ジョル&ナラ 全年齢 フーナラ要素有り


  頼ってあげる。


 夜の闇のように黒い髪は、その何割かは風に吹かれてはためき、残りは水気を含んで重たそうに頬に貼り付いている。それをどうともしないまま、少年はどこか遠くへ視線を向け続けていた。
「ナランチャ」
 濡れた背中に声をかけながら、ジョルノはタオルを差し出した。
「ぼくが見張りますから、あまり風に当たらない方がいい。風邪引きますよ。ほら、ちゃんと拭いて」
 まるで保護者のようなセリフだなと、ジョルノは思った。2つ歳上だとは言っていたが、その細い肩を見ていると、どうも放っておいて良いようには思えなくなってくるのだ。「グラッツェ」と言いながら肩越しに振り向いた顔は、贔屓目に見ても自分と同じ歳かそれ以下にしか見えなかった。
 ナランチャはジョルノの手から受け取ったタオルで、申し訳程度に自分の肩を拭った。視線はすでに元の向きに戻っていて、ジョルノの存在を気に留めている様子はない。
「なにを見ているんですか?」
 周囲を見張るつもりなら、同じ方向ばかりに眼を向けているというのは良いやり方だとは言い難い。にも関わらず、ナランチャの視線はボートが作った波を見送るように、後方へと向けられたままだ。誰よりも偵察や見張りに向いていると思われる彼のスタンド能力を使っている様子もない。そんなナランチャの分まで辺りに気を配りながら、ジョルノは尋ねた。一瞬だけ見た斜め後ろからの表情は、見間違いでなければわずかに憂いを湛えていた。
「なんにも見てないよ」
 彼はそう答えた。
「ってゆーか、もう見えないよ。見えなくなっちゃった」
 そう言いながらも、彼は振り向こうとはしない。
 後方のことはナランチャに任せることにして、ジョルノは前方及び両サイドに集中することに決めた。ナランチャと背中を合わせるように腰を下ろす。残念ながら、自分の体格ではナランチャの風除けにはなれそうにないなと、何故か思った。
 風と波、そしてエンジンの音を聞きながら、先程のナランチャの言葉の意味を考える。「もう見えないよ」。少し前まで、その方向に見えていたものは何だろう。ボートがやってきた方向……。
(ああ、そうか)
 ジョルノの頭の中に浮かんだ姿がナランチャにも見えたかのようなタイミングで、少し高い声が「おいてきちゃった」と呟いた。
 少し前まで彼等がいた場所。そこでボートに乗ったのは5人。岸を離れたボートを泳いで追ったのが1人。残ったのが1人。
 真後ろにある少年の顔を、ジョルノは窺うことは出来ない。代わりに先程一瞬だけ見えた表情を思い返そうとした。彼はわずかに微笑んでいた。意外なことに、穏やかな表情だった。だが大きな瞳には、不安の色が見て取れた。
 数日前に組織に入ったばかりのジョルノにすら、はっきりと分かる程に、ボートを追った少年と、岸に残った少年の関係は分かり易いものだった。一番気の知れた仲間。昔からの友人。歳の近い兄弟。そんな言葉が近そうだ。そして一方がもう一方の世話を焼いている。なにかと頼られている存在。そんなところか。だが今、その片方は同行を拒み、姿は波の向こうに見えなくなってしまった。それまで当然のようにそばにあった支えをなくした少年の、その胸中は不安で満ちているのだろうか。半ば諦めにも似た笑みを浮かべずにはいられない程に……?
「フーゴ、大丈夫かな」
 「大丈夫ですか?」と、正に声をかけようとしていたタイミングだった。それは、ジョルノに向けての質問ではなさそうだった。だが、ジョルノが黙っていると、背後の顔がようやく振り向いた気配があった。声が少し近くなる。
「お前、フーゴがオレの面倒見てたって、そう思ってるだろ」
 他に何があるのだとは尋ねずに、ジョルノは曖昧に肩を竦めてみせた。だがそもそも返答を期待してはいなかったようで、ナランチャは気にした風でもなく立ち上がり、ジョルノの正面に移動してきた。
「絶対そう思ってただろ。そういう顔だ」
「どんな顔ですかそれは」
「違う。違うんだなぁ」
 ナランチャはもったいぶった顔をしながら人差し指を振ってみせた。おそらく彼が望んでいる反応はこうだろうと予想しながら、ジョルノは「じゃあ?」と促してみた。ナランチャは満足そうに頷いた。
「オレが、あいつに、めんどー見られて、あ・げ・て・る・の。分かる?」
 ジョルノは首を傾げた。
「フーゴってさぁ、オレより歳下なんだけど、この世界ではあいつの方が先なわけ。だから、オレが顔を立ててやってるのよ。先輩面したくてしょーがないみたいでさー。最初はガキくせーと思ったけど、ほら、オレの方が歳上だし? そうしたいならさせてやるかって」
 妙に年齢の上下に拘りたがるのはどこの誰でしたっけ? とは思うだけに留めて、ジョルノは少し笑った。
「だから本当はオレがいないと駄目なんだよ、あいつ」
 ナランチャは再びボートの後方へ眼をやった。
「帰ったら迎えに行ってやんねーと」
 再度「オレがいないと駄目だからな」と言って、ナランチャは笑った。
「お前も一緒に行く?」
 尋ねられ、ジョルノはゆっくり首を横へ振った。
「いえ、それは『先輩』に任せますよ」
「そう?」
「ええ。ぼくは人に先輩面されるのが好きじゃあないんです。ほら、ぼくは一番の新入りだし、年齢だって一番下でしょう? 本当は嫌なことでも、先輩に命令されたら逆らえないんですよ。だから、面倒な先輩達には極力近寄らないことにします」
 そうすれば、『誰か』の役割を奪ってしまう心配もない。ジョルノがにっこりと笑ってみせると、冗談を言ったのだということはちゃんと伝わったらしく、ナランチャは笑顔を返してきた。波が反射した日光に照らされて、それは妙に眩しかった。
「さあ、ちゃんと髪も拭いてくださいね。今はフーゴはいないんだから、注意されるまでわざと待っていなくていいんですからね」
「OK。タオルありがとな、ジョルノ」
 ジョルノが「どういたしまして」と言おうとすると、その声は大きなくしゃみによって遮られた。2人は顔を見合わせて、また笑った。


2014,08,07


フーゴがナランチャの世話係と見せかけて、実はフーゴがナランチャに依存してる割合の方が多いと思ってます。
頼られることに頼ってるみたいな。
そしてナランチャを歳下扱いしてしまうジョルノ。
ジョルノって、ナランチャに優しかったと思うのです。
カップリングさせたいというのとは少し違うのですが、ナランチャが生きていたら、結構仲良しコンビになれたのかもなぁと思うのでした。
兄弟みたいなね。
で、どっちも「自分が兄」と思ってる。
<利鳴>

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