ミスジョル 全年齢


  ネアポリスの休日


 今日の日付の新聞を畳みながら、ジョルノ・ジョバァーナは溜め息を吐いた。
「なんてことだ……」
 窓から差し込む真昼まであとわずかという時間の日差しは天候の良さも手伝ってまぶしい。きっと今日は屋外をのんびりと散歩するにはちょうど良いに違いない。ところが、ジョルノの表情はそんな陽気とは真逆で、明らかに曇っている。それを見るグイード・ミスタが、露骨に訝しげな顔をしているほどだ。
「うっかりしていた。ぼくとしたことが……。まさかこの日を忘れていただなんて……」
「ジョルノ……?」
「くだらない会合なんかが続いたばっかりに……。くそっ。やっぱりあんな条例、なんとしてでも叩き潰しておくんだった」
「……なんかあったか?」
「いっそ今からでも……、組織の力を持ってすれば……。いや、リスクが大きい。それにあちらの言い分も的外れではないだけにやりにくい」
「おーい、ジョルノさぁーん?」
 ぶつぶつと呟くばかりで反応を見せないジョルノに痺れを切らしたのか、ミスタは椅子から立ち上がって近付いてきた。
「何怖い顔してるんだよ。爆破テロでも起こすつもりか」
 かけられた言葉に、ジョルノは顔を上げてミスタを睨んだ。
「物騒なことを言うのはやめてください。ぼく等はそんな連中とは違う」
「分かってるって。じょーだんだよ」
 それならますます質が悪い。
「ちょっと考え事をしていただけです」
 ジョルノは過去形の言葉を用いたが、その思考は相変わらず同じところに留まっている。
「……条例その物を覆すんじゃあなくても、短時間だけなら……。広場……いや、その周辺もか」
 また始まったよと呆れたように溜め息を吐くミスタの顔を、ジョルノは今一度真っ直ぐに見据えた。
「ミスタ」
「お、おう」
 ジョルノの意を決したような視線と口調に、ミスタが一瞬狼狽えたような表情を見せる。
「ローマの中心街エリアを、“人払い”することは可能ですか」
「は?」
「費用は惜しまないとしたら、どのくらいかかります?」
「おいおい、ちょっと待て」
 ミスタは慌てたように両手を顔の前に伸ばした。
「ほんとになんかやらかす気かよっ」
「別に危険なことをしようとしているわけではありません」
「じゃあなんでわざわざ人を遠ざける必要がある? ローマ中心街一帯なんて、そんな広範囲で。それは組織の活動に重要なことなのかっ?」
 その質問に、ジョルノは視線を逸らせた。彼に対して、嘘は吐きたくない。
「いえ……、どちらかというと、個人的な都合です」
 ジョルノは素直に答えた。
「はあ? ますます分かんねー」
「やってみたい……と思っていたことがあるんです。子供の頃から、ずっと……」
「それが条例に引っかかるって? なんだよその条例って。新聞になんか出てんのか? それ貸せよ」
「嫌です」
 ミスタが手を伸ばそうとした新聞を、ジョルノはスタンド能力で全長30センチほどのトカゲの姿に変えてしまった。それはたちまち2本足で走り出し、換気のためにわずかに開けてあったドアの向こうへ姿を消した。
「うおっ!? なんだよ今のッ!?」
「グリーンバシリスクです。コスタリカ等に生息するトカゲで、ごらんの通り、動きがとても素早い。二足歩行が可能で、短距離であれば水面も沈まずに走れます。今のはまだ子供ですが、大人になれば70センチくらいにまで成長するかな」
「きめぇ! どーすんだよあんなの放って!」
「毒は持ってませんよ。その内戻ってくるでしょ」
「戻ってくんのかよ! なおさらきめぇ!!」
「ドアは閉めないでくださいね」
 ジョルノはやれやれというように息を吐いた。
「別に、とんでもない悪事を子供の頃から企んでいたとか、そういうことではありません。新しい条例が出来て、実現不可能になってしまったというだけで。今でも、罰せられる覚悟があれば強行は出来なくはない。ただ、あの辺りは観光客も多いし、人に見られるのはマナーの観点からも良くないというだけで……」
 今度はミスタがジョルノを真似るように溜め息を吐いた。
「それが分かっててなんでそんな無茶を言うかな。諦めろ。小学生の子供じゃあないんだから。大人になるってことはな、諦めを覚えるってことでもあるんだぜ。そもそもそれで組織を動かそうっていうのは、公私混同ってもんだぜ」
「そう……、ですね」
 ジョルノとて、本気でそんなことを考えていたわけではない――はずだ――。ただその条例が適応される前なら……と思っていたにも拘わらず、それを逃してしまった自分が腹立たしいだけだ。つまりこれは八つ当たりのようなもの。そんなことで組織の力を使えば、身勝手な主張を暴力という形で示す輩達と大差ないということも充分承知している。
「何をそんなにやりたかったって言うんだ?」
「言いません」
「なんで」
「笑うから」
 聞けばきっと笑うだろう。すでに子供じゃあないのにと言われてしまっているくらいだ。
「笑われるようなことがしたかったのか」
「ええ」
「笑われるって分かってても?」
「はい」
 ジョルノはわずかに言葉を切った。そして続ける。
「それも、貴方と」
 ミスタは瞬きを繰り返した。
「オレと?」
「はい」
「オレにも笑われるようなことしろって?」
「ええ」
 ジョルノはその瞳をミスタへと真っ直ぐに向け、そのまま首を傾げる。
「駄目、ですか?」
「その顔は反則すれすれだな」
「顔?」
「でも無理なんだろ? じゃあ諦めるしかねーじゃあねーか。説明すらしてくれないっつーなら、オレに言えるのはそれだけだぜ」
「ええ。もう諦めます」
 「無理だ」とはっきり言われることによって、諦めがついたような気がする。そう思うことにしよう。ミスタに言われたのであれば、納得出来る――ということにしよう。無理矢理にでも――。だというのに、ミスタは幾度目かの溜め息を吐いた。
「そんなにしょげるな」
 そんなにしょげて見えたのだろうか。
「よし、分かった」
 ミスタは薄く開いたドアを指差しながら言った。
「今から半日休みにしようぜ。そんで、おれがなんか奢ってやるよ」
 そんなことで機嫌を良くすると思われたのだろうか。子供騙しだとでも返してやろうかと思ったが、子供染みたワガママを口にしたのは自分の方だ。それに、向けられた笑顔の眩しさに負けて、もういいやと思ってしまった。しかも、ミスタはすっかりその気であるようだ。それなら素直に奢られてやってもいいだろう。
「今日ちょっと暑いし、冷たい物がいいな。よし決めた。ジェラートにしよう」
 その言葉を聞いて、ジョルノは思わず目を見開いていた。それはミスタにしっかり見られていたらしい。
「なんだよその顔」
 ジョルノにつられたのか、ミスタまでびっくりしたような顔をしているのは、第三者が見ていたらなかなか愉快な光景だっただろう。
「……どうしてジェラートなんです?」
「暑いから」
 ミスタはこともなげに答えた。それから不思議そうな顔をする。
「さっきそう言っただろ?」
「それだけですか?」
「他になんかあるか?」
「いえ……」
 ジョルノはミスタの目をじっと見た。そこから読み取れるものは、何もなかった。こちらばかりが一方的に思考を読まれているということは、果たしてありえるだろうか。
「行かねーの?」
 ジョルノはふっと息を吐いて笑った。
「……まあ、ローマじゃあなくてもいいか」
「なにが?」
「いいえ。なんでも」


2019,09,21


スペイン広場って今は飲食禁止なんですよね。
だからローマの休日ごっこは出来ないんだよね。って話。
問題は5部当時はその条例まだなかったことw
あと実はローマの休日見たことないです。
<利鳴>

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