フーナラ R18


  君が触れた心全部が


 辛うじて触れるだけのような口付けを落とす。わずかな痕も残してしまわないように、注意を払いながら、そんな控えめな接触にも、その細い体は小さく反応を示す。それを楽しむように、フーゴは何度も繰り返し唇を捧げる。
 最初は右手の指の関節、手の甲、手首と上っていって、腕を経由し、肩から鎖骨の辺りへ。最も反応が大きい箇所を探すように、何度も位置を変える。首筋から、小さな声でフーゴの名を呼ぶ唇へ。両の腕が伸びてきて、フーゴの肩を掴む。しかしその手は彼を引き剥がそうとはしなかった。
 唇を離し、その代わりのように視線を合わせる。大きな瞳は泪の膜で濡れており、そこに自分の姿が映っているのが見えた。
 額に口付け、再び首筋へ。今度はそこから下へと移動してゆく。首から胸部へ、胸部から腹部へ。肩を掴む手に、力が込められた。少し伸びた爪が食い込む。
「ナランチャ、痛いです」
 そう言ったフーゴの声は、少し笑いを含んでいた。自覚はある。彼は、この状況を大いに楽しんでいる。初めての行為ではないのに――何度目になっても――、ナランチャの反応は初々しい。それが妙に楽しく、そして嬉しく思えて仕方がない。
 唇で触れるのと同時に、腰から脚へと右手を滑らせた。太股の内側に触れた時、ナランチャは小さな悲鳴のような声を上げた。
「ひゃうっ……」
 その声が、その表情が、全てが愛おしく思え、フーゴは頬を緩めずにはいられなかった。
 「可愛い」と言うと、ナランチャは怒る――少なくとも表面上は――。決まって言うのが「オレの方が年上なんだぞ」というセリフだ。だからそれは心の中だけで言うにとどめ、代わりに違う言葉を紡ぐ。
「感じてる?」
「ちがっ……」
 せっかくセリフを変えたのに、結局ナランチャは怒ったような顔をした。睨むような眼は、しかしわずかに滲んだ泪でキラキラと綺麗だ。
「くすぐったかっただけだっ」
 意地を張る子供のようだ。だが子供が持ち得ない“色”もそこには確かに存在している。
「一説によると」
 「何?」と言うようにナランチャは眉をひそめる。それは、フーゴが彼の肌に触れるのを中断したことに対する抗議の表情にも見えた。それに応えるように、脇腹の辺り――先程見付けた特に大きな反応がある箇所のひとつ――に指先を這わせる。ナランチャの肩はびくんと跳ねた。
「一説によると、触ってくすぐったい場所は全部性感帯」
「なっ……、なんだよそれっ」
 ナランチャの顔は耳まで真っ赤になった。
(ああそうだ、そこを忘れてた)
 フーゴは身を乗り出して、ナランチャの耳元にふうと息を吹きかけた。
「ひゃん……ッ」
 甲高い声に、フーゴはくすくすと笑った。
「そんなのっ、耳とか、脇腹とかっ、誰だってくすぐったいだろッ」
 追撃を防ぐように耳を押えながら、ナランチャは迫力不足な――むしろ余計にからかいたくなってくる――睨み付けを続ける。その呼吸が先程までよりも荒くなっていることに、本人は気付いていないらしい。
 フーゴは肩を竦めてみせた。
「そうでもないですよ」
 体を起こしてナランチャから離れ、涼しい顔をしてみせた。
「そりゃあ多少はくすぐったくはあるでしょうが、君ほど大袈裟じゃあない」
「ええーっ?」
 ナランチャは不満そうな顔をした。
「うそだぁ」
「試す?」
「……うん」
 フーゴが無抵抗であることを示すように両手を軽く広げてみせると、起き上がったナランチャはその脇腹をくすぐりに掛かった。
 やはり全くくすぐったくないということはない。が、やはりナランチャが見せるそれとはだいぶ違う。
「平気です」
「えーっ、なんでぇ?」
 ナランチャはすっかり膨れっ面だ。さっきはあんなに可愛かったのに。
(いや、これはこれで可愛いけど)
 しかし機嫌は直してもらわなくては。ここで「お預け」を食らっては、たまったものではない。
「怒らないで、ナランチャ。謝りますから」
「……別にいーけどぉー」
 そう言いながらも、その頬はまだ丸く膨れている。
「きっと感覚が鋭いんですね」
 そう言い代えると、悪い気はしなかったようで、ナランチャの頬の膨らみはおさまったどころか、代わりに得意げな笑みがそこに浮かんだ。実に単純だ。
(可愛い)
 顔を近付けると、ナランチャは目を閉じた。それは、気が変わってしまってはいないサインだ。今度の口付けは、先程のそれより長く続いた。
「じゃあ、どこがいいのか、ちゃんと教えてくださいね?」
 瞳を覗き込みながら言うと、ナランチャは再び頬と耳を赤く染めながら、小さく頷いた。
 フーゴは先程と同じ位置に指を置いた。同じ反応に、喜びに似た感情を引き出される。場所を変えながら、愛撫と口付けを続けた。
「どこ?」
 ナランチャの耳元に囁く。
「どこがいいの?」
「んっ……、分かん、ないっ。フーゴが触るとこ、全部……、ヘンになる……」
 フーゴは「ああ」と溜め息を吐いた。
(君は本当に可愛い)
 ぎゅうと抱き締めると、伸びた腕がしがみ付くように抱き返してきた。
「フーゴ……っ」
「はい」
 「もう無理」と言って、泣くかなとフーゴは思った。ナランチャは、そんな表情をしていた。彼がそう言い出したら、果たして自分はそれを聞き入れることが出来るだろうか。……難しいかも知れない。無理強いをして、彼を傷付けるようなことはしたくないが……。
 だがナランチャは、なかなか次の言葉を発しようとしない。逡巡するかのように、大きな瞳が逸らされた。かと思うと、再び視線がぶつかり合う。そして、
「好き」
 何度も聞いたことのある言葉に、フーゴは鳥肌に似た感覚を味わった。いや、そんな表面上の変化ではない。もっと内側、もっと奥の、胸の中心。その部分が、くすぐったい。その感覚に耐えるように、ゆっくりと息を吐いた。そして、何度も言ったことのある言葉を口にする。
「ぼくもです」


2018,06,19


ただイチャイチャしているフーナラが書きたかった。
そういう時ってあるよね。
でもこれ本番までは書けてないな(書き終わってから気付いた)。
R18? R15? と悩みましたが、細かく分類してたらわけ分かんなくなるので、潔くR18表記とさせていただきました。
<利鳴>

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