フーナラ 全年齢


  イチゴ味


「お、全員いるな」
 そう言いながらドアをくぐってきたブチャラティは、その手に白い紙の箱を持っていた。事務所を出た時にはなかったはずのそれを、彼はテーブルの上に置いた。
「ちょうど良かった。帰りに『皆で食べて欲しい』と渡されたんだ」
 開けられた箱の中には、小さな容器に入れられたフルーツ・カクテルが5つ並んでいた。カラフルな果物がシロップの中に沈んでいる様は、実に可愛らしい。送り主は、おそらく女性だろう。それが、「日頃から世話になっているから」等と口実を作ってブチャラティに話しかけるための品である確率は、80パーセントくらいだろうか。あからさまに1つだけ渡す勇気がなくて『皆さんで』の形にされての5つに違いない。我ながらくだらないことを考えているなとフーゴが思っていると、箱を覗き込んでいるナランチャが、「ブチャラティもてるぅ〜」と囃し立てた。アバッキオやミスタもそれに続く。
「女か」
「よく分かったな」
「見舞いでもないのに男が男にこんなもの渡すかよ」
「確かにくれたのは女だ」
「やっぱりぃ」
「年齢は今年で88。そこの通りの角に住んでいる。お前達も一度くらいは顔をあわせていると思うぞ」
「お、おう……」
「あのばーちゃんか……」
「わ、わぁ。ブチャラティ、もてるぅー……」
 せっかくもらったのだから――そして人数分あるのだから――と、透明な容器のデザートは早速箱から取り出され、1人1つずつ手渡された。「果物好き!」とはしゃいでいるナランチャの声を聞きながら、フーゴは自分の分のそれを、一先ず机の隅に置いた。それに気付いたミスタが首を傾げる。
「あれ、食わねーの?」
「今ちょっとキリが悪いので、これ計算してから食べます。どうぞお先に」
 余計なことを――一瞬とはいえ――考えていた所為だろうか。手元にある計算書の合計が、何故だか合わない。おそらくは単純なタイプミスだろうと思いながら、フーゴはもう一度計算機を叩き始めた。
 「先に食べていていい」と言われた4人は、「じゃあ」と、一緒に箱に入っていたプラスチックのスプーンを手に取った。ナランチャは相変わらずはしゃいでいるし、アバッキオとミスタも、甘い物は苦手だ等と言うこともなく、ひと口サイズにカットされた果物を口へと運んでいる――本人達には悪いが、似合わないことは間違いない――。そんな中、ブチャラティの手はとまっていた。まだひと口も食べていないようだ。周囲がどうかしたのだろうかと思っていると、彼はナランチャの名を呼んだ。
「なに?」
 すでに容器の中身を半分以上胃袋へと送り込んだ彼は、スプーンを咥えたままブチャラティの方を向いた。ブチャラティは、スプーンで白っぽい果物を掬っていた。
「すまん、食べてくれないか」
 「苦手なんだ」と彼が見せたのは、どうやらリンゴであるらしかった。
「ブチャラティ、リンゴ駄目なの?」
「ああ。食感が苦手なんだ」
「へぇ」
「あと味も」
「ふぅん」
「それからにおいと見た目と名前の響きと……」
「全部じゃあねーか」
「まあそれは冗談だが」
「分かった。オレが食べる!」
 そう言って身を乗り出したナランチャがそのリンゴを受け取ったのは、自分の容器にではなく、大きく開けた口の中へだった。「あーん」と声まで出している。
(子供か)
 フーゴは自分の手が不要なキーを叩いたのを見た。
(って言うか、ヒトのスプーンで)
 計算機の画面には、エラーの表示が出ていた。
 フーゴは短く――しかしはっきりと――溜め息を吐いた。集中力が切れている。小さく舌打ちをしながらこめかみの辺りをガリガリとかいた。ブチャラティが「大丈夫か?」と尋ねてきたので、計算のことだろうと思って「はい」と即答した。他の3人の眼も自分へと向けられているようだったが、フーゴはそれを無視した。しばしの沈黙。そして――、
「フーゴ」
 再び「はい」と返事をしながら、その声が誰のものであったのかを認識するより早く、反射的に顔を上げた。と同時に、口の中に硬い物が突っ込まれていた。やはり反射的に口を閉じる。甘い。
「んむっ!?」
 にっこりと微笑み、スプーンをフーゴの口に残したまま手を離したのはブチャラティだった。
 なんですかと尋ねようとして口を開けば、スプーンが落ちる。そしてそれ以上に、「お前にはそれをやろう」と先に言われたことが原因で、そのまま質問のタイミングを逃した。
 スプーンを引き抜き、口の中に残った物に舌で触れた。少し転がし、それから噛むと、甘酸っぱい味がした。一瞬遅れてイチゴだと気付く。それからワインの香りも少し。それらを飲み込み、しかし事態は呑み込めずにいるフーゴをそのままに、ブチャラティは箱に残っていた新しいスプーンを取り出していた。
「えっ……、じゃあ、あの、これって…………」
 フーゴの声は誰にも聞こえなかったらしい。ブチャラティは、イチゴも駄目なのかと尋ねられ、首を横に振っている。
「おいフーゴ、顔赤いぜ? イチゴみてー」
 いつの間にかミスタに顔を覗き込まれていた。
「なっ、なんでもありませんッ」
 フーゴは慌てて否定したが、逆に訝しげな視線は増えてしまった。
「アルコールは入ってはいるが、そんなにか?」
「だから、なんでも……」
「ってゆーかフーゴ、まだ全然食ってなくねぇ? 蓋開いてねーし」
「なんでもないですったらッ!」
 フーゴは自分の分の容器を掴むと、椅子の向きを変えて4人に背を向けた。イチゴとシロップを入れられたばかりであるはずの口の中は、何故かとっくに乾いていた。


2014,01,05


イチゴはついで。メインは1回ナランチャが口に入れたスプーン。
ブチャラティは全部お見通し。
最初のタイトルは「関節キッスはイチゴ味」だったんですが、あまりにもアホっぽいのでやめました(笑)。
<利鳴>

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