ジョルノ&ナランチャ 全年齢 フーナラ前提


  消せない傷痕


 追っ手は今、手薄になっているに違いない。そう判断してボートを出発させたブチャラティは、「それなら少し外の空気を吸いたい」と言ったトリッシュに、「No」と言うことは出来なかった。そうでなくても、トリッシュはすでに彼等が命令を受けて護衛する対象ではなくなっている。彼女が彼女自身の意思で彼等に同行してくれている以上、無理に閉じ込めておくことはどうしたって出来ない。それでも「少しの間だけ」と約束させて、ブチャラティはそれを許可した。トリッシュも、それで納得したようだ。ボートの周辺は、アバッキオとミスタが見張っている。
 トリッシュと入れ替わるように亀が作り出す不思議な空間に入ったのは、ジョルノとナランチャだった。2人は、先の戦いで傷を負っていた。決して浅いとは言い難いその負傷は、ジョルノの能力がなければ彼等をこの場にいることさえ不可能にしていただろう。応急処置を済ませただけのそれを、改めてきちんと診ておく必要がある。
「さあナランチャ、傷を見せてください」
 ジョルノが手を差し出すと、ナランチャは首を横へ振った。その表情は、少し怒っているように見えた。
(無理もない……か)
 ジョルノは小さく溜め息を吐いた。
 つい先程、敵の襲撃を受けた際に、ナランチャがスタンド攻撃の標的となっていることに、ジョルノは――他の仲間達も――気付いてやることすら出来なかった。1人で同時に2人の敵を相手にしなければならなかった彼の苦労を――そして孤独を――思えば、怒りを向けられるのは、仕方のないことなのかも知れない。元々子供っぽい性格のナランチャのことだ。リーダーの前でそれを露にすることだけは堪えても、本当は文句の1つでも浴びせてやらねば気が済まないとでも思っているのかも知れない。ならば、これも後輩の務めと割り切って――今でも組織の上下関係が有効なのかは不明だが――、大人しく矢面に立つ覚悟を決めたジョルノに、しかしナランチャは予想外の言葉を口にした。
「お前の手当ての方が先だろッ!」
 ジョルノは瞬きをした。
「お前、一度は呼吸止まってたんだからな! それに、エアロ・スミスの弾丸だって当たってるし……」
 ジョルノは、それは自分から――目印を付けるために――当たりに行ったのだと言おうとして、やめた。ナランチャの大きな瞳は不安そうな色をしながらも、真っ直ぐにジョルノへと向けられている。怒っているのではなく、ジョルノを気遣って。あまりにも真剣なその眼に、ジョルノは思わず笑いそうになるのを懸命に堪えた。
「大丈夫ですよ。傷はもうほとんど塞いでます」
「本当に?」
「ええ」
「オレ、味方に当てちまったことなんて今までなかったから……。ほんとに、平気?」
 ナランチャは複雑な顔をしていた。負傷の程度が分からないのが心配だというのはもちろんあるが、「大したダメージじゃあなかった」等と言われれば、おそらくそれはそれでショックなのだろう。なんとも彼らしい葛藤ではないか。今度こそジョルノは表情を笑顔に変えた。
「きっと君は、無意識の内にぼくに当たる可能性を考えて威力を加減してくれていたんですね」
 ジョルノがそう言うと、ナランチャは大きな眼をより大きく開いた。「そんなことは思い付きもしなかった」。そう言っている表情だ。
「君は、君が思っているよりも、ずっと冷静に周りの状況を見て判断出来ていますよ」
「そう……かなぁ」
 ナランチャは呟くように言った。謙遜ではなく、本当に自覚がないらしい返事だった。いや、自信がなく、ジョルノの言葉が信じられないとすら考えていそうだ。数日前に、よく考えもしないで戦い、敵に居場所を知らせてしまったと咎められたことでも思い出しているのだろか――あるいは単純に褒められることに慣れていないのかも知れない――。あの時ジョルノは、それを否定した。ナランチャは最善を尽くした、と。今も――今でも――その考えは変えるつもりはない。
「自信を持ってください。君はやれば出来る人なんですから」
「え?」
 再度驚いたような顔をしてから、数秒の後に、ナランチャは「うん」と控えめに頷いた。そして少しくすぐったそうな表情を見せる。ジョルノは「それでいい」と頷いた。
「それと、すみませんでした。君が敵の攻撃を受けていることに、気付かなくて」
 ジョルノが深々と頭を下げると、ナランチャは慌てたように両手を顔の前で振った。
「な、なんだよそんなかしこまって……。ジョルノが悪いんじゃあないって! あんなスタンドがいるなんて思ってなかったし……。それに、ミスタなんてもっと気付いてなかったんだぜ?」
 そう言いながら、ナランチャはようやく笑顔を見せた。それは、おそらく彼に一番似合う表情だ。まだ少し先の真夏の太陽を思わせるような、眩しい笑顔。その光を遮るように、ジョルノの頭の中に、“とある考え”がふと浮かんだ。
(もし……)
 光を遮って出来た影は、人の形をしていた。
「ジョルノ?」
 はっと我に返ると、ナランチャの眼に間近から覗き込まれていた。瞳に自分の姿が映っているのが見える。ジョルノは慌てて首を横へ振った。
「すみません。なんでもないです」
「そう?」
「ええ。それより、傷を見せてください。“今度は”手当てさせてくれるでしょう?」
 ジョルノが強調した言葉の意味を考えるような仕草をしてから、ナランチャは「うん」と頷いた。
 大きな傷はすでに塞いだつもりだった。が、残っていた血の汚れを拭き取ると、出血こそ止まってはいるが、まだ痛々しい皮膚の裂け目が姿を見せていた。ジョルノは眉を顰めながら傷口の縁にそっと触れた。
「痛みますか?」
「少し」
 そんな――少し――程度で済む傷ではないだろうに。自分の痛みを我慢して、他人のためにあんなに真剣になれるなんて……。ボートを追って水の中に飛び込んだ時も、彼はそうだった。ボスを倒すために組織を裏切ったジョルノと違い、彼の動機は、トリッシュのことを思ってだった。
 不意に、くすくすと笑う声が聞こえた。ジョルノは思わず、ぽかんとした表情を向けた。
「……ナランチャ?」
「あ、ああ。ごめん」
「どうかしましたか? ……くすぐったかったですか?」
「ううん。むしろ、ジョルノの治療ってかなり痛いぜ。知ってる? もうちょっとなんとかならない?」
「熱したパイプで傷を塞いだり、自分の舌を切ったりは平気なんだから、そのくらい我慢してください」
「ちぇー」
「で? どうしたんです?」
「うん」
 ナランチャは少し間をあけると、
「ジョルノって、少しフーゴに似てるなと思って」
 笑顔のまま答えた。
「元々、喋り方丁寧なとことか、ちょっと似てるなーって思ってたんだ。なんとなく、雰囲気とか? そしたら、言うことまで一緒だったから、なんかおかしくて」
「そう……ですか」
 納得の言葉を口にしながら、ジョルノはぎこちない笑みを浮かべた。心の中では「何故その名前が今ここで出てくるのだ」と思っている。口調が丁寧な人間なんて、いくらでもいるではないか。おそらく、ナランチャはジョルノと同じことを考えていたのだろう。“光”を遮った、その“形”のことを。『もし、先の戦いの場に、フーゴがいたら、あるいはもっと早くナランチャの身に起きている異変に気付けたのではないか』と……。
「あ、似てるって言っても、ジョルノの方が全然優しいけどな」
 笑いながらそう言った声は、ジョルノの耳には半分程度しか入ってこなかった。彼は、先程ナランチャが見せた、驚いたような顔を思い出していた。あれは、そういうことだったのか。「やれば出来るんだ」と励ました言葉は、すでにフーゴのものだったのだ。
 フーゴは仲間を抜けた。もうここにはいない。それでも、完全にいなくなってしまったわけではなかった。
(ナランチャの中に……)
 彼の心の中に、その居場所は失われないまま残っている。傷痕のように。
「ジョールーノー? また固まってる。大丈夫? お前、ちょっと顔色悪くないか? 少し横になってた方が……。ブチャラティ呼んでくる?」
「いいえ。大丈夫です」
 思いの外強い口調で否定すると、ジョルノはスタンド能力でナランチャの首筋にある傷を塞ぐ作業に取り掛かった。痛みに歪む表情とは反対に、傷はあっと言う間に消えていく。
 手を休めることなく、ジョルノは心の中で呟いた。
(ぼくは、フーゴとは違う)
 ジョルノは、フーゴのように傷だらけで帰って来た少年に辛辣な言葉を投げ付けたりはしない。彼を傷付けることもしない。だから、ナランチャも言った。「似ている」と。それは、「違う」とイコールでもある。少し似ているだけ。年齢、性別、背格好、口調。多少の共通点や類似点があるだけで、ジョルノはフーゴにはなれない。
(だからきっと……)
 見えないその傷を、ジョルノは癒すことが出来ない。その役目は、自分にはない。
(眼に見える傷なら、いくらでも塞いでしまえるのに……)
 両手の火傷の痕も綺麗になくしてしまうと、ジョルノは「終わりましたよ」と告げた。外傷は、もうどこにも見えない。
「しばらくは痛むかも知れません。それと、あまり激しく動かないように。傷口が開く可能性があります」
「うん。大丈夫。グラッツェ、ジョルノ」
 ナランチャは笑顔を返した。無理をしているようには見えない。無理をしているという感覚は、おそらく本人にはないのだろう。それでも……。
「ナランチャ」
「ん?」
「……なにかあったら、すぐに言ってくださいね」
 ジョルノには、それだけしか言えなかった。
「大丈夫だって。ジョルノって心配性?」
 傷の具合のことを言っているとでも思ったのだろう。ナランチャは笑った。
 やはり、自分では駄目なのだ。亀の外へ出て行く少年の後姿を見ながら、ジョルノは小さく溜め息を吐いた。
「フーゴ……」
 いない人物の名を呼んでも、当然返事はどこからもない。
(傍にいるわけでも、完全に消えるわけでもないなんて……。罪深い人だ、貴方は)
 今度会ったら、文句のひとつでも浴びせてやらなければ気が済まない。治療済みの自分の傷――ナランチャに付けられた――に触れながら、ジョルノは立ち上がった。亀の外の空を見ながら、癒すことが出来なくても、彼をこれ以上傷付けずにいられる方法が――自分に――あれば良いのにと思った。


2015,04,02


みなと様よりリクエストいただきました、『フーナラ+ジョルノ』!
……のはずが、なんか普通にジョル→ナラっぽく……。
そしてフーゴがいない。
ジョルノとフーナラが一緒にいた期間ってすごく短いですよね。仕方ないですよね。
そして「リクエストありがとうございますうううううううッ!! ひゃっはあ!!」という気持ちなのに、出来上がった作品は思いの外暗くなってしまいました。
でも実は最初はもっとジョルノがフーゴのこと憎たらしく思ってるみたいな話でした。これでも頑張った。
あくまでもナランチャにはフーゴじゃあないと駄目なんだと思いながら見守っている。そんなジョルノが好きです。
そしてジョルノはちょっとフーゴとキャラ被ってる部分がある気がしてなりません。
完全にジョルノに頭脳派キャラのポジション取られたよなぁ……と……。
別にその所為でフーゴが消えたんだとか思っていませんし、ジョルノはジョルノで大好きですが。
そしてそして、スクティツ戦にフーゴがいたら、もっと早くナランチャ変だなって気付いてくれてたとわたしは信じる!
もがいてるナランチャの手を取って「どうしたの? いつもの君と様子が違う」って言ってくれると信じてる!!
ご期待に沿えたかどうか非常に不安ではありますが、みなとさん、リクエストくださいましてほんっとうにありがとうございました!!
泪ちょちょぎれんばかりに嬉しいです。
この喜びを忘れずに、今後も励んでいきたいと思います!
<利鳴>

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