ブチャラティ&ナランチャ 全年齢 フーナラ要素有り


  その時がきたらきっと


 気が付くと、随分と高い位置から町を見下ろしていた。『もしエアロ・スミスに乗って空から見ることが出来たら』と想像してみた景色よりも、まだ高い。通りを行き来する人の姿は、小さな点にしか見えない。あの小さな点の中に“彼”もいるのだろうか。そう考えてから、“彼”というのは誰のことを指しているのだろうかと、肝心なところで首を傾げた。それから、「ここは何処だろう」「どうしてこんな所にいるのだろう」という疑問が立て続けに頭の中に湧いてきて、最初の疑問は何処かへ行ってしまった。
「オレ、何をしてたんだっけ?」
 どうして空を飛んでなんているのだろうか。「どうやって――」とは思わないところが、彼らしいと笑う者は残念ながら近くにはいないようだ。
「皆は何処だろう?」
 『皆』に該当しそうな姿がいくつか頭に浮かんだが、地上を移動する小さな人影以外には誰も見当たらない。
「もしかしたらこれは夢?」
 そうなのだとしたら、もう眼を覚まさなければならない時間かも知れない。こんなに空が明るいのだから。それとも、明るいのは夢の中の世界だけで、現実の世界はまだ夜なのだろうか。そうでないのだとしたら――遅くまで寝ていたのだとしたら――、また怒られてしまう。
(――誰に?)
 ぼんやりと思い浮かんだ後姿が、ゆっくりと振り向こうとする。それは“彼”の姿に違いない。それは――
「ナランチャ」
 不意にかけられた声に驚いて振り向くと、そこにいたのはブチャラティだった。
「びっくりしたぁ。あんただったのかよ?」
 いや、違う。あと少しでこちらを向いてくれるところだったのに消えてしまった後姿は、ブチャラティのものではなかった。
「まだこんな所にいたのか」
 ブチャラティは「やれやれ」と呆れたように微笑んだ。
「『こんな所』? あのさぁ、ここって……? 皆は? 『皆』っていうのは、ええっと……」
 いくつかの名前が出てきそうで出てこない。そのことに戸惑っていると、ブチャラティの手が伸びてきて、やさしく頭に触れた。
「大丈夫だ、ナランチャ。全部終わった」
「全部?」
「ああ」
「でもオレ……」
 いつもなら、ブチャラティが「大丈夫だ」と言えば、ナランチャは無条件で安心することが出来た。その声を聞けば、全てを信じられるはずだった。しかし、どうしたことか今はそれが出来ない。ブチャラティのことを信じられなくなったというのではない。ナランチャは『知っている』のだ。
「オレ……、おいてきちゃった……」
「ナランチャ?」
 心の中に生まれた不安が、一気に全身を覆った。もし今彼が空中を漂っていたのではなければ、自分の足で地面に立っていることが出来ないのではないかと思えるほどだった。
「ブチャラティ、どうしよう!? オレ、フーゴをおいて来ちまった!」
 その名前を耳にして、ブチャラティは少し驚いたような顔をした。
「オレ、あいつを1人にしちゃあいけなかったのに……」
 しかしもう戻ることは出来ないのだと、ナランチャは理解していた。そしてそれを謝罪することすら叶わないのだということも。「どうすることも出来ない」という真実が、両手で押さえてもとめられないほどに身体を震わせている。以前にも、それ自体が悪夢そのものであるかのような震えに襲われていたことがあった。あの時ナランチャを救い上げてくれたのはフーゴだった。だが今はもう“彼”には会えない。かつて自身の死を恐れて震えていた少年は、今は友を思って震えている。
 その肩に、ブチャラティの手が触れた。
「大丈夫だナランチャ。今は無理でも、時がくれば必ずまた会える」
 ナランチャはブチャラティの顔を見上げた。
「……本当に?」
「ああ」
「でも、オレがいる場所が、あいつに分からなかったら?」
「その時はお前が迎えに行ってやればいい。あいつがお前を見付けてやったみたいに」
「……オレ、ちゃんとあいつがいる場所分かるかな?」
「分かるさ」
 ブチャラティは優しく、しかし力強く微笑んだ。いつの間にか身体の震えはとまっていた。
「……うん。オレ、きっと迎えに行くよ。オレ頭悪いけど、そのことだけは絶対忘れない。あいつがいつこっちに来るか全然わかんねーけど」
「ああ、ナランチャなら大丈夫だ。オレが保証しよう」
「うん!」
 ナランチャは笑顔で頷いた。
「さあ、もう行こう。アバッキオが待ってる」
 ブチャラティはナランチャの背中を軽く押した。空はただ広いだけで彼らの道標となるものは何もない。それでも、2人は自分達が何処を目指すべきなのかを、きちんと知っていた。
「そっか! アバッキオか! そうだよな。アバッキオをひとりぼっちにしておくわけにいかないもんな! 早く行ってやらねーと、あいつ1人で寂しくって泣いちゃうかも?」
「本人は絶対に認めないだろうがな」
 少しずつ遠ざかって行くかつて彼等の居場所だった景色を、ナランチャはもう1度だけ振り返った。見えるはずのない“彼”の姿が、何故にあるのかはっきり分かったような気がした。それに向かって、ナランチャは大きく手を振った。


2013,09,21


ナランチャがアバッキオみたいに自分が死んだことに気付いていないなら、ブチャラティが行く時に拾って行ってやって欲しいです。
そんでむこうではナランチャのお母さんが待っていてくれるといいと思います。
アバッキオはブチャラティのことしか待ってないと思います(笑)。
フーナラにしたいのかブチャナラにしたいのか微妙な感じになりましたが、後者はあくまでも超尊敬な感じで恋愛要素はないと思ってます。
<利鳴>

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