ミスジョル 全年齢


  not either PRINCE or PRINCESS


 ざっと見廻した室内に、集められたメンバーは凡そ20人。そのほとんどが緊張したような表情をしているが、無理もないだろう。数時間後には敵のアジトへの突入が予定されている。もちろん負けるつもりでいる者は皆無だろうが、かと言って腑抜けた顔をしていられるわけもない。ボスからの直接の指令であるとなれば、なおさらだ。今回の敵はかなり大きな組織で、構成員の数も多いと聞いている。こちらは半数以上をスタンド使いで固めた少数精鋭で一気に攻め落とす作戦だ。
(いや、20人は充分大所帯か?)
 グイード・ミスタが誰にともなく首を傾げていると、開け放たれたままのドアからジョルノ・ジョバァーナが現れた。その場にいる全員の目が、堂々とした足取りで奥へと進んで行く彼の姿を追う。陽光を反射して光る金色の髪の束は、出会った頃よりも少し長くなったようだ。身長も……、まあ少しは伸びているかも知れない。それでも細身なその体は、充分小柄な部類に入るだろう。だがそのことは、ともすると意識の外へと追いやられがちだ。図体のわりに態度がでかい……という意味ではなく。そう、言うなればオーラだ。彼は10代の少年とは思えないほどのオーラを纏っている。ボスとしての威厳は充分だ。彼へ向けられる視線のいくつかは――あるいは大部分、もしくは全てが――、憧憬や畏敬のそれだとみて間違いないだろう。見るだけなら良い。許そう。その種の感情を抱えたまま、ただ見ているだけなら。
 ジョルノの後ろには、有能秘書の如くパンナコッタ・フーゴが控えていた。彼がドアを閉めると、その音を合図にしたように、辺りをより強い緊張感が支配する。そんな空気の中、ミスタは腕を組みながらドアの近くの壁に凭れかかった。他の者がそんな態度でいればたちまち咎められただろうが、ミスタは「ミスタだから」という理由で何も言われないでいる。
 ジョルノが口を開き、明瞭な声で告げた。
「今回の作戦について説明します。メモは禁止。録画、録音も禁止。全て頭に入れるように。何かあった時にカバー出来るように、自分以外の配置と動きも把握しておいてください」
 なかなかにスパルタだ。が、文句を言う者はいない。
「複数のグループに分かれます。正面入り口、裏口、それと上空から突入するグループ。加えてそれぞれの後方支援担当。正面突破のメンバーは――」
 次々と名前が上げられ、説明はどんどん進んで行く。基本は近距離型のスタンドを使える者は前線の配置で、遠距離攻撃が出来る者はやや後方の配置となっているようだ。しかし、一部には例外も存在している。
「フーゴは車輌に残って出入り口の監視および緊急時の連絡係を。敵の殲滅を確認後速やかに撤退するので、いつでも出せるようにスタンバイしていてください」
「了解です」
 フーゴのスタンドは強力ではあるが、はっきり言って味方にとっても危険だ。単独での戦闘ならまだしも、複数人で動く時には後方支援の方が向いている。それは今更説明する必要もない。異論を口にする者も、やはりいないようだ。
 個々の能力を把握していなければ、このような作戦は立てられないだろう。それをジョルノは、何の資料もなしにやってのけている。人員のデータも何もかも、全て頭の中に入っているようだ。彼はまだ学生の年齢だが、歴史上の人物名や数学の公式を覚えるのとどちらが簡単だと言うだろうか。
 説明は続いて、そして終わった。
「では何か質問は……」
 ジョルノが言い終わるより早く、ミスタは無言で手を挙げた。
 ミスタには、ジョルノの目がこちらへ向いたという確信があった。が、その視線はふいっと逸らされた。妙な間の後に、ジョルノは再び口を開く。
「……何もなければ、全員準備を」
(無視しやがった)
 その場にいる何人かはミスタの挙手に気付いていたようで、おいおいと言いたげな顔はいくつもあった。が、ボスへ向かって直接のツッコミを入れる勇気は誰も持ち合わせていないらしい。あるいは、この後の展開がすでに予測出来ていて、邪魔しないようにと気を使ったのか。末端の部下達のみならず、フーゴまでもが少し呆れたような表情を見せただけで立ち去ったので、そちらの説の方が有力かも知れない。
 室内にはミスタとジョルノだけが取り残された。ミスタは左手を垂直に上げたまま、一音ずつ区切るように言った。
「し、つ、も、ん」
 流石に今度は無視し切れなかったらしい。ジョルノは溜め息を吐いてから、「どうぞ」と面倒臭そうに言った。
「まず、ボス自ら最前線ってのは、正直どうなんだ?」
 そう尋ねると、ジョルノの表情に安堵の色が浮かんだのは気の所為か。先程の様子が嘘のように、彼は淀みなく答えた。
「事前調査の結果、敵にも数名のスタンド使いがいることが分かっています」
「だなぁ」
「ただしその能力まではまだ明らかになっていません」
「ああ」
「敵がどんな攻撃をしてくるかが分からない以上、ある程度の負傷は想定すべきです」
「うんうん」
「それなら、治療が出来るぼくがいなくては、対処が間に合わない可能性がある」
「……まあ、その通りだな」
 正論である。それ以上に、彼が安全なところから指揮を執るだけの戦い方を望んでいないことは、すでに充分承知している。
「ま、お前の実力なら、そうそうピンチにはならねーか」
「ええ」
 ジョルノは自信たっぷりの笑みを見せながら頷いた。
「だから、こっからが本題な」
 向けられた微笑みが引き攣った。
 ミスタはゆっくりと歩き出し、ジョルノの正面へと移動した。ジョルノは何も言わない。すでに廊下へと出て出動の準備を始めている部下達――同一グループ内での最終打ち合わせをしているようだ――の声だけがしばし聞こえる。
 ジョルノの目が退路を探すようにわずかに動いた。が、出入り口に近付くにはミスタの横を通り抜けなければならない。
「さっきの説明、オレの配置だけ妙に後ろなんですけどねぇ、ボス?」
 ジョルノが告げた作戦によれば、ミスタが所属するグループは最後尾に限りなく近い。
「どう考えたっておかしいだろ。お前、オレの銃が何だか知ってる? ライフルじゃあないぜ。そんな遠くから狙撃出来ると思ってんのか?」
 他の者達も気付いていたはずだ。そこからではミスタは攻撃出来ないのではないか? と。
 ミスタはやれやれと溜め息を吐いてみせた。
「オレには任せられないってか? 信用ねぇなぁ」
「……そうじゃあない」
「へぇ?」
 ミスタが眉をひそめると、ジョルノは無言で手を伸ばし、ミスタの肩に触れてきた。衣服で隠れて見えないが、そこにはほんの数日前にジョルノが治療したばかりの傷が残っている。敵の能力との相性が悪く、先手を取られた結果だった――もちろん、その後できっちり倒したが――。
 血まみれで帰ってきたミスタを見て、ジョルノの顔ははっきりと蒼褪めていた――「お前って血を見ると貧血起こすタイプ?」とおどけてみせたが、その場にいたフーゴも他の部下達も、誰も笑わなかった――。
 肩に触れていた手が、そのままミスタの背中へと伸びて抱き付いてきた。
「ミスタ……、ぼくは、貴方に傍にいてほしいんです」
「矛盾してねーか? オレとお前の配置、めちゃくちゃ離れてるぜ。いや、今はゼロ距離だけどよ」
「だから、失いたくない」
 ミスタの言葉はまたしても無視されたようだ。だが彼が考えていることは分かる。彼等が仲間を失ってから、流れた月日は決して長くはない。その戦いの中で、ミスタも何度も死にかけた。
(つまり、死んではいない)
 そう。ミスタは生きている。ジョルノを残して死ぬつもりなど、欠片ほどもない。
「要するに、だ。オレが死ぬかも知れないのは困る。かと言って、他の部下達の手前、『ミスタは今回お休みですぅー』ってわけにもいかねー。仕方ないから、せめて危険の少ない後方に就かせようとした。ってことだな?」
 返事はない。うつむいた表情も見えない。が、ジョルノの答えはイエス――Si――だろう。
「そういうのって職権乱用って言わないか? 他のやつらはどうなってもいいって? 前線に配置された連中が泣くぜ」
「そうとは言っていない」
 今度の返事には音声がついていた。
 ミスタはさらに続ける。
「そう言えばフーゴのやつ、オレ以上に後方じゃあねーか。やっべ、フーゴ愛され過ぎじゃねー?」
「そうとも言っていない」
「でもよぉ、それこそオレも一緒に最前線に置けばよぉ、すぐに治療出来るんじゃあないか?」
「負傷しなければ治療する必要はありません」
「お前の中で、オレの実力ってその程度?」
「…………」
「こらこら。今こそ『言ってない』って言えよ」
 今のはジョルノの本心ではない。その証拠に、ミスタの胸に顔を埋めたままくすりと笑う声が小さく聞こえた。
「お前は気付いてないかも知れねーけど、実はオレ、今まで一度も死んだことないんだぜ。お前、いつからそんなに心配性になった? それとも、お前って白馬の王子様? そんで、オレは王子様に守られるお姫様か? 違うだろ?」
 ミスタはジョルノの肩を掴んで自分の体から引きはがした。碧い瞳にミスタの姿が映り込む。
「オレが王子で、お姫様はお前だろ」
「違います」
「今格好つけたのに!」
 さっきまでめそめそしてた人間とは思えないほどの即答だった。現にもうジョルノは少しもめそめそしてなんかいない。それどころか笑っている。「やれやれ、仕方ないですね」とでも言うように。とは言えこれは想定内だ。
「じゃ、ダブル王子でいきますか」
 そう言ってミスタが片目を瞑ってみせると、
「ミスタが王子ぃ?」
「え、そっちも駄目?」
 こちらは少し想定外。自分のペースに乗せることに成功したと思ったのに、いつの間にか覆されてしまったようだ。 
「プリンスでもプリンセスでもなく、ぼく達はギャングスターです」
 そこにはすでに、堂々とした“オーラ”が戻ってきていた。それで良い。それでこそジョルノだ。
「んじゃ、舞踏会よりも相応しい場所まで、行くとしますか」
 ミスタが差し出した手の平に、ジョルノも手を重ねてきた。
 廊下ではフーゴが「全員戻れ。配置に変更あり」と叫んでいる。やはりほとんどの者はこうなることを予測していたようで、やれやれと溜め息を吐くのがそう離れていない場所からいくつも聞こえてきた。


2024,03,17


似たような話書いたことがある気もするけどまだ書きたかったので書きました。
そしてミスジョルに振り廻されるフーゴ(と部下達)も大好きなので、こちらも何度でも書きます。
<利鳴>

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