ミスジョル 全年齢


  Mid Night Driving


 時計の針は間もなく2本とも文字盤の真上を指そうとしていた。隣人の部屋から聞こえてきていたギターの音は、いつの間にか止んでいたようだ。ようやく得られた静けさを楽しむように、ミスタはソファに寝そべって、雑誌を広げていた。
「ミスタ」
 声を掛けると、その視線はすぐにこちらを向いた。シャワーを済ませてきたばかりであるはずなのにまた服を着ているジョルノを見て、しかし彼が怪訝そうな顔をすることはなかった。
「車を出してもらえませんか」
 ジョルノがそう言うと、ミスタは読み掛けの雑誌を躊躇うことなく閉じ、まるで、何を言われるのか予め分かっていたかのように「OK、ボス」と返した。「今から?」と尋ねることもなく、理由も、行き先も聞かず、ただ従順な部下のような振る舞いで――実際に彼はジョルノの部下なのだが――。
 数分もしない内に、アパートの正面に最近購入したばかりの車が移動されてきた。運転席には、もちろんミスタの姿。車より先にもっといい――隣からなかなか上達しないギターの演奏が聞こえてこない――部屋に引っ越したらどうかという提案は、そう言えば結局聞き入れられなかったなと思いながら、ジョルノはいつものように助手席に乗り込んだ。
 少し前に一度、「普通は後部座席に座るもんじゃあないのか」と言われたことがあった。確かに、ギャングのボスが部下の運転で移動するなら、その方が相応しいのだろう。濃い色のスモークを貼った後部座席にいれば、敵意を向けてくる相手に狙撃される危険性も少ないだろう。だがジョルノは、首を横へ振った。
「まだそんなに顔が知られてないから大丈夫ですよ。わざわざ自分から主張でもしない限り、ただの学生にしか見えません」
 そんな理由を上げると、ミスタは「お前がいいならいいけど」と一応は納得したようだった。
 確かに、今はその通りだろう。組織の人間でも、まだジョルノの名前と顔の両方を知る者は多くはいない。だがいずれは、その言い訳も通用しなくなってくるだろう。だからなおさら、今はこの位置にいたいと思うのかも知れない。
「“ここ”はぼくの“特等席”ですから」
「特等席?」
 その時のジョルノは、鸚鵡返しに言うミスタに「“助手席からの眺め”が好きなんです」、そう答えた。ミスタは、そんなに違いはないと思うけどと首を傾げていたが、それが大いに違うのだ。後部座席からは、運転席の横顔が見られない。
「行き先は?」
 ミスタはエンジンをかけてからようやく尋ねた。
「そうですね、じゃあ、とりあえず真っ直ぐ」
 目的地なんてものは、実はなかった。早い話、ただのドライブのようなものだ。こんな真夜中に。それでもミスタは嫌な顔ひとつしない。若干16歳のギャングスターには、不意の気晴らしが必要なのだろうとでも考えているのか、あるいは、真昼間から人気の多いショッピングモールに丸腰で行きたいと言われるよりはずっといいとでも思っているのかも知れない。
 ミスタの運転で、車は夜の町を走り出した。
 “気晴らし”に付き合うつもりなのか、ミスタは他愛ない話題で車内が沈黙することを阻止している。雑誌で読んだ下らない内容の記事、テレビの嘘臭い映像、仕事の合間に聞きかじった程度の噂話。どれも陳腐で、聞いていて面白いとも思えなかった。が、それをさも面白いことであるかのように語るミスタの表情は、嫌いではない。だから無駄口を叩かずに運転に集中しろとは言わない。
(……でも)
 本当はもっと“違う言葉”を聞きたい。そう思っている自分に、ジョルノは気付いていた。
 ハンドルを操作する横顔をそっと見る。前方にある交差点を行き交う車の流れを見ているミスタは、ジョルノの視線には気付いていないようだ。運転に集中しているようではあるが、手以上に口がよく動いている。どこかおどけたような態度。彼の場合、それが平常だ。なんと表現したら良いだろう。『余裕』だろうか。彼には常に――命を賭けた戦いの最中等は除いて――ある種の余裕が感じられる。ジョルノには、それが時々、面白くない。不意をついたつもりでも、先程のようにあっさりと応じられてしまう。
(きっとぼくだけだ)
 彼の仕草や表情に、いちいち目を奪われてしまうのも。飄々とした態度に、やきもきしてしまうのも。おそらくジョルノだけ。ミスタは至って平常だ。
 ジョルノは、ミスタのそういうところが面白くない。が、同時に好きだ。しかしいつまで“このまま”でいるつもりだ? そろそろ“なにか”あっても良いのではないか? ここ数日、気付くとそんなことばかり考えていた。昨日――さっき日付が変わったから、もう『昨日』だ――のように、ミスタの部屋に泊まりに行っても特に“なにも”起こらない。食事は大抵外で済ませて、テレビで映画を見て、どうでも良いようなこと、もしくは“仕事”に関わることを話して、シャワーを借りて、ベッドも借りて寝る――ミスタはソファで寝るか、ジョルノが眠ってからふらっとどこかへ出掛けて行っているようだ。その翌朝は、少しアルコールのにおいがする――。それだけ。学生寮での生活は窮屈だから、それこそ気晴らしに来ているのだろうと、その程度にしか思われていないようだ。
(子供だと思われてるんだろうか)
 まあ、実際そうなのだが。
(でも、もうアルコールは解禁だ)
 運転免許はまだ取れないが。
 斜め前を走っていた車が、ウインカーも出さずに車線を変更しようとした。免許を持っていなくても分かる。あれは交通違反だろう。だがこの辺りのドライバーの中では、然程珍しいタイプではない。
「おっと、危ねぇ」
 そう言いはしたが、即座にハンドルを操作して避けるミスタの口元には、相変わらず余裕の笑みが浮かんでいる。どうしたらその表情を崩してやれるだろうか。常時彼のズボンのベルトに突っ込まれている拳銃を勝手に抜き取って、窓の外に向けて発砲でもしたら――それも4発だけ――、流石に余裕でなんていられないだろうか。
(まあ、やりませんけど)
 今のところは想像するだけに留めておこう。まだ。
 ミスタは他の車がいない車線へ入った。このまま進むと、大きな道路に出る。
「いっそ思い切ってローマ辺りまで飛ばすか」
「今からですか」
 現在の時刻は午前0時過ぎ。今からローマを目指すと、到着は2時半といったところか。そんな時間に行って何をする気だ。明日仕事があることは彼も知っているはずなのに。酒を飲むだけなら、わざわざそんなところまで行く必要はない。ガソリンが勿体無い。本気なんだか、冗談なんだか、読み切ることが出来ない。
(まあ、ぼくも本心は話してませんけど)
 だからおあいこか。
 本当は、ただのドライブがしたかったのではない。最も重要な要素、それは、運転席に座っているこの男だ。それさえ満たされていれば、ドライブである必要もなかったのかも知れない。
 ふと動かした視線が、ミラーに映った自分の姿を捉えた。その目は、何かを企んでいるように見えた。
(何をする気ですか?)
 鏡の中の自分が、「分かってるくせに」と笑う。
(ええ、そうですね。でも、今は駄目です)
 何しろ運転中なのだから。ハンドル操作を誤られては困る。
(この先の信号が、赤になったら……)
 なったら……。
 ジョルノはミスタの唇に目をやった。彼の話はいつの間にかミラノに出来た新しいレストランについてになっていた。おいおい、さっきはローマまでと言っていたじゃあないか。更に先まで行くつもりか。到着する頃にはすっかり朝だぞ。と言うか、流石にひとりでそんなに長く運転させられない。
 それを阻止するためにも、
(あの唇、とりあえず黙らせてみようか)
 信号が赤になって、車が止まったら。もっと厳密に言うなら、赤になった信号が、再び青になる直前に。そしたらミスタは、驚愕していようがなんだろうが、前を見て車を発進させないわけにはいかないから。
(……よし)
 そのタイミングを待ちながら、ジョルノは指先で自分の唇に触れた。


2017,11,23


夢見る少女じゃいられないがわたしの中でミスジョルソングです。
なので、夢見る少女じゃいられないと呼びたくて仕方ないです(笑)。
しかし選曲が古くて最近の人は知らない恐れが……。
でも曲が出たのと5部が連載されていたのは、同じ頃ですよ。
曲名をまんまタイトルにするのも芸がないかと思って悩んでいたら、セツさんが名付け親になってくれました。
心から感謝ァッ!!
完全にお互いのことを知り尽くしているカップルも好きですが、カップル一歩手前のもどかしい関係も好きで設定をひとつに絞ることが出来ません。
<利鳴>

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