどころか、「遠回りして帰るか?」等と、とんでもないことを言い出す。
「勘弁してくださいっ、本気で!」
 フーゴの心境等知らずに、ナランチャは気持ち良さそうに眠ったままだった。


2014,09,19


すっかりカップルなのもいいけど、まだ初々しい2人も好きです。
<利鳴>

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