ミスジョル 全年齢


  Sham Sleep


「たーだいまー……って、あれ、誰もいねーの?」
 事務所のドアを開けたミスタは、誰からの反応もないことに眉をひそめながら首を傾げた。良くて「お帰り」の声、悪ければ「ドアを足で開けるな!」の怒声くらいは出迎えてくれるだろうとの予想は、完全に外れた。
 壁掛けのアナログ時計に目をやれば、針が示すのは少し早めのディナーの時間といった頃か。これからまだ1件“集金”に行く先がある――が、すぐに行ってもまだ“店”が開いていないことを理由に一度戻ってきた――ミスタはともかく、なんの予定もない者であれば、すでに帰路に就いていてもおかしくはないかも知れない。あるいは、まだ“仕事”で外に出ている者もあるだろう。
「デモ、電気付いてタヨナ」
「だよなぁ」
 外から見上げた窓には明かりが灯っていた。ゆえに、当然まだ誰か残っているのだろうと判断したのだが。ただの消し忘れだったのだろうか。
「さてはナランチャだな」
 ミスタは一番“うっかり”しそうな人物の顔を思い浮かべた。
「案外、ブチャラティッテ可能性モ」
「ゼロとは言い切れねーな」
 くつくつと笑いながら、ミスタは事務所の奥の部屋へと向かった。次の予定までは、あと30分強。仮眠を取れるほどかと言われると難しいが、少し手足を伸ばす時間くらいは充分にある。名称通りの用途で使われることはほとんどないが一応は応接室としての機能を持たせてあるその部屋には、3人掛けのソファが置かれている。足がはみ出るのを我慢すれば、横になってくつろぐことは可能だ。
「って、こっちの部屋も付けっぱなしかよ」
「ケーザイ的ジャアナイゼ」
「まったくだ。またフーゴあたりが文句言うぜきっと」
 自分の所為にでもされたらたまったもんじゃあないなと思いながら入ったその部屋に、ミスタは“先客”の姿を見付けた。完全に無人だと思い込んでいたが、そうではなかったようだ。
 特別身長が高いというわけではない――むしろチーム内では年齢の所為もあってか低い方だ――が、全体的なバランスとして見れば充分「長い」と言って良いだろうと思える2本の足を、やっぱりソファからはみ出させて横になっているひとりの少年。腹の上に広げられている本は学生らしく参考書か何かかと思ったら、どうやら動物の写真が載った図鑑のような物らしい。大型の肉食動物のページが開かれたそれを――まさかあんな生き物まで“生み出せる”ようになるつもりか――、しかし彼は見てはいない。特徴的な形にセットされた――それともあれは天然だろうか――ブロンドと同色の睫毛に縁取られた目蓋は、左右とも閉じている。
「ジョルノ?」
 呼び掛けてみるも、反応はない。
「寝テルゼ」
「だな」
 チーム内の最年少者であるジョルノ・ジョバァーナに、遅い時間になってからの“仕事”が与えられることは決して多くはない――特に単独では――。今日もその例に漏れず、彼にはすでに帰宅の許可が与えられているはずだが……。
「まだ帰ってなかったのか」
 かといって出迎えてくれるわけでもなく……。もしかしたら彼もこのあと何か――仕事とは無関係な――予定が入っていて、時間潰しをするつもりが寝入ってしまったのかも知れない。
「おーい、ジョルノー」
「ジョールノー!」
「起キロヨー! モウ夜ダゼー!」
 それでもジョルノは目を開けない。規則正しく静かな寝息を立てるばかりだ。
 ミスタはやれやれと息を吐いた。今すぐその場所を譲り渡せ等と言うつもりはないが、今日はもう誰も戻ってこない――自分が最後である――可能性が高い以上、声も掛けずに放置していくのは躊躇われる。それに、確かジョルノは自宅ではなく学校の寮で寝起きしているはずだ。あまり遅くなっては――門限等があったら――、咎められるか、それとも帰ること自体出来なくなってしまうかも知れない。このままここに泊まり込むつもりなのだとしても、ミスタは彼より年上で先輩だ。リーダーからの許可を得ているのかどうかを確認する権利――権限――くらいはあるだろう。それに寝るなら電気は消すべきだ。
「おいジョルノ!」
 ミスタはソファの横に立ち、ジョルノの顔を見下ろした。人工的な明かりに照らされた寝顔は、ずいぶんと整っている。両親のどちらに似たのかは知らないが、こうしているととても裏社会の人間には見えないどころか、いっそ天からの使いのようだとでも形容したくなってくる。
(でも、天使がこんなところでぐーすか寝てたら駄目だろ)
 天からの“使い”というからには、地上への訪問理由は何等かの“お使い”、もとい仕事によるものであるはずだ。
「起きろって。起きねーと食っちまうぞこら」
 ノーリアクションは続く。
「どーすっかなこれ」
 「食っちまうぞ」と言ったからには、こちらも何もしないというわけにはいかないだろうか。嘘吐きは泥棒の始まり。ミスタは泥棒ではない。ギャングだ。窃盗犯呼ばわりされるのは不服だ。
 ミスタは身を屈めて、ジョルノの唇に軽く口付けた。
 無反応。
「……つまらん」
 再び溜め息を吐いてから、背中と両手を伸ばして欠伸をした。時計に目をやると、事務所に戻ってきてからまだ10分も経っていない。
(まだ早いけどもう出ちまうかなー……)
 そう思って踵を返すと、不意に明瞭な声に引き留められた。
「食っちまうって、それだけですか?」
 振り向くと、もちろんそこにはひとりの少年の姿。ソファの上に上体を起こし、しっかりと開いた2つの目はミスタの方を見ている。
「てめー、起きてんじゃあねーかっ」
「ぼく、そんなに起動早いタイプじゃあないんです。起きようとしていたところを“食われた”んですよ」
「昔のパソコン並みかよ。人がまだこれから仕事だってのに、呑気に居眠りこきやがって」
「それはそれは。お疲れ様です、セ、ン、パ、イ」
「労ってるつもりか。心が篭ってねーんだよ」
「じゃあ、『行ってらっしゃい』のキスでも? あ、それは今もうしたことになるのかな」
「まだ出る時間じゃあねーよ。さっさと追い出そうとするな! そこは『お帰り』だろ」
「さっきから何を言っているんですか?」
「オレにも分からんっ!」
 今度はジョルノが溜め息を吐く。かと思うと、彼は立ち上がり、欠伸をしながらミスタの方へ近付いてきた。そしてそのまま、ミスタの口元へ自身の唇を触れさせる。小さな音を立てて、温かい感触はあっと言う間に離れてしまった。
「今のは?」
「ただのキス」
 『お帰りなさい』のでも、『行ってらっしゃい』のでもなく。
「オレ、流れが全く分かってねーんだけど。今何がどうなってる? なんでこうなった?」
「奇遇ですね。ぼくにもさっぱり分かってません」
 幾度目かの溜め息を吐いて、ミスタは心の中で「もういいか」と呟く。「嫌」か「嫌でない」かで言えば、全く嫌ではないのだから。それに、ちらりと視線を向けた時計が事務所を出なければならない時間を指すまでは、まだ少しある。つまり、『行ってらっしゃい』、もとい、『行ってきます』のキスをする時間は、まだ充分取れそうだ。それが分かれば、もうなんでもいい。


2019,12,31


一番流れが分からなくなっているのは他ならぬわたしです。
何が書きたかったんだっけ? 寝込みを襲うと見せかけて襲わない、でも親しくもない相手にやったら立派に襲った扱いだよなこれ。なミスジョル?
似たような話もう書いててもおかしくないと思ったので確認しないでおきますね!
<利鳴>

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