ナンバー5&ナランチャ フーナラ要素あり 全年齢


  passeggiata


 それは、ナランチャが届け物の任務を済ませ、アジトへと戻ろうとしている時だった。
「きゃああッ!!」
 耳に届いたのは若い女の悲鳴だったが、反射的に振り返ったナランチャの視界に飛び込んでくるように現れたのは、男の姿だった。年の頃は、20代半ばといったところだろうか。白髪に近いほどまでに脱色した髪で、上下とも黒っぽい服を着ている。耳が千切れるのではないかと思うほど大量のピアスをしていて、人を見掛けで判断するなと言われそうなのを承知の上で言わせてもらうなら、いかにも小悪党といった風貌だ。両腕に抱えるようにして持っているハンドバッグはどう見ても女物のデザインで、はっきり言って浮いている。これはもしかして……と思っていると、悲鳴の主と思われる女が走ってくるのが見えた。
「誰かッ、捕まえて! ひったくりよ!!」
「やっぱりか!」
 走り去ろうとしている男も、それを指差して声を上げている女も、どちらも知り合いでもなんでもない相手だ。それでもナランチャは駆け出していた。自分だってギャングの一員である以上は、まっとうな人間であるとは言い難い。それでも、その男がいかにも自分より弱い女を狙ったのであろうことが気に入らなかった。理由はそれで充分だった。
「待ちやがれッ!!」
 男の身長はやや高く、その分ナランチャよりも歩幅が広い。それでも、足の速さはナランチャの方が幾分上であった。これなら追い付ける。そう思った直後、男の背後の空間が歪むような錯覚があった。いや、違う。錯覚ではない。あれは……、
「スタンド!?」
 男の姿と重なるように現れたのは、スタンドのヴィジョンだった。駆け込んだ裏路地の薄暗さの所為もあるかも知れないが、動物のような姿をしているそれは、影を重ねて濃くしたような黒色をして見える。本体である男の肩に捕まってこちらを振り向いた目――何故か3つもある――が、ぎらりと光った。
「スタンド使いか!」
 それならば容赦しない。
「エアロスミス!!」
 ナランチャの呼び掛けに応えて、飛行機の形をしたスタンド、エアロスミスが現れる。男は足を止めようとしなかったが、背中に張り付いている黒いスタンドは威嚇するような声を上げた。長い舌が鞭のように伸びるのを、ナランチャは咄嗟に後ろへと跳んでかわした。その隙に、男はさらに細い道へと入り込む。
「逃がすか!」
 ナランチャは路地の先へとエアロスミスを廻り込ませた。狙うのは、まずは足だ。それで大人しくなるようであれば追撃は必要ない。……そのつもりだった。
「行け! エアロスミス!」
 銃撃の指示を出した直後、ナランチャの意思に反し、実態を持たないがゆえに風や地形の影響を一切受けないはずの機体が、ぐらりと大きく傾いた。
「なにっ……!?」
 その時ナランチャは、初めて自分のスタンドの“異変”に気付いた。離れた位置を飛ぶそれを、肉眼で見ることは出来ない。だが感覚で分かる。
(オレのエアロスミスに、何かくっ付いてやがる……!)
 その所為でバランスを崩した。
(やつのスタンド能力か……!?)
 弾はすでに撃った後だ。それは、狙ったはずの足ではなく、男の左肩の辺りに直撃した。
「ぎゃァッ!?」
 悲鳴を上げて男が倒れる。ナランチャはすぐさま駆け寄り、胸倉の辺りを掴んで上体を引き上げた。男はかすかに呻き声を上げる。生きている。弾丸は心臓にはあたっていないようだ。出血はあるが、まともな手当てを受ければ命に関わることはないだろう。
 男のスタンドは消えていた。意識より先に戦意を失ったようだ。だがナランチャのエアロスミスには、まだ“何か”がくっ付いている。
「テメェー! なにもんだ!? こいつの仲間かッ!?」
「ウワァ! チョ、チョット待ってクレヨ! オレダヨ! オレ!」
 スタンド相手に生身で殴り掛かれるわけがないのを承知の上で振り上げた握り拳に、“それ”はきっちり反応を示した。殴られるのを恐れるように小さな手を顔の前に翳し、甲高い声を上げた“それ”に、ナランチャは見覚えがある。
「お前……、ミスタの!」
 それは、仲間のひとりであるグイード・ミスタのスタンド、セックス・ピストルズだった。ナランチャはその小さなスタンドが本体とは別の意思を持っているかのように勝手に喋ったり、本体から離れて自由に行動しているのを何度か見たことがある。ただし、全部で6体であるはずのそれは、今は1体しかいないようだ。額に『5』という数字が見える。ミスタが『ナンバー5』と呼んでいる1体であるようだ。
「お前、こんなとこで何を……」
 ナランチャの声を遮るように、足音が近付いてきた。振り向くと、さっきの女が駆け寄ってきていた。
「ああ、バッグの持ち主か。忘れてた」
「忘レルカァ? 普通ゥ……」
「うるせぇ!」
 ナランチャは地面に落ちていたバッグを拾い上げて、その女に手渡した。
「ほら、気を付けろよ。この辺結構ブッソーだからさ」
「あ、ありがとうございますっ」
「礼はいいよ。それよりあんた、ケータイ持ってる? 警察か救急車呼んでおいてくんない? で、場所だけ伝えてあんたも逃げなよ。メンドーなことになるだろうからさ」
 それだけ言うと、ナランチャは女の返事も聞かずにその場を離れた。ナンバー5も、空中を飛んでついてくる。
「お前何してんだよ、こんなとこで。オレに用? 近くにミスタいんのか?」
「イヤ、ソノォ……」
 ナンバー5は人間と同じように……とは言い難いが、バツが悪そうに表情を歪めた。しばらくの間口の中で何やらもごもごと言っているようだったが、やがて、「帰りたくなくて」という言葉が辛うじて聞き取れた。
「もしかして、家出ぇ?」
「ダッテナンバー3ガ……!」
 ビンゴだったようだ。そういえば、ピストルズ同士で何やらもめているのも見たことがある。一応6体でひとつの能力ということになってはいるが、その意思はばらばらに存在しているようだ。なんだか複雑なスタンドだ。ナランチャはやれやれと溜め息を吐いた。
「スタンドが家出するなんて聞いたことないぜ」
 エアロスミスにくっ付いていたのは、ひとりでいるのが心細かったからだろうか――それなら家出なんてしなければ良いのに――。確かに、サイズ感だけで言えば、――他のスタンドよりは――ナランチャのそれはピストルズと近いかも知れないが……。
(オレのスミスを巻き込まないで欲しいなぁ……)
 ナランチャは再び息を吐いた。
「とにかく、エアロスミスにくっ付いてんのは困るぜ。バランスが崩れて、コントロール出来なくなる。ただでさえ命中率高くないとか言われてんのに……」
 残念ながらそれは事実だ。だからこそ困る。しかしナンバー5は、それを聞いて表情を明るくさせた。
「ダッタラ、オレがコントロールしてヤルヨ! オレノ能力ハ弾丸操作ダ!」
 はしゃいだような口調で言うその顔は小さな子供のようにも見え、無下に断ることは躊躇われた。おそらく、スタンドが本体からずっと離れたままでいることは出来ないだろう。ナンバー5もそのことには気付いているに違いない――だからこそ連れ戻すようにとミスタに連絡するかも知れないナランチャのところなんかに平気でいる――。つまりこの“家出”は、ほんの一時の気晴らしでしかない。それだったら、少しくらい付き合ってやろうか。なによりも、本当に弾丸の命中率を上げられるのだとしたら、――やはり一時のことと分かってはいても――ちょっと試してみるのは悪くない。
「いつもの銃じゃあなくても出来るのか?」
「勿論ダゼ!」
 ナランチャとナンバー5はアジトの前まで戻ってきていた。このまま中へ入って行ったら、ナンバー5は強制的にミスタの許へ帰されることになってしまうかも知れない。彼の気が晴れるまで、もう少し外にいてやることにしよう――どうせ急ぎの予定はないし――。
「それじゃあ……」
 ナランチャは視線を巡らせ、建物にぎりぎり触れるか否かのところに生えている木を指差した。
「あの木、狙えるか? あの枝の辺り」
「簡単ダゼ!」
「よーし、じゃあやってみろ」
 ナランチャは自身のスタンドを出現させ、空中で静止させた。ナンバー5が近付いていき、しばし周囲を飛び廻る。コックピットを覗き込むと、中の人影が軽く手を上げるような仕草をした――ように見えた――。ナンバー5は何かに納得したようにうんうんと頷くと、機体の下部にある銃口へと潜り込んで行った――銃の種類に合わせてなのか、体の大きさが変化したように見えた――。
「大丈夫か?」
「勿論!」
「よーし、じゃあいくぜ!」
「OK!」
 ナランチャはエアロスミスに指示を与え、一気に加速させた。ナンバー5は、降り落されることなくちゃんとしがみ付いているようだ。空中で大きく旋回させてみる。やはり少し操縦し辛く感じた。集中力を欠くと、あらぬ方向へ飛んで行ってしまいそうだ。この状態で本当に狙撃なんて出来るのか……。そう思いながらも、彼は次の指示を出した。
「撃て! エアロスミス!」
「オリャアァー!」
 放った弾丸の1発が、件の木目掛けて一直線に飛んでいくのが見えた。予想に反して、狙いは完璧だ。思わず拳を握った、その直後、着弾と同時に、耳を劈くような爆音が響いた。
「うわっ!?」
 無数の木片が爆風に乗って舞い上がる。ナランチャは3階建ての建物と同じ程度の高さを有していた木の幹に抉ったような大穴が空き、そこから真っ二つに折れて倒れてゆくのを粉塵の向こうに見た。
「……え?」
「……エ?」
 ナランチャのみならず、ナンバー5まで呆気に取られたような顔をしている――もしかしたらエアロスミスのパイロットすら同じだったかも知れない――。
 なんなんだよこの威力は! そう言おうとした言葉をかき消すように、頭上の窓が開く音がした。そこから顔を出したのは、ブチャラティとアバッキオだった。彼等は、そこにあるはずの景色が変わっていることにすぐに気付いたらしい。
「なんだ今の音は!?」
「見ろ! 木が!」
「おいナランチャ! 今のテメーかッ!?」
「うわっ、やばいッ」
「逃ゲヨウ!」
「賛成!」
 善良な一般市民なら腰を抜かして動けなくなってしまいそうなほどの険相が睨んでいるのを背中で感じながら、ナランチャはその場を走り去った。

「なんだったんだよさっきのはッ!」
 ひとまず大きな通りまで出てきたナランチャは、並走するように飛んでいるナンバー5に食って掛かった。スタンドのヴィジョンを見ることが出来ぬ者に目撃されたら、完全に独り言を言っている不審人物だろうとは思いつつも、そうせずにはいられなかった――幸い注視してくる者は誰もいなかった。電話を掛けているとでも思われたのかも知れない――。ナンバー5は、最初に見た時と同じように、バツが悪そうな顔をしている。
「エアロスミスハ弾丸もスタンドナンダッテコト、スッカリ忘れテタゼ。スタンドノパワーガ重ナッテ、アンナ威力にナッタンダ、タブン」
「あぶねーよ!」
 あれでは味方を巻き込みかねない。元より威力の加減等が出来るタイプの能力ではないが、ナランチャの認識を超えるほどの力はどの範囲まで配慮すれば良いのかすら分からなくて困る。
「それに1発だけ強くてもなぁ……」
 バランスが悪くて却って使い勝手が良くないと言えるだろう。
「イツモハ6人ダカラ……」
 ミスタの拳銃と違い、エアロスミスは弾切れの心配がない。ゆえに、攻撃は基本的には連続で行う――それを躊躇う必要はない――。その内の6発だけ威力が増してもそれはそれで微妙に思えるが、しょんぼりと下を向いてしまったナンバー5の顔を見て、ナランチャはとりあえず黙っておくことにした。その代わりのように、こっそりと小さな溜め息を吐いた。
「オレは今のままでいいからさ、お前もう帰れよ」
 出来るだけ突き放しているようには聞こえないようにと、優しい口調で言ったつもりであったが、
「イヤダー! 帰ラナイ!!」
 ナンバー5は空中で手足をばたばたと振った。完全に子供の我儘だ。急にミスタが子育てに奮闘する若いお父さんのように思えてきた。だとしたら、今頃育児もせずにどこで何をしているんだか……。
「ったく……」
 いっそのこと放って行ってしまおうかとも思った。だが、ナンバー5をひとりにしておいて、敵――組織に敵意を持つ者等――のスタンド使いにでも見付かったりしたら、きっと――ミスタが――マズイ。それに、今帰るとナランチャも先程の件でブチャラティに怒られるかも知れない。いや、ブチャラティなら事情を話せばそれで終わりそうだが、アバッキオには殴られるかも知れない。彼等は通行人や近隣の住人達にどんな言い訳をしているのだろう……。
(帰るのはもう少し経ってからの方がいいかも知れないな……)
 その言い訳にするためにも、
「仕方ねーな。もう少し付き合ってやるよ」
「ホントカっ!? グラッツェ!!」
「少しだけだからな」
「ウン!」
 「お前の好きなところに行けよ、ついてってやるから」と言うと、ナンバー5はきょろきょろと辺りを見廻しながらゆっくりと飛んだ。「好きなところ」と言われても、スタンドがウインドウショッピング等出来るはずもない。結局2人はぶらぶらと周囲を散歩することにした。流石にリードに繋いではいないが、まるで犬の散歩だ。「スタンドの家出」もそうだが、「スタンドを散歩に連れて行く」なんてことも、初めての体験だ。
 ナンバー5は最初に見た時と比べるとずいぶんと穏やかな表情をしていた。普段は弾丸に乗ってあっと言う間に視界の外へと流れていってしまう景色を、ゆっくりと眺められる機会を楽しんでいるのかも知れない。
 そうやって過ごした時間は、小一時間といったところだろうか。しばらくするとナンバー5が「疲れた」と言い出した。ナランチャにはちょっとした散歩でしかなくても、ナンバー5の体の大きさで考えると、結構な距離を移動したことになるのかも知れない。あるいは、長く本体から離れていることでエネルギーが不足している可能性もある。
 ナランチャは近くにあったベンチにナンバー5を残し、バールへ飲み物を買いに行った。あの小さな体でどのくらいの量を飲めるのかは全く想像も付かないが――そもそもスタンドが飲食を必要とするなんて話は、ピストルズの他には聞いたこともない――、自分も飲みたかったのでオレンジジュースを2つ。ベンチへ戻ると、やはりひとりでいることに不慣れなのか、彼は落ち着かない様子で周囲を見ていた。
「帰りたいなら帰っていいんだぜ。つーか、オレも夕方には戻んなきゃなんないんだけど? それ飲み終わったら帰れば?」
 ナンバー5にとっては太過ぎるくらいのストローを大口を開けて銜えたまま、彼は「うー」と唸った。そろそろ気は晴れたかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。そういえば、そもそもの家出の理由を、ナランチャは詳しく聞いていない。確か、「ナンバー3が」と言っていたが、それだけだ。
「今頃ミスタ困ってんじゃないのぉ? スタンド1体いなくてさぁ」
 もしも今正に敵にでも遭遇していたら、スタンドが完全な状態ではないミスタは果たして無事切り抜けることが出来るだろうか。それが出来る程度の敵ならば良いが、そうでなければ……。
 もっとも、本体がピンチになれば、そのことはナンバー5にもすぐに分かるのだろう。本体とスタンドは見えない何かで繋がっていることがほとんどだ――稀に例外も存在するらしいが――。ミスタも、おそらくピストルズが一体いなくなっている状況には、とっくに気付いているに違いない。自分のスタンドなのだから、本気で探そうと思えばすぐに見付けられるだろう。いや、強制的に戻すことも出来るかも知れない。にも拘らずそうしていないということは、
(ミスタがそれを許してる……?)
 しばらく好きにさせておいて良いということか――ついでにピンチにもなっていないということなのだろう――。
(スタンドにも気分転換ってやつが必要なのかな)
 「お前は?」と心の中でエアロスミスに問い掛けてみるが、コックピットの中の人物からは何も返ってこない。何も言わないということは、きっと不満はないということなのだろうと、ポジティブに考えることにする。
(ミスタのスタンドはフクザツだなぁ)
 本人はわりと単純そうに見えるというのに。
(そもそも、自分のスタンド同士が喧嘩するってどういうことなんだろう……)
 どちらも自分であるはずなのだが……。
「っていうか、なんで喧嘩したわけ? その、ナンバー3……だっけ?」
 そう尋ねてみると、ナンバー5は憤慨したような顔をした。
「喧嘩ジャアナイッ。オレハ何もシテナイのに、ナンバー3ガイジワルシテクルンダ!」
「ふーん。何もしてないのにか。それはヒドイな」
「ソウ! アイツはキョーボーナンダ!」
「お前もナンバー3も、どっちもミスタなのにな」
 だが、
「あー……、でも、『自分のここが嫌い』、みたいなのはあるかぁ」
 ぽつりと独り言のようにつぶやいたのに対し、ナンバー5は首を傾げた。
「ナランチャ、自分ガ嫌イナノカ?」
「え? あ、いや、嫌いとまではいかなくてもさ、なんであの時もっと上手くやれなかったんだろーとか、他のやつならもっと簡単に出来たのかなーとか。そういうのってあるだろ」
 ナランチャは、分かり易く言うと昔の自分があまり好きではない。過去と直面することは、出来れば避けてしまいたいことだ。その他にも、「もっとこうあれたら……」と思うことは多々ある。「それも含めて自分なのだ」と思えるようになったのは、仲間がいてくれたおかげだ。つまり、認めてれる誰かがいるだけで、悩みなんて消えてしまう。後はその仲間達への感謝のつもりで、もっと自身を成長させていけばいいのだ。きっと。
 ナランチャはうんうんと頷くと、声のトーンを高くして言った。
「でもさ、お前頑張ってると思うぜ!」
「……ソウカナ?」
「そうだって! 例えば、えーっと、ほら、そうだ、さっきの銃撃とか! ひとりでもちゃんと狙えて、パワーもあって、すげーじゃん! あとは……、えーっと……他にもなんかあるってきっと!」
 わたわたと言い繕おうとしているナランチャを見ていたナンバー5は、突然ぷっと噴き出した。そしてミスタがよくそうしているように、ぎゃははと声を上げて笑い出した。
「イインダゼ、無理シナクテモ」
「よく考えたらさ、あんまり知らねーんだよお前のこと」
「アンマリ喋ル機会ナイモンナ」
「そもそもスタンドが自由に喋るってどういうことなわけ?」
「オレニモヨク分カラナイ」
「変なやつだな、ミスタって」
 ナランチャは「とにかくさ!」と再び口調を変える。
「いっそのこと、やり返してみたら?」
「エ?」
「そのナンバー3にさ。うるせー、馬鹿にすんじゃねーって、殴り返してやれよ!」
 拳を作って素振りをして見せると、ナンバー5は少々自信なさげに、しかしなるほどと頷いた。
「同じスタンドなんだから、お前にも同じだけの力があるって、きっと」
 先程の無理矢理探し出した言葉よりも、今度のそれの方がしっかりとナンバー5に届いたようだ。彼は表情を笑顔に変えて、「ウン」と改めて頷いた。
「よし、それじゃあ……」
 そろそろ帰ろう。そう提案しようとしたナランチャの耳に、甲高い声が飛び込んできた。
「コラァッ!! ナンバー5ゥ!!」
 ぎょっとして声のした方を振り向くと、ナンバー5とよく似た姿をした小さなスタンドが飛んでくるのが見えた。額には、『3』と書かれている。その表情は、怒りに歪んでいる。
「ゲッ、ナンバー3!」
 ナンバー3は、止める間もなくナンバー5に殴り掛かった。ナランチャにとっては子供に殴られたのよりもまだ軽い衝撃でしかないだろうが、ナンバー5には自分と同じ体格の者からのパンチだ。おそらくなかなかの威力であっただろう。
「痛ダァ!?」
「オ前ェェッ! 皆ニ心配掛ケテ!!」
「チョッ、痛イ! 痛イッテバ!」
「コノヤロウ! コノヤロオォ!!」
「おーい、その辺にしておけよー」
 その場にそぐわない呑気な口調で言いながら現れたのは、ピストルズの本体であるグイード・ミスタであった。自分のスタンドが自分のスタンドを殴りまくっている――「やり返せ」というアドバイスは、残念ながら活きていないようだ――というのに、彼は至って平然としている。スタンドが受けたダメージが本体へと伝わったりはしていないのだろうか。それとも、自分同士だから平気なのか……。改めて、よく分からないスタンドだ。
「ミスタ! お前今までどこで何してたんだよっ」
 殴り掛かることは流石にしないが、ナランチャもミスタに食って掛かった。「ナンバー5が……」と状況を伝えようとすると、ミスタは分かってるというように手をひらひらと振った。
「よおナランチャ。お前がナンバー5のこと見ててくれたんだって?」
 やはり自分のスタンドがどういう状況であるのかは把握していたようだ。ならば、これまでのことをわざわざ説明する必要はないだろう。ナランチャがやるべきなのは、せいぜい飲み物代を請求することくらいだろうか。
「あいつ等本当に仲悪いんだな」
 ついには他のピストルズ達まで集まってきて、「反省しろよ」だの、「単独行動は危ないだろ」だの、「そのくらいでいいだろ」だのと言い出したのを眺めながら、ナランチャは溜め息を吐くように言った。だがミスタはというと、相変わらず何事もないかのような顔をしている。これが彼にとっての日常なのだろうか。
「あれ、ほっといていいのか?」
 ナンバー5はぴーぴーと泣いているようだ。
「いいのいいの。いつものことだから」
「ほんとかよぉ……」
 ミスタがいいと言うなら、いいのだろう。たぶん。
「んじゃ、オレはそろそろ行くから」
「仕事?」
「そ。だから迎えに来たってわけだ」
「なるほど」
 つまり、仕事の予定が入っていなければ、まだ放っておくつもりだったのだろうか。
「お前も戻れよ」
「うん」
 ミスタの言う通り、ナランチャもそろそろアジトに戻って次の仕事の準備をしなければいけない時間だ。
 ミスタは「じゃあな」と手を振ると、ピストルズ達に向かって声を上げた。
「おーい、お前等! そろそろ行くぞ! 仕事だぞー!」
「ハァーイ!」
「ナンバー5ハイツモノ倍働ケヨ!」
「ソンナァ……」
「ヨーシ、行クゾー!」
「オー!」
 6体のスタンドは、速度をそろえるように固まって飛んで行った。それを見送ってから、ナランチャも歩き出す。
(ミスタがいいならいいんだよな、たぶん)

 ミスタは真っ直ぐ仕事の現場へと向かったようだ。ナランチャはひとりでアジトへと戻った。
 途中、エアロスミスを呼び出して、「お前はなんか言いたいことあるか?」と改めて尋ねてみたが、今度も反応はなかった。その代わりのように、レーダーに二酸化炭素の……つまり、人が近付いてくる反応が現れた。
「ナランチャ!」
 険しい表情で飛び出してきたのは、仲間のひとり、パンナコッタ・フーゴだった。その顔は、お世辞にも穏やかであるとは言い難い。
「あの木! お前がやったんだろ!」
 しまった。帰ったら怒られるということを、すっかり忘れていた。しかもブチャラティでもアバッキオでもなく、フーゴに先に見付かるとは……。下手に口答えをすると、殴られる可能性が高い。ナランチャはすぐに謝ることにした。
「ご、ごめん。ちょっとケーサン外のことがあって……」
「計算ン? 君がぁ?」
 フーゴは思いっ切り顔をしかめたが、速攻の謝罪は功を奏したらしい。彼は、やれやれと溜め息を吐いた後は、手を上げようとはしなかった――代わりに完全に睨まれたが――。
「敵でもいたんですか?」
「ううん。違う」
「ならいいけど……。まったく、皆に心配掛けて……」
 そのセリフは、少し前に聞いたばかりのものと同じだった。フーゴのそれよりも甲高い、人ではない者の声で。
「……あ」
 今目の前にいる人物と、ナンバー3の表情がダブって見えた気がした。
 沸点の低いフーゴは、口より先に手が出ることも珍しくはない。だが、常にそうあるわけではないことを、ナランチャはちゃんと知っている。そして、彼が怒る理由も。
 2つの声が頭の中で反響する。『皆に心配掛けて』……。
(少し、似てるかも)
 フーゴと“誰か”、そして、自分と“別の誰か”が。
(あ、似てるって言っても、オレは泣かないけどな!)
 気付けばナランチャはフーゴの顔をじっと見ていた。それに気付いたフーゴが、怪訝そうな表情をする。
「……なに?」
「ううん、なんでもない」
「……怪我してないでしょうね?」
「それも大丈夫」
 きっとどこか負傷していたら、文句を言いながらもフーゴは手当てをしてくれたのだろう。彼に優しい一面があることを、ナランチャはちゃんと知っている。だから、もしかしたらナンバー5とナンバー3も……。
(ってことは、やっぱり少しくらいやり返してもいい気がするなぁ)
 ナランチャは数日前に自分が付けた傷がフーゴのこめかみの辺りにまだ薄く残っているのを見ながらそう思った。今度はその視線に気付いた様子はなく、フーゴはまた溜め息を吐いている。
「あの木がないと日光がもろに入ってくるんだよなぁ……」
「新しく植えたら?」
「伸びるのにどれだけ掛かると思ってるんですか」
「えー。あ、じゃあさ、植物を早く成長させるスタンド使いとか、そういうのがいたらいいよなっ」
「そんな都合のいいスタンド使い、簡単に見付かるわけないでしょ」
「えー、そうかなぁ」
「とりあえずそろそろ次の仕事に行かないと」
「あれ、オレ、フーゴと一緒?」
「そうですけど。不満でも?」
「ううん」
 ナランチャはフーゴの手を引いた。
「早く行こ!」
 ナランチャは無自覚の内に微笑んでいた。それにつられたように、フーゴも溜め息混じりの笑みを浮かべる。きっとピストルズ達にも、そんな顔をしていることがあるのだろう。またナンバー5と会って、そんな様子を聞いてみるのも良いかも知れない。ナンバー5は不満を口にしながらも、ナンバー3の良いところを教えてくれるに違いない。


2020,05,30


くじ引きで引いたキャラ2人をメインに小説1本書こうぜの企画!
ミスタとナランチャを引いたのに、ミスタじゃあなくてピストルズになってしまいました。ミスタの出番少ないw
<利鳴>

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