フーナラ 全年齢


  “心”をこめて


 季節は廻り、事務所の壁にかけられているカレンダーは5月へとページを変えた。間もなくその最初の1週間も終わりを迎えようという頃から、フーゴにはずっと考えていることがあった。仕事も手につかないほど……とまではいかずとも、思考を休める暇が出来れば、必ずと言って良いほど“それ”は彼の頭の中に浮かんでくる。だが「悩んでいる」という表現は、今の彼には似つかわしくない。「どうしようか」と考えている時の表情は穏やかで、時折笑みさえ浮かんでいる。それを眼にしたジョルノに、指摘されるほどに。
「最近、なんだか楽しそうですね」
「あ……」
 くすりと笑いながら言われて、慌てて「サボっているわけでは」と弁解する。だがジョルノに咎めるつもりはないようで、にこやかに「何かいいことでもありましたか?」と尋ねられた。
「……実は」
 フーゴは少し照れたような顔をしながら答えた。
「もうすぐ、ナランチャの誕生日なんです」
 そんな理由で浮かれているのかと思われるのが気恥ずかしくて、視線を逸らせたために、ジョルノがどんなリアクションをとったのかはフーゴには見えなかった。しかし彼は、馬鹿にすることなく「そうなんですか」と口調を変えずに言った。
「何か贈ろうと思うんだけどどんな物がいいか考え中で……、ですか?」
 どうやら全部バレているらしい。君には敵わないと溜め息を吐くように笑いながら肩を竦めた。
 ジョルノも机の上にペンを置き、休憩の姿勢を取った。どうやら、フーゴの話に付き合ってくれるつもりらしい。
「貴方があげた物なら、どんな物でも喜ぶと思いますけど?」
「からかわないでください」
 少し赤くなった顔でそう言いながらも、フーゴは「本当にそうだったら嬉しいな」と思った。少し幼さの残るナランチャの顔が笑顔に変わる。その様子を想像するだけで、彼の心は温かくなる。この数日間は、ずっとそれが楽しくて仕方がなかった。しかしまさか他人の眼にも明らかなほどににやけていたとは……。が、バレてしまったものは仕方がない。むしろこの状況を逆に利用してやれと、フーゴはジョルノの方へ身を乗り出した。
「ジョルノは、どんな物をもらったら嬉しいですか?」
「好きな人がくれた物ならなんでも。……というの以外の意見を求められているんでしょうね。この場合」
 ジョルノは少し首を傾げた。
「これまでにはどんな物を?」
 そう尋ねられて、フーゴは自分の“にやけた”顔が消えてゆくのを自覚した。
「去年は……何も出来なかったんです。なんて言うか、その時はまだ、勇気が出なくて。何も渡せていないんです。だから今年こそはという思いもあるんです」
「なるほど」
 ジョルノは唇の下に手をあてて、考え込むような顔をした。ナランチャがどんな物を好んでいたか、思い浮かべようとしているのだろう。しかし、ジョルノとナランチャの付き合いは、彼が組織に入ってからの極短い間しかなかったことを、フーゴは思い出していた。それでも“友達付き合い”というものをほとんど知らずに幼少期を過ごしてきてしまった彼には、一般的な意見でも、もらえるものは有難い。
「少し高めのチョコレートとか」
「それはジョルノの好みではなくて?」
「彼だって食べてたじゃあないですか、チョコ。ぼくの好みであることは否定しませんが」
「じゃあ来年の君の誕生日プレゼントは、それで」
「名案です。あ、あと、何か音楽を聴いていたこともありましたね」
「ああ、じゃあ、音楽CD?」
「そういう手もありますね」
「散らかりそうな物はまずいですよね」
「そうですね」
「本なんて絶対喜ばないし」
「ですね」
 それからまたしばらく考えて、ジョルノは「子供の頃に友達らしい友達なんていなかったからなぁ」と呟いた。おや、どうやら自分と大差ないらしいぞ。これでは「一般的な意見」も危ういだろうか。そんなことを思いながら、フーゴは少し笑った。
 いっそのこと本人にずばり「何が欲しい?」と聞いてしまえれば一番早い。が、そんなことは、ナランチャと出会って最初の彼の誕生日に、出来るものならとっくにやっている。友人同士ならそのくらいどうということはないのだろうが、残念ながら、フーゴがナランチャに寄せる想いは、その時点ですでに“友人”に対する好意のレベルを超えてしまっていた。フーゴの頭の中では誕生日に何が欲しいか聞く→誕生日を祝いたい→貴方が好きだから。まで一気に話が加速して、そんなことは伝えられるはずがなかった。冷静になったのはナランチャの誕生日――結局他の仲間達と一緒に無難に祝った――から、1週間が経ってからだった。今となっては、それも良い思い出だが、……と、彼は思おうと努力している。
「ベタですが」
 と前置きをして、ジョルノはフーゴの眼を見た。
「花、とか」
「花か……」
「正直、何の役にも立たない物ですが……」
 そう言いながら、ジョルノは自分の机の上に置かれた花瓶に活けてある1輪の薔薇の花に視線を移した。4月の某日にここへ持ってこられたその花は、元は大きな花束であったものを、流石に全部は嵩張るが1輪だけならとジョルノ本人が言って、ひと月以上経った今も残してある物だ。ゴールドエクスペリエンスの能力で枯れないように保っているそれを、ジョルノが時折愛しむような眼で眺めていることをフーゴは知っていた――ついでにそれを誰が持ってきたのかも――。
「役に立たない物だからこそ、受け取った側が抱く感謝の気持ちは“その人がくれた”という事実にだけ生じます。贈る側も、純粋に気持ちだけを込められる。ぼくはそう思います」
 今度は、ジョルノが照れ臭いような顔をする。彼は、フーゴがその薔薇の贈り主を知っているということを、知っているのだろうか。ふとそんなことを思ったが、あえて「それ、ミスタからもらったんだろ」と指摘するのはやめておいた。それこそ無駄なことだし、せっかく意見をくれた者へ対する礼が、そんな言葉ではあんまりだ。
「いいかも知れませんね」
 フーゴはふっと笑った。
「それなら、受け取ってもらえそうな気がする」
 自分が花束を抱えているところなんてのは、想像してみるとそれこそ恥ずかしさを感じずにはいられないが、無邪気な笑顔の眩しさには、色鮮やかな花弁が良く似合いそうだ。
「きっと似合いますね」
 ジョルノがそう言った。きっと彼も同じことを思ったのだろう。そう思ってその顔に眼をやったのに、ジョルノの視線は、真っ直ぐにフーゴの方へ向いていた。まるで、今のセリフの主語が、その視線の先にあるとでも言うかのように。
 どうも先程からからかわれているような気がしてならない。照れを隠すように、フーゴは自嘲気味に笑って言った。
「例えば、黄色いチューリップとか?」
 ジョルノはわずかに眉間に皺を寄せた。流石ジョルノ、博学だな。と、フーゴは内心呟いた。加えて、優しい。
「ぼくが貴方なら、ピンクのカーネーションを選ぶかな」
「ピンクのカーネーション?」
 今度はフーゴが表情を歪めた。レースを重ねたようなその花――しかもピンク――が、活発な少年のイメージとあまり重ならなかったのが理由だ。それなら、チューリップの方が、まだ似合いそうではないか。その花弁の中に隠れた言葉は別として。
 するとジョルノは、フーゴがそんなことを考えているのはお見通しだと言うような顔で、付け加えた。
「花言葉は、『I'll never forget you.』」
 わざわざ英語で言ったのは、国によってその内容がことなることがあるためだろう。それを自国の言葉に直すのは容易かった。
「ぼくの能力で作ってあげましょうか? 本でもCDでも、何からでも作れますよ」
 まだ「それにする」とも言っていないのに、ジョルノはそう申し出てきた。やはり、フーゴの胸中はお見通しであるらしい。
 しかしフーゴはそれを丁重に断った。「それではジョルノからのプレゼントになってしまうから」と言って。ジョルノは「それもそうですね」と頷いた。
「でも、ありがとうございます。君に意見を聞いて良かった。ぼく1人では、なかなか決められなくて……」
 周囲から「頭がいい」と言われているフーゴも、こういったことは実は苦手だった。難しい方程式はすぐに解ける。“答え”が存在しないものの方が、彼にとってはずっと難問なのだ。
「どういたしまして」
 ジョルノはにこりと微笑んだ。
「……なんだか、貴方と話していると……」
「はい?」
 フーゴが首を傾げると、しかしジョルノは軽く頭を振った。
「いえ、なんでもありません」
 その微笑みは、何故か「大丈夫」と言っているように見えた。

 それから数日後、フーゴは花屋へと足を運んだ。最初は仕事が終わってからのつもりをしていたが、ジョルノが半日の休みをくれた。他の仲間達の不思議そうな視線から逃れて、目的の物を無事に入手する。少しキザかなと思いながらも、購入した花の数は、ナランチャの年齢と同じだけだ。いよいよ可愛らしくなりすぎると躊躇ったが、結局店員の勧めを断り切れずにオレンジ色のリボンでラッピングまでしてもらった。会計を済ませると、彼はそのまま真っ直ぐに“ナランチャの許”へと向かった。
 道中、誰とも会わなかったのは幸いだった。うっかりラッピング済みの花束を抱えている姿なんて見られたら恥ずかしくて仕方がないというのはもちろんだが、「どこへ行くのか」と尋ねられ、正直に「ナランチャのところへ」なんて返せば、「せっかくだから一緒に行こう」なんて言われてしまうかも知れない。そうなってしまえば、「2人きりにしてほしい」とは、やはり恥ずかしくて言えない。あるいは、「ナランチャのところへ」と答えた直後に、「お前頭は大丈夫か」と怪訝な顔をする者もあるだろう。
(ああ、あの時ジョルノが言いかけたのは、そういうことか)
 フーゴの振る舞いがあまりにも以前と変わらないので、少し心配になった。そんなところだったのだろう。「信用されていない」と思うよりは、「ジョルノも心配性だな」とでも思っておくことにする。
 そんなことを考えている間に、フーゴは墓地の敷地内に足を踏み入れていた。去年はまだ大切なものを失ったことによる哀しみに向き合うことが出来なかったために参ることが叶わなかった場所へ、今年は意外なほどすんなり立ち入ることが出来た。が、その哀しみを忘れて――手放して――しまったわけではない。逃げ出したわけでもない。その逆だ。彼はもう、それを自分の一部として受け入れる覚悟を決めたのだ。その死から、眼を背けることは決してしない。
「ぼくは、貴方を忘れない」
 大切な者の名が刻まれた石碑の前に跪き、ピンク色のカーネーションと、その花に込められた言葉を供えた。
「19歳の誕生日おめでとう、ナランチャ」


2015,05,20


ナランチャ死亡後の最初の誕生日って、あの戦いから2ヶ月も経っていないタイミングなんですよね。
流石にそんなに早くは笑顔でお墓参りなんて出来そうにないかなと思って、翌年の設定にしました。
ナランチャ生存パラレルじゃあなくてすみません。
他の作品で普通にナランチャ誕生日おめでとーしてるフーゴ書いているのがありますが、それとは別の世界ってことでお願いします。
そっちだけパラレルですみません。
あとイタリア語の花言葉が分からなくて英語になっちゃってごめんなさい。
ジョル→ナラルートだとジョルノはフーゴと対立している感じになってしまうけど、
ミスジョルルートに入っている時のジョルノは友好的であるようです(笑)。
<利鳴>

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