アバブチャ 全年齢


  死は彼等を別たない


 視線が合うと、彼は眼を見開いて――ついでに口も小さく開けて――その場に立ち尽くした。どうやら何か言いたいようだが、咄嗟のことで言葉は出てこないらしい。代わりに、口ほどに物を言う眼が、「信じられない」と繰り返しているようだ。そんな彼に、ブチャラティは軽く手を上げてみせた。
「よ。アバッキオ」
 「元気か」と聞こうとして、その質問もおかしいなと思い直してやめた。アバッキオは、まだ言葉を咽喉に詰まらせているようだ。
「どうした。感激して抱き付いてくるかと思ったのに。お前、死人にでも会ったみたいな顔してるぜ」
 ブチャラティの今しか使えないジョークは、残念ながら受けなかったようだ。アバッキオは、ようやく搾り出したような声で言った。
「なんで……、あんたがここに……」
「説明が必要か?」
 ブチャラティがわずかに首を傾げてみせると、アバッキオは下唇を噛みながら、ふいっと視線を逸らせてしまった。
「あんたには……、会いたくなかった」
 その声は小さく、そして震えていた。
「そうか」
 ブチャラティは微笑んだ。
「それは残念だ」
「っ……、オレが、あの時……!!」
 アバッキオが言いたいことは、すぐに分かった。そのことが、どれだけ彼の心に傷を作るかも。それを黙って抱えていろと言うのが、彼にとって如何に耐え難いことかも。だからこそ、ブチャラティは彼の言葉を遮った。
「そうじゃあない。違うんだ、アバッキオ」
「……『違う』?」
「お前が死んで、戦力が減ったからオレが死んだわけじゃあない。オレはお前よりも先に、すでに死んでいたんだ」
 アバッキオは再び眼を大きく開いた。口もぽかんと開いている。ブチャラティは、そんな顔を面白いと思った。が、それを口に出して言うのは堪えた。余計なことを言えば、そのまま会話が余計なところへ流れていってしまいそうだ。いくら時間は永遠に等しく存在するといっても、最初に伝えておくべきことをいきなり先延ばしにしてしまうわけにはいかない。
「………………いつ」
 アバッキオはようやく尋ねた。
「教会で」
「なっ……、んな前からっ!? あんた、そんなこと一言も……」
「それどころじゃあなかったからな」
「それどころって……」
「ジョルノには気付かれていたが、皆には知られないようにしていた。自然だっただろ? 『生きている人間のフリ』が新たな特技になったかな」
「馬鹿なこと言ってる場合か! つーか、ジョルノは知ってただと!? あいつ、よくも黙ってやがったな!」
「オレが口止めしていたんだ」
「……じゃああんた、もう死んでるのに普通に歩き廻ったり戦ったり……」
「リビングデッドだな」
「なんでそんなに呑気なんだ……」
 呆れたように溜め息を吐くアバッキオの表情は、いつもの彼のものにいくらか戻っていた。彼は脱力したようにその場に座り込んだ。だが、まだショックが退き切らないのか、地面に向けられた眼が忙しなく動いている。
「お前が死んだ時」
 ブチャラティの声に、アバッキオは反射的に顔を上げた。が、眼が合うとまたすぐに視線を逸らせてしまった。ブチャラティは気にする風でもなく続けた。
「ナランチャが、『アバッキオをひとりぼっちでおいていくのか』って、大騒ぎしたんだ」
「ったく……、ガキが」
 横を向いているアバッキオの顔は、うっすらと赤くなっているようだ。ブチャラティはくすりと笑った。
「と言うか、そこは『どうしてナランチャだけなんだ』って言うところじゃあないのか?」
「あっ!? そう言えば……あいつらッ……」
「まあ、何も言いはしなかったが、思っていることは同じだっただろうな。したくても、出来ないことがあると分かっているから、逆に黙っているしかなかったんだろう」
「……ふんっ、どーだか……」
「でもオレは違った」
「あ?」
「そうはならないと知っていた」
「ああ……」
 あの時、あの時点では自分にどれほどの時間が残されているのかは分からなかった。だが、終わりがこのままこないなんてことはないと、それだけは確信していた。仲間を――アバッキオを――死なせてしまった。が、ナランチャの言うように彼は1人になったのではない。彼が行ったのは、遠くない先、自分自身が向かう場所であると、ブチャラティは知っていたのだ。
「だから、少し安心していた」
 それは、アバッキオを1人にするのはわずかな間だけで済むと知っていたからか、あるいは、彼ではなく、自分が1人になることはないということに対してだったのか……。
「……もしかしたら、オレが引っ張ってしまったのかもな」
 溜め息を吐くように、ブチャラティは呟いた。その独り言のような小さな声を、アバッキオは聞き逃さなかったようだ。淡い色の瞳が、ブチャラティの方へ向けられている。彼は怒っているのだろうか。
「すまない」
 謝って何かが変わるわけではない。今更、起こってしまったことは取り返すことは出来ない。無駄なことだと分かっていた。だが、その言葉を口にせずにはいられなかった。それだけは、どうしても伝えなければならないと思った。
 黙ったまま、時間が流れた。すでに自分達には『時間』という概念すら無意味なのだなと思いながら、ブチャラティはアバッキオの声を聞いた。
「あの時」
 アバッキオは再び視線を横へ向けていた。
「もし死んでいなかったら……、オレは1人になっていたんだな」
 いつものように、淡々とした声だった。
「言っただろ。オレが落ち着けるのは、あんたと一緒の時だけだ」
「アバッキオ……」
「あんたを、1人で行かせることにならなくて、良かった」
 「死んで良かった」なんて言葉は使いたくはない。それでも、今こうして再び同じ場所にいられることを、『良かった』と思わないことは出来ない。そんな複雑な表情で、アバッキオは微笑んでいた。
「2人ともさあ、オレのことかんっぺきに無視してるよね。別にいーけどぉー」
 2人が――アバッキオは大慌てで――振り向いた先には、ナランチャの姿があった。不貞腐れたように背を向けて胡坐をかいている。
「そうだった。ナランチャもいたんだ」
「なっ……、お前まで死んだのかよ!」
「うん。ごめんねぇ? 別に邪魔しようと思ってきたわけじゃあなかったんだけどさー。なんかもう、アバッキオかわいそーとか思ってやって損した」
「んだとオイ!?」
「すまなかった、ナランチャも。オレ1人だけで終わらせるべきだった」
 ブチャラティが言うと、ナランチャは慌てたように立ち上がった。
「ブチャラティが悪いんじゃあないだろっ! ……オレ、あんたにまた会えて嬉しいよ。でも、あんたにはこっちにこないでほしかった」
 ナランチャはぐずぐずと鼻を鳴らし始めた。歯を食い縛って堪えようとしたようだが、彼の大きな眼からは今にも水滴が零れ落ちそうだ。ブチャラティがなにも言わずにその頭を撫でてやると、それがスイッチになったようだ。ナランチャはブチャラティにしがみ付き、声を上げながら泣いた。彼の気が済むまで、ブチャラティはじっとしていた。
「お前等、今度はオレをガン無視しやがって」
 残念ながらナランチャのような素直さを持ち合わせていないアバッキオは、そんな2人を苛立つように見ていた。それに気付いたブチャラティが、「こっちの手は空いてるぜ?」と言うように、ナランチャの頭に触れていない方の手をひらひらと振った。顔を引き攣らせるアバッキオに向って、そのまま手招きをする。
「なっ……」
 アバッキオの顔が真っ赤になる。それを見て、ブチャラティはくすりと笑った。アバッキオは怒ったような顔――まだ赤い――をしながら、それでも2人の傍へと移動してきた。彼は、視線だけは頑なに合わせようとしないまま、ブチャラティの肩に手を置いた。


2013,08,21


フーナラ&ミスジョル&アバブチャ派なわたしは、フーゴとナランチャだけ離れ離れで泣くしかありません。
初めて読んだアバッキオとブチャラティのカップリング小説が乙女アバッキオだった所為か、なんだかアバッキオの方が受け臭くなった気がしますが、それでもわたしはアバブチャ派です。
アバッキオは死の世界にまでついていくほどブチャラティのことを想っていたんだなぁと思っています。
ナランチャはアバッキオをひとりぼっちにしていきたくなかったから……と思うと別なカップリングが作れそうですが、わたしはフーナラ派です。
<利鳴>

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