ジョルナラ 全年齢


  In the dormitory


 目を覚ましたナランチャは、見知らぬ部屋にいた。
「……おお?」
 起き上がって初めて、見知らぬベッドで眠っていたことを知る。
「え? なんだここ?」
 その疑問に答えてくれそうな人間を探すも、目の届く範囲には誰の姿もなかった。
「えーっと……」
 部屋の中には、ナランチャが眠っていたベッドと、机と椅子、収納棚以外の家具は置かれていないようだ。特別広いということはないが、物が少ない――それでいて片付いている――ためにずいぶんとさっぱりした印象を受ける。窓からは充分な量の光が降り注いできていて、ナランチャは「結構快適そうな部屋だな」と呑気なことを思った。見知らぬ空間ではあるが、不思議と嫌な感じはしない。
「オレ、何してたんだっけ」
 首を斜めに傾けながら、記憶を手繰り寄せる。すると、チームのリーダーに命じられて、ジョルノと2人で任務についていたことを思い出せた。その内容も、大まかにではあるが覚えている――細部に関してはジョルノに任せていたので、最初から記憶していない――。
(確かターゲットを見付けて、戦闘になって……)
 相手を見事戦闘不能へと追い込んだ。だがその直後に、背後から強い衝撃を受けたような……。
「うーん、思い出せない」
 が、たぶん、攻撃されたのだろう。それで気を失ったのだろうか。そう思ってみれば、右の二の腕辺りに痛みがある。目をやれば、そこには真っ白な包帯が巻かれていた。
 恐る恐る腕を持ち上げてみると、強烈な痛みが走り、思わず呻き声が出はしたが、ちゃんと動く。手当をしてくれたのは、一緒にいたはずの――今は姿が見えない――ジョルノだろうか――覚えのある痛みから、きっとそうだと判断した――。
「ジョルノ……?」
 呼んでみるも、返事はない。
「探しにいかねーと」
 右腕に体重を掛けないように注意しながら、早速ベッドから降りようとする。
 ベッドの傍には、ナランチャの靴がきちっと揃えて置かれていた。その片方に、二つ折りにされたメモ紙のような物が入っていることに――靴を履いてから――気付いた。取り出して開いてみると、丁寧に書かれた文字が現れた。

ナランチャへ
机の上だと見落とされてしまうかも知れないので、靴の中に入れておくことにしました。これなら、流石に発見してもらえますよね?
昨日、2人で任務についていたことは覚えていますか? その最中に、君は潜んでいたもう1人の敵から攻撃を受け、気を失ってしまいました。
片腕が千切れかけていましたが、なんとか修復出来たと思います。
その時に流れた分の血も補充しておきましたが、フラ付いたりはしてませんか? 大丈夫ですか?
すぐには意識を取り戻さなかったので(体力の消耗もあってそのまま眠ってしまったという方が正確かも知れません)、一番近かったぼくの部屋へ運びました。
本当なら目を覚ますまでついていたかったのですが、どうしても出席しなければならない授業があるので、1時間だけ留守にします。
目が覚めたら、部屋を出ずに待っていてください。
ジョルノ
追伸
ブチャラティへの報告と、敵への報復は、どちらもすでに済んでいます。

 3回読み直してようやく事情を理解した。が、「理解する」のと「思い出す」のとは全く違う。やはりその記憶はナランチャにはなかった。認識する間もないほど鮮やかな不意打ちだったのだろう。
「とにかく、ここはジョルノの部屋なんだな」
 確か彼は、学校の寮に住んでいると言っていた。そう聞かされても全くイメージ出来ずにいたが、こうしてその場所に足を踏み入れた今も、相変わらずぴんとこない。自分の足でやってきたわけではないから、というのもあるだろうが、そもそもナランチャには、学校という場所その物に馴染みがない。
「あと、なんかさらっとこえーこと書いてあったけど……」
 ナランチャは今一度自分の腕へと目をやった。何があったかを知った今、包帯の上からでもその部分に触れてみる勇気はない。ジョルノが傷の手当てが出来るスタンドを持っていて本当に良かった。いや、それだけではない。おそらくジョルノは、ナランチャが気を失った後、ひとりで敵と戦ったのだろう。そして目を覚まさないナランチャを運んで、ここまで連れてきてくれた。そのどれも、スタンドの力を使えば不可能ではないだろうが、口で言うほど簡単なこととも思えない。
「ちゃんと礼言っておかねーと」
 残されていたメモには「1時間で戻る」と書いてあったが、ジョルノがそれを書いた時間がいつなのかは分からない。任務に就いたのが『昨日』で、今はもう窓の外が明るくなっていることから、気を失っていたのが数十分だけということはないだろうとは推測出来るのだが……。
(ちょうど戻ってくるところだったりしねーかな?)
 ナランチャは出口らしきドアを開けてみた。その先には、左右に伸びる廊下があった。一定の間隔で同じようなドアがいくつか見える。この全てが学生が生活する部屋になっているのだろうか。人の気配はない。ジョルノの姿も見えない。まだ授業は終わっていないのか。
 ナランチャはそのまま部屋を出た。待っているようにと書かれていたが、はっきり言って退屈だ。それなら、ジョルノを迎えに行った方が良い。
 といっても、出口がどちらの方向にあるのかも分からない。適当に進んでみた先には同じような景色が続いていた。やっぱりやめておこうかと思っても、先程までいたジョルノの部屋はドアを閉めてしまったために、すでに他との区別がつかなくなっている。
「……もしかして、迷ってるってやつか?」
 さてどうしようかと思っていると、突然後方でドアが開く音がした。誰もいないと思っていたが、そうではなかったらしい。ナランチャは慌てて振り向いた。
「君、誰……?」
 廊下へ出てきたのは学生らしき少年だった。身長はジョルノよりいくらか高いだろうというほどで、喧嘩でもすれば同年代の女にも負けるのではないかと思うほどに痩せている。肌の色が白く、体格と相まってどこか病弱そうな印象だ。声は高過ぎず、低過ぎず。茶色い目が、訝しげにこちらを見ている。
「見掛けない顔だね。ここの生徒じゃあないね?」
 少年はナランチャがよそ者であることを瞬時に見抜いたようだ。同じ建物で生活していれば、顔触れは自然と覚えるものなのだろうか。部屋にいろとジョルノが書き残したのはそのためだったのかも知れない。
 人に見られた時のことは全く考えていなかった――そもそも誰もいないものと思い込んでいた――。おそらくここは、部外者が立ち入ることを許可されていない場所だ。警備員でも呼ばれれば厄介なことになりかねない。事情を説明しても、理解してもらえるとは思い難い。そもそもどこから説明するというのだ。「この学校に通っているジョルノ・ジョバァーナは実はギャングで……」とでも言うのか?
「えーっと、オレはそのぉ……」
 咄嗟のことで反応が遅れたのか、それとも元々呑気な性格なのか、少年に騒ぎ出す様子がない――どちらかというと唖然としている――のは幸いだ。それなら、なんとかして誤魔化してしまうのが得策に違いない。
「オレ、来月転校してくる予定なんだ。それで、見学させてもらってたってわけ」
 咄嗟の嘘のわりには悪くない。ナランチャがそう思っていると、相手は「へぇ」と呟くように言った。
「クラスはもう決まってるの?」
「え? えーっと、それはまだ……」
「そうか」
 少年の目がナランチャの頭からつま先までを何度も往復した。ナランチャにはその視線が真偽を探っているように思えて、なんだか居心地が悪かった。
「君、ひとりなの? 誰か案内してくれる人は?」
 確かに、これから転入してくる予定の者――今はまだただの部外者でしかない――がひとりで自由に歩き廻っているというのは不自然だろう。普通ならきっと、誰かがついて歩くはずだ。
「さっきまでいたんだけど、急な呼び出しがあったとかで、どっか行っちまったんだよ。待ってるようにって言われたんだけど、まあ、暇でさ。つい……」
 後半部分はほぼ事実だ。そのためか、我ながら自然な口調だったと思う。少年も、「そうなんだ」と納得したように頷いた。さらには、
「良かったら、案内してあげようか?」
 少年はそう続けた。
「え、いいのか?」
 断ると不自然に思われそうだ。それよりも、適当に何ヵ所か見てから、「そろそろ時間だから」とでも言って出口へ連れて行ってもらう方が良いに違いない。
「あ、でもお前、授業は?」
「あー、それはまあ、気にしなくて大丈夫」
 少年はそう言うと、さっさと歩き出した。人によっては授業がない時間帯もあるのだろうかと思いながら、ナランチャは彼の後に続いた。
「ここは談話室。各階にあるけど、基本的には自分の部屋があるフロア以外のには行くことはないかな。校舎はもう見た? こっち側の窓からだと、ギリギリ死角になってて見えないんだけど、方角的にはあっちだよ。あ、非常階段はこの先ね。あんまり素行が良くない連中のたまり場になってることがあるから、気を付けて。食堂とシャワー室なんかの共有部はこの建物内にあるけど、フロアは別。そっちは後でまとめて見ることにして……」
 少年は1枚のドアの前で足を止めた。
「各自の部屋も見るだろ? 流石に他人の部屋へ勝手に入るわけにはいかないけど、ぼくの部屋なら見せてあげられるよ」
 すでにジョルノの部屋を見ているのだが、そんなことは知らない少年は「どうぞ」と言いながらそのドアを開けた。
 やはり室内は、ジョルノの部屋と大きな違いはないようだった。ということは、同じ作りの部屋がいくつも並ぶ形で作られているのだろう。ホテルの客室のような感じかと思いながら、ナランチャは室内をぐるりと見廻した。特段変わった物は見当たらないが、キャビネットの上にたくさんの写真が貼られたコルクボードがあるところがジョルノの部屋とは違っていた。
「それは友達と旅行に行った時の写真だよ」
「ふーん。旅行好きなのか?」
 大して興味はないが、この状況下で黙っているわけにもいかないだろう。ボードの前に立って写真を眺めながら適当に返すと、少年が首を横へ振るような気配が背中越しに伝わってきた。
「どっちかと言うと写真好きかな。人でも、動物でも、風景でも、なんでも撮るよ」
「へぇ」
 ということは、ここに貼ってある写真は彼の“作品”なのだろうか。少なくともピンボケや手ブレはしていないようだが、芸術的に見てどうなのかは、ナランチャにはさっぱり分からなかった。本人が言った通り、写っている物は色々だが、しいて言うなら人を写した物が多いようだ。中には被写体がカメラの方を全く向いていない物なんかもあり、あえて自然な様子を撮りたくてそうしたのかも知れないが、これじゃあなんだか隠し撮りみたいだなとナランチャは思った。写っている人物はこれまた区々だが、どこか似たような雰囲気の人間が多いようだ。
「君は? 君は写真には、興味がない?」
「うーん、どうかなぁ。写真って、なんかむずかしそーじゃん? あと、ちゃんとしたカメラってすげぇ高いんだろ? オレにはちょっと無理かなぁ」
 会話を長引かせたくなくて、適当な返事をする。元より期待していなかったのか、相手は落胆した様子もなく続ける。
「そう。じゃあ、写る方は?」
「は?」
 振り向こうとすると、後ろから両肩を抑えられた。振り解けないような力ではなさそうだ。だが触れてきたその手の冷たさに、身震いをした体は一瞬反応が遅れた。
「この包帯、どうしたの? 怪我?」
 少年の片手が右腕の包帯へと移動する。力は加えられていないが、ナランチャが少しでも動けばその手はまだ塞がり切っていない傷口に容易に触れるだろう。
「君、ぼくの写真のモデルになってよ」
 すぐ耳元で囁くように言った声に、ナランチャは嫌悪感を覚えた。よく分からないが、この男の傍には、もういたくない。
「お前何言ってんの? なんでそんな――」
「ぼくが撮りたいからだよ。それ以外に何かある?」
 男はナランチャの言葉を遮るようにきっぱりと言った。
「君さぁ、ぼくの好みなんだよね。嬉しいなぁ。君みたいな子がいるなんて」
(誰が『子』だ、誰がッ)
 オレはお前より――たぶん――年上だぞと食って掛かってやりたいところだったが、出来なかった。男が喋る度に耳に息が触れそうになり、悪寒が走る。それを受けて、ナランチャの頭の中では警告音が鳴り続けている。そういえば、ボードに貼られていた目線が正面を向いていない写真……。それに写っている人物達は、皆どこか、ナランチャに似た雰囲気を持ってはいないだろうか……。
(こいつ、マジの隠し撮りかよ……)
 片腕が使えないとは言っても、スタンド能力を使えばこの状況から逃れるのはおそらく容易い。だがナランチャのスタンドは力の加減が容易に出来るタイプではない。ギャングでもスタンド使いでもない一般人相手にその力を使用したとあれば、後から面倒なことになりかねない。
(くそっ……。どうする……)
 考えあぐねていると、左の肩に触れていた手がするりと脇腹の辺りを撫でた。
「ひぁっ!?」
 くすぐったさに似た――しかしそれよりも遥かに不快な――感触に、ナランチャの肩は小さく跳ねた。
「いいなぁ、この細さ。それに黒髪と包帯のコントラストもすごくいい。撮らせてくれないかなぁ。頼むよぉ。お礼もたくさんするからさぁ……」
「その辺にしておいてもらえますか」
 突然、背後――後ろに立つ男のさらに向こう――で声がした。男が咄嗟に振り向いたために、ナランチャの体に触れていた手が離れた。ナランチャはすぐさま横に動いて、キャビネットと男の間から抜け出た。それと同時に、声を放った人物の姿が見えた。そこにいたのは――
「ジョルノ!」
 ナランチャがその名を呼ぶと、ジョルノは視線をちらりとだけ向けてきた。その目が「少し待っててください」と言ったように思えて、ナランチャは頷きを返す。
「動かないでくださいね」
 その言葉はナランチャに向けられたものではない。ジョルノは右手に小型の拳銃を構えていた。銃口は、真っ直ぐに男へと向いている。
「そ、それはっ……」
 男は視線を一点へと向けたまま後退ろうとした。が、すぐにキャビネットにぶつかって、それ以上動くことが出来なくなる。ガツンと大きな音がして、男は――その音を立てたのは自分だというのに――驚いたように小さく悲鳴を上げた。
「動くなと言っているのに」
 ジョルノはやれやれと言うように溜め息を吐いた。
「ほ、本物なのかっ、そ、それ……ッ」
 男の声は完全に上擦っていた。元々健康的とは言い難い色をした顔が、白を通り越して真っ青になっている。
「モデルガンに見えますか?」
 ジョルノは肩をすくめるような仕草をすると、腕を伸ばし、銃口を男へと近付けた。さらに一歩前へと足を踏み出すと、男は甲高い悲鳴を上げながら弾かれたように駆け出した。
「うわあああああッ!! だ、誰かッ!! 助けてくれぇッ!!」
 男の姿はあっと言う間にいつの間にか開いていた――おそらくジョルノが入ってきた時に音もなく開けたのだろう――ドアから廊下の先へと消えていった。わずかに響いて聞こえていた足音も、すぐに聞こえなくなった。それ切り辺りは静かになる。やはり、他の部屋の住人は皆授業に出ている最中なのだろう。
「ナランチャ、大丈夫ですか?」
 そう尋ねたジョルノは、逆に同じ言葉を尋ね返したくなるほど、不安そうな顔をしていた。親とはぐれて迷子になった子供のようなそれに、ナランチャは思わず笑いそうになったが、なんとか堪えた。
「傷、開いてませんか? 大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫。それより、それ……」
 ナランチャはジョルノの右手へと目をやった。そこにはまだ黒い銃が握られたままだ。
「ああ、これですか」
 ナランチャの視線に気付いてそう言うと、ジョルノはそれを無造作に放り上げて、空中でキャッチした。
「モデルガンです」
「は?」
「結構リアルでしょう?」
「じゃあさっき『モデルガンに見えるか』って聞いたのは……」
 「見える」が正しい答えだったようだ。もしあの男がそう答えていたら、どうするつもりだったのだろうか。
「ミスタやアバッキオならすぐ見破るんでしょうけどね。本物を見たことがない学生なら、あんなもんですよ」
「そうかも知んないけど……」
 おもちゃの鉄砲を構えて堂々と脅していたというのか。度胸があると感心するべきなのか、それとも呆れるべきか……。
「そんなことよりも」
 ジョルノは偽物の銃をズボンのポケットに捩じ込みながら、ギリギリ焦点を合わせることが出来るという距離にまで顔を近付けてきた。咄嗟のことに反応出来ずに硬直してしまうのは今日はこれで2度目だ。ナランチャは碧色の瞳に自分の姿が映り込んでいるのを見た。
「部屋にいろって、言っておいたはずですが?」
(あ、怒ってる)
 ジョルノの目にははっきりと怒りの色が宿っていた。フーゴのようにいきなりキレて殴り掛かってくるようなことはないが、冷静さを保ったままの方が場合によっては却って怖いものがあるかも知れない。
「あ、あはは……。えーっと、書き置き? そんなのあったっけ? いやぁ、全然気付かなかったわー。ごめんごめん」
「ぼく、書き置きなんて言ってませんけど?」
「え?」
「はぁ……」
 どうやら余計なことを言ったようだと気付いた時には、ジョルノは呆れた――諦めた――ように首を横へ振り終えていた。
「もういいです。それより、アジトへ向かいましょう。ブチャラティには昨日電話で手短に話しただけなんです。ちゃんと報告しておかないと。必要があれば病院も、ですね」
 ジョルノは廊下の方へ目をやりながら、「さっきの男が人を連れて戻ってくるかも知れないし」と続けた。
「あ、でも、そういえば授業ってもう終わったのか? 今日平日で、今ってまだ昼前だろ?」
「あー、それはまあ、気にしなくて大丈夫」
 さっきも別の相手から同じ言葉を聞いた覚えがある。思い切り視線を逸らされたような気はするが、そう言っている人間が2人もいるのだから、本当に大丈夫なのだろうと思っておくことにしよう。
「そういえばジョルノ、なんでオレがこの部屋にいるって分かったんだ?」
「自分の部屋へ向かう途中で、声が聞こえたんですよ。壁、そんなに厚くないですからね。結構隣室の物音なんかも聞こえます」
「へぇ」
 最初に見た時は快適そうな部屋だと思ったが、案外面倒も多そうだ。他の部屋へ会話が筒抜けだったり、急に写真を撮らせろと迫ってくる者がいたり、部外者が入り込んできていたり……。
「さっきのやつって、ジョルノの知り合い?」
「さあ、どうだったかな。シェイマスとウィリアムは隣人の仮名だし……」
「かめー?」
「さっきの男に、何か興味がおありで?」
 ナランチャの先を歩いて廊下へ出たジョルノは、何故かさっきよりもさらに少し怒ったような口調でそう尋ねてきた。振り向いた表情は、実に不機嫌そうだ。その理由が分からずに、ナランチャは一瞬面食らった。が、すぐに閃く。
(あ、そうか、まだちゃんと礼言っていないや)
 仲間といえども、礼儀を欠いてはいけない。それは、おそらくもう二度と関わり合うことがないであろう男なんかとは比べ物にならないほどに大切なことだ。
「学生寮って、みんな顔覚えてるもんなのかなって思っただけ。そんなことより、ありがとな!」
 ナランチャがそう言うと、ジョルノはわずかに驚いたような顔をした。
「傷の手当してくれただろ? それに泊めてくれたことも。だから、グラッツェ!」
「そんなこと、別に……」
「何かちゃんとお礼しなきゃだよなー」
 「何がいい?」と間近から顔を覗き込むと、何故かジョルノの頬がわずかに赤味を帯びているように見えた。廊下の窓から差し込む光は、まだまだ夕陽のそれではないというのに。
 少し考えるような間を空けてから、ジョルノはいつの間にか止まっていた歩みを再開させながら言った。
「じゃあ、いつか……、今度はちゃんと意識のある状態で、君の意思で、またぼくの部屋に泊まりにきてください」
「うーんと……? 遊びに来いってこと?」
「まあ、そうです」
「ここって、ほんとは部外者入ったら駄目なんじゃあないか?」
「規則や警備員なんかにビビってたら、ギャングなんてやってられませんよ」
 前を歩くジョルノの顔はナランチャには見えない。だがくすくすと笑う声が聞こえた。どうやら彼の機嫌はだいぶ良くなったようだ。
「でもさぁ、オレがジョルノのところに遊びに行くって、それ礼になるのか?」
「なりますとも」
「ふーん?」
 何故そうなるのかは良く分からない。が、ジョルノが「なる」と言うなら、きっとそうなのだろう。2つも年下の相手だが、彼の言うことは信用して大丈夫だと思える。むしろ確信出来る。
「じゃあそれでいいぜ!」
 ナランチャがそう言うと、肩越しに振り向いたジョルノは、彼の要望が通ったというのに、わずかに溜め息を吐いた。
「君、分かってないでしょ」
「何が?」
「……なんでもないです。さ、行きましょう。あ、人が来るかも知れないから、正面じゃあなくて非常口から出ましょうか」
「あ、オレ、非常階段知ってるぜ! こっちだ!」
「非常階段なんて見物して、面白かったですか?」
「いや、全然」
「次に来てもらった時は、もっと面白い物を紹介出来るように、何か探しておきますね」
 ナランチャが“お礼に”ジョルノの部屋に行くと言っていたはずなのに、いつの間にかまたナランチャの方がジョルノに何か“してもらう”話になっている。これはいけない。それなら、何か手土産でも持って行くことにしようか。何か、ジョルノが好きそうな食べ物でも見付けて。
(うん、これは名案だぞ!)
 そう思うと、なんだかその日がくるのが楽しみな気がしてきた。それまでに、なんとしてでも傷は治しておかなければ。


2021,07,15


タイトルは最初、school dayにしようかと思ったけど、校舎にはいってないしなと思ってやめました。
それ以上に(単数形にしてるとはいえ)ナイスボートが思い浮かんじゃうしね(笑)。
<利鳴>

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