ミスジョル アバブチャ要素少々 全年齢


  プリンと命のテンプレート


「冷蔵庫にあったアタシのプリン食べたわね!?」
 長く続いた任務をやっと終え、事務所へ戻ってきてからの後処理も済ませ、疲労を抱えながらも帰る準備をし、今正に腰を上げようとしていたジョルノ・ジョバァーナは、唐突に上げられた声に何事かと動きを止めた。
 声の発生源に視線を向けると、寛いでいるとしか見えない姿勢でソファに腰掛けたまま呑気そうな顔をこちらへ向けているグイード・ミスタの姿があった。部屋の中には彼等以外の者は誰もいない。先程のおかしな女口調のセリフが、表情とは全く一致していなくとも彼の口から発せられたものであることは疑いようがない。
 怪訝な顔をしたままジョルノが黙っていると、ミスタは首を傾げながら続けた。
「……から喧嘩が始まるってやつ、あるじゃん?」
 ジョルノはやれやれと溜め息を吐いた。
 ミスタは時折そうやって、学生同士の他愛ないお喋りのような話題を振ってくる。緊張感のない口調に、厄介な任務をようやく終えたのだという実感が改めて湧いてくる。
 本来であれば、さっさと帰って疲れを癒したいところである。が、やっと訪れた何をしても許される時間だ。そんな時間を共有したいと思えるほどの相手の雑談に付き合って帰宅を遅らせるのは、決して悪いこととは感じない。むしろ危険な世界を生きる2人には、他の何よりも優先すべき貴重な瞬間だとすら言えるかも知れない。
 ジョルノは椅子に深く腰掛け直し、背もたれに体重を預けた。そのまま眠ってしまえそうなくらい疲れているが、気力で意識をなんとか保つ。
 雑談を始めるのは構わないのだが……と、今度はジョルノが首を傾げた。
「『あるじゃん』って言うほど、一般的な会話ですか、それ?」
 『冷蔵庫にあったアタシのプリン食べたわね』から始まる喧嘩……。テレビや本では何度か聞いた――あるいは目にした――ことがあるかも知れない。が、現実にそんなセリフを口にをしたことがあるという者を、少なくともジョルノはひとりも知らない。「知り合いのマスターが言ってた」だとか、「昔の友人から聞いた話なんだけど」等の前振りが一切なかったところから察するに、ミスタもその会話の当事者と出会ったことは、おそらくないのだろう。
「というか、いきなりなんですか」
「いや、帰っても冷蔵庫に何もないなーと思って」
 なるほどそこからの連想かと、こちらはそれなりに納得出来た。どうやら勝手に食べられたプリンは最初から存在していなかったようだ。
「1週間以上留守にしていましたからね。むしろ冷蔵庫が空で良かったと思うべきでは?」
 急な任務で思いがけず長い日数を留守にしてしまうということは、それほど多くはないが全くないとも言い切れない程度にはあることもある。今回は事前に準備が出来ただけ幸運だった。疲れて帰って最初にすることが冷蔵庫内の片付けではあまりにも不憫だろう。
「今更だけど、あんまり買い置きとかしておけないよな。保存食みてーな飯ばっかりってのは味気ないぜ」
「かと言って頻繁に買い物に出るのも面倒です。まあ、しばらくは大きな仕事は作らないつもりではありますが」
「『つもり』、ねぇ……」
 新たな仕事が発生するかどうかの決定権は組織のトップであるジョルノが有しているのだが、残念ながら絶対と言い切ることは彼にも出来ない。予定や希望が常に実現する世界であれば、おそらく誰も苦労はすまい。
 「まあ、それはともかく」と、ミスタは見えない何かを両手で持ち上げて横へ移動させるような仕草をした。
「お前プリン好きだったよな。勝手に食べられたら、やっぱり怒る? 別れ話に発展するレベルで?」
 おそらくミスタは「それはもちろん」といったような返事を予想しているのだろう。だがその期待を裏切って、ジョルノは再び首を傾げる。
「……というか、そもそもそのセリフが発生するシチュエーションがいまいち理解出来ないんですが」
「そうかぁ?」
「はい」
 ジョルノはきっぱりと言った。
「買ってきたプリンを長い時間食べずに置いておくなんてことが出来るわけがないんです」
「断言か」
「断言です」
 何がそんなに愉快なのか、ミスタはくつくつと笑った。
「でもまあ、その都度買いに出掛けるのが面倒で2回分を一度に買ってきた……なんてケースはありえるかも知れませんね」
「うん、まあそれでもいいわ」
「状況を確認したいんですが、そのプリンを食べた人物は、食べられた人物の同居人である……という認識で間違いないですか?」
「……うん?」
「プリンの所有者である人物が一人暮らしだとすると、他人の家の冷蔵庫を勝手に開ける人間がいるというのがまず腑に落ちません。プリンを食べた人物が食べられた人物と血縁関係にあるか、余程親しい者だとしても、所有者の許可なしに冷蔵庫を開けてプリンを食べるなんて非常識なことは……」
「ちょっと待ってくれ。その食べた人物とか食べられた人物とか、なんか分かり難いぜ」
「そうですね」
 ミスタも疲れているのだろう。そもそも理解しようという努力を放棄しているようだ。
「登場人物が把握し辛いですね」
「ああ」
「では仮に、AとBにしましょうか」
「AとB……」
「ええ」
 今の相槌も少し紛らわしい。ミスタもそう思ったのか、
「アバッキオとブチャラティ」
「特定の誰かにすると余計なイメージが付くから仮にしたのに……。イニシャルとは言ってませんよ」
「でも分かり易いだろ?」
「……じゃあもうそれでいいです。好きにしてください」
 ジョルノは溜め息を吐いた。
「まず、Aが自分で食べる用にプリンを買ってきて、何等かの事情ですぐに食べることが出来ずに冷蔵庫内に保管しておくことになったとします」
 ミスタがうんうんと頷きながら小さな声で「アバッキオ」と呟いたことに、ジョルノは気付かなかったふりをすることにした。
「そこへ、Bがやってきて、冷蔵庫の中のプリンを食べてしまう。この状況で、Bがただの客人だとすると、はっきり言ってBの行動はヤバイです。例えばAが、自分が不在中に自宅でBを待たせていることになり、その間『プリンがあるから食べながら待っていてくれ』とでも言ったのであれば話は別ですが、そうでないなら、他人の家の冷蔵庫を勝手に開けて、勝手に中の物を食べるなんて、Bはかなり異常だと言えると思います」
「確かに。うん、それは駄目だぜブチャラティ」
「この場合、Aが怒るのは当然ですね。プリンがどうこうというよりも、Bが他人の領域に勝手に踏み込んでいることに対して、です。はっきり言ってBの人間性を疑います。常識がなさ過ぎる。だから、件の遣り取りをある程度あり得るものとして成立させようと思ったら、Bにも冷蔵庫を開ける権利がある……つまり、Bもそこに住んでいるくらいの関係じゃあないといけません。そういう前提が必要です」
「アバッキオとブチャラティは一緒に住んでいる。ここ重要」
 ちなみに、ジョルノが知る限りではそのような事実はなかったはずだが、いちいち「AとBの話だと言っているでしょう」と訂正するのも面倒だ。
 ジョルノは話を続けた。
「かと言って、いくら冷蔵庫を共有する仲だとしても、やはりBが自分で買ってきた覚えのない物を当たり前のように食べてしまうのは良くないと思います。『自分は知らない』『じゃあこれはAの物だ』と、そう考えて普通なんですから」
「判決。ブチャラティ被告は有罪」
 ミスタが抑揚のない声で言った。
「ですが、普段から冷蔵庫の中の物はお互い自由にして良いという暗黙のルールのようなものがあるんだとしたら、自分の権利を主張するメモ等を貼っておかなかったAにも少々非があるかも知れません。10対0とまで言うのは難しいかも知れませんね」
「おっと、控訴するか」
「でもそれ以前に、"何故プリンは1つしかなかったのか"が疑問です」
「は?」
 ひとつのプリンを巡って言い争う謎の人物達に知人の姿を当て嵌めて楽しんでいた様子のミスタは、ここで初めて眉をひそめた。
「Aが食べようと思って、プリンを買ってきたんですよね? Bという同居人がいるのに、その人の分はなしで、Aは自分ひとりで食べるつもりだったんですか? 一緒に住むくらい親しい相手の分は、用意しておこうとは思わないんでしょうか? Bが元々甘い物が苦手だというなら分かります。でも今の本題が『AのプリンをBが食べた』である以上、それはあり得ない。だとすれば、Aの配慮が足りてなさ過ぎる。抗議の意味でBが食べた可能性がありますね」
「んー、ブチャラティはもう自分の分を食べ終えてたんじゃあないか?」
「自分の分はしっかり食べた上で人の分まで取るんですか? そのケースなら明らかにBが悪い」
「じゃあ、一緒に住んでる相手がいることを知らない第三者が1つだけくれて、それを持って帰ってきてた場合は? 最初からプリンはひとつしかなかったわけだ」
「第三者からもらったプリンを持って帰宅する途中、どこかに寄ってBの分も買う。それが正解です」
「断言か」
「断言です」
 先程全く同じ遣り取りをした時同様、ミスタは笑った。
「でもよぉ、ブチャラティ相手なら、たぶんアバッキオは何も言わねーぜ」
 確かに。彼ならば、ブチャラティが望む物はなんでも喜んで差し出しそうだ。そしてもし2人の立場――プリンの所有権を持つ者――が逆であったら、それはそれで、ブチャラティは親しい者へなら与えられる物はなんでも与えてやりたいと考えそうだ。
「ぼくはその2人だとは一度も言っていません。実在する人物の名前なんて借りるからおかしなことになるんです」
「ピストルズのナンバー1と2とかにすれば良かったかな」
「それはそれで抗議されませんか」
 幾度目かの溜め息を吐いてから、ジョルノはそろそろ帰るべく腰を上げかけた。すると、それより先にミスタが立ち上がり、ジョルノのデスクへと近付いてきた。
「あとその手の出展不明の"オヤクソク"で言えばよぉ」
「まだ何かあるんですか」
 答えるより先に、ミスタは両手を伸ばしてジョルノの手に触れた。少し上体を低くした姿勢で、視線を真っ直ぐに合わせてくる。その表情は、真剣そのものだった。
「君のためなら死ねる」
 ジョルノは一瞬、"撃たれた"と思った。"真剣"に"撃たれる"のもおかしな話だ――"刺される"か"斬られる"の方が適切だろうに――とも思いながら。
「ってセリフあるじゃん」
 ぱっと手が離れ、そこにいるのはいつもの表情をしたミスタだった。ジョルノは、自分でもその理由が分からぬまま、少しだけむっとしながら口を開いた。
「またそれですか。だから、『あるじゃん』と言われても知りませんって」
「あれってどういう状況で使うんだ?」
「無視か」
 どうやら、ミスタはまだ休息よりもくだらないお喋りをご所望のようだ。あるいはこれが彼なりの癒しなのだろうか。だとすればこんな時間に付き合わされるのも福利厚生の一部と考えるべきか……。
 ジョルノは「今日はプリンを買って帰ろう」と決めた。自分にだって癒しは必要だ。
 ミスタは続ける。
「このセリフ言ってるやつが死んだら『君』ってやつにメリットがあるってことだろ? どういう状況だ?」
「そうですね、身代わりとか?」
「なるほど。『殺すならオレを殺せ。そいつには手を出すな』ってわけか」
 ミスタは何故か「格好付けやがってアバッキオのヤツぅ」と続けた。どうやら彼の中では先程のAとBがまた登場しているらしい――ということは、プリンの所有権を巡る争いは無事に治まったのだろう――。先にC&Dとでもしておけば良かった。
「でもそれ、一般人がする会話ではありませんね」
 先程のプリンの遣り取りと比べると、ずいぶんと血生臭い事態だ。
「そのAとBがギャングだというなら分かりますが」
「アバッキオとブチャラティはギャングだぜ」
「ぼくだったら」
 ジョルノはミスタの言葉をあっさりと無視した。
「ぼくだったら、そんなセリフは言われても嬉しくありません」
「へえ?」
「なんだか押し付けがましくないですか? 死の間際の自分に酔ってでもいるのかって感じです」
 死んだ本人はそれで満足かも知れない。自らが犠牲になって、大切な人を守れたと思いながら逝けるのならば。だが、生き残った方はどうだろう。きっとその人物は、自分のために相手を死なせたという罪悪感を抱えたまま残りの人生を送ることになる。死ぬまでその思いに囚われ続けるだろう。
「正直重いです。『お前のためじゃない。お前に責任はない。これはただの運命だ』……そう言って死ぬのが本当の優しさです」
 死んだ人間から受け取れるものが何もないとは言わない。だがそれも、結局はその人物が生前積み上げてきたものに由来している。やはり、生きていてもらいたいと思う。生きていてほしかった。だから、死んでほしくない。これ以上は。
「妙に実感篭ったセリフだな」
 ミスタは肩をすくめるような仕草をした。が、それ以上は追及してこなかった。きっと彼にも同じように思う人達が――あるいは同じ人達のことを思って――いるのだろう。
「むしろ、ぼくのために生きて欲しい。どんな状況でも」
 捧げられるのであれば、たった一度の死よりも、長く続く生を。
「そっちの方がよっぽど重くないか」
 茶化すような笑顔がこちらを向いている。ジョルノも微笑みを返した。
「言われてみれば、そうですね」
 2人は声をそろえるように笑った。
「喜ばれないと分かったからには、言うつもりはねーぜ、オレは」
「ぼくもです」
 そう言いながらも、ジョルノはミスタがまたさっきのように手を伸ばしてくれたら良いのにと思った。同じセリフまでは要らない。ただ彼の手に触れたいと思った。だが残念ながら、雑談の続行を望む彼には、その心の声は届かなかったようだ。逆にその体はソファへと戻って行ってしまった。そろそろいい加減に帰りたいのだが……。
「少なくとも、簡単に死ぬつもりもないな。っていうか、ゴールド・エクスペリエンスの能力があれば、一般人よりも死なずに済むケースは遥かに多いぜ、オレ達の場合」
「ぼくのいないところでの負傷までは面倒見切れませんが」
 それともそこまで含んでの話だろうか。暗に「傍にいる」と言われているのか――意外と"声"は届いているのだろうか?――。もう少し一見意味がないようなこの会話を続けていれば、その答えを得られるだろうか。
「一般人はそもそも死に直面するケース自体が少ないのでは?」
 少なくとも「こいつの命が惜しくば」なんて脅される経験をしたことがある者は、決して多くはいないだろう。
「じゃあプラマイゼロだな。充分ラッキーだと思おうぜ」
「くれぐれも無茶はしないでくださいよ。ぼくのスタンドは万能じゃあない。それに、自分は死なないなんて驕っていたら、あっさり盲腸かなんかで死んだりして」
「それは恰好悪いな」
「健康診断でも実施しますか。これぞ正に福利厚生ですね」
「お、それで1個思い付いた。『君のためなら死ねる』」
 まだ続けるつもりらしい。ジョルノは仕方なく「どうぞ」と促した。
「臓器移植」
「なるほど、AがBのドナーになるんですね。それでAが死ぬということは、生体移植が出来ないケースか」
 そういうことなら、一般人でもありない話ではないかも知れない――多くはないだろうが――。
「適合するなら凄いですね」
「まさに運命の相手だな」
 AとBに血縁がある場合もあり得るだろうが、ミスタが実在する人間の名前なんかを拝借してきた所為で、その可能性はすっかりジョルノの頭から抜け落ちてしまった。
「今度は逆に、一般人には当て嵌まるけど、ぼくには当て嵌まりませんね。臓器は作れる」
「『可愛いは作れる』みたいな言い方」
 ミスタは再び笑った。
「お前のスタンドほんっと便利だな。そういう商売始めたら? 闇の臓器売買ならず、光の臓器売買とかって」
「一般人にどう説明するんですか。残念ながら現実的じゃあありません」
「スタンド使いの医者探しからだな」
「仕事を増やさないでください」
 不意に、ミスタは「よし!」と声を上げながら立ち上がった。
「まとめよう」
「まとめ?」
 「そう」と頷きが返ってくる。またここから長い話が始まるのだろうかと、ジョルノはデスクに肘をついてその上に顎を乗せた。
 が、その予想はあっさり裏切られた。
「いつ何があるか分からないオレ達は、プリンを2つ買って帰ってすぐに食う」
 「今すぐ」と言うように、ミスタは廊下へと続くドアを指差していた。どうやらやっと帰る気になってくれたようだ。しかも、『オレ達』と『2つ』の言葉には、「同じ場所へ帰るぞ」とのニュアンスが含まれているように感じた。
「……いいですよ」
 ジョルノも立ち上がった。
「賛成です。ぼくもその案に乗った」
「そうこなくっちゃ」
 2人はそろって事務所を後にした。


2022,09,10


これをアバブチャ要素ありって呼んでいいのかちょっと疑問ですが、でも少なくとも逆ではない!! と思ったので、ありって書いちゃいます。
仮名のつもりで「A×B」とか言うとアバブチャが出てきちゃって困ることがありませんか? わたしは多々あります!(笑)
だから最近は架空のカップリングのことは「甲×乙」って呼ぼうかと思っています(笑)。
元々冷蔵庫のプリン〜と君のためなら〜は別々の話だったんですが、無理矢理くっつけたらより一層アホっぽくなりました。
アホみたいなミスジョルを目指して書いたので結果オーライです!
<利鳴>

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